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第二章「王国侵攻編」
第三十八話「戦闘の結果」
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五月十六日の午後。
聖堂騎士団の副団長、ペルノ・シーバスはテスジャーザ侯爵の屋敷の地下に潜んでいた。
この場所は魔族侵攻に備え、脱出ルートである下水道に繋がっており、魔力探知を妨害する措置も施されている。
饐えた匂いのする地下室で、シーバスは奇襲作戦の戦果の報告を受けていた。
「南地区ではオーガどもを含め、多数の魔族を倒しております。その数はオーガが上位種を含め、およそ三百。魔獣については路地での戦闘が多かったため、正確な数は判明しておりませんが、報告を総合すると二百以上は確実で、三百に迫る数を倒していると思われます。他にもエルフらしき魔術師を三十人以上殺しました」
南地区担当の部下が興奮気味に報告する。更に別の部下もそれに競うかのように早口で報告を始めた。
「東地区ですが、十体の巨人を倒し、更に二十体以上に大きなダメージを与えております。これほどの戦果を挙げたことは、ここ数百年ではなかったことです! 聖王陛下もお喜びになられるでしょう!」
シーバスは興奮気味の部下たちに冷徹な目を向ける。
「よくやった。だが、こちらの損害はどうなのだ?」
その言葉に二人の部下は僅かに視線をさまよわす。
「南地区は投入した約五千の兵のうち、帰還できたものは千に満たないそうです」
「東地区も似たような状況です。参加した兵五千のうち、拠点に戻ってこられた者は八百ほどと聞いております。そのほとんどが毒でやられているか、傷を負っているかで現在治癒師が治療を行っております」
シーバスはその大きな損害にも表情を変えることなく聞いていた。
「よろしい。では、東地区と南地区の兵士はその場で治療を続けよ。北と西から治癒師を回す……」
シーバスは命令を伝え、部下たちが立ち去った後、天を仰ぎ見る。
(恐らく魔族に与えた損害は報告の半分以下だろう。まあ、それでも充分に高い戦果なのだが、いくつもの罠を使い、一万近い兵士を失って得られた戦果が僅か二、三百では……ここで戦訓を得たとしても聖都での決戦で勝利することは不可能だな……)
市街戦であり、魔力感知ができる敵を恐れて戦果の確認は充分に行えていない。また、南門付近では撤退を優先したため、多くの負傷者が取り残されていた。
(対巨人用の毒煙は失敗だった。目つぶし程度にはなったが、結局巨人を倒したのは決死隊の使った毒だ。逆に毒煙のせいでこちらに多くの被害が出ている。これならば、普通の煙の方が役に立つ……)
今回、東門近くで使った毒煙の罠は建物の密閉性を上げ、その中で毒草を燃やして煙を充満させ、巨人たちが建物を壊すと煙が周囲に撒き散らすというものだった。また、火種と共に油を染み込ませた毒草を置いておき、建物が破壊された衝撃で更なる煙を発生させている。
しかし、煙は上にだけ向かったわけではなく、地上部や下水道にも流れている。その結果、多くの兵士が毒煙にやられていた。
一方で迷宮から出てきた毒ポーションを使った決死隊は予想より活躍している。
毒ポーションは剣などに塗って使うことができるもので、人族に使えば僅かな傷を負っただけでも死に至る。
毒が全く効かない死霊族はもちろん、毒に対する耐性が高い魔獣族やそもそも巨体で致死量が多い巨人族に対しては死に至る前に解毒の魔法を使われてしまい、これまで有効な手段とは思われていなかった。しかし、今回は足止めと共に使ったことで、解毒が間に合わず、多くの巨人族戦士が命を落としている。
(決死隊はよくやってくれた。義勇兵に過ぎぬ彼らが巨人たちの足元に近づけたことは僥倖だった。毒煙が目隠しになったことが戦果に繋がったのだろう。これは今後にも使える戦訓だ。まあ、魔帝ラントに同じ手は通用しないだろうから、あまり意味はないのだろうが……)
今回、決死隊が戦果を挙げられたのは巨人たちが毒の存在に気づかず、足元にいた兵士を踏みつぶしていったからだ。
巨人たちは基本的には裸足だが、通常の武器なら踏んでも大した怪我は負わない。そのため、無造作に踏み潰したのだが、毒を塗った武器が皮膚に僅かに傷を付けたことで、毒が回ってしまったのだ。
このことはシーバスに報告されていない。報告できる兵士がほとんど残っていなかったこともあるが、彼らとしては自分たちが勇敢に戦ったことにしたかったため、その部分はあえて報告しなかったのだ。
もし、正確な報告を受け、彼の部下であるウイリアム・アデルフィに伝わったならば、ナイダハレル近郊で使った落とし穴に剣を設置した罠を強化することをすぐに思いついただろう。もっとも迷宮産の毒はボトルから出すとすぐに劣化するため、ただ塗るだけでは罠には使えないが。
そして今後についても考えていく。
(東地区と南地区の戦力は壊滅した。西地区と北地区に入ってくれれば、伏兵と別の罠が用意してあるが、魔帝ラントが何の策もなく、入り込むことは考え難い。それに捕虜を尋問しているだろうから、下水道に潜んでいたことは知られたはずだ。そうなると同じ手は使えない……)
シーバスは末端の兵士だけでなく、各地区の指揮官クラスにも作戦の全貌は伝えていなかった。これは指揮官が捕虜になることを恐れたためで、情報統制はほぼ完璧だった。
しかし、下水道を使ったこと自体は知られてしまうため、奇襲が行えなくなると判断した。
(下水道は徹底的に調べられるだろう。そうなれば、こちらの打てる手はほとんどなくなる。それどころか、こちらが動く前に魔族側が何らかの手を打ってくるだろう。まあ目的から考えたらこれでも充分に成果は上がっているのだが……)
今回の作戦の目的を思い出し、苦笑が漏れる。
シーバスとアデルフィは、ここテスジャーザで魔族軍を迎え撃つことを決めた。
しかし、切り札である勇者が行方不明であり、“絶対的な防御を持つ魔帝”を殺害するという究極の目的を達することは不可能だと考えていた。
そのため、作戦の目的を時間稼ぎとしていた。
これはテスジャーザで迎え撃たなかった場合、ここ以上に強固な防衛拠点はなく、聖都ストウロセスまで一気に攻め上られる可能性が高い。そのため、聖都での防衛体制強化や住民の避難の前に攻められることを危惧した。
特に住民については聖都とその東にあるカイラングロースを合わせれば、二十万人以上の住民がおり、更にその周辺の農村を含めると、五十万人近い民がいるため、充分な時間が必要だと考えていた。
また、時間を稼ぐことにより、他国からの援軍にも期待できるため、聖都での決戦体制を整えられる。
(下水道を調べるといっても総延長は百マイル(約百六十キロメートル)を優に超える。それに狭い地下であれば、主力である巨人はもちろん、巨体のオーガたちも身動きが取れない。比較的小柄な魔獣たちかアンデッドしか入れない。そこに活路を見出す。魔獣に対しては毒を、アンデッドに対しては聖水を使えば、魔帝は更に警戒するはずだ……)
シーバスは下水道を利用したゲリラ戦を考えていた。
この町の下水道は元々対魔族用に使われることを想定して作られている。そのため、人族の体格に合わせた広さになっており、大柄な鬼人族や飛行を移動手段とする妖魔族にとっては移動すら困難だ。
また、通常の下水道なら極力まっすぐに作るところを、遠距離からの魔法攻撃を考慮し、長い直線がないように設計されている。
そこに魔族軍を引き込み、少人数で散発的に戦いを挑むつもりでいる。
(魔帝ラントが別動隊を聖都に向けるかもしれないが、彼は思った以上に慎重だ。ここを攻めるにも情報収集と攪乱を行ってからしか動いていていない。しらみつぶしにしてくれれば、少なくとも十日は時を稼ぐことができる……)
シーバスは北地区と西地区に残る兵士たちを町の中に分散させ、更なる迎撃態勢を構築していった。
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この場所は魔族侵攻に備え、脱出ルートである下水道に繋がっており、魔力探知を妨害する措置も施されている。
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「東地区ですが、十体の巨人を倒し、更に二十体以上に大きなダメージを与えております。これほどの戦果を挙げたことは、ここ数百年ではなかったことです! 聖王陛下もお喜びになられるでしょう!」
シーバスは興奮気味の部下たちに冷徹な目を向ける。
「よくやった。だが、こちらの損害はどうなのだ?」
その言葉に二人の部下は僅かに視線をさまよわす。
「南地区は投入した約五千の兵のうち、帰還できたものは千に満たないそうです」
「東地区も似たような状況です。参加した兵五千のうち、拠点に戻ってこられた者は八百ほどと聞いております。そのほとんどが毒でやられているか、傷を負っているかで現在治癒師が治療を行っております」
シーバスはその大きな損害にも表情を変えることなく聞いていた。
「よろしい。では、東地区と南地区の兵士はその場で治療を続けよ。北と西から治癒師を回す……」
シーバスは命令を伝え、部下たちが立ち去った後、天を仰ぎ見る。
(恐らく魔族に与えた損害は報告の半分以下だろう。まあ、それでも充分に高い戦果なのだが、いくつもの罠を使い、一万近い兵士を失って得られた戦果が僅か二、三百では……ここで戦訓を得たとしても聖都での決戦で勝利することは不可能だな……)
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今回、東門近くで使った毒煙の罠は建物の密閉性を上げ、その中で毒草を燃やして煙を充満させ、巨人たちが建物を壊すと煙が周囲に撒き散らすというものだった。また、火種と共に油を染み込ませた毒草を置いておき、建物が破壊された衝撃で更なる煙を発生させている。
しかし、煙は上にだけ向かったわけではなく、地上部や下水道にも流れている。その結果、多くの兵士が毒煙にやられていた。
一方で迷宮から出てきた毒ポーションを使った決死隊は予想より活躍している。
毒ポーションは剣などに塗って使うことができるもので、人族に使えば僅かな傷を負っただけでも死に至る。
毒が全く効かない死霊族はもちろん、毒に対する耐性が高い魔獣族やそもそも巨体で致死量が多い巨人族に対しては死に至る前に解毒の魔法を使われてしまい、これまで有効な手段とは思われていなかった。しかし、今回は足止めと共に使ったことで、解毒が間に合わず、多くの巨人族戦士が命を落としている。
(決死隊はよくやってくれた。義勇兵に過ぎぬ彼らが巨人たちの足元に近づけたことは僥倖だった。毒煙が目隠しになったことが戦果に繋がったのだろう。これは今後にも使える戦訓だ。まあ、魔帝ラントに同じ手は通用しないだろうから、あまり意味はないのだろうが……)
今回、決死隊が戦果を挙げられたのは巨人たちが毒の存在に気づかず、足元にいた兵士を踏みつぶしていったからだ。
巨人たちは基本的には裸足だが、通常の武器なら踏んでも大した怪我は負わない。そのため、無造作に踏み潰したのだが、毒を塗った武器が皮膚に僅かに傷を付けたことで、毒が回ってしまったのだ。
このことはシーバスに報告されていない。報告できる兵士がほとんど残っていなかったこともあるが、彼らとしては自分たちが勇敢に戦ったことにしたかったため、その部分はあえて報告しなかったのだ。
もし、正確な報告を受け、彼の部下であるウイリアム・アデルフィに伝わったならば、ナイダハレル近郊で使った落とし穴に剣を設置した罠を強化することをすぐに思いついただろう。もっとも迷宮産の毒はボトルから出すとすぐに劣化するため、ただ塗るだけでは罠には使えないが。
そして今後についても考えていく。
(東地区と南地区の戦力は壊滅した。西地区と北地区に入ってくれれば、伏兵と別の罠が用意してあるが、魔帝ラントが何の策もなく、入り込むことは考え難い。それに捕虜を尋問しているだろうから、下水道に潜んでいたことは知られたはずだ。そうなると同じ手は使えない……)
シーバスは末端の兵士だけでなく、各地区の指揮官クラスにも作戦の全貌は伝えていなかった。これは指揮官が捕虜になることを恐れたためで、情報統制はほぼ完璧だった。
しかし、下水道を使ったこと自体は知られてしまうため、奇襲が行えなくなると判断した。
(下水道は徹底的に調べられるだろう。そうなれば、こちらの打てる手はほとんどなくなる。それどころか、こちらが動く前に魔族側が何らかの手を打ってくるだろう。まあ目的から考えたらこれでも充分に成果は上がっているのだが……)
今回の作戦の目的を思い出し、苦笑が漏れる。
シーバスとアデルフィは、ここテスジャーザで魔族軍を迎え撃つことを決めた。
しかし、切り札である勇者が行方不明であり、“絶対的な防御を持つ魔帝”を殺害するという究極の目的を達することは不可能だと考えていた。
そのため、作戦の目的を時間稼ぎとしていた。
これはテスジャーザで迎え撃たなかった場合、ここ以上に強固な防衛拠点はなく、聖都ストウロセスまで一気に攻め上られる可能性が高い。そのため、聖都での防衛体制強化や住民の避難の前に攻められることを危惧した。
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また、時間を稼ぐことにより、他国からの援軍にも期待できるため、聖都での決戦体制を整えられる。
(下水道を調べるといっても総延長は百マイル(約百六十キロメートル)を優に超える。それに狭い地下であれば、主力である巨人はもちろん、巨体のオーガたちも身動きが取れない。比較的小柄な魔獣たちかアンデッドしか入れない。そこに活路を見出す。魔獣に対しては毒を、アンデッドに対しては聖水を使えば、魔帝は更に警戒するはずだ……)
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