魔帝戦記

愛山雄町

文字の大きさ
上 下
57 / 134
第二章「王国侵攻編」

第二十八話「王国軍迷走」

しおりを挟む
 時は勇者ロイグがナイダハレルに向かった翌日の五月三日に遡る。

 神聖ロセス王国東部の要衝、テスジャーザに到着した聖トマーティン兵団の兵団長、ペルノ・シーバスは戦場をどこに設定するかで悩んでいた。

(アデルフィはこの町の北にある森林地帯を利用すべきと言っていた。敵の全軍が見える場所では義勇兵たちの戦意が落ち、何もできないまま潰走するというのが理由だが、今日見てきた限りでは確かに森と丘で視界が遮られ、敵の全容は見えない。だが、あの場所では命令を伝えるすべがない……)

 彼の部下、ウイリアム・アデルフィはテスジャーザの北の出身で、地形を利用したゲリラ戦を採用すべきと主張していた。

 そのため、本日シーバスは現地を視察したが、当初抱いた危惧通り、指揮命令系統の構築はほぼ不可能な複雑な地形だった。

(だからと言って、この町で籠城戦を行っても勝利の可能性は皆無だ。七万を超える軍勢がいるとはいえ、この町は広すぎる。一点突破を図られ、町に突入されたらなすすべもない……)

 王国軍は義勇兵である聖トマーティン兵団五万、テスジャーザ防衛隊五千、ナイダハレルとサードリンの防衛隊が計七千、隣国カダム連合からの応援部隊一万の合計七万二千の兵力を有している。

 しかし、テスジャーザの町は南北約二キロメートル、東西約一・五キロメートルの歪な円形をした都市で、城壁の長さは六キロメートルほどある。そのため、城壁をすべて守るには兵力を大きく分散させる必要があった。

 また、住民も七万人近くいるため、兵士と合わせて十四万人という人口を抱えることになり、町を封鎖すれば食料はすぐに尽きてしまう。

(この町の住民たちは我々王国軍を煙たがっている。ロセス神兵隊がやったことが噂になっているが、恐らく魔帝が広めさせたものだろう。そうでなければ、辻褄が合わん……)

 彼の予想通り、ラントはロセス神兵隊が行った無差別テロについて、諜報員を使って噂を広めていた。ここテスジャーザの町でも多くの市民がナイダハレルで起きていることを知っている。

 それに加え、サードリンの町から脱出した老人たちがトファース教の聖職者に見捨てられたことも広まっており、王国軍と教会に対し住民たちは声高に批判こそしないが、冷ややかな目で見ていた。

(それにしても今回の魔帝は厄介だ。このような搦め手まで使ってくるのだから……今考えるべきは防衛線をどこにするかだ……)

 シーバスは頭を切り替える。

(ここでの籠城戦は難しい。さりとて出て戦うにしても我々に有利な地形がない。勇者が魔帝を倒してくれることに期待するしかないが、何もせずにいるわけにもいかん。住民の避難を進めつつ籠城の準備をし、同時に北の森で迎え撃つしかないか……)

 シーバスはテスジャーザでの籠城が可能なように住民たちを強制的に避難させ、市街戦が可能な準備を行うこと、また、兵力の一部を北部の森林地帯に向かわせ、防衛拠点化することを考えた。

 しかし、その計画もすんなりとは進まなかった。
 この町の領主であるテスジャーザ侯爵や住民の代表が避難を拒否したのだ。

「ここから逃げると言ってもカイラングロースまでは九十マイル(約百四十五キロメートル)もある。途中に小さな宿場はあるが、我が領民たちを受け入れることはできん。町にあるだけの馬車を使ったとしても、一日に進めるのは精々十マイル(約十六キロメートル)。現実的な案とは言えん」

 侯爵がそう言うと、住民の代表である商業組合の組合長も大きく頷いている。

「逃げないということは魔族に降伏する気がある、すなわち背教者になってもよいということですかな?」

 シーバスはそう言って睨み付ける。

「そうならぬように街を守るのが、卿ら王国軍の仕事ではないか。それに勇者が魔帝討伐に向かっているのだ。それが成功すれば逃げる必要はない。そうであろう」

「確かにその通りですが、勇者ロイグが成功するとは限りません。小職としましては、最悪場合も視野に入れた計画を練っておく必要があると考えております」

 結局、議論は平行線のまま時間切れとなった。
 シーバスは魔族軍が侵攻してくる可能性が高い、東と北の城門にバリスタなどの遠距離兵器を集めることにした。

(魔族軍は強力だ。わざわざ迂回して西や南に行くことはないだろう。それにすべての城門を守れば手薄になって突破されるだけだ。それならば勝負を掛けた方がいい……)

 シーバスは更に北の森での迎撃準備を行おうと考えたが、カダム連合の指揮官ミクターが反対する。

「森の中では各個撃破されるのがオチではありませんかな? 小職はテスジャーザでの防衛を主張いたしますぞ」

 ミクターはカダム連合軍の指揮官だが、傭兵の国エルギン共和国の傭兵だ。五十歳の古強者で、今回の戦いで王国軍が勝利することは不可能だと考えている。

 それでも契約に従い、ここまで来た。しかし、情報を集めるに従い、魔帝ラントは降伏した者に寛容であることが分かり、戦闘になった際も勝利が見込めないなら抵抗せずに降伏しようと考えていた。そのため、乱戦になりやすい森の中での戦いを嫌った。

「テスジャーザの防衛が困難であることは貴殿も理解しているはずだ。勝利の可能性があるのは北の森しかない」

 シーバスはそう言ってミクターを説得する。

「その可能性が限りなくゼロに近いと小職は考えておるのですよ。もし、森で迎撃をされるのでしたら、貴国の兵力だけでお願いしたい。我々は貴国の要請に従ってここまで来たが、無謀な作戦にまで付き合う義理はないと思っておりますのでな」

 取り付く島がなく、シーバスは説得を諦め、聖トマーティン兵団だけで北の森に向かうことにした。

 しかし、それもすんなりとはいかなかった。
 五月五日から北の森に向かう予定だったが、町の中で義勇兵が暴動を起こし、その対応に追われたからだ。

 兵団は五月二日にテスジャーザに到着したものの、カダム連合軍と合わせて六万という大人数であり、既にサードリン、ナイダハレルの防衛隊も駐屯地に入っていたことから、町の外に野営するしかなかった。

 そのため、休養を兼ねて一万人ずつが町に入っていたが、五月四日、神兵隊の噂を聞いた商店の主が義勇兵の入店を断ったことからトラブルが発生した。

 義勇兵たちは聖王直属ということで特権意識を持っていた。実際、義勇兵たちは聖都ストウロセスでは市民から熱狂的に支持され、不愉快な思いをすることは皆無だった。

 しかし、テスジャーザに到着してからは住民から冷ややかな目で見られ、そのことに不満を持っていた。

 最初は口論程度だったが、不満が爆発する形で義勇兵がその店主を殺してしまう。更に彼らは暴走し、商店街で略奪行為を始めてしまった。

 それを聞いたシーバスは頭を抱えた。
 聖トマーティン兵団には彼を補佐するベテランの指揮官が少なく、千人隊長ですら二十歳そこそこの義勇兵という状態で、兵士たちを掌握しきれていなかった。

(ここまで順調だったが、やはり義勇兵だけでは無理があったか。もう少し引き締めておけばよかった……)

 後悔するものの、彼は事態収拾に奔走する。
 しかし、一度燃え上がった火は容易には消せなかった。

 シーバスは直ちに兵士たちの町への立ち入りを禁止した。それにより、住民とのトラブルはなくなったが、今後は兵士たちの不満が彼に向いた。

「我々は聖王陛下のお言葉に従い、命を捨てる覚悟で魔族と戦おうとしているんだ。それなのに町で休暇を楽しむこともできないというのは、あまりに理不尽じゃないか! こんな町を守る必要はない!」

 シーバスは怒鳴り付けたい気持ちを抑えつつ、毅然とした態度で対応する。

「町の住民たちも不安なのだ。それに貴君らは休暇を楽しむために義勇兵になったわけではない。魔族と戦うために義勇兵となったのだ。勝てば彼らの気持ちも変わる。今は訓練を受けた我々が我慢しなくてはならん」

 彼の言葉は正しいが、正しいことが必ずしも受け入れられるとは限らない。
 義勇兵たちはシーバスに対する不満を更に募らせ、不服従という選択をした。そのため、北の森での迎撃準備が進むことなく、時間だけが過ぎていく。

 シーバスは暴動を起こした者とその後の不服従を扇動した者を処刑し、更に動揺する義勇兵たちに語り掛けることで、秩序を取り戻した。

 しかし、彼が聖トマーティン兵団を掌握できたのは五月八日の夜。貴重な五日間という時間を浪費することになった。

(魔帝ラント……なんと厄介な敵だ。兵を動かすことなく、我らから時間を奪うとはな……これで選択肢はほとんどなくなった。ここで戦うしかない……)

 シーバスは北の森での迎撃を諦め、テスジャーザでの防衛に専念することを決めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました

言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。 貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。 「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」 それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。 だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。 それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。 それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。 気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。 「これは……一体どういうことだ?」 「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」 いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。 ――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...