魔帝戦記

愛山雄町

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第二章「王国侵攻編」

第十六話「情報戦」

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 五月一日。

 ラントの前に駆逐兵団の兵団長、鬼神王ゴインが現れ、片膝を突く。
 ゴインは苦虫を噛み潰したような表情をしながら頭を下げ、報告を行った。

「西に向かった警邏隊のデーモンロードより連絡が入りました。森の中で待ち伏せ攻撃を受けているとのことです」

 警邏隊には念話の魔道具を持ったデーモンロードが加わっており、緊急連絡を送ってきたのだ。
 襲撃というショッキングな報告を受けたラントだったが、彼に驚きはなかった。

「対応は?」と静かに聞く。

「事前のご命令通り、直ちに天翔兵団の一部を向かわせています。ただ、デーモンロードからの報告では深追いしたダイアウルフとワータイガーが討たれ、エンシェントエルフが制止したにも拘らず、ハイオーガが逆上し猪突したとのことです。まことに申し訳ございません」

 同族である鬼人族が猪突したということで、ゴインが謝罪の言葉を口にする。

「謝罪は後で聞く。で、そのエンシェントエルフは無事か?」

「手傷は負ったようですが、無事に包囲を脱したと聞いております」

「エンシェントエルフとデーモンロードにはよくやったと伝えてくれ。それから少しでも可能性があるようならハイオーガと魔獣族にエリクサーの使用を許可する。ためらうことなく使ってやってくれ」

「御意」とゴインは頭を下げる。その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 エリクサーは世界樹を材料にした最高級のポーションで、グラント帝国といえども備蓄は多くない。本来であれば、指揮官クラスに使用するためのものだ。

 それを一介の戦士に惜しげもなく使えと指示したラントにゴインは感動し、涙を浮かべたのだ。

「デーモンロードはグリフォンたちを待って、人族の襲撃部隊を追跡。奴らの隠れ家を探せと伝えよ。捕虜にできればいいが、無理はするな。特にデーモンロードは連絡役に徹するよう強く命じてくれ」

「御意」とゴインはもう一度深く頭を下げ、ラントの前から立ち去った。

「釣り野伏って奴か。用意周到な……これは私のミスだ……」とラントは絞り出すように呟く。

 そして、側近であるフェンリルのキースに命じた。

「アギーとダフを呼んでくれ」

「承りました」と執事姿のキースは一礼し、執務室から出ていく。

「どうするのよ」とエンシェントドラゴンのローズが聞く。

 口調こそとげとげしいが、戸惑いも見えた。ラントが犠牲者に対して責任を強く感じていると分かっているが、どう慰めていいのか分からないためだ。

「敵を引きずり出す。そのためにある情報を流すつもりだ」

 エンシェントドラゴンであるローズは細かいことが苦手で、ラントの作戦をまどろっこしく感じた。

「情報を流す? 森ごと焼いたら手っ取り早いんじゃなくて?」

 神龍王アルビンらエンシェントドラゴンは東の町に降伏勧告に行っているため残っていないが、轟雷兵団のリッチたちは大規模な範囲魔法を得意としており、ナイダハレル周辺の森を焼き払うことはそれほど難しくない。

「それは最後の手段だ。森は住民にとって必要な資源が豊富にあるし、下手に焼いてしまうと土地が荒れる可能性もある」

 燃料である薪や薬草類、食料となる獣などがいる。また、ナイダハレル周辺は丘陵地帯でもあり、森がなくなることで保水力を失い、農地が荒れるかもしれないとラントは考えた。

 キースが天魔女王アギーと元傭兵隊長、情報官のダフ・ジェムソンと共に戻ってきた。

「お呼びと伺いましたが?」とアギーが聞く。

「警邏隊が襲われて犠牲者が出たようだ……」と言ってラントは概要を説明する。

「これ以上敵に先手を取られたくない。奴らと勇者を引きずり出すためにある情報を流してほしい」

「どのような情報を流せばよいのでしょうか?」とアギーが確認する。

「まずこの町では、エンシェントドラゴンたちが戻り次第、周囲の森をすべて焼き尽くすと魔帝が言っていたと噂を流せ。情報はこの館にいる町の運営に携わっている者たちから流させるのがいいだろう。ダフ、君にこれをやってもらいたい」

 ナイダハレルは領主の部下を始め、すべての役人が町から退去したため、住民の中から顔役などの有力者を募って行政を回そうとしていた。そのため、領主の館には少なくない数の住民が働いている。その取りまとめを言葉が通じるダフがやっていた。

「了解です。ですが、本当に焼くんですかい?」

「いや、脅すだけだ。何なら私が相当頭に来ているという噂も流していい。それを聞いた顔役が私のところに来てくれれば、激怒した演技をする」

「分かりました。ですが、陛下では迫力がありませんから、ゴインの旦那か、ドラゴンのお嬢に怒鳴ってもらって、陛下が宥める方が説得力はあると思いますぜ」

 ダフはローズたちに聞かれないように人族の言葉、ロセス語で話した。
 ラントはダフの提案に苦笑する。

「確かにそうだな。どうせ、顔役たちも帝国語は分からないのだから、私ではなく、ゴイン辺りに大声で主張してもらった方がいいだろう」

 そう言うとダフがニヤリと笑った。
 ラントはアギーに視線を向ける。

「テスジャーザの諜報員にも噂を流させてくれ。教会が雇った冒険者が降伏した住民を虐殺していると。これは降伏した奴らが悪いという感じで流すようにしてくれ」

「御意にございます。ですが、なぜ降伏した方が悪いという風に言うのでしょうか? 同胞を殺しているという方がよくない噂になると思うのですけど?」

「確かにそうだが、それだと誰がその噂を流したのかということになる。降伏した者は背教者だそうだから、教会の狂信者たちなら自慢げに話してもおかしくはない。だから、その方が信憑性はあるし、狂信者たちも否定はしないだろう」

 その言葉にアギーが目を輝かせる。

「さすがは陛下ですわ! 確かに狂信者たちなら自慢するでしょう。それを逆手に取るとは本当に素晴らしいことですわ!」

 そう言ってラントににじり寄ってくる。
 ラントは少し焦りながらも目的を説明する。

「この噂を聞けば、テスジャーザの住民は教会と聖堂騎士団に対して反感を持つ。降伏すれば助かると思ったら味方に殺されることになるのだからな」

 アギーは何となく肩透かしされた感じで不満げだが、「そうですわ」と頷く。

「それにこの噂をテスジャーザの領主が聞いたら焦るはずだ。住民たちが逃げ出せば、産業は破綻するし、税収もなくなる。当然、教会と聖堂騎士団に抗議するだろう。そうなれば、作戦の目的を早く達成しようと無理な攻撃を命じるはずだ」

「敵の作戦の目的でございますか? わたくしには分からないのですが?」

 アギーの他にキースたちも頭に疑問符を浮かべている。

「敵のこの作戦は私を倒すことを目的としている」

「陛下を……」とアギーが声を上げそうになるが、ラントはそれを目で制して説明を続ける。

「そもそも降伏した住民たちを殺しても彼らにとって何の益もない。では何のために味方だった者たちを殺しているのか……」

 そこでアギーたちを見る。
 彼女たちは誰一人、その問いに答えることができなかった。

「それは私が彼らを帝国の臣民とし保護すると約束したからだ。口にした以上、手を拱けば、私の信用はガタ落ちだ。それを防ぐためには何らかの手を打たなければならない。それも早急に……」

 ラントはテロ攻撃が始まってから神聖ロセス王国が何のためにこのような行為を行うのか考え抜いた。

 そして、ある結論に辿り着いた。それは自分が保護した民衆を守る姿勢を見せたことから、それを利用しようとしているのではないかというものだった。

「私が打てる手はそれほど多くない。民を守るか、襲撃者を追い詰めるかだ。いずれにしても戦力を分散させる必要がある」

「ですが、駆逐兵団だけでも充分な兵力がございますわ。陛下の周りから戦士がいなくなるようなことはあり得ないと思うのですが?」

 アギーの言葉にラントは「いい質問だ」と笑みを見せ、更に説明を続けていく。

「確かに護衛の数は大きく減らないだろうし、君を含め一騎当千の者たちが固めてくれるから護衛が足りないという事態は考え難い。しかし、想定外の行動は必ず混乱を生む。混乱は隙を生み、勇者がそこを突けば、私を倒すチャンスが生まれるかもしれない」

「つまり陽動作戦ということでしょうか?」

「そういうことだな」と、ラントは満足げに頷き、アギーはその表情を見て喜んでいる。

「だから私はそれを逆手に取り、敵に焦りが生じるように噂を流す。アルビンたちが森を焼くと聞けば、森に潜む襲撃者たちも安穏とはしていられない。アルビンたちがいつ戻るのか、彼らには分からないのだから、計画を前倒しにするしかないだろう」

「分かりましたわ! 準備不足の状態で勇者を飛び込ませ、罠に掛けるのですね。神の如き叡智ですわ!」

「その通りだ。まあ、神の如き叡智は言い過ぎだが」

 そう言ってラントは苦笑するが、アギーの感歎の言葉にキースたちも目を輝かせて頷いていた。
 それを誤魔化すようにラントは話題を変えた。

「君に任せた罠の準備はどうだ?」

 問われたアギーは自信に満ちた表情で答える。

「既に終わっておりますわ。陛下のお考え通り、この館の地下に秘密の通路がございました。その出口に罠を仕掛けております」

 ラントは襲撃者が下水道や脱出用の通路などを使ってナイダハレルの町に侵入したと考えた。それならば、領主が脱出する際に使う地下通路があるのではないかと、調査させていた。

 そして、その通路を襲撃に使うと考え、逆に罠を仕掛けるよう命じていた。

「よろしい」

 ラントはそう言って大きく頷いた。
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