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第二章「王国侵攻編」
第十五話「ゲリラ戦」
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私は聖堂騎士団の中隊長、ウイリアム・アデルフィだ。今は特殊部隊であるロセス神兵隊の指揮官でもある。
私が神兵隊五百名と共に聖都ストウロセスを出発したのは四月二十一日。
船を使ってテスジャーザに到着後、ナイダハレル近郊の廃村に到着したのは三日後の二十四日だ。
その翌日の四月二十五日に部下五十名を何とかナイダハレルに潜入させることができた。もし一日、いや半日遅れていたら、魔族軍の襲来に巻き込まれて、町の中に入るのに手間取った可能性が高かった。
更にサードリンの町にも五十名を向かわせている。
こちらは完全に陽動なので少なめだ。ナイダハレルから戦力を裂きたくなかったためだが、本来なもう少し人数を回して敵を掻きまわしたいと考えていた。
何とか部下たちを配置に付けることに成功した。
しかし、今回の作戦は魔帝の周囲から護衛を減らすために、何の罪もない民を殺し続けるという鬼畜の所業だ。失敗した方が民のためになるのではないかとつい考えてしまう。
幸いなことに部下である神兵隊の若者は聖王陛下のお言葉と、その後の司教たちの教育によって、教会に対して絶対の忠誠を誓っており、背教者を殺すことに何の疑問も感じず、当然良心の呵責も一切ない。
もし迷いがあるようなら、私はその者を処分しなければならなかった。だから、好都合なのだが、若者たちの幼い純真さに憐れみを感じている。
しかし、私に彼らを憐れむ資格はない。
私は罪深い行いと知った上で計画を立て、彼らに実行させようとしているのだから。
二十六日、潜入した部隊から情報が届いた。
城門を閉鎖されたナイダハレルからどうやって情報を得たのかだが、我々聖堂騎士団は城塞都市の秘密通路の情報を持っている。
だから、そこを使えば少人数であれば町を出入りすることは難しくない。
私自身、十年ほど前にこの町に配属になっていたことがあり、ナイダハレルだけでなく、町の周囲にも土地勘がある。秘密通路の地図を見ればどことどこが繋がっているかはすぐに理解できた。
潜入部隊が送ってきた情報は魔族軍が圧倒的な戦力で駐留軍を降伏させたというものだ。
勝てる見込みもないのに戦いを挑んだことに失笑が漏れそうになるが、彼らのお陰で時間を稼げ、潜入が容易になったので感謝している。
更に魔帝ラントが城主の館に入ったという情報を手に入れた。
また、軍と役人が全面的に退去し、更に役所の書類を持ち出すか処分したため、警備体制を構築するのに時間が掛かっていることも分かった。
この嫌がらせを考えたのは私だ。
魔帝ラントが情報を重視していることは、サードリンへの対応で何となく分かっていた。
そのため、聖都を発つ前に天馬騎士を使い、ナイダハレルの領主に指示を与えている。
具体的には、役人はどれほど下級のものであっても、残留を希望すれば家族と共に処刑せよという命令を、聖王陛下の名において伝えたのだ。
また、魔帝に利用されないよう領主の館や役所にある書類は極力処分するようにも命じている。
これがどの程度効果を発揮したのかは分からないが、少なくとも警備体制はザルだった。魔帝周辺はともかく、各地区では全く機能していない。
魔族軍の治安維持部隊は各地区に配置されていたが、町の地理を把握していないため、巡回中に道に迷う者がいたという情報があったほどだ。
この機にナイダハレルの中心部で反撃の狼煙を上げた。
狙ったのは中堅クラスの商会の建物だ。大手の商会は常時護衛を雇っているため、破壊活動は難しいが、中堅クラス以下の商会は町の外でしか護衛は雇わない。
標的とした商会を焼き討ちするよう一個分隊に命じた。
ちなみにロセス神兵隊は総数五百で、一個分隊五名を基本としている。分隊が五個集まり小隊となり、小隊が四個集まり中隊となるという感じで、組織化している。
分隊は彼らが迷宮に挑んだ時のパーティメンバーで構成されている。そのため、阿吽の呼吸で行動でき、奇襲や夜襲などで力を発揮する。
問題があるとすれば、近距離、中距離、遠距離の各攻撃担当と、斥候や罠の解除の担当、治癒師という組み合わせがほとんどであり、二十五人の小隊や百人の中隊といった単位で戦わせるには向いていない点だろう。
これについては想定内だ。元々大規模な戦闘を考慮した部隊ではないため、小隊以上で戦いを挑む場合も分隊単位で運用するしかないと割り切っている。
分隊単位での襲撃なら迷宮で生き残っただけあって見事な連携を見せるため、それほど不安はない。
今回も先行して潜入する者、商会の事務員を攻撃する者、火を着ける者という役割を見事にこなしており、要は使い方次第だということだ。
それからすべての分隊に襲撃を命じた。すべての分隊に命じたのは、彼らは迷宮での戦闘経験しかなく、人を殺したことがなかったためだ。度胸を付けさせるというより、血に酔わせ、恐怖を忘れさせようと思ったのだ。
これが上手くいき、最初の三日間はほとんど損害を受けることなく襲撃を成功させた。多くの建物を焼き、ナイダハレル近郊だけでも罪のない住民を五十人ほど殺している。まだサードリンからの情報は来ていないが、向こうでも十人以上は殺しているはずだ。
成功した理由は神兵隊が肉体的には非常に優秀だからということもあるが、魔族を相手にしなかったことが大きい。もし、魔族の巡回部隊が近くに現れたら、任務の途中であっても離脱するように固く命じており、それを守ったため損害を出さずに済んでいる。
こちらには九十もの分隊があり、一つや二つが中止しても作戦全体に影響はなく、それ以上にその後の罠のための布石として役に立ってくれた。
三日間の襲撃の間にも、次の作戦の準備を行っていた。
次の作戦は魔族の巡回部隊を襲撃だ。こちらが必ず逃げると思い込んだところで、逃げずに攻撃を仕掛けるのだ。
それも襲撃に失敗し撤退するところで追わせ、待ち伏せ部隊のところに引きずり込む。魔族軍は一騎当千の戦士が多く、こうでもしないとこちらが全滅するからだ。
私は身体強化が得意な分隊を囮とし、巡回中の魔族軍を森に引き込むことにした。
標的にした魔族軍の巡回部隊はハイオーガが五体、狼らしい魔獣が二体に虎らしい魔獣が一体、エルフが一人にデーモンが一体の計十体で構成されていた。
これだけの戦力なら義勇兵である聖トマーティン兵団なら百人の中隊でも容易く全滅させられる。私の部下である特殊な訓練を受けたロセス神兵隊であっても一個小隊二十五名でも持て余すはずだ。
そのため、私は二個小隊五十名を森に潜伏させ、自ら指揮を執ることにした。
囮部隊は風下に向かうように移動し、敵を引き連れてくる。森の中で見通しが利かないが、小高い丘の上から見ていると囮部隊は魔獣たちの追撃を受け、必死に逃げているのが分かった。身体強化で脚力を上げていても魔獣の速度には敵わないようだ。
魔族軍は囮部隊を逃がさないことだけを考えて追撃している。そのため、周囲の警戒が疎かになり、百ヤード(約九十メートル)ほどまで近づいてもこちらに気づいていない。
三日間の布石が役に立ったのだ。
その間に後衛二人が魔獣の餌食となった。体力がある前衛三人は後ろを振り返ることなく、必死に逃げている。魔獣の後ろにはハイオーガが枝をへし折りながら続いていた。
援護したい気持ちを抑え、待ち伏せ部隊に目を向ける。
彼らも同じ部隊の仲間が殺されることに忸怩たる思いがあるようだ。もっとも同じ部隊と言っても訓練中を含め、ほとんど交流がないため、名前すら知らないはずだ。
更に一人がデーモンの放った魔法で倒された。
既に距離は五十ヤード(約四十五メートル)を切っており、あと少しで包囲網の中に入り込む。
そう思った時、狼の魔獣が急に止まり、「ウォォーン!」と遠吠えを行った。
それによって他の二体も止まり、更にハイオーガたちまで止まってしまう。どうやらこちらの存在に気づき、警告を発したようだ。
私は即座に襲撃を命じた。
「攻撃開始! 一体も逃がすな!」
その命令に弓術士と魔術師、更には遠距離攻撃のスキルを持つ剣術士たちも加わって、一斉に攻撃を行った。
ほとんどが手近な標的に向けて放っており、三体の魔獣は避ける間もなく、ボロボロになった。
「第一から第五小隊はハイオーガに向かえ! 第六はエルフ、第七小隊はデーモンだ! 第八から第十小隊は魔獣に止めを刺したら、フォローに回れ!」
ハイオーガたちは魔獣を見捨てる気がないのか、野太い咆哮を上げて突っ込んでくる。後ろからエルフが何か叫んでいるが、魔族の言葉なので何を言っているのか分からない。
デーモンは魔獣に仲間意識がないのか、即座に空に舞い上がった。
「第八から第十分隊は第七分隊と共にデーモンを倒せ!」
私の命令は少し遅かったようだ。
デーモンは我々を嘲笑うかのように上昇を続け、矢が届かない高さで止まった。魔法なら届かないことはないが、距離が離れているから簡単に避けられてしまうだろう。
「第七分隊はデーモンを見張れ! 第八から第十分隊は第一分隊たちの援護だ!」
ハイオーガと各分隊の戦いは熾烈を極めていた。
ロセス神兵隊は一般の兵士よりレベルが高く、装備も迷宮産で揃えている。更に五対一という条件に持ち込んでいるが、ハイオーガは強力で容易には倒せない。
それでも一体ずつ確実に倒し、五体すべてを討ち取った。
「第一から第五分隊は負傷者の治療を行え! 別の分隊の治癒師も手伝ってやれ!」
第六分隊に目をやると、エルフはデーモンの支援を受けて包囲の輪を抜け出していた。追撃しようとしたところで、第七分隊のリーダーが空を指さして叫ぶ。
「上空にグリフォンとフェニックスです!」
見上げると十体ほどの魔物がこちらに飛んでくる。
「負傷者の治療は応急処置だけで早急に終わらせろ! 打ち合わせ通り、分散して撤退するぞ!」
一応この事態は想定していた。
空からの攻撃には対応できないため逃げるしかないが、下手な逃げ方をすると、我々の位置が特定されてしまう。そのため、分散して脱出し、追われた分隊は隠れ家から離れるように移動することになっていた。
私自身は運よく追撃されず、逃げ切ることに成功した。
翌日の朝まで待って最終的な損害が分かった。
囮部隊は全滅。待ち伏せ部隊はハイオーガとの戦いで十人が死亡し、その後の追撃で一個分隊五名が帰還しなかった。計二十名もの損害を出したことになる。
私と囮部隊を含め、五十六人という少数の部隊で、ハイオーガ五、魔獣三を倒したことは聖堂騎士団なら表彰ものの大戦果と言っていいだろう。
しかし、今回の作戦の目的からすると、喜んでもいられない。
まず、エルフとデーモンを逃がしたことだ。魔帝ラントならエルフたちが持ち返った情報からこちらの意図を理解し、囮を使う作戦に対応してくるはずだ。
いや、既に何らかの手を打っている可能性が高い。
囮の発見から三十分も経っていないのに、飛行型の魔物が増援として現れている。方向的にナイダハレルから真っ直ぐ来た可能性が高く、偶然とは考えにくい。
つまり、何らかの手段で増援が呼べるということだ。
同じ手を使えば待ち伏せ部隊ごと全滅させられる可能性が高い。
これによってこの作戦が使えなくなった。
しかし、ここで手を拱いていてはもうすぐ到着する勇者の露払いができない。正確な日時は分からないが、伝令からの情報では数日以内にここに到着すると聞いている。
魔帝を倒せるのは勇者だけだ。だから魔帝を引きずり出すか、周りに隙を作る策を実行しなければ、我々に勝利はない。
私は勝利のために、悪魔に魂を売ることにした。
私が神兵隊五百名と共に聖都ストウロセスを出発したのは四月二十一日。
船を使ってテスジャーザに到着後、ナイダハレル近郊の廃村に到着したのは三日後の二十四日だ。
その翌日の四月二十五日に部下五十名を何とかナイダハレルに潜入させることができた。もし一日、いや半日遅れていたら、魔族軍の襲来に巻き込まれて、町の中に入るのに手間取った可能性が高かった。
更にサードリンの町にも五十名を向かわせている。
こちらは完全に陽動なので少なめだ。ナイダハレルから戦力を裂きたくなかったためだが、本来なもう少し人数を回して敵を掻きまわしたいと考えていた。
何とか部下たちを配置に付けることに成功した。
しかし、今回の作戦は魔帝の周囲から護衛を減らすために、何の罪もない民を殺し続けるという鬼畜の所業だ。失敗した方が民のためになるのではないかとつい考えてしまう。
幸いなことに部下である神兵隊の若者は聖王陛下のお言葉と、その後の司教たちの教育によって、教会に対して絶対の忠誠を誓っており、背教者を殺すことに何の疑問も感じず、当然良心の呵責も一切ない。
もし迷いがあるようなら、私はその者を処分しなければならなかった。だから、好都合なのだが、若者たちの幼い純真さに憐れみを感じている。
しかし、私に彼らを憐れむ資格はない。
私は罪深い行いと知った上で計画を立て、彼らに実行させようとしているのだから。
二十六日、潜入した部隊から情報が届いた。
城門を閉鎖されたナイダハレルからどうやって情報を得たのかだが、我々聖堂騎士団は城塞都市の秘密通路の情報を持っている。
だから、そこを使えば少人数であれば町を出入りすることは難しくない。
私自身、十年ほど前にこの町に配属になっていたことがあり、ナイダハレルだけでなく、町の周囲にも土地勘がある。秘密通路の地図を見ればどことどこが繋がっているかはすぐに理解できた。
潜入部隊が送ってきた情報は魔族軍が圧倒的な戦力で駐留軍を降伏させたというものだ。
勝てる見込みもないのに戦いを挑んだことに失笑が漏れそうになるが、彼らのお陰で時間を稼げ、潜入が容易になったので感謝している。
更に魔帝ラントが城主の館に入ったという情報を手に入れた。
また、軍と役人が全面的に退去し、更に役所の書類を持ち出すか処分したため、警備体制を構築するのに時間が掛かっていることも分かった。
この嫌がらせを考えたのは私だ。
魔帝ラントが情報を重視していることは、サードリンへの対応で何となく分かっていた。
そのため、聖都を発つ前に天馬騎士を使い、ナイダハレルの領主に指示を与えている。
具体的には、役人はどれほど下級のものであっても、残留を希望すれば家族と共に処刑せよという命令を、聖王陛下の名において伝えたのだ。
また、魔帝に利用されないよう領主の館や役所にある書類は極力処分するようにも命じている。
これがどの程度効果を発揮したのかは分からないが、少なくとも警備体制はザルだった。魔帝周辺はともかく、各地区では全く機能していない。
魔族軍の治安維持部隊は各地区に配置されていたが、町の地理を把握していないため、巡回中に道に迷う者がいたという情報があったほどだ。
この機にナイダハレルの中心部で反撃の狼煙を上げた。
狙ったのは中堅クラスの商会の建物だ。大手の商会は常時護衛を雇っているため、破壊活動は難しいが、中堅クラス以下の商会は町の外でしか護衛は雇わない。
標的とした商会を焼き討ちするよう一個分隊に命じた。
ちなみにロセス神兵隊は総数五百で、一個分隊五名を基本としている。分隊が五個集まり小隊となり、小隊が四個集まり中隊となるという感じで、組織化している。
分隊は彼らが迷宮に挑んだ時のパーティメンバーで構成されている。そのため、阿吽の呼吸で行動でき、奇襲や夜襲などで力を発揮する。
問題があるとすれば、近距離、中距離、遠距離の各攻撃担当と、斥候や罠の解除の担当、治癒師という組み合わせがほとんどであり、二十五人の小隊や百人の中隊といった単位で戦わせるには向いていない点だろう。
これについては想定内だ。元々大規模な戦闘を考慮した部隊ではないため、小隊以上で戦いを挑む場合も分隊単位で運用するしかないと割り切っている。
分隊単位での襲撃なら迷宮で生き残っただけあって見事な連携を見せるため、それほど不安はない。
今回も先行して潜入する者、商会の事務員を攻撃する者、火を着ける者という役割を見事にこなしており、要は使い方次第だということだ。
それからすべての分隊に襲撃を命じた。すべての分隊に命じたのは、彼らは迷宮での戦闘経験しかなく、人を殺したことがなかったためだ。度胸を付けさせるというより、血に酔わせ、恐怖を忘れさせようと思ったのだ。
これが上手くいき、最初の三日間はほとんど損害を受けることなく襲撃を成功させた。多くの建物を焼き、ナイダハレル近郊だけでも罪のない住民を五十人ほど殺している。まだサードリンからの情報は来ていないが、向こうでも十人以上は殺しているはずだ。
成功した理由は神兵隊が肉体的には非常に優秀だからということもあるが、魔族を相手にしなかったことが大きい。もし、魔族の巡回部隊が近くに現れたら、任務の途中であっても離脱するように固く命じており、それを守ったため損害を出さずに済んでいる。
こちらには九十もの分隊があり、一つや二つが中止しても作戦全体に影響はなく、それ以上にその後の罠のための布石として役に立ってくれた。
三日間の襲撃の間にも、次の作戦の準備を行っていた。
次の作戦は魔族の巡回部隊を襲撃だ。こちらが必ず逃げると思い込んだところで、逃げずに攻撃を仕掛けるのだ。
それも襲撃に失敗し撤退するところで追わせ、待ち伏せ部隊のところに引きずり込む。魔族軍は一騎当千の戦士が多く、こうでもしないとこちらが全滅するからだ。
私は身体強化が得意な分隊を囮とし、巡回中の魔族軍を森に引き込むことにした。
標的にした魔族軍の巡回部隊はハイオーガが五体、狼らしい魔獣が二体に虎らしい魔獣が一体、エルフが一人にデーモンが一体の計十体で構成されていた。
これだけの戦力なら義勇兵である聖トマーティン兵団なら百人の中隊でも容易く全滅させられる。私の部下である特殊な訓練を受けたロセス神兵隊であっても一個小隊二十五名でも持て余すはずだ。
そのため、私は二個小隊五十名を森に潜伏させ、自ら指揮を執ることにした。
囮部隊は風下に向かうように移動し、敵を引き連れてくる。森の中で見通しが利かないが、小高い丘の上から見ていると囮部隊は魔獣たちの追撃を受け、必死に逃げているのが分かった。身体強化で脚力を上げていても魔獣の速度には敵わないようだ。
魔族軍は囮部隊を逃がさないことだけを考えて追撃している。そのため、周囲の警戒が疎かになり、百ヤード(約九十メートル)ほどまで近づいてもこちらに気づいていない。
三日間の布石が役に立ったのだ。
その間に後衛二人が魔獣の餌食となった。体力がある前衛三人は後ろを振り返ることなく、必死に逃げている。魔獣の後ろにはハイオーガが枝をへし折りながら続いていた。
援護したい気持ちを抑え、待ち伏せ部隊に目を向ける。
彼らも同じ部隊の仲間が殺されることに忸怩たる思いがあるようだ。もっとも同じ部隊と言っても訓練中を含め、ほとんど交流がないため、名前すら知らないはずだ。
更に一人がデーモンの放った魔法で倒された。
既に距離は五十ヤード(約四十五メートル)を切っており、あと少しで包囲網の中に入り込む。
そう思った時、狼の魔獣が急に止まり、「ウォォーン!」と遠吠えを行った。
それによって他の二体も止まり、更にハイオーガたちまで止まってしまう。どうやらこちらの存在に気づき、警告を発したようだ。
私は即座に襲撃を命じた。
「攻撃開始! 一体も逃がすな!」
その命令に弓術士と魔術師、更には遠距離攻撃のスキルを持つ剣術士たちも加わって、一斉に攻撃を行った。
ほとんどが手近な標的に向けて放っており、三体の魔獣は避ける間もなく、ボロボロになった。
「第一から第五小隊はハイオーガに向かえ! 第六はエルフ、第七小隊はデーモンだ! 第八から第十小隊は魔獣に止めを刺したら、フォローに回れ!」
ハイオーガたちは魔獣を見捨てる気がないのか、野太い咆哮を上げて突っ込んでくる。後ろからエルフが何か叫んでいるが、魔族の言葉なので何を言っているのか分からない。
デーモンは魔獣に仲間意識がないのか、即座に空に舞い上がった。
「第八から第十分隊は第七分隊と共にデーモンを倒せ!」
私の命令は少し遅かったようだ。
デーモンは我々を嘲笑うかのように上昇を続け、矢が届かない高さで止まった。魔法なら届かないことはないが、距離が離れているから簡単に避けられてしまうだろう。
「第七分隊はデーモンを見張れ! 第八から第十分隊は第一分隊たちの援護だ!」
ハイオーガと各分隊の戦いは熾烈を極めていた。
ロセス神兵隊は一般の兵士よりレベルが高く、装備も迷宮産で揃えている。更に五対一という条件に持ち込んでいるが、ハイオーガは強力で容易には倒せない。
それでも一体ずつ確実に倒し、五体すべてを討ち取った。
「第一から第五分隊は負傷者の治療を行え! 別の分隊の治癒師も手伝ってやれ!」
第六分隊に目をやると、エルフはデーモンの支援を受けて包囲の輪を抜け出していた。追撃しようとしたところで、第七分隊のリーダーが空を指さして叫ぶ。
「上空にグリフォンとフェニックスです!」
見上げると十体ほどの魔物がこちらに飛んでくる。
「負傷者の治療は応急処置だけで早急に終わらせろ! 打ち合わせ通り、分散して撤退するぞ!」
一応この事態は想定していた。
空からの攻撃には対応できないため逃げるしかないが、下手な逃げ方をすると、我々の位置が特定されてしまう。そのため、分散して脱出し、追われた分隊は隠れ家から離れるように移動することになっていた。
私自身は運よく追撃されず、逃げ切ることに成功した。
翌日の朝まで待って最終的な損害が分かった。
囮部隊は全滅。待ち伏せ部隊はハイオーガとの戦いで十人が死亡し、その後の追撃で一個分隊五名が帰還しなかった。計二十名もの損害を出したことになる。
私と囮部隊を含め、五十六人という少数の部隊で、ハイオーガ五、魔獣三を倒したことは聖堂騎士団なら表彰ものの大戦果と言っていいだろう。
しかし、今回の作戦の目的からすると、喜んでもいられない。
まず、エルフとデーモンを逃がしたことだ。魔帝ラントならエルフたちが持ち返った情報からこちらの意図を理解し、囮を使う作戦に対応してくるはずだ。
いや、既に何らかの手を打っている可能性が高い。
囮の発見から三十分も経っていないのに、飛行型の魔物が増援として現れている。方向的にナイダハレルから真っ直ぐ来た可能性が高く、偶然とは考えにくい。
つまり、何らかの手段で増援が呼べるということだ。
同じ手を使えば待ち伏せ部隊ごと全滅させられる可能性が高い。
これによってこの作戦が使えなくなった。
しかし、ここで手を拱いていてはもうすぐ到着する勇者の露払いができない。正確な日時は分からないが、伝令からの情報では数日以内にここに到着すると聞いている。
魔帝を倒せるのは勇者だけだ。だから魔帝を引きずり出すか、周りに隙を作る策を実行しなければ、我々に勝利はない。
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