魔帝戦記

愛山雄町

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第二章「王国侵攻編」

第十三話「ナイダハレル攻略」

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 ラントは占領したサードリンの町の掌握に力を注いでいた。
 新たに配下に加えたエライジャ・サードリン伯爵に民衆の対応を任せ、領内の情報を整理していく。

(人口はサードリンが二万人弱、周辺の農村を加えると、二万六千人ほどになる。問題は食料の確保だな。一応、備蓄している食料で半年ほどは賄えるが、そもそもの主食である穀物の生産量が少ない。やはりナイダハレルを抑えなければならないか……)

 サードリンは地味に乏しく、穀物生産にはあまり向いていない。そのため、穀倉地帯であるナイダハレルから穀物を買っていた。しかし、グラント帝国に併合されたことから、ナイダハレルから購入することが不可能になった。

 帝国本土から輸送することも可能だが、帝国の民は基本的に食料を必要とせず、穀物の生産は主に酒造りのためと嗜好品としての食事のために行われているため、総人口の一割以上もの人口を支えるほどの余剰生産量はなかった。

 一月の戦いで輜重隊から奪った大量の食糧があるため、すぐに飢える可能性はないが、長期的には食料の確保が必要だとラントは考えている。

 彼は民衆に直接語り掛け、民心を安定させることに心を砕いた。
 その結果、サードリンの町全体の忠誠度は三十を超え、“従属”の状態にまで引き上げている。

(この先に軍を進めるなら、せめて五十を超え、“信頼”にしておきたい。“従属”では些細なことでも一気に忠誠度が下がる。サードリンもそうだが、近隣の農村の忠誠度が低いのが気になるな。まだ、嫌々従っている“隷属”のところが多い。農村が反旗を翻すことはないだろうが、不安要素は少しでもなくしておきたい……)

 時間があれば農村にも回ろうと思っていたが、百人規模の小さな集落を含めると、三十以上あるため、諦めている。
 伯爵の家臣を派遣して説明しているが、忠誠度はあまり上がっていない。

 それでもラントはナイダハレルへの進攻を早い段階で行うつもりでいる。

(聖都ストウロセスからナイダハレルまでは三百キロ以上。天馬騎士ペガサスナイトが急いで情報を運んでも、数万の軍隊が到着するのは半月以上先になる。ナイダハレルを抑え、奪還に来た王国軍を叩くのが最も合理的だ。不安要素は勇者だが、ナイダハレルに誘い込む方が罠に嵌めやすい……)

 ラントは最大の敵、勇者を封じる策を考えていた。
 勇者は殺したとしてもすぐに次の勇者が生まれてしまう。神聖ロセス王国もそのことが分かっており、勇者候補を鍛え、すぐに戦力化できる体制を整えていた。

 ラントは得られた情報から勇者を殺さず無力化する方法を思いついた。それを実行するためには予め罠を張っておく必要があるが、勇者を誘い込む必要があった。

 ラントは自分を囮にして罠を張ることを思いつき、そのためには彼がいても疑問を持たない場所が望ましいと考えていた。

 勇者を無力化した後は時間を掛けてトファース教の影響を排除し、恒久的な平和を実現する計画を立てている。


 占領から三日間でサードリンが安定したとラントは判断した。
 四月二十三日の早朝、ナイダハレルへの進攻を命じた。

「ナイダハレルを占領する! サードリンと異なり、王国軍も備えているはずだ。行軍中も油断するな! 天翔兵団はナイダハレルまでの街道の安全を確保せよ! 駆逐兵団、轟雷兵団及び支援部隊は警戒しつつ進軍を開始せよ!」

 ラントの命令で外征軍の進軍が始まった。

 サードリンには駆逐兵団から鬼人族戦士と魔獣族戦士がそれぞれ五十、妖魔族戦士が二十の百二十名を抽出し、防衛と警邏に当てた。また、天翔兵団からアークグリフォン十名を伝令として残している。

 数は少ないが、野生の魔物から守るには充分な戦力であり、万が一不足するようならサウスネヴィス城から増援を呼べるため、不安はなかった。

 もっとも野生の魔物はアルビンらエンシェントドラゴンのような強力な種族がいる帝国軍を恐れ、森深くに逃げ込んでいるので脅威にはならない。

 進軍中、街道に転がる多くの遺体を見て、ラントは気分が落ち込んだ

(百人は下らない……僕が侵攻を命じなければ、死なずに済んだ人たちだ……)

 それでも周囲にはその想いが伝わらないよう努力する。

 地上軍はその日の夕方に問題なくナイダハレル近郊に到着した。
 ナイダハレルは帝国の侵攻に備えた、直径一キロメートルほどの歪な円形の城塞都市である。

 城壁の高さは約二十メートル。厚みも五メートルほどあり、巨人族といえども容易に破壊できない強度を誇っていると言われていた。

 また、町の北から南東にかけて幅二百メートルほどのデュエレンという名の川が流れている。そして、その川に架かっているのは一本の石造りの橋だけで、大軍で押し寄せることは難しい。
 そのため、ラントは敵が容易に降伏しないことを想定していた。

「サードリンと同じように降伏勧告を行う! だが、ここにはサードリンから撤退した兵を含めれば一万以上がいる! 敵の増援もここに向かっているから士気も高い! 夜襲を掛けてくる可能性も否定できないから充分に警戒するんだ!」

 ラントは前回と同じように口頭と文書による降伏勧告を行った。その後、町の上空から偵察を行い、更に潜入させた諜報員から情報を受け取った上で、情報操作を命じた。

 ナイダハレルの王国軍司令部では夜を徹して議論が行われた。
 ある者は徹底抗戦を主張する。

「この町の城壁とデュエレン川があれば、魔族といえども容易には攻め込めまい。既に聖都に情報が入っているのだ。時間を稼ぎ、援軍を待つべきだ」

 それに対し、すぐに反対意見が出される。

「敵には龍がおるのだ。奴らに城壁や川は何の障害にもならん。直ちに降伏して、テスジャーザで反攻の機会を窺うべきだ」

 その意見に対しても反対の意見が出された。

「一戦も交えず降伏するのは士気に関わる。民たちはサードリンからの難民に動揺しているのだ。敵わずとも一戦交え、その後に降伏すればよいではないか。話を聞く限り、今回の魔帝は甘い。味方の士気を下げぬようにすることこそ、勝利への近道だと愚考する」

 何度か同じ議論が繰り返されたが、最終的には一戦交えるべしという意見が通った。

 市民たちの間にも帝国軍が降伏勧告を行ったという情報は流れており、そこに帝国の諜報員の傀儡が不安を掻き立てていく。

「降伏勧告を蹴ったら、サードリンと同じように逃がしてくれるとは限らないんじゃないか」

「今度は一万もの兵士がいるんだ。ただで逃がしてくれるはずがない」

 その言葉に市民たちは踊らされていった。

 回答期限の正午前、王国からの使者が城門から現れ、口上を述べていく。

「我々の中に魔族に屈する者はいない! 攻撃するというのなら受けて立つ!」

 それだけ言うと、城門の中に消えていった。
 ラントは素直に逃げてくれればいいものをと思うが、すぐに自信に満ちた声で命令を発する。

「聞いた通りだ! 王国の連中は死を選んだ! だが、無辜の民を殺すことは私のやり方ではない。死を選択した者たちだけに鉄槌を下す!」

 そこで後ろに控えていた神龍王アルビンに視線を向ける。

「神龍王アルビンよ! 天翔兵団のうち、エンシェントドラゴンを率い、町の北にある駐留軍の兵舎をこの世界から消し去れ! 近くにいる指揮官たちにその力を見せつけてやるのだ! 但し、他の建物には被害を出すなよ」

「任せておけ!」

「よろしい。では、エンシェントドラゴンたちよ! その圧倒的な力を愚かな人族に見せつけてやれ!」

 ラントの言葉に人化を解いたドラゴンたちが一斉に羽ばたく。
 アルビンらを見送った後、巨神王タレットに命令を伝えた。

「ドラゴンたちに任せてもよいが、それでは芸がなさすぎる。巨神王タレットよ! 轟雷兵団を率い、城壁の一部を破壊せよ。彼らは城壁が絶対だと思っているようだが、我らには意味がないことを教えてやるのだ!」

「御意」とタレットは短く答えた。

「だが、あまり派手に壊すなよ。この町を占領した後に直さないといけないんだからな」

 ラントはそう言いながら笑う。

 巨人族戦士たちはデュエレン川の反対岸に陣取った。そこに支援部隊の妖魔族が現れ、時空魔法で保管していた岩石を次々と置いていく。それは小さなものでも五十キログラムほど、大きなものは二百キログラムもあった。

 戦士たちはその巨石を掴むと、次々と城壁に向けて投げつけていく。
 彼らの足元では死霊族のリッチたちが高位魔法を放ち、石造りの城壁は見る見るうちにボロボロになっていった。

 町の中央では百体の龍たちが代わる代わる兵舎にブレスを吐き、建物は見る影もなく崩れ落ちていった。

 一時間ほど経った時、再び城門が開いた。
 そして、両手を上げた男がゆっくりと歩いてくる。

「ナイダハレルは降伏いたす! これ以上の攻撃はご容赦願いたい!」

 王国軍は一戦してから降伏と考えたが、王国軍司令部はエンシェントドラゴンたちの容赦ない攻撃を目の当たりにして茫然自失の状態になった。また、城壁にいた一般兵たちも轟雷兵団のあまりに圧倒的な攻撃力に完全に戦意を喪失している。

「王国軍については武装解除の後、ナイダハレルより退去してもらう! 住民で逃げたい者は西門より退去せよ。但し、個人財産以外の持ち出しは認めん! 西門には嘘を見抜く魔術師を派遣するから我らを騙せると思うな! 期限は明日の正午まで。それ以降は我が帝国に恭順したものとして扱う!」

 こうしてラントは二つ目の都市、ナイダハレルを制圧した。
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