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第二章「王国侵攻編」
第十二話「上司と部下」
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聖堂騎士団の副団長、ペルノ・シーバスは腹心の部下であるウイリアム・アデルフィから対魔族軍戦略の提案を受けた。
それはラントが帝国に恭順した住民を守ると約束したことを利用し、無差別テロを行うことで帝国軍の兵力を分散させ、その隙を突いて勇者が魔帝を攻撃するというものだった。
シーバスは直ちに聖王マグダレーンにその旨を上申した。聖王は説明を聞き、重々しく頷く。
「その方法で魔帝を倒せるのか疑問はあるが、成功の目があると卿が言うのであれば、それに賭けよう。それに神を裏切った背教者たちに鉄槌を下せるのであれば、それはそれで意義のあることだからな」
「では、勇者ロイグの聖都への召還と本作戦への参加をお命じください」
「よかろう。魔帝と直接戦えると聞けば、喜んで戻ってこよう」
「もう一つ、決めていただくべきことがございます」
「それは何か?」
「どの町まで放棄するかでございます。ナイダハレルは恐らく間に合いませんが、テスジャーザならギリギリ間に合います。ですが、テスジャーザでは先ほどの作戦を行うには時間がなさすぎます……」
テスジャーザは人口八万人の大都市で、東西に延びる街道と、南北に貫くテスジャーザ川がある交通の要衝である。
「私としましてはテスジャーザも放棄し、テスジャーザとカイラングロースの間にある森林地帯で迎え撃つべきと愚考いたします。そこであれば、軍を展開する時間もございますし、罠を張ることも可能ですので」
「テスジャーザを放棄することは認められん。直ちに聖トマーティン兵団とカダム連合からの援軍を向かわせよ。全軍の指揮は卿に委ねる」
聖王はシーバスの提案を即座に却下した。交通の要衝であるテスジャーザを失うことは王国の東側三分の一を失うことと同義であり、政治的に難しいためだ。
「御意」とシーバスは表情を見せずに答えた。
彼も聖王の考えを理解しており、拒否されることを想定していたのだ。
しかし内心ではこれで勝算がほとんどなくなったとも考えている。
(六万という兵力だが、実力は前回の魔族討伐軍の半分もない。正面から戦えば、全滅は必至だ。下手に刺激して魔族軍が前進すると、アデルフィの策が失敗に終わる……)
彼に与えられた兵力は、義勇兵である聖トマーティン兵団五万名と、隣国のカダム連合から来た傭兵主体の一万名の援軍だ。
聖トマーティン兵団は急増部隊に過ぎず、実力には大きな疑問符が付く。
少しでも練度を上げるため、シーバスは時間を稼げる聖都防衛に使うつもりでいたほどだ。
カダム連合からの援軍は傭兵が主体であるため能力的には低くないが、士気の点では問題があり、不利になれば逃げだすとシーバスは考えている。
それでも黙って命令を受諾したのは、民を害して魔帝を暗殺するという策を採用した自分に対する罰だった。策が失敗した時、命懸けで魔帝に挑み、責任を全うすることを考えている。
(私は生きて帰って来られないだろう。家族に別れを告げておかねばならんな……)
聖王の許可を得た後、シーバスはアデルフィに出撃を命じた。
「ロセス神兵隊を使って魔族軍を掻き回し、勇者が魔帝に挑むための隙を作れ」
「承りました」とアデルフィは気負いもなく答える。
「神兵隊は失っても構わんが、卿は必ず戻ってこい。今回の経験を次に生かさねばならんからな」
シーバスは勇者ロイグが魔帝ラントを倒せると思っていなかった。
また、アデルフィの軍略家としての才能を高く評価している。そのため、このような無謀な作戦で彼を失うわけにはいかないと考えていた。
「閣下は失敗するとお考えなのですか?」
「逆に聞こう。卿は成功すると信じているのか?」とシーバスは真顔で聞く。
アデルフィはその問いに苦笑を浮かべるしかなかった。
「ですが、責任者がおめおめと生きながらえるわけにはいかぬのではありませんか?」
「構わん。その責は私が負う」
「し、しかし……」
「卿にしか魔帝ラントを倒す策は考えられん。先ほども言ったが、今回の経験を活かして必ず魔帝の息の根を止めてくれ」
上司の言葉にアデルフィは覚悟を決める。
「分かりました。ですが、私からも閣下にお願いがあります」
「何だ」と言ってシーバスは首を傾げる。
「閣下も聖トマーティン兵団を率いて魔族軍と戦われると聞きました」
シーバスは小さく頷く。
「聖王陛下はテスジャーザの防衛を命じられたのではありませんか?」
「その通りだが?」
「でしたら、決戦の場をテスジャーザの北にある森林地帯にしていただきたいのです」
その提案にシーバスは疑問符が浮かぶ。
「森の中? こちらは六万以上の大軍だ。森の中では命令を伝えることすら難しいが……そう言えば、卿はあの辺りの出身だったな」
「はい。テスジャーザの北にある貧しい農村が我が家の領地です。ですので、子供の頃からあの辺りの森に入り浸り、魔物や獣を狩っておりました」
アデルフィは笑いながらそう言うと、地図を取り出して説明していく。
「この辺りは深い森というほどではありませんが、起伏に富んだ地形で視界が制限されます。ですので、先に布陣し、罠を仕掛ければ、敵戦力を消耗させることは難しくありません」
「大軍の利を生かすより、奇襲の効果に期待せよと卿は言うのだな?」
「その通りです。いかに閣下といえども、僅か三ヶ月しか訓練していない兵を率いて大軍の利を生かすことは難しいと思います。恐らくですが、魔族の圧倒的な力を見てしまえば、義勇兵たちはまともに動くことすらできないでしょう」
「うむ」とシーバスは頷く。彼も同じ懸念を抱いていたのだ。
「カダム連合からの援軍も不利を悟れば戦意を喪失して潰走するはずです。ならば、戦場が見渡せない状況を作り、少しでも敵に消耗を強いる方がよい結果を生むのではないかと思います」
「森の中なら各個撃破される可能性は高いが、緒戦で一気に崩壊して全滅するようなことは起きづらいということだな」
「その通りです。前衛の兵は成すすべもなく壊滅されるでしょうが、勢いに乗って突っ込んできた敵を丘で分断できれば、こちらが逆に各個撃破できます。それに森の中ですので、上空からも状況は掴みにくいでしょう。魔帝ラントが魔族を完璧に掌握していたとしても、状況を把握できねば命令の出しようがありません」
「なるほど……今から準備をして出発しても六万もの大軍だ。魔族軍がナイダハレルを占領し、テスジャーザに向かう方が早いかもしれん」
「その点はご安心ください。私が時間を稼いでみせます」
「よかろう。現地を見てから最終的に判断するが、卿の策は考慮する」
「ありがとうございます。ですが、もう一つ閣下にお願いがございます」
「何だ?」
「森林地帯で戦うにしても、義勇兵では最終的な勝利は得られません。ですが、閣下には是非とも生きて戻っていただきたい」
先ほど自分言った言葉と同じことを言われたことにシーバスは苦笑するしかなかった。
「五万にも及ぶ前途ある若者の未来を断つ私に生きて帰って来いと。卿は私に何をさせようというのだ?」
「閣下には私の上司として、聖王陛下に対応していただかなくては困ります。私のような下っ端では聖王陛下や枢機卿猊下は話すら聞いてくださいませんので」
同胞を無差別に殺し義勇兵である神兵隊をすり潰す作戦を考えたアデルフィだが、冷酷さとは無縁の人物だ。彼は尊敬する上司を無為に死なせたくないと考えていた。
その想いはシーバスにも充分に伝わっている。
「そう言われれば戻ってこざるを得ぬではないか。あの方々を御するのは難しいからな」
シーバスは楽しげな表情でそう言った。
「その通りです。戦いは戦場だけではありません。最終的な勝利のために生き抜いていただく必要があるのです」
そこでアデルフィはニヤリと笑う。
「今まで全く気付かなかったが、卿は思った以上に人使いが荒いな」
その言葉にアデルフィは苦笑するが、何も言わなかった。
「卿にも長生きしてもらわねばならんな。私のように部下にこき使われてもらわねば、私の立場がないからな」
そう言ってシーバスは豪快に笑った。
翌日、アデルフィ率いる神兵隊は船に乗って出発した。
それはラントが帝国に恭順した住民を守ると約束したことを利用し、無差別テロを行うことで帝国軍の兵力を分散させ、その隙を突いて勇者が魔帝を攻撃するというものだった。
シーバスは直ちに聖王マグダレーンにその旨を上申した。聖王は説明を聞き、重々しく頷く。
「その方法で魔帝を倒せるのか疑問はあるが、成功の目があると卿が言うのであれば、それに賭けよう。それに神を裏切った背教者たちに鉄槌を下せるのであれば、それはそれで意義のあることだからな」
「では、勇者ロイグの聖都への召還と本作戦への参加をお命じください」
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「もう一つ、決めていただくべきことがございます」
「それは何か?」
「どの町まで放棄するかでございます。ナイダハレルは恐らく間に合いませんが、テスジャーザならギリギリ間に合います。ですが、テスジャーザでは先ほどの作戦を行うには時間がなさすぎます……」
テスジャーザは人口八万人の大都市で、東西に延びる街道と、南北に貫くテスジャーザ川がある交通の要衝である。
「私としましてはテスジャーザも放棄し、テスジャーザとカイラングロースの間にある森林地帯で迎え撃つべきと愚考いたします。そこであれば、軍を展開する時間もございますし、罠を張ることも可能ですので」
「テスジャーザを放棄することは認められん。直ちに聖トマーティン兵団とカダム連合からの援軍を向かわせよ。全軍の指揮は卿に委ねる」
聖王はシーバスの提案を即座に却下した。交通の要衝であるテスジャーザを失うことは王国の東側三分の一を失うことと同義であり、政治的に難しいためだ。
「御意」とシーバスは表情を見せずに答えた。
彼も聖王の考えを理解しており、拒否されることを想定していたのだ。
しかし内心ではこれで勝算がほとんどなくなったとも考えている。
(六万という兵力だが、実力は前回の魔族討伐軍の半分もない。正面から戦えば、全滅は必至だ。下手に刺激して魔族軍が前進すると、アデルフィの策が失敗に終わる……)
彼に与えられた兵力は、義勇兵である聖トマーティン兵団五万名と、隣国のカダム連合から来た傭兵主体の一万名の援軍だ。
聖トマーティン兵団は急増部隊に過ぎず、実力には大きな疑問符が付く。
少しでも練度を上げるため、シーバスは時間を稼げる聖都防衛に使うつもりでいたほどだ。
カダム連合からの援軍は傭兵が主体であるため能力的には低くないが、士気の点では問題があり、不利になれば逃げだすとシーバスは考えている。
それでも黙って命令を受諾したのは、民を害して魔帝を暗殺するという策を採用した自分に対する罰だった。策が失敗した時、命懸けで魔帝に挑み、責任を全うすることを考えている。
(私は生きて帰って来られないだろう。家族に別れを告げておかねばならんな……)
聖王の許可を得た後、シーバスはアデルフィに出撃を命じた。
「ロセス神兵隊を使って魔族軍を掻き回し、勇者が魔帝に挑むための隙を作れ」
「承りました」とアデルフィは気負いもなく答える。
「神兵隊は失っても構わんが、卿は必ず戻ってこい。今回の経験を次に生かさねばならんからな」
シーバスは勇者ロイグが魔帝ラントを倒せると思っていなかった。
また、アデルフィの軍略家としての才能を高く評価している。そのため、このような無謀な作戦で彼を失うわけにはいかないと考えていた。
「閣下は失敗するとお考えなのですか?」
「逆に聞こう。卿は成功すると信じているのか?」とシーバスは真顔で聞く。
アデルフィはその問いに苦笑を浮かべるしかなかった。
「ですが、責任者がおめおめと生きながらえるわけにはいかぬのではありませんか?」
「構わん。その責は私が負う」
「し、しかし……」
「卿にしか魔帝ラントを倒す策は考えられん。先ほども言ったが、今回の経験を活かして必ず魔帝の息の根を止めてくれ」
上司の言葉にアデルフィは覚悟を決める。
「分かりました。ですが、私からも閣下にお願いがあります」
「何だ」と言ってシーバスは首を傾げる。
「閣下も聖トマーティン兵団を率いて魔族軍と戦われると聞きました」
シーバスは小さく頷く。
「聖王陛下はテスジャーザの防衛を命じられたのではありませんか?」
「その通りだが?」
「でしたら、決戦の場をテスジャーザの北にある森林地帯にしていただきたいのです」
その提案にシーバスは疑問符が浮かぶ。
「森の中? こちらは六万以上の大軍だ。森の中では命令を伝えることすら難しいが……そう言えば、卿はあの辺りの出身だったな」
「はい。テスジャーザの北にある貧しい農村が我が家の領地です。ですので、子供の頃からあの辺りの森に入り浸り、魔物や獣を狩っておりました」
アデルフィは笑いながらそう言うと、地図を取り出して説明していく。
「この辺りは深い森というほどではありませんが、起伏に富んだ地形で視界が制限されます。ですので、先に布陣し、罠を仕掛ければ、敵戦力を消耗させることは難しくありません」
「大軍の利を生かすより、奇襲の効果に期待せよと卿は言うのだな?」
「その通りです。いかに閣下といえども、僅か三ヶ月しか訓練していない兵を率いて大軍の利を生かすことは難しいと思います。恐らくですが、魔族の圧倒的な力を見てしまえば、義勇兵たちはまともに動くことすらできないでしょう」
「うむ」とシーバスは頷く。彼も同じ懸念を抱いていたのだ。
「カダム連合からの援軍も不利を悟れば戦意を喪失して潰走するはずです。ならば、戦場が見渡せない状況を作り、少しでも敵に消耗を強いる方がよい結果を生むのではないかと思います」
「森の中なら各個撃破される可能性は高いが、緒戦で一気に崩壊して全滅するようなことは起きづらいということだな」
「その通りです。前衛の兵は成すすべもなく壊滅されるでしょうが、勢いに乗って突っ込んできた敵を丘で分断できれば、こちらが逆に各個撃破できます。それに森の中ですので、上空からも状況は掴みにくいでしょう。魔帝ラントが魔族を完璧に掌握していたとしても、状況を把握できねば命令の出しようがありません」
「なるほど……今から準備をして出発しても六万もの大軍だ。魔族軍がナイダハレルを占領し、テスジャーザに向かう方が早いかもしれん」
「その点はご安心ください。私が時間を稼いでみせます」
「よかろう。現地を見てから最終的に判断するが、卿の策は考慮する」
「ありがとうございます。ですが、もう一つ閣下にお願いがございます」
「何だ?」
「森林地帯で戦うにしても、義勇兵では最終的な勝利は得られません。ですが、閣下には是非とも生きて戻っていただきたい」
先ほど自分言った言葉と同じことを言われたことにシーバスは苦笑するしかなかった。
「五万にも及ぶ前途ある若者の未来を断つ私に生きて帰って来いと。卿は私に何をさせようというのだ?」
「閣下には私の上司として、聖王陛下に対応していただかなくては困ります。私のような下っ端では聖王陛下や枢機卿猊下は話すら聞いてくださいませんので」
同胞を無差別に殺し義勇兵である神兵隊をすり潰す作戦を考えたアデルフィだが、冷酷さとは無縁の人物だ。彼は尊敬する上司を無為に死なせたくないと考えていた。
その想いはシーバスにも充分に伝わっている。
「そう言われれば戻ってこざるを得ぬではないか。あの方々を御するのは難しいからな」
シーバスは楽しげな表情でそう言った。
「その通りです。戦いは戦場だけではありません。最終的な勝利のために生き抜いていただく必要があるのです」
そこでアデルフィはニヤリと笑う。
「今まで全く気付かなかったが、卿は思った以上に人使いが荒いな」
その言葉にアデルフィは苦笑するが、何も言わなかった。
「卿にも長生きしてもらわねばならんな。私のように部下にこき使われてもらわねば、私の立場がないからな」
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翌日、アデルフィ率いる神兵隊は船に乗って出発した。
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