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第二章「王国侵攻編」
第九話「サードリン伯爵」
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グラント帝国軍襲来とその直後に行われた降伏勧告を受け、サードリンの町では蜂の巣を突いたような混乱状態に陥っていた。
住民たちも三ヶ月前の大敗北を受け、いつか魔族の襲来があるのではないと不安を感じていたが、伝説の龍や巨人まで現れるとは思っていなかったのだ。
抵抗しなければ退避してもいいとのことだが、家財を運ぶ荷馬車はなく、約四十マイル(約六十四キロメートル)離れたナイダハレルの町に無事に辿り着ける保証もない。
彼らを守るべき、駐留軍も機能不全に陥っていた。
兵士たちだけでなく、指揮官たちも何をしていいのか分からず、途方に暮れたように帝国軍を見つめている。
ここにいる三千名の兵士は引退直前の四十歳以上がほとんどで、大敗北後は農村に現れる野生の魔物の退治すら滞るほどだった。
当然のことながら、地上軍だけで五千を優に超え、無数に舞う龍を従える魔帝の精鋭を相手にできるとは彼らも思っていない。帝国軍が攻めてきたら敵わずとも戦っただろうが、降伏を促されただけの状態であり、何をしたらいいのかさっぱり分からなかったのだ。
町の中の混乱は更に大きかった。
龍や魔獣が咆哮を上げる空を見上げて呆然と立ち尽くす老人や、子供を抱えながら髪を振り乱して走る女性など、人々は完全に冷静を失い、その様子はトファース教会がいうこの世の終わりを彷彿とさせた。
領主であるエライジャ・サードリン伯爵はそんな混乱を横目に、ラントが送ってきた書簡を読んでいた。
その表情は驚きと苦渋に満ち、その手は微かに震えている。
(魔帝ラントとは何者なのだ? これほど我が国の状況を把握しているとは…………)
ラントが提示したのは、サードリンを帝国領に編入することだが、他にも記載があった。
書簡にはこの町に残るすべての住民は帝国市民と同等の権利を持ち、生命・財産を保証すると明記されている。
(この住民の中に私も含まれている。爵位がどうなるかは分からんが、少なくともある一定の地位は約束されるということだろう。このままここから逃げ出せば、生活の基盤を失う者がほとんどだ。それを保証するというのは……)
更に編入後の税は所得税と固定資産税のみとし他の税は撤廃すること、今年、帝国暦五五〇一年の税は免除するが約束されていた。免除される前の税率も現在のものの半分ほどでしかない。
加えて帝国の法に従い公平な裁判を保証するというものもあった。
(恐ろしいのは税と裁判の公平に言及していることだな。我が国の税は思い付きで作られたものが多い。平民には様々なものに税がかけられているが、貴族や聖職者はほとんど税を払っていない。そのことに不満を持たない民はいないだろう……)
神聖ロセス王国には人頭税や土地所有税、所得税など一般的なものも多いが、竈や暖炉、トイレまで税金が掛けられている。他にも水車や製粉機の使用料なども税という形で領主が徴収しており、平民は収入の七割近くを搾り取られていた。
(裁判はもっと酷い。私が言うのもなんだが、権力者の恣意で判決は大きく変わる。私自身は公平に扱っていたつもりだが、他のところでは酷い話を多く聞く。領主自らが無実の罪を着せて妻や娘を奪うなんていう話は掃いて捨てるほどあった。それを改めるだけで支持を受けることは間違いない……)
そこで再び疑問が湧く。
(しかし、どうやってこれだけのことを知ったのだ? 魔族が間者を使ったという記録はない。もしかしたら、そういった特殊能力を持った魔帝なのかもしれん。だとすれば、我々に勝ち目などない……)
伝承では魔帝には特殊な能力があるとされ、その能力を使って信じられないほどの力を振るうと言われている。
伯爵は側近たちを呼び、協議を始めた。
「降伏するのは仕方あるまい。これだけの戦力差を覆す方法はないのだからな」
伯爵の言葉に全員が頷く。
そこで伯爵はラントが送ってきた書簡をテーブルの中央に置いた。
「帝国領になった後の処遇について書かれている。生命財産の保証はもちろん、帝国民としての権利の保証、税の簡素化と今年の免税、公正な裁判の実施が主な条件だ。正直なところ、この条件が守られるなら、私自身降伏したいと思うほどだよ。ハハハ……」
伯爵の乾いた笑いが場を支配する。
「民たちにこの文書に書かれていることを説明し、その上でそれぞれに選ばせる。この町に残るのか、それとも逃げるのかを」
そこで側近の一人が発言を求めた。伯爵が頷いて認めると、眉間にしわを寄せながら話し始めた。
「本当に信じられるのでしょうか? 何千年も昔から魔族は降伏を認めませんでした。今回も騙し討ちにするつもりではないのでしょうか?」
「そうかもしれんが、奴らに騙し討ちをするメリットがあるのか? いや、そもそも我らに選択の余地などないと思うのだが?」
伯爵がそう言うと、発言者は下を向くしかなかった。
「あの龍の群れを見たであろう。あのうちの一体でも我らの手に余るのだ。戦うという選択肢がない以上、どうやって命を永らえるかが重要だ」
その言葉に側近たちも頷くしかなかった。
日が傾きかけた頃、伯爵邸の前には多くの市民が詰め寄せていた。
「ご領主様! お助けください!」
「俺たちはどうしたらいいですか!」
「この子だけでも助けてください!」
民たちが不安を口々に叫んでいる。
門番も彼らと同じ思いだったが、中に入れるわけにはいかず困惑していた。
そんな中、伯爵が現れた。
「皆の者、静まれ!」
その言葉で騒いでいた民衆も静かになる。
「魔族、いや、グラント帝国の魔帝、ラント陛下が昼過ぎにおっしゃったことは皆も聞いていただろう。降伏か死を選ばねばならん。正直なところ、あの軍勢に対しできることは何もないからだ」
その言葉は予想通りだったが、民たちから落胆の声が漏れる。
「降伏後、ナイダハレルへの移動は可能だ。軍はナイダハレルへ撤退するから、一緒に行動すれば安全は確保できるだろう」
今後は安堵の息が漏れる。
「しかし、現状では荷馬車がほとんどない。つまり、持ち出せる財産は限られるということだ。また年寄りなど足の弱い者は軍と行動することは難しいだろう。それにナイダハレルでどのような形で受け入れてもらえるかも不透明だ。逃げるならその覚悟が必要ということだな」
住民たちが不安げな表情を強めるが、伯爵はそれに構わず説明を続けていく。
「降伏後の我らの処遇に関する条件について説明する。帝国に降伏し忠誠を誓うなら、我らの生命と財産を保証するそうだ。他にも一年間の税の免除、更には税の簡素化と半減、公平な裁判も約束されている……」
書簡に書かれていたことを簡潔に説明していった。
「……つまり、帝国の民となれば、今より税は安くなるということだ。もっともどこまで信じていいのかは私にも分からんがな」
そこでひときわ大きな声が響いた。
「伯爵閣下はいかがなされるおつもりか!」
その声の主に住民たちの視線が集中する。
そこには豪華な法衣をまとった聖職者が立っていた。
年齢は四十代半ばで神経質そうな三白眼の男で、彼の後ろには数人の若い修道士が不安げな表情で控えている。
「クレイグ司教か」と伯爵は呟いた後、「降伏か死の二択だ。どちらにするかは自明であろう」と淡々と答えた。
「降伏は仕方があるまいが、その後どうするかを聞かせていただきたい!」
「ここに民が残るなら、私も残らざるを得ない。帝国と交渉し、約束を守らせなければならんのだから」
伯爵は感情を排した声で言い切る。
「魔族と交渉すること自体、神の教えに反するのだ! 我らは次の戦いのためにナイダハレルに向かわねばならん。領主ならそう命じるべきであろう!」
「ナイダハレルまで四十マイルもあるのだ。満足に馬車がないこの状況では、老人や幼子が無事に辿り着けるとは思えん」
伯爵の言葉にクレイグ司教が「話にならん!」と激高する。
「神の教えに従い、最後まで魔族と戦う意思を見せるべきだ! そのためには多少の犠牲はやむを得まい。ここに残る者は魔族に与する者として破門されるが、それでよいのか!」
その言葉に住民たちから不安の声が漏れる。
「では、司教殿が責任をもって逃げる者たちの世話をしてやってくれ。私は残らざるを得ない者のためにここに残るからな」
「エライジャ・サードリン伯爵! この町のトファース教会の責任者として、貴殿を背教者と認定し破門を宣言する! ここに残る者はすべて背教者であり、死後の安寧は得られぬものと心得よ!」
「それはおかしいだろう!」、「お袋に死ねっていうのか!」という声が複数上がる。
声を上げたのは潜入した諜報員の傀儡たちだった。
「声を上げた者は誰だ!」
クレイグ司教は睨み付けるように周囲を見回すが、更に追い打ちをかけるように声が上がる。
「さっき教会に行ったが、馬車に大量の荷物を入れているのを見たぞ!」
「そんなものを運ぶ余裕があるなら、年寄りか幼子を乗せてやればいいじゃないか!」
その声に司教が声を荒げる。
「神の使徒である私を貶めるのか!」
司教の言葉に恐れを抱いていた住民たちも冷めた目で見始めていた。
「この町に残る者はすべて地獄に落ちるのだ! そのことを肝に銘じておくがいい!」
不利だと思ったのか、司教は捨て台詞を吐いて立ち去った。
伯爵はやれやれという感じで住民たちに話し始める。
「司教のことは気にしなくてもいい。神があのような者の言葉を聞くはずがないからな。では、明日の朝、帝国に降伏を伝える。軍と共にナイダハレルに向かう者は出発の準備をして南門の前に集まってくれ」
翌朝、伯爵は帝国軍に降伏を伝えるため、西門から町の外に向かおうとしていた。
その際、状況を確認するため、南門に回ったが、そこには三千人の駐留軍を含め、一万人近い人数が集まっていた。
伯爵は思ったより少ないと思いながらも、供を一人だけ連れて町の外に向かった。
住民たちも三ヶ月前の大敗北を受け、いつか魔族の襲来があるのではないと不安を感じていたが、伝説の龍や巨人まで現れるとは思っていなかったのだ。
抵抗しなければ退避してもいいとのことだが、家財を運ぶ荷馬車はなく、約四十マイル(約六十四キロメートル)離れたナイダハレルの町に無事に辿り着ける保証もない。
彼らを守るべき、駐留軍も機能不全に陥っていた。
兵士たちだけでなく、指揮官たちも何をしていいのか分からず、途方に暮れたように帝国軍を見つめている。
ここにいる三千名の兵士は引退直前の四十歳以上がほとんどで、大敗北後は農村に現れる野生の魔物の退治すら滞るほどだった。
当然のことながら、地上軍だけで五千を優に超え、無数に舞う龍を従える魔帝の精鋭を相手にできるとは彼らも思っていない。帝国軍が攻めてきたら敵わずとも戦っただろうが、降伏を促されただけの状態であり、何をしたらいいのかさっぱり分からなかったのだ。
町の中の混乱は更に大きかった。
龍や魔獣が咆哮を上げる空を見上げて呆然と立ち尽くす老人や、子供を抱えながら髪を振り乱して走る女性など、人々は完全に冷静を失い、その様子はトファース教会がいうこの世の終わりを彷彿とさせた。
領主であるエライジャ・サードリン伯爵はそんな混乱を横目に、ラントが送ってきた書簡を読んでいた。
その表情は驚きと苦渋に満ち、その手は微かに震えている。
(魔帝ラントとは何者なのだ? これほど我が国の状況を把握しているとは…………)
ラントが提示したのは、サードリンを帝国領に編入することだが、他にも記載があった。
書簡にはこの町に残るすべての住民は帝国市民と同等の権利を持ち、生命・財産を保証すると明記されている。
(この住民の中に私も含まれている。爵位がどうなるかは分からんが、少なくともある一定の地位は約束されるということだろう。このままここから逃げ出せば、生活の基盤を失う者がほとんどだ。それを保証するというのは……)
更に編入後の税は所得税と固定資産税のみとし他の税は撤廃すること、今年、帝国暦五五〇一年の税は免除するが約束されていた。免除される前の税率も現在のものの半分ほどでしかない。
加えて帝国の法に従い公平な裁判を保証するというものもあった。
(恐ろしいのは税と裁判の公平に言及していることだな。我が国の税は思い付きで作られたものが多い。平民には様々なものに税がかけられているが、貴族や聖職者はほとんど税を払っていない。そのことに不満を持たない民はいないだろう……)
神聖ロセス王国には人頭税や土地所有税、所得税など一般的なものも多いが、竈や暖炉、トイレまで税金が掛けられている。他にも水車や製粉機の使用料なども税という形で領主が徴収しており、平民は収入の七割近くを搾り取られていた。
(裁判はもっと酷い。私が言うのもなんだが、権力者の恣意で判決は大きく変わる。私自身は公平に扱っていたつもりだが、他のところでは酷い話を多く聞く。領主自らが無実の罪を着せて妻や娘を奪うなんていう話は掃いて捨てるほどあった。それを改めるだけで支持を受けることは間違いない……)
そこで再び疑問が湧く。
(しかし、どうやってこれだけのことを知ったのだ? 魔族が間者を使ったという記録はない。もしかしたら、そういった特殊能力を持った魔帝なのかもしれん。だとすれば、我々に勝ち目などない……)
伝承では魔帝には特殊な能力があるとされ、その能力を使って信じられないほどの力を振るうと言われている。
伯爵は側近たちを呼び、協議を始めた。
「降伏するのは仕方あるまい。これだけの戦力差を覆す方法はないのだからな」
伯爵の言葉に全員が頷く。
そこで伯爵はラントが送ってきた書簡をテーブルの中央に置いた。
「帝国領になった後の処遇について書かれている。生命財産の保証はもちろん、帝国民としての権利の保証、税の簡素化と今年の免税、公正な裁判の実施が主な条件だ。正直なところ、この条件が守られるなら、私自身降伏したいと思うほどだよ。ハハハ……」
伯爵の乾いた笑いが場を支配する。
「民たちにこの文書に書かれていることを説明し、その上でそれぞれに選ばせる。この町に残るのか、それとも逃げるのかを」
そこで側近の一人が発言を求めた。伯爵が頷いて認めると、眉間にしわを寄せながら話し始めた。
「本当に信じられるのでしょうか? 何千年も昔から魔族は降伏を認めませんでした。今回も騙し討ちにするつもりではないのでしょうか?」
「そうかもしれんが、奴らに騙し討ちをするメリットがあるのか? いや、そもそも我らに選択の余地などないと思うのだが?」
伯爵がそう言うと、発言者は下を向くしかなかった。
「あの龍の群れを見たであろう。あのうちの一体でも我らの手に余るのだ。戦うという選択肢がない以上、どうやって命を永らえるかが重要だ」
その言葉に側近たちも頷くしかなかった。
日が傾きかけた頃、伯爵邸の前には多くの市民が詰め寄せていた。
「ご領主様! お助けください!」
「俺たちはどうしたらいいですか!」
「この子だけでも助けてください!」
民たちが不安を口々に叫んでいる。
門番も彼らと同じ思いだったが、中に入れるわけにはいかず困惑していた。
そんな中、伯爵が現れた。
「皆の者、静まれ!」
その言葉で騒いでいた民衆も静かになる。
「魔族、いや、グラント帝国の魔帝、ラント陛下が昼過ぎにおっしゃったことは皆も聞いていただろう。降伏か死を選ばねばならん。正直なところ、あの軍勢に対しできることは何もないからだ」
その言葉は予想通りだったが、民たちから落胆の声が漏れる。
「降伏後、ナイダハレルへの移動は可能だ。軍はナイダハレルへ撤退するから、一緒に行動すれば安全は確保できるだろう」
今後は安堵の息が漏れる。
「しかし、現状では荷馬車がほとんどない。つまり、持ち出せる財産は限られるということだ。また年寄りなど足の弱い者は軍と行動することは難しいだろう。それにナイダハレルでどのような形で受け入れてもらえるかも不透明だ。逃げるならその覚悟が必要ということだな」
住民たちが不安げな表情を強めるが、伯爵はそれに構わず説明を続けていく。
「降伏後の我らの処遇に関する条件について説明する。帝国に降伏し忠誠を誓うなら、我らの生命と財産を保証するそうだ。他にも一年間の税の免除、更には税の簡素化と半減、公平な裁判も約束されている……」
書簡に書かれていたことを簡潔に説明していった。
「……つまり、帝国の民となれば、今より税は安くなるということだ。もっともどこまで信じていいのかは私にも分からんがな」
そこでひときわ大きな声が響いた。
「伯爵閣下はいかがなされるおつもりか!」
その声の主に住民たちの視線が集中する。
そこには豪華な法衣をまとった聖職者が立っていた。
年齢は四十代半ばで神経質そうな三白眼の男で、彼の後ろには数人の若い修道士が不安げな表情で控えている。
「クレイグ司教か」と伯爵は呟いた後、「降伏か死の二択だ。どちらにするかは自明であろう」と淡々と答えた。
「降伏は仕方があるまいが、その後どうするかを聞かせていただきたい!」
「ここに民が残るなら、私も残らざるを得ない。帝国と交渉し、約束を守らせなければならんのだから」
伯爵は感情を排した声で言い切る。
「魔族と交渉すること自体、神の教えに反するのだ! 我らは次の戦いのためにナイダハレルに向かわねばならん。領主ならそう命じるべきであろう!」
「ナイダハレルまで四十マイルもあるのだ。満足に馬車がないこの状況では、老人や幼子が無事に辿り着けるとは思えん」
伯爵の言葉にクレイグ司教が「話にならん!」と激高する。
「神の教えに従い、最後まで魔族と戦う意思を見せるべきだ! そのためには多少の犠牲はやむを得まい。ここに残る者は魔族に与する者として破門されるが、それでよいのか!」
その言葉に住民たちから不安の声が漏れる。
「では、司教殿が責任をもって逃げる者たちの世話をしてやってくれ。私は残らざるを得ない者のためにここに残るからな」
「エライジャ・サードリン伯爵! この町のトファース教会の責任者として、貴殿を背教者と認定し破門を宣言する! ここに残る者はすべて背教者であり、死後の安寧は得られぬものと心得よ!」
「それはおかしいだろう!」、「お袋に死ねっていうのか!」という声が複数上がる。
声を上げたのは潜入した諜報員の傀儡たちだった。
「声を上げた者は誰だ!」
クレイグ司教は睨み付けるように周囲を見回すが、更に追い打ちをかけるように声が上がる。
「さっき教会に行ったが、馬車に大量の荷物を入れているのを見たぞ!」
「そんなものを運ぶ余裕があるなら、年寄りか幼子を乗せてやればいいじゃないか!」
その声に司教が声を荒げる。
「神の使徒である私を貶めるのか!」
司教の言葉に恐れを抱いていた住民たちも冷めた目で見始めていた。
「この町に残る者はすべて地獄に落ちるのだ! そのことを肝に銘じておくがいい!」
不利だと思ったのか、司教は捨て台詞を吐いて立ち去った。
伯爵はやれやれという感じで住民たちに話し始める。
「司教のことは気にしなくてもいい。神があのような者の言葉を聞くはずがないからな。では、明日の朝、帝国に降伏を伝える。軍と共にナイダハレルに向かう者は出発の準備をして南門の前に集まってくれ」
翌朝、伯爵は帝国軍に降伏を伝えるため、西門から町の外に向かおうとしていた。
その際、状況を確認するため、南門に回ったが、そこには三千人の駐留軍を含め、一万人近い人数が集まっていた。
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