魔帝戦記

愛山雄町

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第二章「王国侵攻編」

第四話「諜報活動」

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 吾輩の名はアードナム。
 死霊族のヴァンパイアロードにして、魔導王オード様の側近である。

 吾輩は先日、光栄なことに魔帝ラント陛下に謁見し、直々に特別な任務を仰せつかった。

「神聖ロセス王国の都市、カイラングロースの住民を傀儡くぐつとし、王国の情報を集めてほしい。今ほしい情報は王国軍、トファース教の動静だ」

 人族を傀儡にすることはともかく、どうやって情報を集めればよいのか途方に暮れる。
 吾輩の懸念が陛下に伝わったようで、陛下は丁寧に説明してくださった。

「まずは傀儡が知っていることを聞き出すんだ。それから住民たちの噂話を拾い集めさせて、それをまとめてくれればいい。あまり積極的に動いて君の身に危険が及ぶことは本意じゃない」

 陛下が吾輩のことを慮ってくれた。そのことに感謝の言葉を伝えるべきだったが、驚きの方が大きく、焦って何も言えなかった。
 陛下は気にすることなく、話を続けられた。

「本当はもう少し的確な指示を出したいんだが、こういったことは私も素人なんだ。だから完璧な情報が得られるとは思っていない。少しでも判断材料が増えれば充分なんだ……」

 陛下は吾輩が何もしゃべらないため、不満を感じていると思われたようで、私を宥めようとしている。

「了解しました。できる範囲で情報を集めてみます」

「そうか! やってくれるか!」とおっしゃり、吾輩の手を握る。

 そのことにも驚き、思わず目を見開いてしまった。

「魔導王オードより、君はヴァンパイアロードの中でも特に冷静沈着で、かつ観察眼に優れると聞いている。期待しているぞ」

 陛下は満面の笑みを浮かべられて、そうおっしゃった。

 翌日、私のところに屈強な妖魔族の男がやってきた。

「我は天魔女王アギー様直属のアークデーモン、ルッカーンである。貴殿がアードナム殿か?」

 突然の訪問に吾輩は戸惑った。
 普段、他の部族の者が訪ねてくるようなことはない。まして、妖魔族の中でも精鋭であるアークデーモンが、吾輩に何の用があるのかと困惑したのだ。

「いかにも吾輩がアードナムだが、どのようなご用件かな?」

「陛下より貴殿の指揮下に入れと命じられた」

 その言葉に更に戸惑う。

 アークデーモンは古龍族ほどではないにしても気位が高い。
 そのアークデーモンが吾輩の部下になるというのに不満そうな表情を見せていないことに戸惑ったのだ。

 自らを落ち着かせるため、会話を続けることにした。

「任務について、陛下より何か聞いているかな?」

「うむ。貴殿が集めた情報を陛下に届けること、貴殿が危機に陥ったら助けよと命じられている」

 陛下は吾輩のために帝国でも有数の使い手を部下に付けてくれた。そのことに心の中で感動する。

「ではよろしく頼む」

 吾輩が笑みを浮かべて小さく頭を下げると、ルッカーン殿は僅かに驚きの表情を見せた。

「陛下の御為おんために、吾輩たちは手を取り合わねばならぬ。貴殿もそのつもりでいるのではないかな?」

「その通りだ」と言って、ルッカーン殿も笑みを返してくれた。

 それから準備を整えていくが、陛下から何度かご助言をいただいている。その際、元捕虜の人族、ダフ・ジェムソンなる人物も同席し、様々なことを教えてもらった。
 陛下たちの話は非常に興味深く、ルッカーン殿も目を輝かせて聞いていた。


 二月に入り準備が整ったため、神聖ロセス王国に潜入した。
 潜入といっても夜間にネヴィス砦から国境を越え、人族が住んでいなさそうな場所を選んで飛んでいっただけで、危険は全くなかった。

 ネヴィス砦からカイラングロースまでは約百五十マイル(約二百四十キロメートル)で、吾輩たちの飛行速度なら、警戒しながらでも五時間もあれば充分だ。
 陛下から地図を頂いており、迷うことなく飛び、夜半過ぎに無事目的地に到着した。

 カイラングロースは低い塀に囲まれているだけで、陛下のおっしゃった通り、潜入自体は簡単そうだ。

「まずは拠点を決めねばならん。ルッカーン殿に何か意見はあるか?」

 まずルッカーン殿の意見を聞いた。
 彼との関係を円滑にするため積極的に意見を聞くようにと、陛下よりご助言いただいていたからだ。

「うむ。町にほどほど近く、人が近づかぬところがよいが、まずは冒険者なる者たちを捕らえ、情報を聞き出すのがよいだろう」

「なるほど。魔物を狩る者たちだな。確か町の南側の森に野生の魔物が多く、その間引きをしていると聞いた。その者たちなら情報を聞き出した後に処分しても不審に思われないということか」

 ルッカーン殿の助言は吾輩の考えと同じだった。

 翌日、冒険者たちを捕らえて情報を聞き出し、南の森の奥に拠点を設置した。
 この場所に決めたのは冒険者たちが恐れる魔物が多くいるためだが、いたのは熊や大猿の魔物に過ぎず、吾輩たちを見て逃げ出している。

 拠点から夜間に町に何度か潜入した。
 人族の町に入ったことはあるが、それは先代までの魔帝陛下の遠征に同行したためで、人族を殺しつくした後が多かった。そのため、人族が普通に住んでいる町は新鮮だった。

 二月の下旬頃には五人の人族を傀儡とし、情報を集めさせた。
 陛下のご要望に従い、王国軍と教会について調べていくが、なかなか要領を得ない。

 それでも聖王が聖戦を発動し、義勇兵を募集していることは分かった。しかし、どの程度の規模なのか、この町では情報がなかなか手に入らない。

 また、我が国にとって最も危険な存在である勇者についても、ロイグという名であること以外、大した情報は手に入らなかった。

 定期的にルッカーン殿に情報を送ってもらっているが、三月に入っても陛下にご満足いただける情報が手に入らず、焦り始める。

 三月の下旬頃、思い切って聖都ストウロセスに場所を変えようかと思い、ルッカーン殿に相談した。

「陛下は我らの安全を最優先するようにとおっしゃった。ここで焦って危険を冒しては陛下のご意思に背くことになる。それに貴殿も情報の集め方が少しずつ分かってきたと言っていたではないか。今少しここで情報を集めてはどうだろうか」

「吾輩も少し焦っていたようだ。助言に感謝する」

 それから更に半月ほど情報を集めていくと、聖都で義勇兵を訓練していることが分かった。

 また、勇者ロイグについても傲慢で女癖が悪く、この国の者にすら嫌われていること、現在聖都近くの迷宮で仲間の女たちと訓練と称して遊んでいることなどが分かった。

 そして、四月十日の深夜、決定的な情報が入ってきた。
 それは義勇兵が五万人という数であり、“聖トマーティン兵団”という名を与えられたこと、隣国のカダム連合から一万の兵士が聖都に入ったことだった。

 直ちにルッカーン殿に情報を持ち返ってもらうよう依頼した。

■■■

 我はアークデーモンのルッカーン。
 陛下よりヴァンパイアロードのアードナム殿を補佐するように命じられた者だ。

 最初に話を聞いた時、陛下のお言葉に反発しそうになった。アークデーモンである我が、ヴァンパイアロードとはいえ下につくのは納得できなかったためだ。
 しかし陛下は私の気持ちを察し理由を説明してくださった。

「君をアードナムの補佐に付けるのは君が彼に劣っているからではない。その逆なんだ」

 その言葉に疑問が湧くが、陛下の言葉を待った。

「君は妖魔族の中でも特に優秀な魔法戦士と聞く。時空魔法も妖魔族の中でもトップクラスで、近接戦闘でも後れを取ったことはない」

 陛下に直々にそう言われ、気分はかなり良くなった。

「それ以上に君はアークデーモンの中で最も理知的で冷静だ。この点はアギーも太鼓判を押している。そして、アードナムだが、彼も優秀な魔術師であり戦士だ。しかし、君ほど視野が広いわけではない」

 アードナム殿とは面識がなく、よく知らないが、陛下がおっしゃるならそうなのだろうと納得する。

「私としては任務の成功以上に、君たちが無事に帰ってくることを願っている。君たちを失うことは帝国にとって大きな損失だからだ」

 ここまで言っていただけるとは思っておらず、思わず頬が緩みそうになる。

「アードナムは私の信頼に応えようとするあまり、無駄に危険を冒す可能性がある。だから、常に冷静な君が補佐をすれば、その危険を回避できると思ったのだ」

 陛下のお考えが分かり、不満は完全になくなった。
 それからアードナム殿と話し合い、任務に当たった。

 陛下が指名するだけあって、彼は非常に優秀な男だった。複数の傀儡を手足のように使い、多くの情報を得ることができた。

 持ち返った情報について、陛下から何度もお褒めがあったと聞いており、誇らしい気持ちになった。

 それでもアードナム殿は満足せず、更に情報を集めるため、陛下のご懸念通り、無理をしようとしたが、何とかそれを思い留まらせることに成功した。

 そして四月十日に決定的な情報が入った。

「ルッカーン殿、この情報は陛下に直接聞いていただかねばならん。ご足労を掛けるが、帝都まで飛んでいただけまいか」

 その言葉に我は驚いた。

「そうなると、貴殿一人になるが」

「構わぬ。吾輩は陛下が直接お聞きになりたいと確信している。それほどの情報なのだ」

「確かにそうだが……」

「貴殿が戻ってくるまで情報収集は続けるが、無理はせぬよ。だから吾輩の心配はいらぬ。それよりも早急に陛下に直接お伝えすることが肝要なのだ」

 その想いに我も応えることにした。
 ネヴィス砦ではなく、新しくできたサウスネヴィス城に行き、城主であるハイオーガロードのブルック卿に直談判した。

「我を運ぶグリフォンを貸していただけまいか」

「こちらの伝令で情報を届けることは可能だが、なぜグリフォンが必要なのだ?」

 そうブルック卿が聞いてきた。

「陛下は我の口から情報をお聞きになりたいはずだ。一刻も早く陛下にお伝えするためには、我より速いグリフォンに乗った方がよい。不満はあろうが、陛下のために伏してお願いする」

 我の言葉にブルック卿は即座に「よかろう」と快諾し、グリフォンを手配してくれた。
 グリフォンも陛下のためという我の言葉を信じ、不満そうな表情を見せることなく、帝都に向けて全速力で飛んでくれた。

 そのお陰で十一日の早朝には宮殿に入ることができた。

「貴殿の協力に感謝する」とグリフォンに礼を言い、陛下の下に向かった。

 歩きながら思ったことがある。
 この情報は妖魔族、死霊族、鬼人族、魔獣族の四つの部族が関わっている。これまでこのように多くの部族が関わることは戦争以外では稀であった。

 そして、四つの部族が関与することで、より正確により早く情報をお伝えすることができる。
 陛下がいかに素晴らしいお方であるか、改めて認識した。
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