魔帝戦記

愛山雄町

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第一章「帝国掌握編」

第二十二話「防衛体制」

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 ラントはアルビンら長を集め、グラント帝国の国境の要衝、ネヴィス砦の防衛体制について話し合っていた。

 彼は神聖ロセス王国の聖王マグダレーンが別の手を打つ可能性があると指摘する。
 それに対し、珍しく真面目な表情のアギーが質問する。

「では、聖王が打つであろう別の手とは何なのでしょうか?」

 その問いに他の長たちも興味深げにラントを見る。

「私が聖王なら、勇者と少数の精鋭を派遣し、ネヴィス砦の守備隊を排除し占領する。そうすれば、初戦で大勝し、驕り高ぶった魔帝がノコノコと出てくるだろうから、何らかの罠を仕掛けて倒そうと考えるだろう」

「ですが、陛下ならそのような策には乗らないのではありませんか?」

 その場にいる全員が頷く。

「私のことを知っている君ならそう考えるだろうが、聖王は私のことを知らない。そして、今回の戦いを見ていた人族は一人も生き残っていない。ならば、今までの魔帝と同じく、自らの力に驕る可能性が高いと考えるはずだ」

「確かにその通りでございますね。わたくし、陛下のご慧眼に更に心が奪われてしまいましたわ」

 そう言ってアギーは妖しい光を放つ瞳でラントを見つめる。
 その瞳にラントはそれまでの勢いが削がれ、「あ、いや、そうだな」と挙動がおかしくなる。

 しかし、すぐに「ゴホン」と咳払いを一つして落ち着きを取り戻し、更に説明を続けていった。

「そうなると、今の体制では砦が危ういと思うのだ。そこでゴインに問いたい。隊長であるラディは優秀な戦士であり指揮官だが、勇者と戦って勝つことは可能だろうか?」

 その問いにゴインは「そうだな……」と言ってから考え始める。

 ラントは先に自分の考えをゴインに伝えた。

「私のような素人でも、勇者はゴインに匹敵する力を持っているように見えた。鬼人族最強である君より、ラディの戦闘力は数段劣る。だとすれば、私の懸念は的を外していないと思うのだが」

 ゴインは苦々しい表情を浮かべながら答えていく。

「陛下の言っていることは間違っちゃいねぇ。正直なところラディでは勝つことはできん。だからと言って奴の解任を認める気はないがな」

 ゴインはそう言ってラントを睨む。
 その視線にラントは軽く頷いた。

「もちろん、あれほど活躍したラディを左遷する気はない。彼は戦士としての能力もあるが、指揮官として育てたい。だから、彼には私の直属とし、私の考えを理解させ、ゆくゆくは一軍を任せたいと思っている。これなら栄転になるし問題ないと思うのだが、どうだろうか?」

「そうだな」とゴインは視線を緩める。

「その上でもう一度問いたい。この城の城主、ブルックなら勇者に勝てると思うか?」

 その問いにゴインは即答する。

「倒しきれるか微妙なところだが、容易く負けることはないはずだ」

 その答えにラントは「そうか」と言って頷く。

「では、その前提で話をしよう」とラントが言うと、全員が真剣な表情で彼を見つめる。

「まず基本的な戦略だが、当然のことだがネヴィス砦を奪われないことだ。そのためには手を打つ時間を稼ぐことが必要になる。その時間だが、砦からの連絡を受け、ブレア城からの鬼人族部隊と帝都からの飛行部隊が到着できる時間は最低必要だ。ここまではいいか」

 ラントは全員が理解していることを確認し、更に説明を続けていく。

「敵の早期発見とその連絡体制のため、鬼人族に加え、魔獣族の飛翔可能な者を正式に配置したい。ブレア峠の南側の哨戒に三名一班として四班十二名、伝令として二名一組として五組十名、それに予備として三名の二十五名を配置する。ダラン、君の方で候補の選抜を頼む」

「御意」と魔獣族の長ダランが頷く。

「地上部隊だが、鬼人族を主力とすることに変更はない。あの砦は鬼人族用に作られているからな……」

 ネヴィス砦は鬼人族の体格に合うように作られており、巨人族や魔獣族の大型魔獣では戦いづらい。

「……それを前提に、魔獣族から森や山岳地帯での行動が得意で嗅覚に優れた者を斥候として配置する。数は五名一班として四班二十名だ。これもダランが選んでくれ」

「空から見張るのなら地上の偵察は不要ではないのか?」とアルビンが疑問を口にする。

「いい質問だ」とラントは笑顔で頷いた後、その疑問に答えた。

「確かに空中から見張れば、広範囲をカバーできるし敵の動きを追いやすい。だが、飛行部隊は地上から丸見えだ。木の下や岩陰に隠れられたら見逃す可能性がある。確実性を増すためには地上からの偵察は絶対に必要だ」

「なるほど……確かにその通りだが、なぜ我ら古龍族を指名せんのだ。我らの目も魔獣族に劣るものではないぞ」

 アルビンは不機嫌そうな顔でそう言った。
 ラントはその問いが来るのを想定しており、ニヤリと笑う。

「最強戦力の一画である古龍族を偵察に使うなど、もったいないではないか」

「確かにそうだな」とアルビンの機嫌が途端によくなる。

 しかし、ダランの表情が硬くなった。ラントはそれに気づかない振りをしながら説明を加えていく。

「魔獣族のロック鳥やグリフォン、フェニックスが戦力として劣るというつもりもないが、龍は目立ちすぎる」

 そう言ってからダランに視線を向ける。

「重要なことは哨戒という任務の重要性を理解し、命令に忠実に従う者だ。私としては比較的小型で俊敏なグリフォンがよいと思う。今回も私の要求に百パーセント応じてくれた。そういう観点で候補を選んでくれ」

 その言葉によってダランの表情が緩んだ。
 そこでラントはゴインに視線を向ける。

「話を戻すぞ。先ほど砦は鬼人族主体と言った。当然、指揮官は鬼人族から出してもらう。私としてはブルックに頼みたい」

 ゴインは渋い顔になった。

「ブルックはブレア城の城主だ。ネヴィス砦の指揮官じゃ降格になっちまう」

「だからネヴィス砦を私の直轄とし、指揮官を魔帝直属とするのだ。王国進攻後は最前線の城を任せることを約束する。これでも難しいか?」

「それならば……」とゴインは言うが、直情的な彼にしては語尾が不明瞭だった。

「では私から皆の前で伝えよう。そうすれば、誰も降格とは思わないはずだ」

 ゴインもそれで納得し、「まあ、それならよいだろう」と答えた。

「アギー、妖魔族からも十名ほど暗黒魔法と時空魔法が得意な者を派遣してもらいたい。目的は敵の撹乱と物資の輸送、捕虜の尋問などだ」

「承りました」とアギーは笑みを浮かべて頭を下げる。

 しかし、ラントには彼女に不満があるように見えた。

「地味な仕事だが、非常に重要なことだ。今回の輜重隊への襲撃では私の要求を超える成果を出してくれた。だから君たち妖魔族には特に期待しているんだ」

「その旨も伝えますわ」と満足げな笑みで答えた。

 ラントはアギーに頷くと、それまで無言だった死霊族の長であるノーライフキングのオードと巨人族の長であるエルダージャイアントのタレットに視線を向ける。

「死霊族と巨人族は古龍族と同様に王国進攻作戦の主力となってもらう予定だ。だから、ネヴィス砦の防衛体制には組み込まない」

 二人は「「御意」」と同時に答える。

 ラントは二人に小さく頷くと、全員を見回した。

「体制はこんな感じだ。もちろん、運用する中でいろいろと不具合が出ると思うが、それは都度修正していく。それよりも今現在、懸念がある」

 長たちが何のことだろうと首を傾げている。

「昨日の祝勝会でも感じたのだが、各部族間の交流がなさすぎるのではないかということだ。今回、ネヴィス砦には鬼人族、魔獣族、妖魔族を配置するが、連携が取れるのか、現地指揮官であるブルックの命令が守られるのかという点が不安だ」

 ラントの不安に魔獣族のダランが答える。

「魔獣族の者にはよく言い聞かせておきますので、問題ないかと」

 同じようにアギーも「妖魔族も同じですわ」と答えた。

「分かった。魔獣族と妖魔族は先日の戦いでも私の命令を忠実に守ってくれた。ならば問題はないだろう。だが、今後は他の部族にもいろいろな指揮官の下で戦ってもらうことになる。特に神聖ロセス王国に深く進攻していけば、私だけでは手が足りないから別働隊を作る必要がある。その時のことを考えておいてほしい」

 長たちはそれに素直に頷いた。

 会議が終わり、長たちが出ていった後、ラントは大きく息を吐き出した。

「ふぅぅ……やはり気を使うな……」

 思わず独り言を吐き出す。

(アルビンとゴインは最初から分かっていたけど、ダランまで不満そうにするとは思わなかったな。忠誠度が下がるような感じじゃなかったけど、ダランはエスクと並んで、僕の代役を任せたい。可能な限り、忠誠度を上げておかないとな……)

 その後、ラントはネヴィス砦の防衛体制について全軍を集めて公表する。

「此度の戦いでは多くの者が活躍してくれた! しかし、人族がこれで諦めるとは思えん。よって、ネヴィス砦の重要性は今まで以上に増したと言っていいだろう。そこで、ネヴィス砦は私の直属とし、鬼人族、魔獣族、妖魔族から選抜した守備隊を配置する……」

 そこでラントはブルックとラディを横に呼ぶ。

「ネヴィス砦には南部国境防衛軍司令官として鬼人族のブルックに入ってもらう。彼には私の代理として国境全般を守ってもらうつもりだ」

 司令官という言葉に戦士たちはオオという感嘆の声を上げる。ラントは誰も降格と思っていないことに安堵する。

「そして、守備隊の指揮官だったラディには私の直属となってもらう」

 ラディはその言葉に目を大きく見開くが、すぐに「ありがたき幸せ」と頭を下げる。

「直属と言っても単なる護衛ではないぞ。これから私の下でいろいろと学び、いずれは一軍を指揮してもらう。そのつもりで励め」

「「オオ!」」

 戦士たちは再び感嘆の声を上げた。

「お、俺が一軍を指揮……」とラディは唖然とする。

 ラントはラディから視線を外し、戦士たちに向ける。

「帝国内の体制が整い次第、人族の国、神聖ロセス王国に戦いを挑むつもりでいる。ラディのように優秀な指揮官は積極的に登用していくつもりだ。彼のように帝国のために何が重要かを考えられるように励んでほしい」

 戦士たちは具体的にどうしたらいいのか分からないものの、魔帝直属となれると聞き、目を輝かす。

 戦士たちに説明を終えた後、ラントは飛行部隊と共に帝都フィンクランに向けて出発した。
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