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第一章「帝国掌握編」
第二十一話「今後の戦略」
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一月十九日の夜。
グラント帝国の前線基地であるブレア城では、神聖ロセス王国軍に対する大勝利を盛大に祝おうとしていた。
ブレア城は身長十五メートルを超える巨人族が戦える巨大な城であり、一万人近い戦士がいるとはいえ、人化している状態なら中庭にも十分な広さがあった。
ラントは赤ワインが入った銀製のゴブレットを手に持つと、用意されていた演台に登り、戦士の前に立つ。後ろにはいつも通り、エンシェントエルフのエレンが控え、拡声の魔法を発動した。
「戦場でも皆に伝えたが、今回の勝利はすべて諸君らの奮闘のお陰だ! 第九代魔帝の初陣をこのような大勝利で飾ってくれたことに対し、最大限の感謝を伝えたい! 正式な戦勝式典と褒賞の授与式は別途帝都で行うが、今日は皆と共にこの勝利を祝いたい!」
そこでゴブレットを目の高さまで持ち上げる。
戦士たちも同様に盃を掲げて彼の言葉を待つ。
「帝国の勝利と諸君らの奮闘に……」と言ったところで、ラントは身体を回しながら、戦士たちを見ていく。
そして、正面を向くと、気合の篭った声でゴブレットを更に高く掲げた。
「乾杯!」
そう言ってゴブレットに口を付けた。
次の瞬間、一万名弱の戦士たちの放つ、「「「乾杯!」」」という咆哮が城壁を揺るがす。
「今日は無礼講だ! 存分に飲んでくれ!」
ラントはそう言うと、演台を降りていく。そして、戦士たちの中にゆっくりと歩いていった。
熱狂的な乾杯を行った戦士たちだが、まだ魔帝に対して畏敬の念があるため、ラントが話しかけてもほとんど会話にならない。
(やっぱり皇帝に対して気安く声は掛けられないんだろうな。まあ、分かる気はするけど……どうしたらいいんだろうな……)
忠誠度を上げるため、戦場では積極的に声を掛けたが、彼自身これから先の戦士たちとの関係について、どうすべきか悩んでいた。
(親しみやすさを出すのはいいけど、それだと侮られるかもしれない。理想は敬愛されつつ、畏怖されるって奴なんだろうけど、僕にはそんな器用なことはできないし……)
それでも笑顔を絶やすことなく、会場の中を回っていった。
一時間ほど回ったところで、用意された席に着く。
そこには古龍族のアルビンや魔獣族のダラン、鬼人族のゴインなど、古の者の長たちが座っていた。
「兵たちに人気があるようだな」とアルビンが言うと、ラントは苦笑を浮かべて答える。
「私にカリスマ性があるからじゃない。先代までの魔帝たちが築いてきたものだろう」
「そうでもありませんぞ」とダランがいい、隣に座るゴインも頷く。
巨人族のタレットも小さく頷くが、ぼそりという感じで話を始める。
「陛下は今までの魔帝陛下とは違う。俺は今の陛下の方がよい。恐らく皆もそう思っているのだろう」
アルビンを始め、長たちの忠誠度も召喚時から十近く上がっている。その事実を知っているのでラントも納得できるが、それをどう表現していいのか迷っていた。そのため、話題を変えることにした。
「それにしてもこの酒は美味い。私もこの世界に来る前に少しだけ酒に関する仕事をしたことがあるが、これほど美味い酒は久しぶりだ」
ラントは新卒で入った会社を半年で辞めた後、派遣会社に登録したが、大学の先輩がやっているバーも手伝っていた。そのバーにはワインも多く取り揃えられており、世話好きの先輩がいろいろと手解きしたため、酒に関する知識は多少持っている。
その彼が飲んでも充分に美味なワインで、以前客が飲ませてくれたブルゴーニュの特級に匹敵すると感じていた。
「そうなのですか?」と妖魔族のサキュバスクイーン、アギーが妖艶さを滲ませながら質問する。
昨夜のこともあり、ラントはアギーに苦手意識を持ち始めていた。そのため、少し及び腰になる。
「手伝い程度で本職じゃなかったから、それほど深い知識があるわけじゃないがな」
「モールにはそのことはあまりおっしゃらない方がいいかもしれませんわ。何と言ってもドワーフですから、お酒の話になると夢中になってしまいますので」
エルダードワーフのモールは非戦闘員ということで帝都フィンクランに残っており、この場にはいない。
「確かにそうだ。俺も酒好きだが、あいつほど拘りはないからな」とゴインが頷く。
「帰ったらすぐにモールから問い詰められるかもしれませんな。エルダードワーフの酒に対する執着心は並ではありませんから」
ダランが真面目な表情でそう言うが、ラントは冗談だと思い笑っていた。
そんな話で場は和んだ。
開始から二時間ほど経つと、宴は最初よりも盛り上がりを見せていたが、ラントには懸念があった。
(盛り上がっているのはいいんだけど、部族の者同士で集まっているだけで、全体としてはまとまりがない。帝都と違ってここは鬼人族の城だから遠慮があるのかもしれないが、あまりいい傾向じゃないな……)
その日の宴はトラブルもなく、終わった。
翌日、朝食後に長たちを呼び、国境の防衛体制について説明する。
「まず、ネヴィス砦についてだが、守備隊を編成し直したいと思っている」
それに対し、ゴインが口を挟む。
「あの砦は我ら鬼人族の管轄だ」
ゴインの不満げな言葉にラントは怯むことなく、正面から考えをぶつける。
「もちろん理解している。だが、あの砦の重要性を考えた場合、私の直轄とした方がいいと思うのだ。と言っても体制を整えるまでの当面の間だけだが」
「当面の間? どういう意味だ?」とアルビンが疑問を口にする。
「国内の体制を整えた後、神聖ロセス王国に攻め込むつもりだ。その場合、侵攻の拠点とするにはネヴィス砦は小さすぎる。王国軍が野営していた場所に新たな軍事拠点を作り、そこを足掛かりとして王国を攻略していこうと考えている」
「攻め込むにしても、拠点など必要なかろう。我ら古龍族ならここブレア城を発しても、一日もあれば、敵の城を落とすことは容易い」
「確かにその通りだが、古龍族の力は強すぎる。私は王国の都市を占領したいのであって、破壊するつもりはない」
そこでさらにアルビンが口を開きかけたので、ラントはそれを「まあ待て」と言って制する。
「先の話は帝都に戻ってからだ。今は当面のネヴィス砦の体制について話したい」
アルビンも先走ったことに気づき、素直に口を閉じた。
「まず、王国がどう動くかが重要だ。今回の敗戦で王国軍は勇者と仲間、聖堂騎士団の精鋭を含む、四万以上の兵を失っている……」
「聖堂騎士団というのか……」とゴインが独り言を呟く。
今まで帝国では諜報活動をほとんど行っておらず、神聖ロセス王国について、ほとんど情報がなかった。
ラントは捕虜として捕らえた元傭兵隊長のダフ・ジェムソンから、王国軍の組織や人族が信仰する“トファース教”についても情報を得ており、それを基に戦略を考えていた。
「聖堂騎士団の総数は約一万。今回参加したのはそのうちの五千らしい。半数も失えば、組織として立て直すのにかなりの時間が掛かるだろう。主力である聖堂騎士団が動けないとなると、敵の指導者である聖王マグダレーン十八世が別の手を打ってくる可能性が高い……」
敵の王の名前まで調べていることにラントを除く全員が驚いている。
「ですが、陛下。勇者を失い、主力も半数を失っているのです。別の手を打ってくるとは思えないのですが?」
冷静なダランが疑問を口にした。
「聖王は二十年以上にわたって王国を支配しているらしい。権力基盤も盤石で、今回の遠征も彼が魔帝討伐の名誉を得るために強引に行ったものだという噂が広がっている。そう考えると、このまま大人しく引き下がるとは思えない」
ラントの洞察にダランは頷くしかなかった。
グラント帝国の前線基地であるブレア城では、神聖ロセス王国軍に対する大勝利を盛大に祝おうとしていた。
ブレア城は身長十五メートルを超える巨人族が戦える巨大な城であり、一万人近い戦士がいるとはいえ、人化している状態なら中庭にも十分な広さがあった。
ラントは赤ワインが入った銀製のゴブレットを手に持つと、用意されていた演台に登り、戦士の前に立つ。後ろにはいつも通り、エンシェントエルフのエレンが控え、拡声の魔法を発動した。
「戦場でも皆に伝えたが、今回の勝利はすべて諸君らの奮闘のお陰だ! 第九代魔帝の初陣をこのような大勝利で飾ってくれたことに対し、最大限の感謝を伝えたい! 正式な戦勝式典と褒賞の授与式は別途帝都で行うが、今日は皆と共にこの勝利を祝いたい!」
そこでゴブレットを目の高さまで持ち上げる。
戦士たちも同様に盃を掲げて彼の言葉を待つ。
「帝国の勝利と諸君らの奮闘に……」と言ったところで、ラントは身体を回しながら、戦士たちを見ていく。
そして、正面を向くと、気合の篭った声でゴブレットを更に高く掲げた。
「乾杯!」
そう言ってゴブレットに口を付けた。
次の瞬間、一万名弱の戦士たちの放つ、「「「乾杯!」」」という咆哮が城壁を揺るがす。
「今日は無礼講だ! 存分に飲んでくれ!」
ラントはそう言うと、演台を降りていく。そして、戦士たちの中にゆっくりと歩いていった。
熱狂的な乾杯を行った戦士たちだが、まだ魔帝に対して畏敬の念があるため、ラントが話しかけてもほとんど会話にならない。
(やっぱり皇帝に対して気安く声は掛けられないんだろうな。まあ、分かる気はするけど……どうしたらいいんだろうな……)
忠誠度を上げるため、戦場では積極的に声を掛けたが、彼自身これから先の戦士たちとの関係について、どうすべきか悩んでいた。
(親しみやすさを出すのはいいけど、それだと侮られるかもしれない。理想は敬愛されつつ、畏怖されるって奴なんだろうけど、僕にはそんな器用なことはできないし……)
それでも笑顔を絶やすことなく、会場の中を回っていった。
一時間ほど回ったところで、用意された席に着く。
そこには古龍族のアルビンや魔獣族のダラン、鬼人族のゴインなど、古の者の長たちが座っていた。
「兵たちに人気があるようだな」とアルビンが言うと、ラントは苦笑を浮かべて答える。
「私にカリスマ性があるからじゃない。先代までの魔帝たちが築いてきたものだろう」
「そうでもありませんぞ」とダランがいい、隣に座るゴインも頷く。
巨人族のタレットも小さく頷くが、ぼそりという感じで話を始める。
「陛下は今までの魔帝陛下とは違う。俺は今の陛下の方がよい。恐らく皆もそう思っているのだろう」
アルビンを始め、長たちの忠誠度も召喚時から十近く上がっている。その事実を知っているのでラントも納得できるが、それをどう表現していいのか迷っていた。そのため、話題を変えることにした。
「それにしてもこの酒は美味い。私もこの世界に来る前に少しだけ酒に関する仕事をしたことがあるが、これほど美味い酒は久しぶりだ」
ラントは新卒で入った会社を半年で辞めた後、派遣会社に登録したが、大学の先輩がやっているバーも手伝っていた。そのバーにはワインも多く取り揃えられており、世話好きの先輩がいろいろと手解きしたため、酒に関する知識は多少持っている。
その彼が飲んでも充分に美味なワインで、以前客が飲ませてくれたブルゴーニュの特級に匹敵すると感じていた。
「そうなのですか?」と妖魔族のサキュバスクイーン、アギーが妖艶さを滲ませながら質問する。
昨夜のこともあり、ラントはアギーに苦手意識を持ち始めていた。そのため、少し及び腰になる。
「手伝い程度で本職じゃなかったから、それほど深い知識があるわけじゃないがな」
「モールにはそのことはあまりおっしゃらない方がいいかもしれませんわ。何と言ってもドワーフですから、お酒の話になると夢中になってしまいますので」
エルダードワーフのモールは非戦闘員ということで帝都フィンクランに残っており、この場にはいない。
「確かにそうだ。俺も酒好きだが、あいつほど拘りはないからな」とゴインが頷く。
「帰ったらすぐにモールから問い詰められるかもしれませんな。エルダードワーフの酒に対する執着心は並ではありませんから」
ダランが真面目な表情でそう言うが、ラントは冗談だと思い笑っていた。
そんな話で場は和んだ。
開始から二時間ほど経つと、宴は最初よりも盛り上がりを見せていたが、ラントには懸念があった。
(盛り上がっているのはいいんだけど、部族の者同士で集まっているだけで、全体としてはまとまりがない。帝都と違ってここは鬼人族の城だから遠慮があるのかもしれないが、あまりいい傾向じゃないな……)
その日の宴はトラブルもなく、終わった。
翌日、朝食後に長たちを呼び、国境の防衛体制について説明する。
「まず、ネヴィス砦についてだが、守備隊を編成し直したいと思っている」
それに対し、ゴインが口を挟む。
「あの砦は我ら鬼人族の管轄だ」
ゴインの不満げな言葉にラントは怯むことなく、正面から考えをぶつける。
「もちろん理解している。だが、あの砦の重要性を考えた場合、私の直轄とした方がいいと思うのだ。と言っても体制を整えるまでの当面の間だけだが」
「当面の間? どういう意味だ?」とアルビンが疑問を口にする。
「国内の体制を整えた後、神聖ロセス王国に攻め込むつもりだ。その場合、侵攻の拠点とするにはネヴィス砦は小さすぎる。王国軍が野営していた場所に新たな軍事拠点を作り、そこを足掛かりとして王国を攻略していこうと考えている」
「攻め込むにしても、拠点など必要なかろう。我ら古龍族ならここブレア城を発しても、一日もあれば、敵の城を落とすことは容易い」
「確かにその通りだが、古龍族の力は強すぎる。私は王国の都市を占領したいのであって、破壊するつもりはない」
そこでさらにアルビンが口を開きかけたので、ラントはそれを「まあ待て」と言って制する。
「先の話は帝都に戻ってからだ。今は当面のネヴィス砦の体制について話したい」
アルビンも先走ったことに気づき、素直に口を閉じた。
「まず、王国がどう動くかが重要だ。今回の敗戦で王国軍は勇者と仲間、聖堂騎士団の精鋭を含む、四万以上の兵を失っている……」
「聖堂騎士団というのか……」とゴインが独り言を呟く。
今まで帝国では諜報活動をほとんど行っておらず、神聖ロセス王国について、ほとんど情報がなかった。
ラントは捕虜として捕らえた元傭兵隊長のダフ・ジェムソンから、王国軍の組織や人族が信仰する“トファース教”についても情報を得ており、それを基に戦略を考えていた。
「聖堂騎士団の総数は約一万。今回参加したのはそのうちの五千らしい。半数も失えば、組織として立て直すのにかなりの時間が掛かるだろう。主力である聖堂騎士団が動けないとなると、敵の指導者である聖王マグダレーン十八世が別の手を打ってくる可能性が高い……」
敵の王の名前まで調べていることにラントを除く全員が驚いている。
「ですが、陛下。勇者を失い、主力も半数を失っているのです。別の手を打ってくるとは思えないのですが?」
冷静なダランが疑問を口にした。
「聖王は二十年以上にわたって王国を支配しているらしい。権力基盤も盤石で、今回の遠征も彼が魔帝討伐の名誉を得るために強引に行ったものだという噂が広がっている。そう考えると、このまま大人しく引き下がるとは思えない」
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