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第一章「帝国掌握編」
第十七話「傭兵」
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神聖暦四八二一年(帝国暦五五〇一年)一月十八日。
俺は傭兵のダフ・ジェムソン。
俺は今、この仕事を引き受けたことを激しく後悔している。
事の始まりは三ヶ月ほど前、祖国エルギン共和国に神聖ロセス王国からの依頼がきたことだった。
その頃、俺の傭兵団は商業の国カダム連合の商業組合を相手に護衛の仕事をしていたが、それが一段落したから共和国の首都カスラーンで休暇を楽しんでいた。
そこに神聖ロセス王国からの依頼という名の強制徴募が掛かった。奴らは神の名の下に、こちらの都合など考えずに仕事をぶち込んでくる。
そして、運が悪かったことに俺たちがそこにいた。
その頃はまだ、安いが楽な仕事だと高を括っていた。仕事自体は神聖ロセス王国軍の下で輸送や野営なんかの裏方をやればいいだけだったからだ。
だが、二ヶ月くらい前にブレア峠に近いサードリンの町に入ってから、その事前情報が誤りだったと思い知った。
王国軍にまともな指揮官はおらず、勇者と呼ばれる阿呆は好き勝手なことを言って仕事の邪魔をしてくる。
それだけならまだよかったが、魔帝が召喚されるという噂が広がった十二月以降は最悪だった。
当初は二万人規模と聞いていたが、それが徐々に増えていき、最終的には五万人にも膨れ上がった。
今まで神聖ロセス王国では、これほどの大軍を派遣したことはほとんどなかったはずだ。実際、サードリンには一万人程度の軍隊を支える物資しかなかった。
王国軍の奴らは「史上最大の作戦だ!」などと無邪気に誇っているが、補給については全く考えていなかった。
真冬の山岳地帯の行軍はただでさえ厳しいのに杜撰な計画しかなく、五万にも及ぶ大軍の行軍や補給の計画をほとんど俺一人で立てて実行した。そのお陰で俺は年末から年始にかけてほとんど不眠不休で働いている。
俺がこれほど頑張らなければ、峠にたどり着くことすらできなかったのに、王国軍の連中は寒いだの飯が不味いだのと文句ばかり言ってくる。何とか敵の砦近くまで進んでも、今度は阿呆が、魔帝が出てくるまで戦わないと言い出した。
正直、勇者が前面に出なければ、魔族たちを相手にあの堅牢な砦は突破できない。魔帝とは敵国内で決戦した方がよいと何度もなだめすかしながら説得したのだが、あの阿呆は聞く耳を持っていなかった。
無駄に時間を掛けている間に、かき集めた食料などの物資が底を突き始めた。奴らは五万人という大軍にどれだけの物資が必要か全く理解していなかったのだ。
仕方なく、輜重隊をサードリンに戻したが、その輜重隊が昨日消息を絶った。
その前日までは順調に進んでいるという情報が入っており、三日後には補給物資が届くと安堵していた。それなのに、痕跡もなく二千輌の荷馬車と七千名の輜重隊の兵士が消えた。
そんなバカなことがあるかと思い、その情報を持ってきた天馬騎士団に確認するが、街道には荷馬車は一輌もなく、自分たちも何のことか分からないという始末だった。
それで捜索を頼もうとしたが、奴らは自分たちの仕事じゃないと断ってきた。何か別の重要な任務があるなら仕方がないが、野営地で無駄飯を食っているだけだ。
頭に来たが、それを言っても仕方がないので、俺の傭兵団の斥候部隊を送り出した。これは契約外の仕事で一銭にもならないが、食料はあと四日分しかなく、放っておいたら俺たちも飢えてしまうから仕方なかった。
結局、その日は天馬騎士団の報告が正しかったことが確認できただけだった。
そのことを王国軍の上層部に報告したが、何とかしろというだけで全く役に立たない。
俺は魔族と違って伝説の時空魔法なんて使えないんだ。食料をひょいと出すような器用な真似はできない。まあ、魔族でもあれほど大量の物資は扱えないんだろうが。
俺としてはすぐに撤退すべきと主張したが、王国軍の上層部と勇者が魔帝を倒していないのに撤退などできないと反対する。
緘口令を敷いたにもかかわらず、輜重隊が消息を絶ったことと食料が残り少ないという情報が兵士たちの間に広がった。それも俺が知る限り、全部隊に広がっている。こういう話は一気に広がるものだが、あまりにも速すぎて、俺は首を傾げていた。
上層部を説得している間に夜が明けたが、結論は出ないままだった。
すぐにでも残りの食料を持ってサードリンに戻るべきだ。それでも途中で食料が尽きるが、飢え死にする危険は格段に小さい。
サードリンまでは野営地から七十五マイル(約百二十キロメートル)くらい離れている。歩きにくい山道の移動ということで、下りであっても軍として動くなら一日二十マイル(約三十二キロメートル)が限界だろう。
既に食料は三日分になっているが、最後の一日はサードリンから食料を運べば何とかなる。そのことを主張するが、全く理解せず、勇者は勝手に前線に出ていってしまった。
午前十時過ぎ、前線の方で騒ぎが起きた。
五マイル(約八キロメートル)ほど離れているからよく分からなかった。天馬騎士団が伝令を出したところで、状況が最悪だと分かった。
天馬騎士が飛び立った直後、魔族軍の魔物がどこからともなく現れ、天馬騎士に襲い掛かった。
気づけばグリフォンとロック鳥、フェニックスなど、俺たち傭兵なら速攻で逃げ出すような大物が数え切れないほど空を舞っている。
野生のグリフォン一頭でも優秀な魔術師がいなければ戦えない。
まして、今飛んでいるのは魔族軍の魔獣たちだ。危険度は野生の魔獣の比じゃない。
果敢にも天馬騎士たちがその魔物たちに攻撃を掛けるが、相手が悪すぎた。結局、一体も魔物を仕留めることなく、一千騎の天馬騎士団は全滅した。
プライドが高いだけの馬鹿な連中だとは思っていたが、自殺願望もあったらしい。
それを見た王国軍の兵士たちが「もう終わりだ!」と叫び出し、野営地は大パニックになる。騎士たちがそれを抑えようと大声を上げていた。
俺はその隙を突いて、自分の傭兵団に対し、撤退を指示した。
「食料を持てるだけ持って全力で撤退しろ。だが、街道には待ち伏せがいるかもしれん。できるだけ身を隠すように移動するんだ」
「隊長はどうするんで? 俺たちと一緒に逃げないんですか?」と部下の一人が聞いてきた。
「お前たちは退路を確保するという命令書を作っておいたが、俺は司令部付きだから逃げるに逃げられん」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう」というが、それこそ議論している暇はないと、部下たちを送り出した。
それから何とか秩序は戻ったが、元々士気が落ちている兵士たちはソワソワと落ち着きがない。
そんな状況で一時間ほど経ったが、上空にいる魔物たちが襲ってくることはなかった。しかし、こちらも打つ手はなく、野営地で不安そうに空を見上げているだけだった。
それからほどなくして、勇者が魔帝に討たれたという情報が入ってきた。
あれだけ大口を叩いていたのに何もできずに殺されたらしい。頭は弱いと思っていたが、戦いも弱かったようだ。
ここに至って上層部も不味いと思ったのか、ようやく撤退の命令が出た。しかし、その命令は遅すぎた。
峠から降りてくる兵士の後ろにはオーガの上位種の大群がいた。奴らは逃げる兵士を殺しながら、我々の方に迫ってくる。
「野営地の入口に防御陣を作りましょう! そうすれば、少しでも撤退できる兵が増やせます!」
そう提案をすると、上層部も危機感を持ったためか、俺の意見をすんなり採用した。
すぐに簡易な防御陣を作ったが、勇者を失い、前線にいた精鋭が敗走している中、そんな中途半端なもので食い止められるものではなかった。
俺も隊の一つを任され、兵士たちの後ろで敵が来るのを見ていた。
バキバキという槍を折る音と兵士たちの悲鳴、魔物の野太い咆哮が響き渡る。
気づくと、見上げるほどデカいオーガが槍衾を叩き折りながら突進してきた。
俺はここで死ぬなと思いながらも、最後は戦士らしく戦おうと右手に持つ剣に力を入れる。
だが、その決意はすぐに泡のように消えた。
オーガの上位種の力は圧倒的で、兵士十人が束になっても傷一つ付けられない。魔術師たちが放つ魔法は当たるものの何の効果もなく、絶望だけが大きくなっていった。
巨大なオーガが刃渡り六フィート(一・八メートル)はある巨大な剣を振り回し、兵士たちを文字通り真っ二つにしていく。
それでも傭兵隊長として何とか一矢報いたいと、低い姿勢でオーガの斬撃を掻い潜り、足元に入り込んだ。そして、全体重をぶつけるように剣を突き出す。
「ガァァ!」というオーガの咆哮が聞こえた。
剣を見ると、ふくらはぎに僅かに剣が刺さっていたのだ。
やったと思ったが、そこで強い衝撃を受け、俺は意識を失った。
この時、俺は死んだと思った。
しかし、唐突に意識が戻った。目の前には銀色の鎧に身を包んだ美しいエルフの男がおり、治癒魔法を掛けていたのだ。
「なぜ助ける……」
振り絞るようにそう言うが、そのエルフは表情を変えることなく、治癒魔法を掛け続けている。
魔族に言葉が通じないことを思い出し、自嘲気味に笑うしかなかった。
結局、そのエルフは一言もしゃべることなく、立ち去った。
傷は治ったが、武器を取り上げられただけで拘束されることはなかった。
起き上がって周囲を見回すと、魔族軍のオーガや魔獣、更には巨人やドラゴンまでいた。
王国軍の姿はなく、俺と同じように生き残った者が所在なさげに座り込んでいた。
(こんな化け物相手に戦争を仕掛けるなんて馬鹿げている。勝てるはずがない……)
そんなことを思っていると、妖魔が俺に声を掛けてきた。
『人族の指揮官か?』という声が頭の中に響く。
どうやら念話という奴らしい。
初めての体験に驚くが、それ以上に困った。素直に頷いたら処刑されるのではないかと不安を感じたためだ。
しかし、奴らは暗黒魔法で嘘を見破れるという噂だ。下手に嘘をついてもすぐにばれるだろうと、正直に答えることにした。
「王国軍の指揮官ではない。雇われた傭兵隊の隊長だ。まあ、司令部にいたことは間違いないがな」
魔族の言葉なんて知らないから、この大陸で一番使われているロセス語で答えた。
『そうか……ならば、一緒に来い。歩けるな』
通じないかと思ったら、あっさりと通じ、もう一度驚く。
「ああ。で、どこに行くんだ? どうせ殺されるんだろうが、拷問だけは勘弁してもらいたいんだが」
正直な気持ちを言うと、その妖魔は侮蔑の視線を俺に向ける。
『帝国では拷問などという野蛮な行為は行わん。これから行くのは魔帝陛下のところだ。だから、口の利き方には注意しろ。陛下は度量の広いお方だが、周りの者は気が立っているからな』
俺は魔帝に会うということで言葉を失った。
俺は傭兵のダフ・ジェムソン。
俺は今、この仕事を引き受けたことを激しく後悔している。
事の始まりは三ヶ月ほど前、祖国エルギン共和国に神聖ロセス王国からの依頼がきたことだった。
その頃、俺の傭兵団は商業の国カダム連合の商業組合を相手に護衛の仕事をしていたが、それが一段落したから共和国の首都カスラーンで休暇を楽しんでいた。
そこに神聖ロセス王国からの依頼という名の強制徴募が掛かった。奴らは神の名の下に、こちらの都合など考えずに仕事をぶち込んでくる。
そして、運が悪かったことに俺たちがそこにいた。
その頃はまだ、安いが楽な仕事だと高を括っていた。仕事自体は神聖ロセス王国軍の下で輸送や野営なんかの裏方をやればいいだけだったからだ。
だが、二ヶ月くらい前にブレア峠に近いサードリンの町に入ってから、その事前情報が誤りだったと思い知った。
王国軍にまともな指揮官はおらず、勇者と呼ばれる阿呆は好き勝手なことを言って仕事の邪魔をしてくる。
それだけならまだよかったが、魔帝が召喚されるという噂が広がった十二月以降は最悪だった。
当初は二万人規模と聞いていたが、それが徐々に増えていき、最終的には五万人にも膨れ上がった。
今まで神聖ロセス王国では、これほどの大軍を派遣したことはほとんどなかったはずだ。実際、サードリンには一万人程度の軍隊を支える物資しかなかった。
王国軍の奴らは「史上最大の作戦だ!」などと無邪気に誇っているが、補給については全く考えていなかった。
真冬の山岳地帯の行軍はただでさえ厳しいのに杜撰な計画しかなく、五万にも及ぶ大軍の行軍や補給の計画をほとんど俺一人で立てて実行した。そのお陰で俺は年末から年始にかけてほとんど不眠不休で働いている。
俺がこれほど頑張らなければ、峠にたどり着くことすらできなかったのに、王国軍の連中は寒いだの飯が不味いだのと文句ばかり言ってくる。何とか敵の砦近くまで進んでも、今度は阿呆が、魔帝が出てくるまで戦わないと言い出した。
正直、勇者が前面に出なければ、魔族たちを相手にあの堅牢な砦は突破できない。魔帝とは敵国内で決戦した方がよいと何度もなだめすかしながら説得したのだが、あの阿呆は聞く耳を持っていなかった。
無駄に時間を掛けている間に、かき集めた食料などの物資が底を突き始めた。奴らは五万人という大軍にどれだけの物資が必要か全く理解していなかったのだ。
仕方なく、輜重隊をサードリンに戻したが、その輜重隊が昨日消息を絶った。
その前日までは順調に進んでいるという情報が入っており、三日後には補給物資が届くと安堵していた。それなのに、痕跡もなく二千輌の荷馬車と七千名の輜重隊の兵士が消えた。
そんなバカなことがあるかと思い、その情報を持ってきた天馬騎士団に確認するが、街道には荷馬車は一輌もなく、自分たちも何のことか分からないという始末だった。
それで捜索を頼もうとしたが、奴らは自分たちの仕事じゃないと断ってきた。何か別の重要な任務があるなら仕方がないが、野営地で無駄飯を食っているだけだ。
頭に来たが、それを言っても仕方がないので、俺の傭兵団の斥候部隊を送り出した。これは契約外の仕事で一銭にもならないが、食料はあと四日分しかなく、放っておいたら俺たちも飢えてしまうから仕方なかった。
結局、その日は天馬騎士団の報告が正しかったことが確認できただけだった。
そのことを王国軍の上層部に報告したが、何とかしろというだけで全く役に立たない。
俺は魔族と違って伝説の時空魔法なんて使えないんだ。食料をひょいと出すような器用な真似はできない。まあ、魔族でもあれほど大量の物資は扱えないんだろうが。
俺としてはすぐに撤退すべきと主張したが、王国軍の上層部と勇者が魔帝を倒していないのに撤退などできないと反対する。
緘口令を敷いたにもかかわらず、輜重隊が消息を絶ったことと食料が残り少ないという情報が兵士たちの間に広がった。それも俺が知る限り、全部隊に広がっている。こういう話は一気に広がるものだが、あまりにも速すぎて、俺は首を傾げていた。
上層部を説得している間に夜が明けたが、結論は出ないままだった。
すぐにでも残りの食料を持ってサードリンに戻るべきだ。それでも途中で食料が尽きるが、飢え死にする危険は格段に小さい。
サードリンまでは野営地から七十五マイル(約百二十キロメートル)くらい離れている。歩きにくい山道の移動ということで、下りであっても軍として動くなら一日二十マイル(約三十二キロメートル)が限界だろう。
既に食料は三日分になっているが、最後の一日はサードリンから食料を運べば何とかなる。そのことを主張するが、全く理解せず、勇者は勝手に前線に出ていってしまった。
午前十時過ぎ、前線の方で騒ぎが起きた。
五マイル(約八キロメートル)ほど離れているからよく分からなかった。天馬騎士団が伝令を出したところで、状況が最悪だと分かった。
天馬騎士が飛び立った直後、魔族軍の魔物がどこからともなく現れ、天馬騎士に襲い掛かった。
気づけばグリフォンとロック鳥、フェニックスなど、俺たち傭兵なら速攻で逃げ出すような大物が数え切れないほど空を舞っている。
野生のグリフォン一頭でも優秀な魔術師がいなければ戦えない。
まして、今飛んでいるのは魔族軍の魔獣たちだ。危険度は野生の魔獣の比じゃない。
果敢にも天馬騎士たちがその魔物たちに攻撃を掛けるが、相手が悪すぎた。結局、一体も魔物を仕留めることなく、一千騎の天馬騎士団は全滅した。
プライドが高いだけの馬鹿な連中だとは思っていたが、自殺願望もあったらしい。
それを見た王国軍の兵士たちが「もう終わりだ!」と叫び出し、野営地は大パニックになる。騎士たちがそれを抑えようと大声を上げていた。
俺はその隙を突いて、自分の傭兵団に対し、撤退を指示した。
「食料を持てるだけ持って全力で撤退しろ。だが、街道には待ち伏せがいるかもしれん。できるだけ身を隠すように移動するんだ」
「隊長はどうするんで? 俺たちと一緒に逃げないんですか?」と部下の一人が聞いてきた。
「お前たちは退路を確保するという命令書を作っておいたが、俺は司令部付きだから逃げるに逃げられん」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう」というが、それこそ議論している暇はないと、部下たちを送り出した。
それから何とか秩序は戻ったが、元々士気が落ちている兵士たちはソワソワと落ち着きがない。
そんな状況で一時間ほど経ったが、上空にいる魔物たちが襲ってくることはなかった。しかし、こちらも打つ手はなく、野営地で不安そうに空を見上げているだけだった。
それからほどなくして、勇者が魔帝に討たれたという情報が入ってきた。
あれだけ大口を叩いていたのに何もできずに殺されたらしい。頭は弱いと思っていたが、戦いも弱かったようだ。
ここに至って上層部も不味いと思ったのか、ようやく撤退の命令が出た。しかし、その命令は遅すぎた。
峠から降りてくる兵士の後ろにはオーガの上位種の大群がいた。奴らは逃げる兵士を殺しながら、我々の方に迫ってくる。
「野営地の入口に防御陣を作りましょう! そうすれば、少しでも撤退できる兵が増やせます!」
そう提案をすると、上層部も危機感を持ったためか、俺の意見をすんなり採用した。
すぐに簡易な防御陣を作ったが、勇者を失い、前線にいた精鋭が敗走している中、そんな中途半端なもので食い止められるものではなかった。
俺も隊の一つを任され、兵士たちの後ろで敵が来るのを見ていた。
バキバキという槍を折る音と兵士たちの悲鳴、魔物の野太い咆哮が響き渡る。
気づくと、見上げるほどデカいオーガが槍衾を叩き折りながら突進してきた。
俺はここで死ぬなと思いながらも、最後は戦士らしく戦おうと右手に持つ剣に力を入れる。
だが、その決意はすぐに泡のように消えた。
オーガの上位種の力は圧倒的で、兵士十人が束になっても傷一つ付けられない。魔術師たちが放つ魔法は当たるものの何の効果もなく、絶望だけが大きくなっていった。
巨大なオーガが刃渡り六フィート(一・八メートル)はある巨大な剣を振り回し、兵士たちを文字通り真っ二つにしていく。
それでも傭兵隊長として何とか一矢報いたいと、低い姿勢でオーガの斬撃を掻い潜り、足元に入り込んだ。そして、全体重をぶつけるように剣を突き出す。
「ガァァ!」というオーガの咆哮が聞こえた。
剣を見ると、ふくらはぎに僅かに剣が刺さっていたのだ。
やったと思ったが、そこで強い衝撃を受け、俺は意識を失った。
この時、俺は死んだと思った。
しかし、唐突に意識が戻った。目の前には銀色の鎧に身を包んだ美しいエルフの男がおり、治癒魔法を掛けていたのだ。
「なぜ助ける……」
振り絞るようにそう言うが、そのエルフは表情を変えることなく、治癒魔法を掛け続けている。
魔族に言葉が通じないことを思い出し、自嘲気味に笑うしかなかった。
結局、そのエルフは一言もしゃべることなく、立ち去った。
傷は治ったが、武器を取り上げられただけで拘束されることはなかった。
起き上がって周囲を見回すと、魔族軍のオーガや魔獣、更には巨人やドラゴンまでいた。
王国軍の姿はなく、俺と同じように生き残った者が所在なさげに座り込んでいた。
(こんな化け物相手に戦争を仕掛けるなんて馬鹿げている。勝てるはずがない……)
そんなことを思っていると、妖魔が俺に声を掛けてきた。
『人族の指揮官か?』という声が頭の中に響く。
どうやら念話という奴らしい。
初めての体験に驚くが、それ以上に困った。素直に頷いたら処刑されるのではないかと不安を感じたためだ。
しかし、奴らは暗黒魔法で嘘を見破れるという噂だ。下手に嘘をついてもすぐにばれるだろうと、正直に答えることにした。
「王国軍の指揮官ではない。雇われた傭兵隊の隊長だ。まあ、司令部にいたことは間違いないがな」
魔族の言葉なんて知らないから、この大陸で一番使われているロセス語で答えた。
『そうか……ならば、一緒に来い。歩けるな』
通じないかと思ったら、あっさりと通じ、もう一度驚く。
「ああ。で、どこに行くんだ? どうせ殺されるんだろうが、拷問だけは勘弁してもらいたいんだが」
正直な気持ちを言うと、その妖魔は侮蔑の視線を俺に向ける。
『帝国では拷問などという野蛮な行為は行わん。これから行くのは魔帝陛下のところだ。だから、口の利き方には注意しろ。陛下は度量の広いお方だが、周りの者は気が立っているからな』
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