魔帝戦記

愛山雄町

文字の大きさ
上 下
2 / 134
第一章「帝国掌握編」

第二話「最弱」

しおりを挟む
 突然召喚されたラントは古森人エンシェントエルフの美女、エスクから説明を受けていた。

 “魔帝”という言葉を聞き、ラントはぼんやりと“やはり異世界召喚の夢なのだな”と考えている。
 エスクにはその様子が余裕に見え、優しい笑みで見つめた後、再び口を開いた。

「では、説明を続けさせていただきます。魔帝陛下は代々、異世界よりご降臨いただいております。強大な力を持ち、人族の魔手より世界樹をお守りいただくためでございます……」

 世界樹という言葉にラントは反応しそうになるが、今はどんな話が聞けるのかという好奇心が勝り、口を噤む。

「……世界樹は神に代わり、世界の調和を行う存在です。しかし、人族は自らの寿命を延ばすという利己的な目的のため、その世界樹を我が物にしようと考えております……」

 エスクの説明は続いた。
 彼女の話では“ヒューマン”と呼ばれる人族は百年に満たない寿命を延ばすため、不老長寿の力を持つ世界樹を手に入れようとしている。

 人族は能力こそいにしえの者たちに劣るものの、その数は圧倒的で、ごく稀に強力な力を持つ者が現れるため、五千五百年ほど前に世界樹が奪われそうになった。
 そのため、神は魔帝という存在を異世界より召喚し、世界樹を守る国を作らせた。

「魔帝陛下は優れた身体能力と魔法の才能、更には神のご加護により物理攻撃と魔法攻撃、毒などの異常状態を完全に無効化できる力をお持ちです。初代グラント陛下がご降臨され、我が帝国は人族の侵攻を防ぐだけでなく、逆に人族の国を次々と降伏させ、平和な時代を築くことに成功しました。その後、平和な時代が数百年続いたのです……」

 そこでエスクの表情が怒りに満ちたものに変わった。

「しかし、人族の信じる邪神は“勇者”なる邪悪な存在を作り出し、魔帝陛下を暗殺したのです! また、多くの仲間を失い、平和な時代は終わりを告げました……」

 勇者は魔帝を殺すために人族の神が作り出した存在だ。

 戦闘能力に優れ、圧倒的な攻撃力と防御力、そして古の者たちとは比較にならないほど早い成長により、十年ほどで最強の古龍に匹敵する力を得ることができる。
 更に魔帝の持つ神の加護を無効化する特殊能力を持っていた。

「勇者は不死身ではありませんが、命を落とせばすぐに次代の勇者が現れます。そのため、人族は勇者をまるで使い捨ての道具であるかのように使い、陛下のお命を狙い続けてきたのです。これまでの歴代の魔帝陛下はすべて勇者によってお命を奪われております」

 それまでラントには現実感がなかったが、自分の命が危ういと聞き、恐怖を感じた。

(僕が魔帝ということは勇者に命を狙われ続けるということか? 最強のテロリストの標的として生きろというのか……いくら無敵に近い力をもらったとしてもそんな生活はご免こうむりたい……)

 それでも彼は自分も魔帝の力を得られたと思っており、命を狙われると聞いてもまだ余裕があった。

 その時、一人の男が立ち上がった。先ほど紹介された純白のコートを纏ったエンシェントドラゴンのアルビンだった。

「話はもういいだろう。その者が我らを率いる資格を持たぬことは、そなたも分かっておろう!」

「控えなさい、アルビン! 陛下に対し無礼が過ぎます!」

 エスクが鋭く命じるが、アルビンはラントを見下ろすだけだった。

「私に資格がないとは……」とラントは気圧されながらも疑問を口にした。

「貴様のステータスを見たが、野良のゴブリンの子にすら劣る。スキルも“情報閲覧”と“自動翻訳”という戦闘に全く関係ないものしかない。雷帝と呼ばれた、先代のブラックラ陛下と比ぶべくもないわ!」

 アルビンの言葉はエスクを含め、誰も否定しなかった。

(僕に力がない……確かに強くなったという感じは全くないけど……最強と呼ばれた歴代の魔帝ですら殺されたのに、何の力もない僕が生き残れるはずはない……それよりも役立たずとして追放されるのか……好きでここにいるわけじゃないのに……)

 ラントはこの理不尽な状況に怒りを覚えつつも、相手の存在感に気圧される。しかし、この状況を変えるべく言葉を発した。

「僕を元の世界に戻すことはできないんですか……アルビンさんの言うことが真実なら、僕がここにいても何の役にも立たないと思うんですが……」

 その問いにエスクが悲しげな表情を浮かべて答える。

「この世界で最も時空魔法に精通した者であっても、世界の壁を越えることはできません」

「つまり、帰る方法はないと……なら、なぜ僕を呼んだんですか! もっと適した人がいるはずじゃないですか!」

 ラントの叫びにエスクは小さく首を横に振った。

「我々にご降臨いただく魔帝陛下を選ぶことはできません。神がお決めになることなのです。陛下には神が選ばれた理由が必ずあるはずです」

「それは何なんですか? 自分の身すら守ることができないのに、世界を守ることなんてできませんよ……」

 最後の方はほとんど声になっていなかった。
 落胆したラントを見ていられなくなったのか、エスクはアルビンに強い視線を向けた。

「アルビン、陛下に謝罪しなさい!」

「なぜだ? 俺は事実を告げただけだ。第一、お前も同じことを考えたのだろう? ならば謝罪の必要はないはずだ」

 悪びれもせずアルビンは言い放った。
 エスクはその言葉に反論せず、ラントを慰めに掛かる。

「ラント陛下には歴代の陛下になかった特別なお力があるはずです。そうでなければ、神がお選びになるはずがありません」

 その言葉でラントは僅かに希望を持つが、一度落ち込んだ気分は元に戻らなかった。

「陛下のお加減がすぐれません。この謁見は中止し、陛下にはお休みいただきます」

 エスクがそう言うと、五人の男女は一度頭を下げた後、降臨の間を出ていった。アルビンともう一人の偉丈夫ゴインは頭を下げることなくラントを一瞥すると、何も言わずに立ち去った。

 残ったエスクはラントの肩に手を置いた。

「陛下のお部屋で休みましょう。お立ちになれますか?」

 ラントはエスクに言われるまま、ゆっくりと立ち上がり、歩き始めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

処理中です...