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第十七話「しつこい奴は嫌いだぜ」
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辺境マフィアのリコ・ファミリーから、ブレンダ・ブキャナンを何とか無事に奪い返した。
奪い返したのはよかったが、最初の五分ほどは満足な速度に達しておらず、大型武装商船の射程内にいたことから、何度も砲撃を受けた。
ただ危険だったかというと微妙だ。俺が操縦するドランカード号は至近弾すら受けなかったのだから。
といっても、これは自慢になるほどのことじゃない。単に敵の砲撃が雑すぎただけだ。
(そろそろだな……)
そう考えた直後、ドランカード号を強い衝撃波が襲う。海賊王バルバンクールの隠れ家であった別荘が自爆したのだ。
慣性制御装置が追従できないほどの激しいエネルギーの奔流に、船は荒波に浮かぶ木の葉のように大きく揺さぶられる。
「キャー」というシェリーの悲鳴と「クソッ」というジョニーの悪態が操縦室の集音装置を通じて聞こえてくる。
『旧連邦の別荘が自爆しました。後部防御スクリーンに出力低下がありましたが、現在は最大出力に復帰済みです』
船の人工知能ドリーの冷静な報告が耳に入ってくる。
「了解。ブレンダとローズの様子は? それとマフィアどもはどうなった?」
『乗客二名は無事です。少しパニックに陥ったようですが、今は落ち着いています。マフィアの海賊船は一隻を除き、すべて消失しました』
「その一隻はマリブか……奴はどこにいる」
『後方三光秒の位置です。回避を行わず、最大加速度で加速中です。このままでは八分以内に追いつかれてしまいます』
ソール・クバーノ船長が指揮するマリブ号はドランカード号と同じく百五十メートル級の標準型スループ艦だ。
本来なら先行しているドランカード号が追い付かれることはない。
しかし、ただの追いかけっこならという条件が付く。
マリブの主砲は一テラワット級の粒子加速砲だ。その射程は五光秒。つまり、俺たちはその射程内に捉えられていることになる。
当然、敵に尻を向けてまっすぐ飛ぶわけにはいかない。そんなことをすれば狙い撃ちされるだけだ。だから今もスラスターを使って必死に回避機動を行っている。
そのせいでベクトル的な加速度は五kG程度に落ちている。一方のマリブはこちらからの攻撃を無視できるから直線的に加速している。そのため、六kGのフル加速だ。
その加速度の差が先行していた余裕を一気に食いつぶしている。
ただ不気味なのはマリブが一度も撃ってこないことだ。
確かに必中の距離ではないが、防御スクリーンの能力が低い艦尾への攻撃であり、掠めるだけでも効果はある。それなのに一度も撃ってこないことに疑問を感じていた。
それ以前に奴の狙いが分からない。
ボスであるロナルド・リコは死んだが、リコ・ファミリーは帝国軍に喧嘩を売っている。このままでは軍が威信に賭けて追い回すことは確実だ。
証拠隠滅のために俺たちを殺そうとしているのかとも考えたが、隣接する星系でレポスにジャンプしてきた船を調べれば、マリブがいたことは隠しようがない。つまり、俺たちを殺しても意味はないのだ。
そんなことをしている暇があったら、一刻も早くここを離れ、船を捨てた方がいい。
「奴は何を考えているんだ?」という独り言が自然と漏れる。
その独り言にドリーは律儀に答えてくれた。
『ミスター・リコとクバーノ船長の間の通信記録を見る限りでは、クバーノ船長は船長との決着をつけたがっているのではないかと思われます』
「俺との決着? どういうことだ?」
『ゲストハウスが攻撃を開始する直前、マリブは船団を離脱しました。その時の会話ではドランカード号と決着をつけるつもりだという発言がありました。また、センテナリオで取り逃がした借りを返すという言葉も』
「ということは話し合いの余地はあるかもしれないということか……ドリー、すまないが、マリブに交渉を持ちかけてくれ。向こうが乗ってくるようなら、俺の代わりに交渉を頼む」
本来であれば船長である俺が交渉すべきだが、操縦系に神経を接続していると、声帯を含め、筋肉が動かせなくなるため話ができない。切り離せば交渉は可能だが、回避能力が落ちるため危険になる。
『了解しました、船長。しかし、AIである私が交渉しても先方は乗ってくるでしょうか? ヘネシーか、シェリーに交渉してもらった方がいいかもしれません』
あえてジョニーの名を上げなかったのは、考慮する必要がないと判断したためだろう。奴が交渉する姿など想像もできない。そのため、心の中で苦笑してしまう。
しかし、ヘネシーでもシェリーでも交渉は難しいだろう。
「二人に交渉は無理だ。まあ、向こうも俺が操舵士であることは知っているんだ。手が離せないことは理解しているはずだ。それならドリーが一番適任だろう」
『了解しました、船長』と答え、ドリーは交渉を始めた。しかし、二十秒後にクバーノからの返信が入る。
「お宝を大人しく渡すなら、考えなくもない」
映像を見る限り、何の感情も篭っていない。
『明確に拒否しているわけではなさそうですね。どうされますか?』
しかし、俺にはクバーノの考えが分かる気がした。
「あれは部下に対する言葉だな。部下は決着をつけたいなんて思っていないんだろう。だから、俺たちが持っている財宝を手に入れるために追いかけていると言って鼓舞している。そんなところだろうな」
『そう言われるとそうかもしれませんね。では、マリブ号とは戦うしかないということですか?』
「ああ、それしかない」
俺も腹を括ることにした。
戦わないに越したことはないが、交渉に応じる気がないクバーノを相手に、動きを止めるような行為は自殺と同じだ。
「このままじゃ、マリブに一方的に攻撃される。タイミングを見て、こちらから打って出るとジョニーたちに伝えてくれ」
『了解しました、船長』
ドリーは無駄な質問を一切せずに了解する。
距離が二光秒を割ったところでマリブが砲撃を開始した。
『嫌らしい砲撃ですね』
ドリーの言う通り、嫌らしい砲撃だった。
マリブはドランカード号が前方トロヤ群の小惑星密度の高い部分に逃げ込まないよう砲撃を加えてきた。もちろん、直接当たるように撃っているが、タイミングからその意図を強く感じる。
このせいで俺が打とうとした手が一つ封じられた。
ドランカードとマリブの基本的な加速性能は同じだ。しかし、回避機動に使うスラスターと操舵士の能力は格段に違う。
今までのマリブの動きを見る限り、操舵士は素人ではないが、抜群にいい腕をしているわけでもない。よく言って可もなく不可もなくというところだ。
だから、小惑星の密度が高いところに誘い込み、操舵士の腕の差で翻弄しようと考えていた。
その目論見は看破され、見事に対処された。
広い空間での戦闘の場合、進行方向に対し、後方に位置するほうが圧倒的に有利だ。
これは高速で航行する場合、星間物質との衝突を考慮して防御スクリーンを前面に展開しなければならないためだ。
つまり、追いかけられる方は前方と後方の両方に展開しなければならないため、防御スクリーンの能力が半減してしまうのだ。
逆に後方から追い掛ける船は前面にだけスクリーンを展開すればいい。
ドランカード号の場合、主砲の性能と貨物搭載量を落としている分、防御スクリーンの能力を上げてある。そのため、〇・一光速程度であれば、前方と後方の両方に防御スクリーンを展開しても一テラワット級の粒子加速砲に何とか耐えることができる。しかし、速度をそれ以上に上げると、一撃で致命傷を負うことになる。
しかも耐えられると言っても無傷というわけにはいかず、何発か受ければ船に異常が出て結局やられてしまう。
そんなことを考えたためか重苦しい雰囲気を自ら作ってしまった。それを払拭するため、戦闘とは関係ない依頼をする。
「いつも通り音楽を頼む」
『了解しました、船長。この曲ではいかがでしょう?』
いつも通り明るい声で答えると、軽快なジャズが脳内に流れ始める。
「“ウォーターメロンマン”か。この状況でこれを掛けるか……まあ、気分がハイになっていいか」
リズミカルな管楽器と軽快なピアノが、適度に緊張をほぐしてくれた。
マリブが砲撃を開始してから五分後、距離は〇・五光秒にまで縮まった。マリブはその位置を保ちながら、砲撃を繰り返している。
「本当に嫌らしい距離だ。逃げることも反撃することもできねぇ」
『そうですね。この位置を取られると、最大減速で反転してもすれ違うのに一分以上掛かりますし、突飛な機動で振り切ることもできません。どうなさいますか、船長?』
このままではジリ貧であることは間違いない。敵は安全な位置から砲撃を続けるだけでいい。
一方こちらは一つのミスが命取りになる。今のところ速度を上げすぎないように注意し、防御スクリーンに負担が掛からないようにしているため、直撃を受けても一発で行動不能になることはない。しかし、ダメージが全くないというわけではない。
特に船尾には通常空間航行機関や対消滅炉、エネルギー貯蔵装置である質量-熱量変換装置があり、そのいずれかに損傷を受ければ、船の能力は著しく低下してしまう。
「やはり打って出るしかないか……」と考えるものの、クバーノがそれを狙っている気がしており、踏ん切りがつかない。
『相手の砲撃が徐々に正確になっています。船長の集中力と敵のAIの学習能力から考えますと、十分以内に直撃を受ける可能性は七十パーセント以上。三十分以内に直撃を受ける可能性は九十五パーセント以上です』
ドリーの告げる暗い未来に、いつものように軽口で返すことができなかった。
それほど俺は追い詰められていた。
■■■
リコ・ファミリーの海賊船マリブ号の船長ソール・クバーノはドランカード号を追い詰めつつも、その回避能力の高さに舌を巻いていた。
(センテナリオでも感じたが、撃たれる場所が分かっているかのようだな。だが、少しずつだが追い詰めている。一発当てれば、敵の動きは鈍る。それまでは我慢比べだ……)
部下たちも攻撃が当たらないことに苛立ち始めていた。
彼は一際大きな声で部下を鼓舞する。
「ボスが死んだ今、お宝を手に入れてカリブ宙域から逃げ出すしかない! なに、敵は豆鉄砲しか持っていないのだ。それに少しずつ追い詰めている。一発当たれば、何でも屋は降伏するだろう。それまで集中力を切らすな!」
彼の部下たちは訓練もろくに受けていないならず者たちだったが、彼が指揮を執ってから徹底的にしごいたため、航宙船乗りとして最低限の技量を得ている。
それでも帝国軍にいた頃の部下ほどの技量はなく、詰め切れないことに内心では苛立っていた。
(それにしてもジャック・トレードとは何者なのだ? センテナリオの時もそうだが、人間業とは思えん。操舵士上がりという噂を聞いたが、これほどの腕の操舵士なら噂になっていてもおかしくないはずだ……)
そこで彼は唐突にある噂を思い出した。
(……ん? そう言えば十年ほど前に小型戦闘艇のテスト部隊ができたという噂があったな。もしかしたら、そこにいた奴か……)
彼は帝都アスタロトに近い宙域に配属されることが多く、帝都にある軍の研究所にも士官学校の同期がいたことから、機密に近い情報が入ってくることがあった。
ジャックの機動を見て、軍を追い出される少し前に単座の小型戦闘艇部隊を創設するという噂があったことを思い出した。
初めて聞いた時は眉唾物だと思った。それまで単座の戦闘艇という兵器はなく、技術的にも思想的にも突飛な代物だからだ。
もっとも三名程度のごく少人数が乗り込む“ミサイル艇”という兵器は存在している。
しかしそれは通常空間航行機関と質量-熱量変換装置にステルスミサイルを搭載しただけの“動くステルス機雷”と呼ばれていたほどで、“戦闘艇”という名がふさわしいものではない。
単座戦闘艇が存在しなかった理由は簡単だ。極めて貧弱な武装しか装備できないという大きな欠点があったためだ。
軍艦の主兵装は粒子を加速させて打ち出す粒子加速砲タイプのものが主流だ。膨大なエネルギーの粒子を加速するため、物理的に巨大な加速空洞が必要となり、必然的に小型の船に搭載することはできない。
そのため、ミサイルを搭載しない戦闘艇の固定武装は数十メガワット級のレーザーのみとなる。それでは非武装の商船の防御スクリーンすら貫けず、対艦兵器としては全く役に立たない。
その問題を解決したという噂が流れた。
更に優秀な操舵士が操縦士として引き抜かれたという噂が加わり、一時期、小型戦闘艇部隊が設立されるという話があった。
彼の聞いた噂通り、実験部隊は作られていた。実際、旧連邦の反政府勢力との戦闘にも参加している。
その戦闘艇だが、“小型”というと語弊がある。
全長は八十メートル程度あり、超空間航行能力を持つ百メートル級の小型スループ艦より一回り小さい程度で、三十メートル級の“大型艇”と比較すると、その大きさは際立っている。
彼自身はその姿は見ていないが、友人からは信じられないような機動で接近し、一撃で武装商船を沈めたと聞いていた。具体的な話まで聞けていないため、余計に記憶に残っていたのだ。
(その実験部隊には四百メートル級の仮装巡航艦を沈めた猛者がいたという話だったな。ダンスを踊るように敵の攻撃を避け、的確に弱点に主砲を撃ち込む。そんな話だったな……)
小型戦闘艇部隊の操縦士であった可能性に行きつくが、彼もその部隊の実態については知らず、ジャックが操縦系と接続できる特殊な改造を施されているとは思わなかった。
また、仮にそのことを知っていたとしても、ジャックが改造の過程で特殊能力に目覚めたことまでは知りようがない。
(噂通りなら、突拍子もない機動をしてくる可能性がある。それを封じることができれば、私の勝ちだ……)
奪い返したのはよかったが、最初の五分ほどは満足な速度に達しておらず、大型武装商船の射程内にいたことから、何度も砲撃を受けた。
ただ危険だったかというと微妙だ。俺が操縦するドランカード号は至近弾すら受けなかったのだから。
といっても、これは自慢になるほどのことじゃない。単に敵の砲撃が雑すぎただけだ。
(そろそろだな……)
そう考えた直後、ドランカード号を強い衝撃波が襲う。海賊王バルバンクールの隠れ家であった別荘が自爆したのだ。
慣性制御装置が追従できないほどの激しいエネルギーの奔流に、船は荒波に浮かぶ木の葉のように大きく揺さぶられる。
「キャー」というシェリーの悲鳴と「クソッ」というジョニーの悪態が操縦室の集音装置を通じて聞こえてくる。
『旧連邦の別荘が自爆しました。後部防御スクリーンに出力低下がありましたが、現在は最大出力に復帰済みです』
船の人工知能ドリーの冷静な報告が耳に入ってくる。
「了解。ブレンダとローズの様子は? それとマフィアどもはどうなった?」
『乗客二名は無事です。少しパニックに陥ったようですが、今は落ち着いています。マフィアの海賊船は一隻を除き、すべて消失しました』
「その一隻はマリブか……奴はどこにいる」
『後方三光秒の位置です。回避を行わず、最大加速度で加速中です。このままでは八分以内に追いつかれてしまいます』
ソール・クバーノ船長が指揮するマリブ号はドランカード号と同じく百五十メートル級の標準型スループ艦だ。
本来なら先行しているドランカード号が追い付かれることはない。
しかし、ただの追いかけっこならという条件が付く。
マリブの主砲は一テラワット級の粒子加速砲だ。その射程は五光秒。つまり、俺たちはその射程内に捉えられていることになる。
当然、敵に尻を向けてまっすぐ飛ぶわけにはいかない。そんなことをすれば狙い撃ちされるだけだ。だから今もスラスターを使って必死に回避機動を行っている。
そのせいでベクトル的な加速度は五kG程度に落ちている。一方のマリブはこちらからの攻撃を無視できるから直線的に加速している。そのため、六kGのフル加速だ。
その加速度の差が先行していた余裕を一気に食いつぶしている。
ただ不気味なのはマリブが一度も撃ってこないことだ。
確かに必中の距離ではないが、防御スクリーンの能力が低い艦尾への攻撃であり、掠めるだけでも効果はある。それなのに一度も撃ってこないことに疑問を感じていた。
それ以前に奴の狙いが分からない。
ボスであるロナルド・リコは死んだが、リコ・ファミリーは帝国軍に喧嘩を売っている。このままでは軍が威信に賭けて追い回すことは確実だ。
証拠隠滅のために俺たちを殺そうとしているのかとも考えたが、隣接する星系でレポスにジャンプしてきた船を調べれば、マリブがいたことは隠しようがない。つまり、俺たちを殺しても意味はないのだ。
そんなことをしている暇があったら、一刻も早くここを離れ、船を捨てた方がいい。
「奴は何を考えているんだ?」という独り言が自然と漏れる。
その独り言にドリーは律儀に答えてくれた。
『ミスター・リコとクバーノ船長の間の通信記録を見る限りでは、クバーノ船長は船長との決着をつけたがっているのではないかと思われます』
「俺との決着? どういうことだ?」
『ゲストハウスが攻撃を開始する直前、マリブは船団を離脱しました。その時の会話ではドランカード号と決着をつけるつもりだという発言がありました。また、センテナリオで取り逃がした借りを返すという言葉も』
「ということは話し合いの余地はあるかもしれないということか……ドリー、すまないが、マリブに交渉を持ちかけてくれ。向こうが乗ってくるようなら、俺の代わりに交渉を頼む」
本来であれば船長である俺が交渉すべきだが、操縦系に神経を接続していると、声帯を含め、筋肉が動かせなくなるため話ができない。切り離せば交渉は可能だが、回避能力が落ちるため危険になる。
『了解しました、船長。しかし、AIである私が交渉しても先方は乗ってくるでしょうか? ヘネシーか、シェリーに交渉してもらった方がいいかもしれません』
あえてジョニーの名を上げなかったのは、考慮する必要がないと判断したためだろう。奴が交渉する姿など想像もできない。そのため、心の中で苦笑してしまう。
しかし、ヘネシーでもシェリーでも交渉は難しいだろう。
「二人に交渉は無理だ。まあ、向こうも俺が操舵士であることは知っているんだ。手が離せないことは理解しているはずだ。それならドリーが一番適任だろう」
『了解しました、船長』と答え、ドリーは交渉を始めた。しかし、二十秒後にクバーノからの返信が入る。
「お宝を大人しく渡すなら、考えなくもない」
映像を見る限り、何の感情も篭っていない。
『明確に拒否しているわけではなさそうですね。どうされますか?』
しかし、俺にはクバーノの考えが分かる気がした。
「あれは部下に対する言葉だな。部下は決着をつけたいなんて思っていないんだろう。だから、俺たちが持っている財宝を手に入れるために追いかけていると言って鼓舞している。そんなところだろうな」
『そう言われるとそうかもしれませんね。では、マリブ号とは戦うしかないということですか?』
「ああ、それしかない」
俺も腹を括ることにした。
戦わないに越したことはないが、交渉に応じる気がないクバーノを相手に、動きを止めるような行為は自殺と同じだ。
「このままじゃ、マリブに一方的に攻撃される。タイミングを見て、こちらから打って出るとジョニーたちに伝えてくれ」
『了解しました、船長』
ドリーは無駄な質問を一切せずに了解する。
距離が二光秒を割ったところでマリブが砲撃を開始した。
『嫌らしい砲撃ですね』
ドリーの言う通り、嫌らしい砲撃だった。
マリブはドランカード号が前方トロヤ群の小惑星密度の高い部分に逃げ込まないよう砲撃を加えてきた。もちろん、直接当たるように撃っているが、タイミングからその意図を強く感じる。
このせいで俺が打とうとした手が一つ封じられた。
ドランカードとマリブの基本的な加速性能は同じだ。しかし、回避機動に使うスラスターと操舵士の能力は格段に違う。
今までのマリブの動きを見る限り、操舵士は素人ではないが、抜群にいい腕をしているわけでもない。よく言って可もなく不可もなくというところだ。
だから、小惑星の密度が高いところに誘い込み、操舵士の腕の差で翻弄しようと考えていた。
その目論見は看破され、見事に対処された。
広い空間での戦闘の場合、進行方向に対し、後方に位置するほうが圧倒的に有利だ。
これは高速で航行する場合、星間物質との衝突を考慮して防御スクリーンを前面に展開しなければならないためだ。
つまり、追いかけられる方は前方と後方の両方に展開しなければならないため、防御スクリーンの能力が半減してしまうのだ。
逆に後方から追い掛ける船は前面にだけスクリーンを展開すればいい。
ドランカード号の場合、主砲の性能と貨物搭載量を落としている分、防御スクリーンの能力を上げてある。そのため、〇・一光速程度であれば、前方と後方の両方に防御スクリーンを展開しても一テラワット級の粒子加速砲に何とか耐えることができる。しかし、速度をそれ以上に上げると、一撃で致命傷を負うことになる。
しかも耐えられると言っても無傷というわけにはいかず、何発か受ければ船に異常が出て結局やられてしまう。
そんなことを考えたためか重苦しい雰囲気を自ら作ってしまった。それを払拭するため、戦闘とは関係ない依頼をする。
「いつも通り音楽を頼む」
『了解しました、船長。この曲ではいかがでしょう?』
いつも通り明るい声で答えると、軽快なジャズが脳内に流れ始める。
「“ウォーターメロンマン”か。この状況でこれを掛けるか……まあ、気分がハイになっていいか」
リズミカルな管楽器と軽快なピアノが、適度に緊張をほぐしてくれた。
マリブが砲撃を開始してから五分後、距離は〇・五光秒にまで縮まった。マリブはその位置を保ちながら、砲撃を繰り返している。
「本当に嫌らしい距離だ。逃げることも反撃することもできねぇ」
『そうですね。この位置を取られると、最大減速で反転してもすれ違うのに一分以上掛かりますし、突飛な機動で振り切ることもできません。どうなさいますか、船長?』
このままではジリ貧であることは間違いない。敵は安全な位置から砲撃を続けるだけでいい。
一方こちらは一つのミスが命取りになる。今のところ速度を上げすぎないように注意し、防御スクリーンに負担が掛からないようにしているため、直撃を受けても一発で行動不能になることはない。しかし、ダメージが全くないというわけではない。
特に船尾には通常空間航行機関や対消滅炉、エネルギー貯蔵装置である質量-熱量変換装置があり、そのいずれかに損傷を受ければ、船の能力は著しく低下してしまう。
「やはり打って出るしかないか……」と考えるものの、クバーノがそれを狙っている気がしており、踏ん切りがつかない。
『相手の砲撃が徐々に正確になっています。船長の集中力と敵のAIの学習能力から考えますと、十分以内に直撃を受ける可能性は七十パーセント以上。三十分以内に直撃を受ける可能性は九十五パーセント以上です』
ドリーの告げる暗い未来に、いつものように軽口で返すことができなかった。
それほど俺は追い詰められていた。
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リコ・ファミリーの海賊船マリブ号の船長ソール・クバーノはドランカード号を追い詰めつつも、その回避能力の高さに舌を巻いていた。
(センテナリオでも感じたが、撃たれる場所が分かっているかのようだな。だが、少しずつだが追い詰めている。一発当てれば、敵の動きは鈍る。それまでは我慢比べだ……)
部下たちも攻撃が当たらないことに苛立ち始めていた。
彼は一際大きな声で部下を鼓舞する。
「ボスが死んだ今、お宝を手に入れてカリブ宙域から逃げ出すしかない! なに、敵は豆鉄砲しか持っていないのだ。それに少しずつ追い詰めている。一発当たれば、何でも屋は降伏するだろう。それまで集中力を切らすな!」
彼の部下たちは訓練もろくに受けていないならず者たちだったが、彼が指揮を執ってから徹底的にしごいたため、航宙船乗りとして最低限の技量を得ている。
それでも帝国軍にいた頃の部下ほどの技量はなく、詰め切れないことに内心では苛立っていた。
(それにしてもジャック・トレードとは何者なのだ? センテナリオの時もそうだが、人間業とは思えん。操舵士上がりという噂を聞いたが、これほどの腕の操舵士なら噂になっていてもおかしくないはずだ……)
そこで彼は唐突にある噂を思い出した。
(……ん? そう言えば十年ほど前に小型戦闘艇のテスト部隊ができたという噂があったな。もしかしたら、そこにいた奴か……)
彼は帝都アスタロトに近い宙域に配属されることが多く、帝都にある軍の研究所にも士官学校の同期がいたことから、機密に近い情報が入ってくることがあった。
ジャックの機動を見て、軍を追い出される少し前に単座の小型戦闘艇部隊を創設するという噂があったことを思い出した。
初めて聞いた時は眉唾物だと思った。それまで単座の戦闘艇という兵器はなく、技術的にも思想的にも突飛な代物だからだ。
もっとも三名程度のごく少人数が乗り込む“ミサイル艇”という兵器は存在している。
しかしそれは通常空間航行機関と質量-熱量変換装置にステルスミサイルを搭載しただけの“動くステルス機雷”と呼ばれていたほどで、“戦闘艇”という名がふさわしいものではない。
単座戦闘艇が存在しなかった理由は簡単だ。極めて貧弱な武装しか装備できないという大きな欠点があったためだ。
軍艦の主兵装は粒子を加速させて打ち出す粒子加速砲タイプのものが主流だ。膨大なエネルギーの粒子を加速するため、物理的に巨大な加速空洞が必要となり、必然的に小型の船に搭載することはできない。
そのため、ミサイルを搭載しない戦闘艇の固定武装は数十メガワット級のレーザーのみとなる。それでは非武装の商船の防御スクリーンすら貫けず、対艦兵器としては全く役に立たない。
その問題を解決したという噂が流れた。
更に優秀な操舵士が操縦士として引き抜かれたという噂が加わり、一時期、小型戦闘艇部隊が設立されるという話があった。
彼の聞いた噂通り、実験部隊は作られていた。実際、旧連邦の反政府勢力との戦闘にも参加している。
その戦闘艇だが、“小型”というと語弊がある。
全長は八十メートル程度あり、超空間航行能力を持つ百メートル級の小型スループ艦より一回り小さい程度で、三十メートル級の“大型艇”と比較すると、その大きさは際立っている。
彼自身はその姿は見ていないが、友人からは信じられないような機動で接近し、一撃で武装商船を沈めたと聞いていた。具体的な話まで聞けていないため、余計に記憶に残っていたのだ。
(その実験部隊には四百メートル級の仮装巡航艦を沈めた猛者がいたという話だったな。ダンスを踊るように敵の攻撃を避け、的確に弱点に主砲を撃ち込む。そんな話だったな……)
小型戦闘艇部隊の操縦士であった可能性に行きつくが、彼もその部隊の実態については知らず、ジャックが操縦系と接続できる特殊な改造を施されているとは思わなかった。
また、仮にそのことを知っていたとしても、ジャックが改造の過程で特殊能力に目覚めたことまでは知りようがない。
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忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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