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第十五話「執事は渋い初老に限るね」

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 ヘネシーと共に船を出ていく。港湾施設は無重力の状態であり、空気もないため、船外作業EVAと同じだ。二人とも船外作業は慣れているから特に問題はない。

 個人用情報端末PDAの情報を見ながら、気閘エアロックに向かう。
 ドリーが指摘した通り、帝国の標準型とは異なる古いタイプのエアロックで、動力が生きているのかすら分からない。

「使えそうか?」とヘネシーに聞くと、もちろんというように大きく頷く。

 ヘネシーはそれを合図にエアロックに近づき、調べ始める。一分ほどで「認証カードを当てるところがあるよ」と扉の横を指差す。

 言われた場所にカードをかざすと、ディスプレイが点灯し、認証コードの入力を求めてきた。
 コードを打ち込むと生体認証の画面をスキップするという表示が現れ、エアロックの外側扉がゆっくりと開き始めた。

 ブラスターを構えた俺が先頭に立ち、ヘネシーが後に続く。
 エアロックでは通常の手順通り、滅菌処理が行われ、空気が満たされていくシューという音が聞こえ始める。
 内側の扉の横にあるランプがグリーンに点灯し、扉がゆっくりと開いていく。
 いよいよ海賊王の隠れ家に潜入だと意気込むが、扉が開き切ると、その意気込みが急速にしぼんだ。

 そこは玄関ホールのような作りになっており、赤い絨毯が敷き詰められていた。
 更に燕尾服を着た執事らしい初老の人物が待っており、「ようこそおいでくださいました」と言って大きく頭を下げている。その後ろにはメイド服を着た二十代の女性が二人おり、同じように頭を下げていたのだ。

 その姿に意気込みが挫かれた。

「ここの空気は安全です」と執事は言うが、素直に従うつもりはなく、ヘネシーが持つ分析装置の結果を待つ。

「問題なさそうだね。ただ、僕たちの知らないウイルスとかがいたら別だけど」

「その点も問題ございません。本施設は無菌状態で保持されておりました」

 それでも素直に従うつもりはなく、ドリーに確認を行う。

『データベースにある細菌兵器、病原菌、ウイルス等について調査しましたが、問題は発見されませんでした。ですが、そのアンドロイドを信用することは推奨いたしません』

 目の前の執事とメイドはアンドロイドだった。帝国のものより精巧にできているが、最初から想定していたので驚きはない。

「ヘネシーはヘルメットを付けたままだ。俺が先に外す」

「大丈夫?」と聞いてくるが、

「どうせ、生体認証の登録をしなきゃいけないんだろう。それなら早いか遅いかの違いだ」

 どのような認証方式を採っているのかは分からないが、いずれの方法でもヘルメットのバイザーやスペーススーツ越しにはできない。

 ヘルメットの留め金を外し、ゆっくりと外していく。
 数百年放置されていた施設であることから、カビか埃の臭いが来るかと思ったが、爽快な空気が肺を満たしていく。
 よく考えれば当然だ。劣化防止のために真空状態にしていただろうから、カビ臭い空気だったらそっちの方がおかしい。

「俺はジャック・トレードだ。認証カードはここにある」

 そう言ってカードを見せるが、執事は小さく頷くだけで確認しようとしない。

「私《わたくし》はこの別荘ゲストハウスを預かる執事スチュワード、チャールストンと申します。新たなお客様ゲストを心より歓迎いたします」

 どうやらカードをもっているだけでここの客になれるようだ。

「では、マスタールームにご案内いたします」

「マスタールーム? 客室ゲストルームじゃないのか?」

「はい。先代のご主人様マスターより、次のゲストの方がお見えになった際にはマスタールームにお連れするよう指示を受けております。では、こちらに」

 そう言って俺たちを先導するように歩き始めた。

 覚悟を決めてついていくが、別荘ゲストハウスというだけあり、調度類は豪華だ。
 廊下には沈み込むほど毛が長い絨毯が敷かれ、壁には絵画や壷が飾られている。レプリカだろうが、人類が地球にしがみついていた時代のもので、貴族の別荘に迷い込んだような錯覚に陥る。

 五分ほどで重厚な木製の扉の前に到着する。

「どうぞ」と言って扉を開かれる。

 中はアンティークなソファとテーブルがあり、その先には時代遅れのモニターとコンソールが並んでいた。

 誘われるまま中に入り、ソファに腰掛ける。
 ヘネシーはコンソール類が気になるのか、ソファに座らず、勝手にそっちに向かった。
 チャールストンがヘネシーを見るが、俺が「あいつは放っておいていい。多分、悪さはしないはずだ」と言うと、小さく頷いた。

「では、ここのことを教えてくれないか。七百年も前のことだから、よく分かっていないんだ」

 チャールストンは「承知いたしました」と言うが、「お飲み物はいかがいたしましょうか?」と尋ねてきた。
 毒を食らわば皿まででもないが、折角ここまで来たのだからと飲むことにした。

「まだ仕事があるから、軽めの酒で頼む」というと即座に提案してきた。

「六百九十五年物の地球のナパバレーの白ワインなどいかがでしょうか? つまみになるようなものはほとんどが賞味期限が切れてしまい、大したものはございません。ですが、軽いものであればご用意することは可能です。いかがいたしますが?」

「では頼む」と言うと、メイドたちが大きく頭を下げてから奥に向かった。

「時間が惜しい。すまないが、ここのことを教えてくれ」

「では」と言って頷き、話を始めた。

「ここは銀河連邦シリウス共和国が所有する別荘ゲストハウスでございます」

 ハイパーゲートシステムがない時代に、シリウスから五百パーセク(千六百三十光年)以上離れた辺境に、別荘ゲストハウスがあったことに驚く。
 恐らくだが、銀河連邦の最盛期にはこの辺りまで進出していたが、銀河動乱でその情報が失われたのだろう。

「シリウスのゲストハウスか……」と呟くことしかできなかった。

「はい。ですが、現状では別荘よりも軍関係の施設の方が大きくなっており、実態はやや異なります」

「軍関係の施設?」

「はい。銀河帝国を名乗る武装勢力が拡大し、ここも小型艦の補給が行えるよう改造されております。また、百隻規模の小艦隊に対しては充分な防御力と攻撃力を有し、有事の際にはここを拠点に武装勢力と交戦することを想定しておりました」

 百隻規模の艦隊と戦えるということは、隠れ家というより小規模な要塞と言っていい。そんなものがよく千年以上も発見されなかったものだと驚くしかなかった。

 俺が驚いていると、白ワインとつまみの用意ができたようだ。

「お召し上がりになられますか?」

 チャールストンがそう聞いてくれたおかげで、強張っていた顔を何とか平常に戻すことができた。

「頼む」

 すぐに俺の目の前に酒とつまみが並べられていく。
 クリスタル製のグラスに入った白ワインはよく冷やされており、つまみはフィンガーフードでクラッカーにオイルサーディンやコンフィチュールが載せてあった。

「ワインは長期保存用のボトルに詰めてありましたので、分析した限りでは劣化はございません。ですが、お客様が違和感をお感じになられるようでございましたら、すぐに取替えます」

 更にフィンガーフードも同じ長期保存用のクラッカーと瓶詰のものらしく、同じような説明を受ける。

 ワインを一口含む。

「ほう!」と思わず声を出してしまうほど美味いワインだった。

「シャルドネの最高品質のものと聞いております。お口に合いましたでしょうか?」

「ああ、これは美味い」

 そう言ってつまみに手を出す。
 こちらも絶妙の味付けでワインによく合うため、あっという間にワインを飲み干してしまった。
 メイドの一人がすぐに代わりのグラスを持ってくるが、その間話が止まってしまった。

「すまない。先を続けてくれ」というと、チャールストンが説明を再開する。

 この基地の装備や性能などについて説明を聞いていく。
 まず居住区については大きな問題はなく、ほぼ完全な状態を保っているらしい。しかし、問題は基地機能の方だった。

 この基地には百を超えるステルスミサイル発射管と戦艦の主砲を凌駕する要塞砲があった。
 しかし、現在では経年劣化により、主機関である対消滅炉が使用できず、そのため大型砲は使用できない。また、ミサイル発射管は整備不良で十五基しか使えず、十隻程度の哨戒艦隊の相手すらできない状態だった。

 そんな説明が続いた後、

「七八一年から当施設を訪れるお客様は絶えておりましたが、一一二〇年にバルバンクール卿が訪問されました。その際にある指示を出されたのです」

 彼のいう年は帝国歴GCではなく、宇宙歴SEであり、頭の中で変換して考える必要がある。
 今はGC一〇三二年、SEでいえば一八三二年だ。つまり、バルバンクールは七百十二年前にここに来たということだ。

「で、その指示とは?」

「当施設に正規の手段で訪問しない者は無警告で攻撃すること。正規の手段で訪問するものに対しては、当施設の正統な後継者として指示に従うこと。というものでございます」

 バルバンクールという名が出てきたため、財宝の話を聞いてみる。

「バルバンクールは何かを残していったはずだが?」

「はい、ございます」

 そこでPDAからシェリーの悲鳴のような歓喜の声が聞こえてきた。

「それを見せてほしいのだが」というと、チャールストンはメイドの一人に目で合図を送る。

 メイドが奥に行くと、すぐに戻ってきた。
 銀色の盆を恭しく持ち、俺の前にささげるようにして差し出す。
 その上には一枚の古い記憶デバイスが載っていた。

「バルバンクール卿が残された物でございます。これを正統な後継者にお渡しするようにとのことでした」

「中身については聞いているか?」

「いえ、教えていただいておりません」

 その頃には古いコンソールに飽きたのか、バルバンクールという名が聞こえたからなのか、いつの間にかヘネシーが横に座っている。
 彼はそれを無造作に摘み上げると、

「連邦時代の標準的な記憶デバイスだね。これなら僕の持っている機材でも読み取れるよ」

 そう言ってバックパックに入っている機械を見せる。

「何か注意事項は聞いていないか? 不用意に情報を取り出そうとすると破損するとか」

 念のため聞いてみるが、「いえ、そのようなお話は聞いておりません」と答えた。

 ヘネシーに向かい、「すまないが解読してくれ」と言うと、すぐに作業に入る。

「他に預かったものはないのか? 例えばバルバンクールが乗っていた船とか」

「船は処分されました」

「処分?」と聞くと、

「はい。第五惑星のメタンの海に沈められました。ご自身とともに」

「バルバンクールは自殺したのか?」

「はい」と言ったところでヘネシーの声が割り込む。

「これ変な情報しか入っていないんだけど……」

「変な情報? 具体的にはなんなんだ?」

「帝国軍の哨戒艦隊の情報とか、商船の運航計画とか……」

 その言葉にヘネシーの解析装置を覗き込む。
 彼の言う通り、帝国軍の哨戒艦隊の編成や指揮官の情報、帝国軍の暗号情報、更に大手商社や商船会社の運航情報とシステムへのアクセス方法などだ。

 当時の海賊にとっては非常に魅力的な情報だが、今となっては歴史的な資料としての価値しかない。

「他に情報はないのか?」とヘネシーに聞くと、

「映像が入っているみたいだよ。再生してみる?」

 俺が頷くと、再生を開始した。

『私は銀河連邦シリウス共和国軍准将、デュプール・バルバンクール。第五仮装巡航艦戦隊の指揮官だ。いや、指揮官だった。この映像を見ている者が私と志を同じくする連邦軍の者であるという前提で話をさせてもらう。この情報は我らの同志が命を賭して入手したものだ。この情報を有効に使い、銀河帝国を僭称する者どもに鉄槌を下してほしい……』

 バルバンクールは俺と同世代の白人系で、軍人らしく連邦軍の軍服姿だ。意志の強そうな太い眉が特徴的で、巷で言われているような大海賊というイメージは一切ない。
 彼のメッセージは帝国を打倒せよという話と帝国の哨戒艦隊を欺く方法だった。
 それが五分ほど続く。

『……私は敵に大きな損害を与えた。しかし、私の命運は尽きようとしている。私のふね、アグリコール15は超空間航行機関FTLDに大きな損傷を受けた。この基地では補修は不可能で、残念ながら廃艦処分にするしかない。また、最後の戦闘で敵の商船から奪った希少金属、貴金属類は連邦軍の資金として調達したものだが、この遠隔地では守りきることは難しいだろう。後継者たる君に告げるのはまことに心苦しいが、私はアグリコールと共に奪った資金を第五惑星のメタンの海に沈めることにした。こうすればむざむざ敵に奪い返されることはない……』

 その言葉に俺は溜め息を吐き出す。同じタイミングでPDAからシェリーの盛大な悲鳴が聞こえた。今度は本物の悲鳴だった。

『……敵をこの基地におびき寄せ、殲滅するのだ。この周囲には自爆用の対消滅炉を埋め込んだ小惑星が無数にある。上手くおびき寄せることができれば、千隻規模の戦隊でも殲滅することができるだろう。君の手腕に期待している。宇宙歴一一二〇年四月一日、銀河連邦シリウス共和国軍准将デュプール・バルバンクール』

 映像が終わった。

「結局バルバンクールの財宝の話は夢物語だったということか……」

 シェリーが「何も残っていないの」と聞いてきた。
 確かにバルバンクールの財宝はなかったが、この基地には他にも何かあるかもしれない。

「この別荘ゲストハウスに軍資金はないのか?」とチャールストンに聞くと、

「大変申し訳ございませんが、軍資金となりうるものは何もございません。強いていうなら、お客様にご提供する酒類や食器類が、資産価値を有している程度ではないかと思われます」

「確かにあのワインは絶品だった。それにナパバレーは銀河動乱で大きな被害を受けた地球の北アメリカにあったはずだ。上手く売れば一本千クレジット近くになる。どのくらい残っているんだ?」

「在庫でございますが、ナパバレーのものは百ケースほどしかございません。また、シャンパーニュ、ブルゴーニュなどのワインの他に、ウイスキーやブランデー類などもございます。合わせて二百ケースほどになります」

「そんなにあるの!」というシェリーの叫び声が聞こえる。喜んだり悲しんだりと忙しい奴だ。

「そいつらはもらっていいのか?」

「もちろん問題ございません。大型定温コンテナに入っておりますので、すぐにでもお渡しできます」

「では、それを船に運び込んでおいてくれ。食器類も合わせて入れておいてくれると助かる」

「承りました」と言ってから、「お客様の船に積み込むように」とメイドに指示を出す。

「この後はどうするつもりなんだい?」とヘネシーが聞いてきた。

「この施設を使ってリコと取引をする。ブレンダを取り戻したら、ここの武装で敵を混乱させて、そのドサクサを利用して脱出だ」

「了解。でも、このアンドロイドはどうするの? うちのアンドロイドも結構凄いけど、これだけ精巧なアンドロイドは今の帝国にはないよ。できれば連れていきたいんだけど」

 ヘネシーが言う通り、精巧なアンドロイドはそれだけでも価値がある。
 ただ、これだけ精巧なアンドロイドが千年以上機能を停止していないということは、専用の付属施設があるかもしれない。

「いいだろう。チャールストン、お前たちはここを離れることができるのか?」

「大変申し訳ございませんが、我々はこの別荘を離れることができません」

「理由は?」

「我々はこの別荘の人工知能AIの出力装置に過ぎないのです。また、別荘のセキュリティを維持するため、一定以上離れると自壊するように設定されております」

 別荘から離れたところで細工をされないための処置のようだ。

 その言葉に「ああもったいない」とヘネシーが呟くが、

「持ち出せるものを探してくる」と言って部屋を出ようとした。

「では、メイドに案内をさせます」と言って、もう一人のメイドに目配せする。

「時間は俺の身体チェックの一時間だけだぞ!」というと、「了解!」という明るい声が返ってくる。

 本当に分かっているのかと思うが、今は時間がない。

「では、バルバンクールの後継者である俺の指示を伝える……」と考えた作戦を伝える。

「承りました。では、船にお戻りになられるのでしょうか」

「ああ、世話になった。美味いワインとつまみだった」

「ありがとうございます。では、ご案内いたします」

 そう言ってマスタールームを後にした。
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