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ハニー・キャンディー
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竜一が彼の隣に座ると、ふわりと甘い香りが鼻先を掠めた。蜂蜜の匂いだ。ダイニングテーブルに置かれた丸い瓶が脳裏に浮かぶ。その中にはたくさんのキャンディーが入っていた。
飽きないように様々な種類のキャンディーを入れてある。今日は蜂蜜のキャンディーを選んだようだ。その時の動作も頭に浮かぶ。シャワーを浴びて、首にかけたタオルで頭を雑に拭きながら被せた蓋を開け、数秒迷ってからキャンディーをひょいと取るのだ。
瓶の中を覗く彼は餌を探す小動物に見える。
そんなことを言えば怒るから絶対に言わないけれど。肩をつねられるのはごめんだ。
「おいしい?」
まだ湿った髪に触れながら尋ねると、彼──葵は少し不機嫌そうにを見た。そのまま無言で目を逸らし、目の前の低いテーブルからグラスを取った。冷たい水を飲み、白い喉が上下する。そこには竜一がつけた噛み跡とキスマークがあった。
竜一の肩甲骨と首筋がじわりと疼く。シャワーで冷水を浴びて治まっていた痛みを思い出した。焼けつくような熱を持った線の細い痛み。じりじりとしたそれは、いっそ掻きむしってしまいたいと思うほど遠回しに竜一を苛んだ。
水がほしい。キッチンに取りに行くのは面倒だ。
葵の喉を通ったそれがほしい。
「そんな目で見るなよ」
葵の声は少し掠れていた。
「喉、痛むか?」
聞けば彼は鼻で笑った。
「それいつも聞くけど、だったらもっと優しくしろよ」
朝の静けさがリビングに響く。マンションの一室には二人だけ。それを実感する時が好きだ。世界に自分達以外にも人がいるという常識が抜け落ちる瞬間がたまらなく愛しいと感じる。
ベッドに葵を閉じ込め、不機嫌を暴いてすがりつく彼を責め立てて、お前には俺しかいないのだと刻みつける。どれだけ刻みつけても足りない。
竜一は無意識に笑っていた。
「ごめん」
「悪いと思ってないだろ」
グラスを置く音が遠かった。蜂蜜の匂いと同じシャンプーの匂いが混ざり合っている。かすかにキャンディーと歯がぶつかる音が聞こえた。胸が高鳴る。
葵はもうすぐキャンディーを噛み砕く。最後はいつもそうして食べるのだ。
「もういらないからやるよ」
言うや否や葵が動いた。竜一のシャツを掴んで引き寄せ、唇に噛みついてキャンディーを口移しする。竜一は一瞬驚きつつ、素直にキャンディーを受け取った。彼の温もりが移ったキャンディーは蜂蜜のとろけそうな甘さとあいまって竜一の舌をしびれさせた。
彼は勝ち誇ったように口角を上げた。その顔でまた心臓が強く脈打つ。
葵は気付いてないのだ。その顔がどれだけ欲を煽るか。
いや、もしかしたら気付いているかもしれない。苛められたくて、わざと煽っているのではないか? 竜一は都合のいい解釈を思い浮かべ、内心苦笑した。
どちらでもいい。
竜一はキャンディーを舐め、米粒程度になると飲み込んだ。
「水もくれない?」
ダメ元で甘えてみると、葵は意外にもすんなりと聞いてくれた。グラスの水を口に含み、竜一に飲ませる。口の端からこぼれてソファーにぽたぽたと落ちた。飲ませるのは下手だ。仕方がない。いつもは竜一が飲ませているのだから。そういえば昨晩はやらなかった。夢中になって忘れていたのだ。
互いに水の滴る口元を拭った。
葵はつんと澄ました顔をしている。しかし、目はとろんと濡れていた。竜一と目が合うと眉を寄せて意地を張る。
竜一は唇を噛んで笑いをこらえた。こんな時に笑えば、彼はへそを曲げてしまう。彼が自分からほしいと乞うまで苛めたい気持ちはあるが、それは後にしよう。今は素直に無言の注文を聞いてやる。
竜一は葵の頭を掴んで引き寄せた。優しく口づけし、唇を舌先でなぞって開けてほしいと乞う。舌を絡ませながら彼の膝から腰をゆっくり撫で上げた。彼の息が上がっていく。
甘い声の合間にキャンディーの香りが漂う。頭の中がぼんやりとしびれた。
そういえば蜂蜜は昔、媚薬として使われていたと聞いたことがある。
葵のとろけた瞳を覗き込む。悩ましげな眉と紅潮した頬、舌にしみた蜂蜜の味。
蜂蜜のキャンディーを買った記憶は竜一にはない。
ああ、彼も足りないのだ。だから蜂蜜を選んだ。
彼の手が控えめに竜一のシャツを掴んでいる。
のど飴は買っていたかな。竜一は瓶の中を思い浮かべ、ややあってどうでもいいと打ち消した。
蜂蜜の甘さに酔いながら、竜一は葵を押し倒した。
飽きないように様々な種類のキャンディーを入れてある。今日は蜂蜜のキャンディーを選んだようだ。その時の動作も頭に浮かぶ。シャワーを浴びて、首にかけたタオルで頭を雑に拭きながら被せた蓋を開け、数秒迷ってからキャンディーをひょいと取るのだ。
瓶の中を覗く彼は餌を探す小動物に見える。
そんなことを言えば怒るから絶対に言わないけれど。肩をつねられるのはごめんだ。
「おいしい?」
まだ湿った髪に触れながら尋ねると、彼──葵は少し不機嫌そうにを見た。そのまま無言で目を逸らし、目の前の低いテーブルからグラスを取った。冷たい水を飲み、白い喉が上下する。そこには竜一がつけた噛み跡とキスマークがあった。
竜一の肩甲骨と首筋がじわりと疼く。シャワーで冷水を浴びて治まっていた痛みを思い出した。焼けつくような熱を持った線の細い痛み。じりじりとしたそれは、いっそ掻きむしってしまいたいと思うほど遠回しに竜一を苛んだ。
水がほしい。キッチンに取りに行くのは面倒だ。
葵の喉を通ったそれがほしい。
「そんな目で見るなよ」
葵の声は少し掠れていた。
「喉、痛むか?」
聞けば彼は鼻で笑った。
「それいつも聞くけど、だったらもっと優しくしろよ」
朝の静けさがリビングに響く。マンションの一室には二人だけ。それを実感する時が好きだ。世界に自分達以外にも人がいるという常識が抜け落ちる瞬間がたまらなく愛しいと感じる。
ベッドに葵を閉じ込め、不機嫌を暴いてすがりつく彼を責め立てて、お前には俺しかいないのだと刻みつける。どれだけ刻みつけても足りない。
竜一は無意識に笑っていた。
「ごめん」
「悪いと思ってないだろ」
グラスを置く音が遠かった。蜂蜜の匂いと同じシャンプーの匂いが混ざり合っている。かすかにキャンディーと歯がぶつかる音が聞こえた。胸が高鳴る。
葵はもうすぐキャンディーを噛み砕く。最後はいつもそうして食べるのだ。
「もういらないからやるよ」
言うや否や葵が動いた。竜一のシャツを掴んで引き寄せ、唇に噛みついてキャンディーを口移しする。竜一は一瞬驚きつつ、素直にキャンディーを受け取った。彼の温もりが移ったキャンディーは蜂蜜のとろけそうな甘さとあいまって竜一の舌をしびれさせた。
彼は勝ち誇ったように口角を上げた。その顔でまた心臓が強く脈打つ。
葵は気付いてないのだ。その顔がどれだけ欲を煽るか。
いや、もしかしたら気付いているかもしれない。苛められたくて、わざと煽っているのではないか? 竜一は都合のいい解釈を思い浮かべ、内心苦笑した。
どちらでもいい。
竜一はキャンディーを舐め、米粒程度になると飲み込んだ。
「水もくれない?」
ダメ元で甘えてみると、葵は意外にもすんなりと聞いてくれた。グラスの水を口に含み、竜一に飲ませる。口の端からこぼれてソファーにぽたぽたと落ちた。飲ませるのは下手だ。仕方がない。いつもは竜一が飲ませているのだから。そういえば昨晩はやらなかった。夢中になって忘れていたのだ。
互いに水の滴る口元を拭った。
葵はつんと澄ました顔をしている。しかし、目はとろんと濡れていた。竜一と目が合うと眉を寄せて意地を張る。
竜一は唇を噛んで笑いをこらえた。こんな時に笑えば、彼はへそを曲げてしまう。彼が自分からほしいと乞うまで苛めたい気持ちはあるが、それは後にしよう。今は素直に無言の注文を聞いてやる。
竜一は葵の頭を掴んで引き寄せた。優しく口づけし、唇を舌先でなぞって開けてほしいと乞う。舌を絡ませながら彼の膝から腰をゆっくり撫で上げた。彼の息が上がっていく。
甘い声の合間にキャンディーの香りが漂う。頭の中がぼんやりとしびれた。
そういえば蜂蜜は昔、媚薬として使われていたと聞いたことがある。
葵のとろけた瞳を覗き込む。悩ましげな眉と紅潮した頬、舌にしみた蜂蜜の味。
蜂蜜のキャンディーを買った記憶は竜一にはない。
ああ、彼も足りないのだ。だから蜂蜜を選んだ。
彼の手が控えめに竜一のシャツを掴んでいる。
のど飴は買っていたかな。竜一は瓶の中を思い浮かべ、ややあってどうでもいいと打ち消した。
蜂蜜の甘さに酔いながら、竜一は葵を押し倒した。
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