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きつねのお気に入り
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朝焼けのすがすがしい空気の中、いつもの境内に来ていた。
「こんこん様。今日も一日お願いいたします」
俺は木村遥。毎朝ジョギングをするのが日課だ。折り返し地点に稲荷神社があるのを見つけてからは毎日参拝を続けている。こじんまりした神社だが鳥居をくぐると神聖な空気が漂う。
ここの神社には狐の石像が三体ある。一匹は口に鍵をくわえており、もう一匹は宝玉を咥えている。最後の一匹は他の二匹より少し大きめで巻物を咥えていた。
いづれも切れ長の瞳でしっかりと筋肉の付いた足にふさふさとした尻尾の持ち主だ。
「おはようございます。やっぱり皆カッコいいなあ」
俺は石造一匹づつに声をかけ、その風貌に見惚れた。何故だか俺が声をかけるとほんの少しお狐様の顔が優しくなるように思える。まあ完全なる思い込みだが。
「お~い! はるか! やっぱりここだったか」
境内の階段を登りながら声をかけてきたのは神宮寺 司。俺のジョギング仲間だ。この近所に住んでいる大学三年生。俺と同じ学年だ。人懐っこい性格で初対面からいろいろと話しかけられ、いつの間にか友達になっていた。
「おはよう司、今日もかっこいいじゃん」
「なあに言ってんだよ。ばあかっ」
言われた司は目じりがほんのり赤い。照れてるんだな。司は俺よりも少しばかり背が高い。程よくついた筋肉にすらりと伸びた足。栗色の髪に切れ長の目の美形だ。
ちくしょーっ。俺もカッコよく産まれたかったぜ!
「なあ。この後さ、朝バーガー食べに行かないか?」
司が走りながら声をかけてきた。
「何言ってんだよ。お前ダイエットのために走ってるって言ってたじゃねえか」
「それはそれ。これはこれ。今日は新作バーガーが出るんだって。一緒にたべようぜ」
「しょうがねえなあ」
なんて言いながら、俺も新作バーガーには興味を持っていた。本当は誘ってもらえて嬉しかったのだ。司とは気が合うし、何より一緒に居ると楽しい。もっといろいろと司の事が知りたいと思っている。
バーガー屋に着くと朝だというのに満員だった。やっぱり皆考えることは一緒だ。ここのバーガーは肉厚でジューシーでかぶりつくと肉汁がジュワっとでてくる。それに特製ソースが絡み合って若者の胃袋を掴むのだ。新作は夏野菜がたっぷり入ったバーガーらしい。
「イートインする場所がないね。どうする?」
「お持ち帰りにする?」
「そうだね。ここから俺んち近いんだ。寄ってく?」
「え? いいの?」
「もちろん。時間あるならうちに来いよ」
司がほころぶように笑った。ああ……笑うと可愛いなあ。でも誰かに似てる?
たわいない話しをしながら坂道を登る。登り切った先の赤い屋根の二階建てが俺んちだ。すぐ横にある倉庫がうちの工房である。
「さあどうぞ。遠慮せずに入って」
「お邪魔します~」
「おや? 遥の友達かい? いらっしゃい」
玄関でじいちゃんが靴を履いていた。
「は、はい! 神宮司 司といいます。よろしくお願いします!」
司が几帳面にあいさつをしてて思わず笑ってしまった。
「じいちゃんまだいたんだ?」
「なんじゃ。わしがいたら悪いんかいの?」
「ははは。いやぁ。仕事場に行ってるかと思ってたからさ」
「ふ~ん。まあいい。先に行っとるよ。お前が友達連れてくるなんて珍しいのぉ。まぁ今日はゆっくり来たらいいで」
じいちゃんがにやにやしながら玄関を出て行った。なんだあの笑い。俺だって友達ぐらいいるって~の!
「はぁ~。なんか緊張したぁ」
「はは。ここでじいちゃんと二人暮らしなんだ」
「え? そうだったのか。突然やってきてよかったのか?」
「いいよ。それより食べようよ」
俺は二階の自分の部屋へ司を連れてあがった……が! しまった。部屋に入るとデザイン画が散乱していた。そういえば昨夜は遅くまで描いてて、朝そのまま飛び起きたんだった。
「これは? はるかが描いたの? 花火?」
「わ~っ! っと。まだ人に見せられるもんじゃねえんだ」
あわててガサガサとその辺に片寄せると、司がすでにその一枚を手にしていた。
「すごいっ。綺麗じゃないか」
「え? ほんとに? お世辞じゃなくそう思うか?」
「うん。もっと見せて欲しいな」
「そ、そうか? へへ。わかった。まだ試作にもまわしてないんだけど見てくれるか?」
結局、誰かに見て欲しかったのだと今更ながらに気づく。
「試作って? もしかして」
「ん? あぁ。うちは花火作ってんだ。じいちゃんは花火職人なんだ。隣に工房があるんだよ」
「うそっ。すげえ~!」
「へへ。俺があの稲荷神社に通うのはそれもあるんだよ。花火を見るときってみんな『たまや~』とか『かぎや~』っていうでしょ?」
「うん。聞いたことあるよ。ひょっとしてあの狐たちが咥えてるやつか?」
「そうそう。昔から花火師にとってお狐様は商売繁盛と火除・火防の神さんなんだ。だから敬って大事にお参りしなきゃって思うんだ」
「……そうか。それで……気に入られたのか」
「え? なんか言ったか?」
「あ、いや。別に。はるかは凄いなぁ。まだ大学生なのに」
「俺も花火を作りたいんだよ。こうみえて高校生の頃からじいちゃんの元で習い始めたからもう三~四年は修行つんでるんだ」
俺の画帖には、デザイン画だけでなく、打ち上げの角度の計算式なども載っている。
「すごっ。計算とかもするんだ?」
「うん。どの方向に飛ぶかぐらいは簡単にするよ。後はどの順番であげたら良いとかさ。組み合わせも考えるんだ」
「はるかって本当はすっごく頭良いんだね」
「なんだよぉ。ってか、今まで俺の事どう思ってたんだよ? ただのジョギング馬鹿ぐらいにしか思ってなかったんだな?」
「あははは。いやいや、そんな意味じゃないよ」
「うそつけ~っ。えいっ」
俺は司の口の中にポテトを詰め込んでやった。まぁ、要するに照れ隠しだ。自分の作品を褒めてもらうほど嬉しいことはない。
「ふふ。お返しだ~」と今度は司が俺の口の中にポテトを突っ込んできた。
あれ? なんだこれ? なんかイチャついてるのか俺達? 急に恥ずかしくなってうつむくと司が心配そうに覗きこむ。
「どうしたの?」
「い、いや。のどに詰まったんだよ」
俺はわざとケホケホと言いながらドリンクをがぶ飲みした。
「悪い。詰っこみすぎたかな? ははは」
楽しそうに笑う司の流し目がやけに色っぽく感じる。切れ長の目の端が朱に染まっている。ふと横顔が稲荷神社のお狐様と重なる。あぁそうか。誰かに似てると思ってたらお狐様の石像に似てるんだ。普段は清潔感があるイケメンなのに、笑うと可愛いくて愛嬌がある。
わわわっ。なんだ俺? めっちゃドキドキしてきた。その上、一口頂戴なんて言いながら司が俺のバーガーに齧り付いてきた。チーズ入りとチーズなしで食べ比べようぜと言い出したのは俺だけど。口の端についたソースを舌でペロリと舐め上げる仕草は誘ってるようで目に毒だった。
俺って男もイケたのか? いや。司……だからかな。
「さっきから黙りこくってどうしたのさ?」
「そ、そりゃあ。じっくり味わってるからだよ」
へ~えと言いながら、司がまた俺の顔を覗き込んでくる。近いっ。距離が近すぎ。
「そ、そうだ。うちの仕事場覗いて行かないか?」
「え? 花火作ってるとこ? 見せてくれるの?」
「うん。まだ時間ある? 見においでよ」
「行く! 今日の授業は午後からなんだ」
「うわあ。火薬のにおいがする」
司が感嘆の声を出すと中から声がした。
「あれ? 坊ちゃん、お友達ですかい?」
工房にはじいちゃんの弟子が数人いる。中には俺が小さい頃からの職人もいるのでどうしても坊ちゃんと呼ばれてしまう。普段は聞きなれているが、司はどう思っただろうか?
「なんだ遥、もう来たのかい? お前まだ学生なんだから、たまには遊んできてもいいんだぜ」
「じいちゃん、そんな心にもない事言うのはやめてくれ。どうせその後めいっぱいしごくつもりだったんだろ?」
「ちっ。バレてたか? で? 見学かい?」
「はい。ちょっと拝見させてもらってもいいですか?」
司がきょろきょろと周りを見渡しながらもじもじしてる。なんだそれ。普段のイケメンからは考えられねえくらい可愛いじゃねえか。
「おう! いいぜ。若いもんがうちの仕事に興味持ってくれるってのは嬉しいね」
工房では大きく分けて二部屋にわかれている。星と呼ばれる火薬の玉を作る作業場とその玉を詰める作業場。星づくりは難しい火薬の配合や色合いを決める要なので企業秘密っぽい場所であまり人にはみせたくない。そう思って今日は玉詰めの作業場に連れてきた。
「坊ちゃんは玉詰めが上手いんっすよ」
「へー? 俺初めて見ました」
半球型の容器に星を詰めていく。一見簡単そうだが、これが意外と難しい。ここで色の組み合わせや分量を間違えると見目が悪くなったり、形が悪い花火となる。
「センスが必要な仕事なんじゃ。それにな自分が作った作品が夜空に上がった時の興奮は半端ないんじゃよ」
「へい。親父さんが作る伝説の色シリーズは凄いっすからね~」
「チッチッチ。せっかく若い見学者が来てくれてるんだ。正式名称で言ってくれや」
「じいちゃん、まだ諦めてなかったのかよ」
「あたぼうよ!俺っちの作った最高傑作だ。それにあった名前が必要だってんだ」
あちゃ~。じいちゃんのべらんめえ調がはじまった。血圧上がってきたかな。
「へ~どんな名前なんですか?」
わ~。司ったら話に乗らなくていいのに~。
「いやあ! よくぞ聞いてくれた。こいつはウルトラバイオレットエクスタシースーパースターってんだ! どうだ、カッコいいだろう?」
「品がない! 却下だっじーちゃん」
「なんでぇ。孫のくせにエラそうに。よし! じゃあ、ドッキュンバッタンイクイクモンスターだ!」
「じーちゃんっ! AVの見すぎじゃねえのか! そんな名前恥ずかしいよ!」
「何を言うか! 見る人を悶えさせるほどの凄さっていう意味じゃねえか!」
「ぶっ……あっはははは!」
耐えきれずに司が笑い出した。
「はるかのお爺さんって面白いっ。素敵な方じゃないか」
「おう! そうかそうか、お前さんには冗談が通じるようだな」
「は? じいちゃん、今の冗談だったのかよ!」
「はははっ。坊ちゃん、親父さんに揶揄われたんですよ」
「なんだよ~。俺だけわかってなかったのかよ」
「いやいや、すんません。毎回坊ちゃんと親父さんのやり取りが楽しくって。つい、あっしらも止めるのを忘れてちまって」
そう言いながらもくっくっくと背中を丸めて職人たちは笑いをこらえている。
「ふむ。良い職場であるな』
「え? 司何か言った?」
「い、いや。なんでもないよ」
それからは毎朝ジョギングの帰りに俺んちで茶を飲んだり朝飯を食ったりする仲になった。司は料理が上手かったのだ。俺んちは男所帯だったから飯関連は出前やスーパーの弁当がほとんどだった。皆、家庭的な手料理に飢えていたのだ。
その代わり司も花火の事を勉強したいと言い出した。将来はイベント企画の仕事をしたいらしい。
司は最近まで一人暮らしだったらしく家事全般に秀でていた。訳あって親元に戻ってきたという話だった。どこんちもいろいろあるんだなとその時は詳細を聞かないでいた。俺は司といる今がいいのであって先の事まで考えてなかったのだ。
◇◆◇
「親父さんっ!」
それは突然だった。いきなりじいちゃんが倒れたのだ。
「救急車だ! 救急車を呼べ」
「じいちゃん! じいちゃん、しっかりして!」
「親父さん、最近無理しちまってたからなあ」
「え? どういうこと?」
「それが……」
年に一度、河川敷で花火大会が行われる。そこでは毎年うちの花火が使われる。じいちゃん渾身の花火玉は大きさも色もきれいだとかなり評判が良い。今年はかなりの大玉を用意していたらしく一年半がかりで作っていた。小さめの玉がだいたい二か月くらいだからどれだけ丁寧に作っていたのかがわかる代物だ。花火大会まであと一週間。最後の調整にずいぶんと神経を使っていたようだ。
「あとのことはお前に任せた……頼んだぞ」
じいちゃんは病院に運ばれる前に俺にそう言った。
じいちゃん、そういう悪い冗談はやめてくれよ。俺みたいな青二才にこんな大役出来るわけないじゃないか……。
「坊ちゃん、ほとんどの花火は確認作業だけだ。あとはなんとかなるよ」
そうだ。なんとかしなくちゃ。俺は職人たちと力を合わせ最終確認に励むことにした。
「それでジョギングに来なかったんだな」
心配して司が立ち寄ってくれた。
「うん。今日はごめん。しばらく行けないかも」
「しかたがないね……『人の病は我には専門外じゃからな』……なぁんて。は、はは」
「ねえ。司ってさ。ときどき独り言、言うよね?」
「そ、そうなんだよ。はは。気にしないで。それより俺も手伝わせて。花火は作れないけどご飯は作れるからさ。洗濯もできるよ。ちょうど夏休みだし暇してたんだ」
「本当か? ありがとう! 後でなんでもするからこの一週間だけ手伝ってくれ」
俺は素直に喜んだ。猫の手も借りたかったからだ。最近は曲に合わせて花火を打ち上げたりする。そのタイミングも計算しないといけない。だから編曲作業なども必要だったのだ。司は音楽の趣味がよくいろんなCDや周辺機器についても詳しかった。
バタバタとあっという間に花火大会の前日がやってきた。
「……はるか、明日は雨がふる。台風になるかもしれない」
司が青い顔をして言い募る。何冗談言い出すんだ。
「へ? 何言ってんだよ。こんなに晴れてるじゃねえか」
「でも、ふるんだよ。延期にできないのか?」
「無理だよ。運営は市町村がやってる。俺一人じゃ決められないし、多分ギリギリまで中止には出来ないはずだ。なんでそんなこと言うんだよ」
スマホの天気予報を確認するとさっきまで晴れだったのが雨雲のマークにかわっていた。熱帯低気圧から台風が発生したそうだ。明日の夕方から大雨になると出ていた。
「司って気象予報士の資格とかもってるのか?」
「まぁ、そんなようなもんだ」
翌朝、すでに曇り空だった。俺は逸る気持ちを抑えてジョギングに出た。一週間ぶりに来た稲荷神社。俺はおいなりさんをお供えし、お狐様の元にひざまづいた。
「お狐様。こんこん様。じいちゃんが入院した病院から花火が見えるんだ。じいちゃんさ、頑固だから花火を見てからでないと手術しないって言い張っててさ……俺なんとか成功させたいんだ。どうかどうかお願いします」
「そうか『それがお前の願いなのか?』……」
「うん。それが俺の願いだよって? 司? 来てたのか」
「はるか。お前の願いはかなえられるよ。きっと」
「そうだといいな」
そこからは花火台のセッティングに大わらわで司の姿が見えないのに気づかなかった。俺達の願いが叶ったのか、それともお狐様が助けてくれたのか台風は跡形もなく突如消えたらしい。夜空には次々と花火が上がっていた。
最後に上がった大輪の菊の花のようなじいちゃん渾身の花火。ウルトラスーパーなんちゃらは虹色に綺麗に色を変え時間差で花を咲かせた。河川敷にいる皆は口々に歓声をあげる。じいちゃん聞こえてる? 皆喜んでるぜ。
「司、どこに行ったんだろ? どこかで見ていてくれると嬉しいな」
その後撤収作業を終え、帰宅すると真夜中になっていた。
「明日は早起きしてまたジョギングしよう。司にもお礼を言わなくちゃ」
俺はうとうとと眠りについた。
◇◆◇
どのくらい寝てたのだろう。窓ガラスに何かが打ち付ける音がして目が覚めた。
「はるか……起きてくれないか? はるか……開けてくれないか」
「え? 司? どうしたんだ? こんな夜中に」
俺は慌てて窓を開けると、ずぶ濡れの司が部屋の中に入ってきた。
「おいっ。大丈夫か? しっかりしろ!」
「ああ、はるかだ。会いたかった。はるか……はるか」
司に抱きつかれて俺はたじろいた。寝ぼけて窓を開けたが、よくよく考えればここは二階だ。どうやってここまで登ってきたんだ? 震える身体をタオルでさすりながら顔をあげさせると真っ青だった。手足も冷たく尋常じゃない。
「何があったんだ? どうしてこんなに濡れてるんだ? 晴れていたのに」
『お前の願いを聞き届けたからじゃよ 。雨雲を拡散して戻ってきた。さあ霊力がきれかかっておる。お前の精気をあたえてやってくれぬか』
「え? 精気って? どうや……んんっ」
尋ねるよりも早く司がはるかの唇に襲い掛かった。ちゅぱっと吸い付かれたと思った途端、強引に舌をねじ込ませてきた。戸惑っていると舌を絡められ角度を変えて吸われる。
へ? なに? 何が起こってる? 俺キスしてるの? うそっ。司ってめっちゃキスが上手いじゃんか! 俺なんか初めてなのに!
「はるかっ……はるかっ……ぁあ、はるか」
忙しなく動く手がはるかの下半身をまさぐる。
「なっ? 司? なに? ぁっぁっ」
着ていたはずのシャツはめくれあがり、半ズボンは足首にひっかかっていた。
抵抗しようと思えばできるかも知れない。だけど司があまりにも必死で。切なそうな顔を見ていると拒めなくなっていた。それにいつもの司じゃないことはわかっていた。
「はっ……だめだ。無理にしたく……『したくて堪らないじゃろ?』くそっ」
司の手が俺の股間を握りしめる。その目は金色に輝いていた。見覚えがある。そうだこれは……。
「こんこん様?」
すると金色の目が弓なりにニィっと笑った。同時にぱくりっと口の中に咥え込まれた。
「んぁっ。そんな……舐めるなんて……ぁっ」
なんて気持ちいいんだ。今まで右手が友達だったのに。先端に舌を押し付けるようにして吸われると腰が浮きそうになる。思わず司の頭を掴みそうになり茶色の耳が生えているのに気づく。片手でシュッシュッと扱きながら先端を舌で円を描くように舐められこすられると堪えきれずに射精してしまった。
ごくりと飲み込む音を聞いて慌てた。
「うそだろ? お前飲んだの?」
『美味い。美味いぞ。やはりお前には精気が満ちておる。それに信心深いのが良い。司の番になれ。……ふふふ。これは我が言うまでもなかったかのぉ』
ぶわぁあっと風が吹くと司の背後にふさふさとした茶色の尻尾が現れた。揺れるたびに尻尾の数が増えていく。
「わぁ……尻尾……だ」
俺って語力が少ない。見たまんまの言葉しか出てこないや。もぉなんかびっくりしすぎて変に冷静になってしまった。
「貴方は司の中にいるの? こんこん様でしょ?」
『そうだ。司は我らの依り代だ。お前の願いを叶えるためにこの身体を使ったのだ』
「俺の……」
ひゅっと喉の奥が鳴った。俺のために司は身体を乗っ取られたのか? なんとなく理解した。おかしいと思ってたんだ。急に台風はなくなるわ。司はいなくなるわで。訳の分からない不安だけが残っていたから。
「まだ足りぬのだ。まだ。司を助けたいならもっと精気をわけてくれまいかのぉ』
「助けたいっ! 司を元に戻してくれ」
「……はる……だめだ……無茶は……『本当は欲しいのだ。どうする?』」
「大丈夫だよ。ちょっと怖いけど。俺は司の事嫌いじゃないよ。す……好きかも」
「うむうむ。愛いやつじゃのぉ。どれ、変わってやろう』
「はるか……無理してないか? いいのか? 本当に」
「司? 大丈夫なのか? 俺、司にさわられても嫌じゃないよ」
「はるか。ありがとう。はるか。好きだ、好きなんだ」
ヤバいっ。そんな風に切羽詰まって言わないでくれ。胸がきゅんってなっちまう。
「もぉ。いいよ。司だから良いんだ。ほら、シてくれよ」
俺はぎゅっと目をつぶった。だけど司は俺の目元にキスを落として。
「優しくする。怖がらせないから」って耳元で囁いた。
うわぁ。なんだよ~めっちゃドキドキしてきた。俺を見つめながら司が自分の長い指を舐める。その舐め方がエロい。その指で俺の尻の間をゆっくり円を描くようにほぐしていく。最初こそビクついてたけど、うっとりするような口づけをされるともうどうなってもよくなってしまう。一本、二本と増やされていく指。異物感があったのはほんの少し。優しくほぐされていくうちに突然ピリリとした感覚が。
「ぁあっ……なにこれ……ひぃっ」
「大丈夫だよ。ココがはるかの良いところだね。感じて。もっといっぱい。はるかの喘ぎ声、俺しか聞いてないから。」
何だよもぉ。その言い方エロいよ。司、お前のすべてがエロく感じるよ。
首筋から鎖骨へと司の舌が降りてくる。なんだかゾクゾクする。俺の身体じゃないみたい。司に触られたところから熱くなる。乳首の先を舌でツンツンってされると変な声が出た。
「後ろからの方が楽だと思うからうつぶせにするね」
なんでそんなに甘い声なんだよ。きっと今の俺の顔は真っ赤だろう。ゆっくりと司が体重をかけてくる。圧迫感が凄い。
「……っ。はぁ、はるか。……ぁあ」
背中で司の吐息混じりの官能的な声がする。俺で感じてくれてるのか?
「司……動いていいから」
「まだ……だ。すぐイッちゃいそう。ぁあ……はるか……ごめんっ」
急に司が腰の動きを速めた。掠れた声に艶がのる。
「ぁああああっんぁっ……ぁあっ」
この声? 俺の声なのか? 射精感がせりあがってくる。部屋の中はぱちゅぱちゅと濡れた音が響く。司の動きが早くなりもう俺は喘ぐしかできなくなった。
「……くっ」
「んぁああっ!」
『美味じゃ。美味じゃ。よいぞ、よいぞ。ささ。おかわりじゃ。ほれ。』
「ぁっ……司、また大きく……」
「悪いっ、はるか。もう少し付き合ってくれ」
「……うん。じゃあ顔見せて。顔が見たい」
「ぁ~、もぉ。可愛いなあ……」
◇◆◇
結局明け方近くまで絡み合って二人とも気を失う様にして眠りに落ちた。こんこん様はいつの間にか居なくなっていた。
目覚めると司の顔が目の前にあった。思わず叫びそうになったが、その長いまつげに見惚れる。こうしてみるとつくづくイケメンなんだよな。何だか昨日の事がまだ夢みたいだ。腰のだるさがなければ本当に夢かと思うくらい。
「俺……昨日、司と……」
叫びすぎたのか喉が枯れててかぁあっと顔に熱がこもる。かなり恥ずかしい事も言った覚えがある。
「ん……は……るか?」
司が目を覚ました。ぼんやりした様子で額にチュッとキスをされる。
「あっ! 悪い。朝ごはんの支度っ」
起き上がろうとする司に抱きつく。
「今日は皆に休みをあげたからもう少しゆっくりしても大丈夫だよ」
「そう……か。よかった」
ほっとした様子でまた俺を抱きしめてくる。
「あの……司。その、お……俺達、付き合うって事でいいんだよな?」
「っ……。いいのか? いや、俺と付き合ってください!」
「ふふ。喜んで」
「あ~マジ幸せ」
「なぁ、お前いつからその、俺を……」
「一目ぼれなんだ。まぁ順序良く話さないといけないんだけど」
なんと司はあの稲荷神社の宮司の三男だった。そういえば苗字も神宮司だった。何代目かごとに狐の依り代となる子が生まれる家系で、小さい頃からお狐様の声が聞こえていたのだという。
「物心ついてからなんとなく人と違うなあと感じててさ。家族も俺を遠巻きにしてたし、だから傍に居たくなくて離れたところで一人暮らしをしていたんだ」
そんな司のところにある日、狐の呼び出しが届いたらしい。それも『番』を見つけたから合わせてやるといった一方的なもので。
「まあでもちょっと興味があったから観に行ったんだ。そして一目ぼれした」
「それが俺だったのか? 俺男なのに?」
「ははは。最初は驚いたよ。でも男とか女とかじゃなく、はるかに惚れたんだ。狐たちには性別は関係なかったみたいだ。神様って実体があるようでないからね。毎日熱心にお参りにきてくれる、はるかが気に入ったみたいだった。しかも俺の霊力の波動とはるかが合うみたいで……彼ら、はるかの精気も欲しがってたんだ」
「ええ? なんだか物騒じゃないか」
「まあね。だから今回の事は狐にとっても願ったり叶ったりだったんだよ」
「依り代って司にダメージがあったりすんじゃないのか?」
「ん~、本当はさ、俺がなかなか告白しないから狐たちが手を貸そうとして俺の中に入り込んでたみたいなんだよ」
そういえば変に独り言が多いなと思っていた。あれはお狐様達の仕業だったのか。
「普通は滅多なことじゃ人間を依り代にしない。その分狐にもダメージがくるらしいから。だから今回めいっぱい俺らの精気と霊力を持っていったんだろう」
「なあ。司。今まで一人暮らしだったなら、うちに下宿にこないか?」
「え? マジ? いいの?」
「部屋は空いてるんだ。できれば一緒にいたい。俺お前と一緒に居ると楽しいから」
「くぅ~! はるかっ可愛いっ! ずっと一緒にいよう!」
その日から早速、司は越してきた。そして二人で毎朝かかさずジョギングをする。折り返し地点の稲荷神社にお参りにいくためだ。
そうそう、結局じいちゃんは手術も無事に成功し、退院した。
俺らが付き合いだしたことを報告したときはさすがに驚いてたが、お前は一度言い出したら聞かないからとあっさりと認めてくれた。今は次の花火に付ける名前を検討中だ。
おわり。
「こんこん様。今日も一日お願いいたします」
俺は木村遥。毎朝ジョギングをするのが日課だ。折り返し地点に稲荷神社があるのを見つけてからは毎日参拝を続けている。こじんまりした神社だが鳥居をくぐると神聖な空気が漂う。
ここの神社には狐の石像が三体ある。一匹は口に鍵をくわえており、もう一匹は宝玉を咥えている。最後の一匹は他の二匹より少し大きめで巻物を咥えていた。
いづれも切れ長の瞳でしっかりと筋肉の付いた足にふさふさとした尻尾の持ち主だ。
「おはようございます。やっぱり皆カッコいいなあ」
俺は石造一匹づつに声をかけ、その風貌に見惚れた。何故だか俺が声をかけるとほんの少しお狐様の顔が優しくなるように思える。まあ完全なる思い込みだが。
「お~い! はるか! やっぱりここだったか」
境内の階段を登りながら声をかけてきたのは神宮寺 司。俺のジョギング仲間だ。この近所に住んでいる大学三年生。俺と同じ学年だ。人懐っこい性格で初対面からいろいろと話しかけられ、いつの間にか友達になっていた。
「おはよう司、今日もかっこいいじゃん」
「なあに言ってんだよ。ばあかっ」
言われた司は目じりがほんのり赤い。照れてるんだな。司は俺よりも少しばかり背が高い。程よくついた筋肉にすらりと伸びた足。栗色の髪に切れ長の目の美形だ。
ちくしょーっ。俺もカッコよく産まれたかったぜ!
「なあ。この後さ、朝バーガー食べに行かないか?」
司が走りながら声をかけてきた。
「何言ってんだよ。お前ダイエットのために走ってるって言ってたじゃねえか」
「それはそれ。これはこれ。今日は新作バーガーが出るんだって。一緒にたべようぜ」
「しょうがねえなあ」
なんて言いながら、俺も新作バーガーには興味を持っていた。本当は誘ってもらえて嬉しかったのだ。司とは気が合うし、何より一緒に居ると楽しい。もっといろいろと司の事が知りたいと思っている。
バーガー屋に着くと朝だというのに満員だった。やっぱり皆考えることは一緒だ。ここのバーガーは肉厚でジューシーでかぶりつくと肉汁がジュワっとでてくる。それに特製ソースが絡み合って若者の胃袋を掴むのだ。新作は夏野菜がたっぷり入ったバーガーらしい。
「イートインする場所がないね。どうする?」
「お持ち帰りにする?」
「そうだね。ここから俺んち近いんだ。寄ってく?」
「え? いいの?」
「もちろん。時間あるならうちに来いよ」
司がほころぶように笑った。ああ……笑うと可愛いなあ。でも誰かに似てる?
たわいない話しをしながら坂道を登る。登り切った先の赤い屋根の二階建てが俺んちだ。すぐ横にある倉庫がうちの工房である。
「さあどうぞ。遠慮せずに入って」
「お邪魔します~」
「おや? 遥の友達かい? いらっしゃい」
玄関でじいちゃんが靴を履いていた。
「は、はい! 神宮司 司といいます。よろしくお願いします!」
司が几帳面にあいさつをしてて思わず笑ってしまった。
「じいちゃんまだいたんだ?」
「なんじゃ。わしがいたら悪いんかいの?」
「ははは。いやぁ。仕事場に行ってるかと思ってたからさ」
「ふ~ん。まあいい。先に行っとるよ。お前が友達連れてくるなんて珍しいのぉ。まぁ今日はゆっくり来たらいいで」
じいちゃんがにやにやしながら玄関を出て行った。なんだあの笑い。俺だって友達ぐらいいるって~の!
「はぁ~。なんか緊張したぁ」
「はは。ここでじいちゃんと二人暮らしなんだ」
「え? そうだったのか。突然やってきてよかったのか?」
「いいよ。それより食べようよ」
俺は二階の自分の部屋へ司を連れてあがった……が! しまった。部屋に入るとデザイン画が散乱していた。そういえば昨夜は遅くまで描いてて、朝そのまま飛び起きたんだった。
「これは? はるかが描いたの? 花火?」
「わ~っ! っと。まだ人に見せられるもんじゃねえんだ」
あわててガサガサとその辺に片寄せると、司がすでにその一枚を手にしていた。
「すごいっ。綺麗じゃないか」
「え? ほんとに? お世辞じゃなくそう思うか?」
「うん。もっと見せて欲しいな」
「そ、そうか? へへ。わかった。まだ試作にもまわしてないんだけど見てくれるか?」
結局、誰かに見て欲しかったのだと今更ながらに気づく。
「試作って? もしかして」
「ん? あぁ。うちは花火作ってんだ。じいちゃんは花火職人なんだ。隣に工房があるんだよ」
「うそっ。すげえ~!」
「へへ。俺があの稲荷神社に通うのはそれもあるんだよ。花火を見るときってみんな『たまや~』とか『かぎや~』っていうでしょ?」
「うん。聞いたことあるよ。ひょっとしてあの狐たちが咥えてるやつか?」
「そうそう。昔から花火師にとってお狐様は商売繁盛と火除・火防の神さんなんだ。だから敬って大事にお参りしなきゃって思うんだ」
「……そうか。それで……気に入られたのか」
「え? なんか言ったか?」
「あ、いや。別に。はるかは凄いなぁ。まだ大学生なのに」
「俺も花火を作りたいんだよ。こうみえて高校生の頃からじいちゃんの元で習い始めたからもう三~四年は修行つんでるんだ」
俺の画帖には、デザイン画だけでなく、打ち上げの角度の計算式なども載っている。
「すごっ。計算とかもするんだ?」
「うん。どの方向に飛ぶかぐらいは簡単にするよ。後はどの順番であげたら良いとかさ。組み合わせも考えるんだ」
「はるかって本当はすっごく頭良いんだね」
「なんだよぉ。ってか、今まで俺の事どう思ってたんだよ? ただのジョギング馬鹿ぐらいにしか思ってなかったんだな?」
「あははは。いやいや、そんな意味じゃないよ」
「うそつけ~っ。えいっ」
俺は司の口の中にポテトを詰め込んでやった。まぁ、要するに照れ隠しだ。自分の作品を褒めてもらうほど嬉しいことはない。
「ふふ。お返しだ~」と今度は司が俺の口の中にポテトを突っ込んできた。
あれ? なんだこれ? なんかイチャついてるのか俺達? 急に恥ずかしくなってうつむくと司が心配そうに覗きこむ。
「どうしたの?」
「い、いや。のどに詰まったんだよ」
俺はわざとケホケホと言いながらドリンクをがぶ飲みした。
「悪い。詰っこみすぎたかな? ははは」
楽しそうに笑う司の流し目がやけに色っぽく感じる。切れ長の目の端が朱に染まっている。ふと横顔が稲荷神社のお狐様と重なる。あぁそうか。誰かに似てると思ってたらお狐様の石像に似てるんだ。普段は清潔感があるイケメンなのに、笑うと可愛いくて愛嬌がある。
わわわっ。なんだ俺? めっちゃドキドキしてきた。その上、一口頂戴なんて言いながら司が俺のバーガーに齧り付いてきた。チーズ入りとチーズなしで食べ比べようぜと言い出したのは俺だけど。口の端についたソースを舌でペロリと舐め上げる仕草は誘ってるようで目に毒だった。
俺って男もイケたのか? いや。司……だからかな。
「さっきから黙りこくってどうしたのさ?」
「そ、そりゃあ。じっくり味わってるからだよ」
へ~えと言いながら、司がまた俺の顔を覗き込んでくる。近いっ。距離が近すぎ。
「そ、そうだ。うちの仕事場覗いて行かないか?」
「え? 花火作ってるとこ? 見せてくれるの?」
「うん。まだ時間ある? 見においでよ」
「行く! 今日の授業は午後からなんだ」
「うわあ。火薬のにおいがする」
司が感嘆の声を出すと中から声がした。
「あれ? 坊ちゃん、お友達ですかい?」
工房にはじいちゃんの弟子が数人いる。中には俺が小さい頃からの職人もいるのでどうしても坊ちゃんと呼ばれてしまう。普段は聞きなれているが、司はどう思っただろうか?
「なんだ遥、もう来たのかい? お前まだ学生なんだから、たまには遊んできてもいいんだぜ」
「じいちゃん、そんな心にもない事言うのはやめてくれ。どうせその後めいっぱいしごくつもりだったんだろ?」
「ちっ。バレてたか? で? 見学かい?」
「はい。ちょっと拝見させてもらってもいいですか?」
司がきょろきょろと周りを見渡しながらもじもじしてる。なんだそれ。普段のイケメンからは考えられねえくらい可愛いじゃねえか。
「おう! いいぜ。若いもんがうちの仕事に興味持ってくれるってのは嬉しいね」
工房では大きく分けて二部屋にわかれている。星と呼ばれる火薬の玉を作る作業場とその玉を詰める作業場。星づくりは難しい火薬の配合や色合いを決める要なので企業秘密っぽい場所であまり人にはみせたくない。そう思って今日は玉詰めの作業場に連れてきた。
「坊ちゃんは玉詰めが上手いんっすよ」
「へー? 俺初めて見ました」
半球型の容器に星を詰めていく。一見簡単そうだが、これが意外と難しい。ここで色の組み合わせや分量を間違えると見目が悪くなったり、形が悪い花火となる。
「センスが必要な仕事なんじゃ。それにな自分が作った作品が夜空に上がった時の興奮は半端ないんじゃよ」
「へい。親父さんが作る伝説の色シリーズは凄いっすからね~」
「チッチッチ。せっかく若い見学者が来てくれてるんだ。正式名称で言ってくれや」
「じいちゃん、まだ諦めてなかったのかよ」
「あたぼうよ!俺っちの作った最高傑作だ。それにあった名前が必要だってんだ」
あちゃ~。じいちゃんのべらんめえ調がはじまった。血圧上がってきたかな。
「へ~どんな名前なんですか?」
わ~。司ったら話に乗らなくていいのに~。
「いやあ! よくぞ聞いてくれた。こいつはウルトラバイオレットエクスタシースーパースターってんだ! どうだ、カッコいいだろう?」
「品がない! 却下だっじーちゃん」
「なんでぇ。孫のくせにエラそうに。よし! じゃあ、ドッキュンバッタンイクイクモンスターだ!」
「じーちゃんっ! AVの見すぎじゃねえのか! そんな名前恥ずかしいよ!」
「何を言うか! 見る人を悶えさせるほどの凄さっていう意味じゃねえか!」
「ぶっ……あっはははは!」
耐えきれずに司が笑い出した。
「はるかのお爺さんって面白いっ。素敵な方じゃないか」
「おう! そうかそうか、お前さんには冗談が通じるようだな」
「は? じいちゃん、今の冗談だったのかよ!」
「はははっ。坊ちゃん、親父さんに揶揄われたんですよ」
「なんだよ~。俺だけわかってなかったのかよ」
「いやいや、すんません。毎回坊ちゃんと親父さんのやり取りが楽しくって。つい、あっしらも止めるのを忘れてちまって」
そう言いながらもくっくっくと背中を丸めて職人たちは笑いをこらえている。
「ふむ。良い職場であるな』
「え? 司何か言った?」
「い、いや。なんでもないよ」
それからは毎朝ジョギングの帰りに俺んちで茶を飲んだり朝飯を食ったりする仲になった。司は料理が上手かったのだ。俺んちは男所帯だったから飯関連は出前やスーパーの弁当がほとんどだった。皆、家庭的な手料理に飢えていたのだ。
その代わり司も花火の事を勉強したいと言い出した。将来はイベント企画の仕事をしたいらしい。
司は最近まで一人暮らしだったらしく家事全般に秀でていた。訳あって親元に戻ってきたという話だった。どこんちもいろいろあるんだなとその時は詳細を聞かないでいた。俺は司といる今がいいのであって先の事まで考えてなかったのだ。
◇◆◇
「親父さんっ!」
それは突然だった。いきなりじいちゃんが倒れたのだ。
「救急車だ! 救急車を呼べ」
「じいちゃん! じいちゃん、しっかりして!」
「親父さん、最近無理しちまってたからなあ」
「え? どういうこと?」
「それが……」
年に一度、河川敷で花火大会が行われる。そこでは毎年うちの花火が使われる。じいちゃん渾身の花火玉は大きさも色もきれいだとかなり評判が良い。今年はかなりの大玉を用意していたらしく一年半がかりで作っていた。小さめの玉がだいたい二か月くらいだからどれだけ丁寧に作っていたのかがわかる代物だ。花火大会まであと一週間。最後の調整にずいぶんと神経を使っていたようだ。
「あとのことはお前に任せた……頼んだぞ」
じいちゃんは病院に運ばれる前に俺にそう言った。
じいちゃん、そういう悪い冗談はやめてくれよ。俺みたいな青二才にこんな大役出来るわけないじゃないか……。
「坊ちゃん、ほとんどの花火は確認作業だけだ。あとはなんとかなるよ」
そうだ。なんとかしなくちゃ。俺は職人たちと力を合わせ最終確認に励むことにした。
「それでジョギングに来なかったんだな」
心配して司が立ち寄ってくれた。
「うん。今日はごめん。しばらく行けないかも」
「しかたがないね……『人の病は我には専門外じゃからな』……なぁんて。は、はは」
「ねえ。司ってさ。ときどき独り言、言うよね?」
「そ、そうなんだよ。はは。気にしないで。それより俺も手伝わせて。花火は作れないけどご飯は作れるからさ。洗濯もできるよ。ちょうど夏休みだし暇してたんだ」
「本当か? ありがとう! 後でなんでもするからこの一週間だけ手伝ってくれ」
俺は素直に喜んだ。猫の手も借りたかったからだ。最近は曲に合わせて花火を打ち上げたりする。そのタイミングも計算しないといけない。だから編曲作業なども必要だったのだ。司は音楽の趣味がよくいろんなCDや周辺機器についても詳しかった。
バタバタとあっという間に花火大会の前日がやってきた。
「……はるか、明日は雨がふる。台風になるかもしれない」
司が青い顔をして言い募る。何冗談言い出すんだ。
「へ? 何言ってんだよ。こんなに晴れてるじゃねえか」
「でも、ふるんだよ。延期にできないのか?」
「無理だよ。運営は市町村がやってる。俺一人じゃ決められないし、多分ギリギリまで中止には出来ないはずだ。なんでそんなこと言うんだよ」
スマホの天気予報を確認するとさっきまで晴れだったのが雨雲のマークにかわっていた。熱帯低気圧から台風が発生したそうだ。明日の夕方から大雨になると出ていた。
「司って気象予報士の資格とかもってるのか?」
「まぁ、そんなようなもんだ」
翌朝、すでに曇り空だった。俺は逸る気持ちを抑えてジョギングに出た。一週間ぶりに来た稲荷神社。俺はおいなりさんをお供えし、お狐様の元にひざまづいた。
「お狐様。こんこん様。じいちゃんが入院した病院から花火が見えるんだ。じいちゃんさ、頑固だから花火を見てからでないと手術しないって言い張っててさ……俺なんとか成功させたいんだ。どうかどうかお願いします」
「そうか『それがお前の願いなのか?』……」
「うん。それが俺の願いだよって? 司? 来てたのか」
「はるか。お前の願いはかなえられるよ。きっと」
「そうだといいな」
そこからは花火台のセッティングに大わらわで司の姿が見えないのに気づかなかった。俺達の願いが叶ったのか、それともお狐様が助けてくれたのか台風は跡形もなく突如消えたらしい。夜空には次々と花火が上がっていた。
最後に上がった大輪の菊の花のようなじいちゃん渾身の花火。ウルトラスーパーなんちゃらは虹色に綺麗に色を変え時間差で花を咲かせた。河川敷にいる皆は口々に歓声をあげる。じいちゃん聞こえてる? 皆喜んでるぜ。
「司、どこに行ったんだろ? どこかで見ていてくれると嬉しいな」
その後撤収作業を終え、帰宅すると真夜中になっていた。
「明日は早起きしてまたジョギングしよう。司にもお礼を言わなくちゃ」
俺はうとうとと眠りについた。
◇◆◇
どのくらい寝てたのだろう。窓ガラスに何かが打ち付ける音がして目が覚めた。
「はるか……起きてくれないか? はるか……開けてくれないか」
「え? 司? どうしたんだ? こんな夜中に」
俺は慌てて窓を開けると、ずぶ濡れの司が部屋の中に入ってきた。
「おいっ。大丈夫か? しっかりしろ!」
「ああ、はるかだ。会いたかった。はるか……はるか」
司に抱きつかれて俺はたじろいた。寝ぼけて窓を開けたが、よくよく考えればここは二階だ。どうやってここまで登ってきたんだ? 震える身体をタオルでさすりながら顔をあげさせると真っ青だった。手足も冷たく尋常じゃない。
「何があったんだ? どうしてこんなに濡れてるんだ? 晴れていたのに」
『お前の願いを聞き届けたからじゃよ 。雨雲を拡散して戻ってきた。さあ霊力がきれかかっておる。お前の精気をあたえてやってくれぬか』
「え? 精気って? どうや……んんっ」
尋ねるよりも早く司がはるかの唇に襲い掛かった。ちゅぱっと吸い付かれたと思った途端、強引に舌をねじ込ませてきた。戸惑っていると舌を絡められ角度を変えて吸われる。
へ? なに? 何が起こってる? 俺キスしてるの? うそっ。司ってめっちゃキスが上手いじゃんか! 俺なんか初めてなのに!
「はるかっ……はるかっ……ぁあ、はるか」
忙しなく動く手がはるかの下半身をまさぐる。
「なっ? 司? なに? ぁっぁっ」
着ていたはずのシャツはめくれあがり、半ズボンは足首にひっかかっていた。
抵抗しようと思えばできるかも知れない。だけど司があまりにも必死で。切なそうな顔を見ていると拒めなくなっていた。それにいつもの司じゃないことはわかっていた。
「はっ……だめだ。無理にしたく……『したくて堪らないじゃろ?』くそっ」
司の手が俺の股間を握りしめる。その目は金色に輝いていた。見覚えがある。そうだこれは……。
「こんこん様?」
すると金色の目が弓なりにニィっと笑った。同時にぱくりっと口の中に咥え込まれた。
「んぁっ。そんな……舐めるなんて……ぁっ」
なんて気持ちいいんだ。今まで右手が友達だったのに。先端に舌を押し付けるようにして吸われると腰が浮きそうになる。思わず司の頭を掴みそうになり茶色の耳が生えているのに気づく。片手でシュッシュッと扱きながら先端を舌で円を描くように舐められこすられると堪えきれずに射精してしまった。
ごくりと飲み込む音を聞いて慌てた。
「うそだろ? お前飲んだの?」
『美味い。美味いぞ。やはりお前には精気が満ちておる。それに信心深いのが良い。司の番になれ。……ふふふ。これは我が言うまでもなかったかのぉ』
ぶわぁあっと風が吹くと司の背後にふさふさとした茶色の尻尾が現れた。揺れるたびに尻尾の数が増えていく。
「わぁ……尻尾……だ」
俺って語力が少ない。見たまんまの言葉しか出てこないや。もぉなんかびっくりしすぎて変に冷静になってしまった。
「貴方は司の中にいるの? こんこん様でしょ?」
『そうだ。司は我らの依り代だ。お前の願いを叶えるためにこの身体を使ったのだ』
「俺の……」
ひゅっと喉の奥が鳴った。俺のために司は身体を乗っ取られたのか? なんとなく理解した。おかしいと思ってたんだ。急に台風はなくなるわ。司はいなくなるわで。訳の分からない不安だけが残っていたから。
「まだ足りぬのだ。まだ。司を助けたいならもっと精気をわけてくれまいかのぉ』
「助けたいっ! 司を元に戻してくれ」
「……はる……だめだ……無茶は……『本当は欲しいのだ。どうする?』」
「大丈夫だよ。ちょっと怖いけど。俺は司の事嫌いじゃないよ。す……好きかも」
「うむうむ。愛いやつじゃのぉ。どれ、変わってやろう』
「はるか……無理してないか? いいのか? 本当に」
「司? 大丈夫なのか? 俺、司にさわられても嫌じゃないよ」
「はるか。ありがとう。はるか。好きだ、好きなんだ」
ヤバいっ。そんな風に切羽詰まって言わないでくれ。胸がきゅんってなっちまう。
「もぉ。いいよ。司だから良いんだ。ほら、シてくれよ」
俺はぎゅっと目をつぶった。だけど司は俺の目元にキスを落として。
「優しくする。怖がらせないから」って耳元で囁いた。
うわぁ。なんだよ~めっちゃドキドキしてきた。俺を見つめながら司が自分の長い指を舐める。その舐め方がエロい。その指で俺の尻の間をゆっくり円を描くようにほぐしていく。最初こそビクついてたけど、うっとりするような口づけをされるともうどうなってもよくなってしまう。一本、二本と増やされていく指。異物感があったのはほんの少し。優しくほぐされていくうちに突然ピリリとした感覚が。
「ぁあっ……なにこれ……ひぃっ」
「大丈夫だよ。ココがはるかの良いところだね。感じて。もっといっぱい。はるかの喘ぎ声、俺しか聞いてないから。」
何だよもぉ。その言い方エロいよ。司、お前のすべてがエロく感じるよ。
首筋から鎖骨へと司の舌が降りてくる。なんだかゾクゾクする。俺の身体じゃないみたい。司に触られたところから熱くなる。乳首の先を舌でツンツンってされると変な声が出た。
「後ろからの方が楽だと思うからうつぶせにするね」
なんでそんなに甘い声なんだよ。きっと今の俺の顔は真っ赤だろう。ゆっくりと司が体重をかけてくる。圧迫感が凄い。
「……っ。はぁ、はるか。……ぁあ」
背中で司の吐息混じりの官能的な声がする。俺で感じてくれてるのか?
「司……動いていいから」
「まだ……だ。すぐイッちゃいそう。ぁあ……はるか……ごめんっ」
急に司が腰の動きを速めた。掠れた声に艶がのる。
「ぁああああっんぁっ……ぁあっ」
この声? 俺の声なのか? 射精感がせりあがってくる。部屋の中はぱちゅぱちゅと濡れた音が響く。司の動きが早くなりもう俺は喘ぐしかできなくなった。
「……くっ」
「んぁああっ!」
『美味じゃ。美味じゃ。よいぞ、よいぞ。ささ。おかわりじゃ。ほれ。』
「ぁっ……司、また大きく……」
「悪いっ、はるか。もう少し付き合ってくれ」
「……うん。じゃあ顔見せて。顔が見たい」
「ぁ~、もぉ。可愛いなあ……」
◇◆◇
結局明け方近くまで絡み合って二人とも気を失う様にして眠りに落ちた。こんこん様はいつの間にか居なくなっていた。
目覚めると司の顔が目の前にあった。思わず叫びそうになったが、その長いまつげに見惚れる。こうしてみるとつくづくイケメンなんだよな。何だか昨日の事がまだ夢みたいだ。腰のだるさがなければ本当に夢かと思うくらい。
「俺……昨日、司と……」
叫びすぎたのか喉が枯れててかぁあっと顔に熱がこもる。かなり恥ずかしい事も言った覚えがある。
「ん……は……るか?」
司が目を覚ました。ぼんやりした様子で額にチュッとキスをされる。
「あっ! 悪い。朝ごはんの支度っ」
起き上がろうとする司に抱きつく。
「今日は皆に休みをあげたからもう少しゆっくりしても大丈夫だよ」
「そう……か。よかった」
ほっとした様子でまた俺を抱きしめてくる。
「あの……司。その、お……俺達、付き合うって事でいいんだよな?」
「っ……。いいのか? いや、俺と付き合ってください!」
「ふふ。喜んで」
「あ~マジ幸せ」
「なぁ、お前いつからその、俺を……」
「一目ぼれなんだ。まぁ順序良く話さないといけないんだけど」
なんと司はあの稲荷神社の宮司の三男だった。そういえば苗字も神宮司だった。何代目かごとに狐の依り代となる子が生まれる家系で、小さい頃からお狐様の声が聞こえていたのだという。
「物心ついてからなんとなく人と違うなあと感じててさ。家族も俺を遠巻きにしてたし、だから傍に居たくなくて離れたところで一人暮らしをしていたんだ」
そんな司のところにある日、狐の呼び出しが届いたらしい。それも『番』を見つけたから合わせてやるといった一方的なもので。
「まあでもちょっと興味があったから観に行ったんだ。そして一目ぼれした」
「それが俺だったのか? 俺男なのに?」
「ははは。最初は驚いたよ。でも男とか女とかじゃなく、はるかに惚れたんだ。狐たちには性別は関係なかったみたいだ。神様って実体があるようでないからね。毎日熱心にお参りにきてくれる、はるかが気に入ったみたいだった。しかも俺の霊力の波動とはるかが合うみたいで……彼ら、はるかの精気も欲しがってたんだ」
「ええ? なんだか物騒じゃないか」
「まあね。だから今回の事は狐にとっても願ったり叶ったりだったんだよ」
「依り代って司にダメージがあったりすんじゃないのか?」
「ん~、本当はさ、俺がなかなか告白しないから狐たちが手を貸そうとして俺の中に入り込んでたみたいなんだよ」
そういえば変に独り言が多いなと思っていた。あれはお狐様達の仕業だったのか。
「普通は滅多なことじゃ人間を依り代にしない。その分狐にもダメージがくるらしいから。だから今回めいっぱい俺らの精気と霊力を持っていったんだろう」
「なあ。司。今まで一人暮らしだったなら、うちに下宿にこないか?」
「え? マジ? いいの?」
「部屋は空いてるんだ。できれば一緒にいたい。俺お前と一緒に居ると楽しいから」
「くぅ~! はるかっ可愛いっ! ずっと一緒にいよう!」
その日から早速、司は越してきた。そして二人で毎朝かかさずジョギングをする。折り返し地点の稲荷神社にお参りにいくためだ。
そうそう、結局じいちゃんは手術も無事に成功し、退院した。
俺らが付き合いだしたことを報告したときはさすがに驚いてたが、お前は一度言い出したら聞かないからとあっさりと認めてくれた。今は次の花火に付ける名前を検討中だ。
おわり。
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