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白き悪魔の誘惑-2

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「兄さん。ここにいたのか」
 後ろから声をかけられ振り向くと異母弟がいた。弟の名はキース・リー・ラッセル。睨みつけるような目をして僕を見ている。赤毛で身長があり、遠くからでも目立つ容姿だ。顔を見るのは久しぶりだった。学年と寮が違うせいかほとんど出会う事はない。
「なにかあったのか?  ここでは兄弟と言えど下級生から声をかけるのは……」
「そんな事はわかってます。少し話があるんです」
 キースの鍛え上げられた体躯に半ば引きずられるように人気の少ない場所へと移動する。こんな時に体格差が出るのかと泣きたくなる。周りに生徒がいなくなるとキースはぞんざいな口調になった。
「俺、宰相の娘と婚約が決まったんだ。母上が仕組んだんだろう。父上からも卒業後は騎士団に入るよう言われたぜ。兄さんはもう必要ないそうだ。卒業したらどっかの貴族の慰みものになるかもしれねえな」
「お前、口が過ぎるぞっ」
「ふん。兄さんが今回のテストでカンニングしたって噂もたっているんだぜ」
「はあ? なんだそれ。僕は不正などしてないぞ」
「図書室でこそこそしてたらしいじゃないか」
「持ち出し不可の書物を調べてたんだ」
「はん。魔法定義が苦手だったくせにどうして満点近い点数だったんだよ」
「それはライル先生に教わったからだ」
「嘘つけ! ライル先生は昨日まで魔法学会に行かれてたんだぞ!」
「それこそ嘘だっ」
「……もぉいい。やはり母上の言うように兄さんは出世しか考えてないんだな。これからは俺もやりたいようにする。あんたに家督を継がせない。俺の方がふさわしいからな」
「なっ……なにをっ」
 不敵な笑いを浮かべたキースは僕の前から去って行った。
「僕が自分の保身しか考えてないだと? ……くそっ……はっ。まいったな」
 見透かされてると思った。どれもこれも当たっていたからだ。キースは剣の腕もいい。父譲りの体格の良さ。ずば抜けた運動神経を持ち、攻撃魔法も上手い。すべてにおいて自分よりも秀でていた。ゆくゆくは父と同じく騎士団長まで上り詰めるかもしれない。足掻いていたのは僕だ。必死になって取り繕っていた。
「産まれながらにして優秀なやつにはわからないだろうな。自由が欲しいなんて思いながら、僕は貴族の名にしがみついてる情けない人間だったんだな」
 今更ながら自分自身が嫌になる。面と向かって言われて何かが吹っ切れた。あいつのほうが野心もあって貴族らしい。やはり僕には荷が重い。
 それにしてもキースが言った言葉が気になる。ライルが学会に行ってたって? そんなはずあるものか。
「待てよ……僕はなんでライル先生と関りがあったのだろうか?」
 そもそもライルは何の魔法の教師なんだろう? 疑問はわけばわくほどわからなくなる。
「ねえ。ライル先生見なかった?」
 傍に居たクラスメイトに声をかけると不思議そうな顔でこちらを見る。
「何言ってるんだ。ライル先生なら目の前にいるじゃないか?」
 生徒の視線の先には壮年の紳士が一人。見かけは老齢なのにすっと背筋を伸ばし威厳のある姿は若々しさを感じさせた。
「二百歳とか言われてるんだぜ。本当に年齢不詳だよなあ」
 え? じゃあ僕が今まで会っていたライル先生は? 騙されてたのか? どうして? 訳も分からないまま僕は愕然とした。

 しばらくして父から手紙が届いた。卒業後はラッセル家の為にとある公爵家に仕えるようにとあった。家督はキースに譲るとある。キースの言う通り僕は慰みものになるのだろうか。
 どうにもやるせなくて、寮の部屋から外を眺める。今夜は満月だった。
「綺麗な月だな……」
 別にラッセル家の後を継ぎたかったわけじゃない。ただ誰かに必要とされたいと願っていただけだった。いつまでも長子であることにしがみついていても仕方がない。
「自由に生きてみたい」
 点呼も終わり就寝時間はすでに過ぎている。わかってはいるが気分転換に窓伝いから庭へと降りた。月明かりに照らされた中庭は日中見るよりも神秘的に見える。はじめて温室に行った時も月が綺麗だった。あれから僕は温室には行かず、ライルとも会ってはない。いや、僕があっていたライルと名乗る人は一体何者だったのだろう? 
 キースにせめられた事よりもライルに騙されたと思う事の方がつらかった。
「先生に会いたい……」
 ふいにどこからともなく甘い香りが鼻をかすめた。
「この香りはジャスミン?」
 香りの元を探すように視線を動かすと、いつの間にかライルがそこに居た。
「ジェイ。このあいだは悪かった。謝らせてくれないか?」
「っ。先生? どうしてここに?」
 不信感よりも会えた嬉しさで胸がいっぱいになる。何より聞きたい事がありすぎる。今突き放したらこのまま心が壊れてしまいそうだった。
「……君が会いに来てくれないから」
 消え入りそうな声に胸が引き裂かれそうになる。なんでこんなに切ないんだ。
「まさか。ずっと待っててくれたの?」
「怒らせてしまったと思った。そうなればもう私は待つことしかできないから」
「もう怒ってないよ。びっくりしただけ」
「この間はすまなかった。機嫌を直してくれないか?」
「聞きたいこともあるし……ジャスミンティーを飲ませてくれる?」
 僕の問いかけに嬉しそうに笑うライルを見て何かが弾けた。
「もちろん。一緒に飲んでくれるかい?」
「いいよ」
 ライルがそっと僕の肩を抱く。何故だかそれが当たり前のような気がして僕は黙って歩き出した。月明かりの下ではいつもライルの髪は白髪に見える。まるでこちらの髪の方が本物みたいに。彫の深い顔立ちと人間離れした綺麗さに思わず聞いてしまう。
「先生は本当は妖精なんじやないの?」
「はは。そんな風に言ってもらえると嬉しいな」
「だって先生は綺麗だから」
「私の事を気に入ってくれた?」
 あれ? このセリフ。以前も聞いたような気がする。
「先生の事は嫌いじゃないよ」
「私にとって君は特別なんだ。ずっと」
 この苦しそうな顔を僕はどこかで見たことがある。見覚えがあるのにいつだったか思い出せない。もどかしい想いだけが募っていくようだ。きっと初めて会った日から僕は彼に惹かれていたんだと思う。
 温室に近づくたびにジャスミンの香りが強くなる。この間よりも花が増えていた。
「八分咲きになったんだ」
 ライルがティーカップにお茶を注ぐ。芳醇な香りを嗅ぎながら僕は口に含んだ。飲むたびに体中にジャスミンの香りが浸食していく。温室の香りなのかお茶の香りなのかもわからなくなってきた。
「……酔ってしまいそう」
「それはジャスミンの香りに? それとも私にかい?」
 悩まし気な視線に鼓動が跳ねる。ヤバい。でも期待している自分にも気づいている。そしてライルが好意を持ってくれてる事も。
「私は本気だ。いつでも君にキスしたいと思っている。何か思い出したんだね?」
「え? なんで……わかる……の?」
「この前と私を見る目が違うから」
 一気に顔が熱くなった。ジャスミンには催淫作用があるという。この香りのせいなのか?
「ジェイ。何を思い出した? どこまで思い出した?」
「以前も先生の苦しそうな顔を見たことがあるなって。僕と先生は昔から知り合いだった?」
「そうだよ。私はずっと君が思い出してくれるのを待っていたんだ。約束したからね。だから幼い君をみつけたときに印をつけておいた」
「印? それって首筋だったりする?」
「君の首筋のアザは私がつけたんだよ。二度と見失わないように」
 そうだ。小さい頃僕は首筋にキスをされたことがある……。
「ねえ教えて。先生は。貴方は何者なの?」
「怖がらないでくれる?」
「うん。昔、僕と一緒にいたよね?」
 靄が晴れるように記憶が蘇ってくる。ライルはきっとあの美しい人だ……。
「いたよ。本当はあのまま離れたくなかった。だがまだ君は幼すぎた。だから一旦こちら側へ戻したんだ」
「こちら側?」
「私は人とは違う生き物なのだよ」
「ジャスミンの妖精?」
「さあな。悠久の時を独りで生きてきた。いつか大事な人と巡り合えると信じて。私たちには古い言い伝えがあるのだよ。ある日突然、別の次元から自分の運命の相手が現れるって」
「じゃあ、あの時先生が僕を呼びよせたの?」
「それはわからない。元々わたしは普通の人には見えないのだよ」
「え? じゃあ僕にしか見えてなかったって言うの?」
「そうだ。そしてそれこそが私の運命の相手だという証明になる」
 運命の相手だなんて。ドキドキが止まらない。
 
 途端に濃厚な香りが僕を包み込む。五感のすべてが持っていかれるようだ。
「やっと満開になったな」
 辺り一面が真っ白なジャスミンの花で埋め尽くされる。
「ジェイ。もう逃したくない。私と一緒に来てくれないか?」
「……向こう側に行くの?」
「どこにでも行けるよ。ジェイが望むならどこにでも。私たちは自由だ。二人で行こう。私にはジェイが必要なんだ。ジェイだけだ。他は何もいらない」
「僕だけ? 僕を必要としてくれてる?」
「うん。ジェイは私が嫌かい? 私はジェイの事が好きでたまらないよ」
「さっきも言ったけど嫌いじゃない。……好きだと思う」
「一緒にきてくれるかい?」
「……うん。連れてって」
 僕の返事にすかさずライルが抱きついてきた。
「ジェイ。どうか私自信を身体ごと受け入れて欲しい。わたしはずっと君を守ってきた。もう待ちきれない。君の周りには悪意が多すぎる。許せず皆殺しにしてしまいそうだ」
 潤む真摯な目で射抜かれ言葉に詰まる。ライルが言うのは義母たちのことなのだろう。
「君はいつも無理してるようだった。何にも縛られずに共に夢のはざまを生きて行こう」
「家にも縛られず? 自由に生きても良いというの?」
「もちろん。君を解放してあげる。私の元においで」
「本当に。僕を自由にしてくれる?」
「もちろん。君は私のものだから」
 僕は今まで必死に自分を偽って生きてきた。本音で何かを望む事なぞなかったのだ。
「望んでもいいのだろうか?」
 唇をぺろりと舐められ身体がビクついた。
「望んでよ。私を欲しいと言ってくれ。怖がらないで。私を受け入れて欲しい。ほら、君も嫌がってはいない」
 下半身を撫でられ全身がわなないた。
「んぁっ……な? なに?」
「触っただけで感じてくれたんだね? 可愛い。可愛いよ」
 口づけの合間に好きだと告げられる。鼓動が早くなり、ライルの指が触れるところすべてが気持ちいい。息をするたびに香りが体中に充満する。身体の奥に熱が灯ったようだ。
「私に触られるのが好きなんだね。そんなに感じるのかい?」
「んぁあ。うそ……ぁっ。……まって……ぁあ」
「あぁ。可愛いね。気持ち良すぎてびくびくと引くついているよ」
 初めての感覚に翻弄されながらも気持ちよくて仕方がない。後蕾に指を挿れられるころには服も脱がされ喘がされてるだけとなっていた。
「こんなにきゅうきゅうと締め付けて。私の指が好きなんだね? まさかと思うが誰かに触られたりしてないだろうね?」
「ない……誰にも……されて……ない」
「初めてなんだね? 嬉しいよ。この身体は全部私のものだ」
「ぁっ……っぁん……んん」
 全身が快感に打ち震える。濃厚な香りに酩酊状態のまま僕はライルにしがみついていた。
「気持ち……いい。んぁっ……もっ……いい」
「ああ。感じてくれて嬉しいよ。ほらここだね? ここも」
 胸の頂をつままれ押しつぶされる。痛いだけじゃない感覚が中心の疼きを高めていく。
「さあ。私を受け入れて。ひとつになるんだ」
「んぁっ……ぁっ……やっだめえぇ……あぁんん」
 押し広げられる感覚がぞわぞわと駆け上り、ぐっと押し挿れられると同時に果ててしまった。
「挿れただけでイってしまったんだね。なんて可愛いんだ。最高だ!」
 興奮したライルが腰の動きを速める。呼吸が乱れたまま揺さぶられ、二人の間に挟まれた僕の雄がまた硬さを取り戻してきた。ぐちゅぐちゅと濡れた音と共に擦り付けられまた快楽へと堕ちていく。
「ぁっ……らい……ライルぅ……もっ……ぁあ」
「だめだよ。もう離さない。私のものだ。くっ……はぁ。さあ私の種を植え付けてあげよう。んぁっ。たまらないよ。すごく……ぁあ」
「ぁっ……ぁっ……んん」
「これで君は私と同じ時間を過ごせる。少しずつ時間をかけて君の身体を開発して行ってあげるからね」
「……ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろん。これからは共に眠り、共に起き、君の傍から離れない。決して一人にはしないよ。僕の愛は重いから」

 そして僕は白い悪魔に囚われた。

おわり
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