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1トラウマ
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「うぅっ……。さむい」
肌寒さに目覚めると体のあちこちに痛みが走った。
(ここはどこだっけ? 僕は何をしてたんだろうか?)
ぼんやりとした頭で思い出そうとするが、こめかみが痛くて考えがまとまらない。周りを凝視しようとしても灯りがついてなくて何も見えない。
瞬きをしようとして初めて目の周りの布の存在に気づく。
(目隠しをされている……そうだ僕、誘拐されたんだ!)
後ろ手に縛られ椅子に拘束されているようで動けない。
声を出そうとして口の端が引きつった。そう言えば連れてこられる時に頬を殴られたんだっけ。
口の中に鉄の味がする。口を動かしたから傷口が開いたのか?
周りに人はいないようだが、声を上げるべきだろうか? いや誘拐犯が近くにいるかもしれない。逃げ出すことは出来るだろうか?
不安に思いながら身動きが取れないままでいると、こつこつと靴音が近づいてきた。目の前に人がいる気配がする。
ふいに頬がなでられビクッと身体が固まった。
(殺されるっ!)
「……ふっ」
(なんだ? 笑ったのか?)
僕の頬をなでていた暖かい手が顎の下で止まった。顔を上向きにされると唇の上に柔らかいものが押し付けられた。
「えっ??」
ちゅっという音と共に生暖かいものが僕の唇をこじ開けてきた。
それが舌だと気づいたのはしばらくたってからだ。
歯列をなぞられ舌を絡め取られ呼吸が苦しくなる。初めての感覚にとまどう。
視覚が遮られてるせいか感覚だけが研ぎ澄まされていく。
「はっ……んん……ぁっ……」
苦しい。息ができない。わずかに首を動かそうとしても舌が追いかけてくる。
「ん~んっんんっ。……っ」
息苦しさにそのまま僕は意識を手放した。
◇◆◇
「坊ちゃまっ坊ちゃま! 大丈夫ですか?」
肩を大きく揺さぶられ僕が目をさますと琥珀色の瞳が目の前にいた。黒の執事服に身を包んだ見慣れた姿を見てほっとする。今のは夢だ。僕は現実に戻ってきたんだ。あれは過去の出来事だ。
「……なんだ。お前か……」
心配げに僕の傍に執事のグレンが寄り添ってきた。
「なんだじゃありません。うなされてたんですよ。心配するでしょうが!」
癖のある赤毛を後ろでひっつめた顔が近づいてくる。
男らしい口元をみて胸が跳ねる。頬が赤くなるのを見られたくなくて顔を背けながら素っ気なく返事をしてやる。
「悪い。久しぶりにあの夢を見たんだ」
「あの夢? 誘拐された日の夢ですか?」
グレンが柔らかい布を僕の首筋にあてる。かなりの汗をかいていたようだ。肩まで伸びた僕の銀髪を気遣う様に撫でてくれる。
「あぁ。しばらく見てなかったんだがな」
「最近の坊ちゃまは忙しすぎたんですよ。疲れがたまってるのかもしれませんね」
「おい。もう坊ちゃまと呼ぶなと言っただろうが」
「そうでしたね。ウィリアム様」
「それでいい。義父様は今日到着するのであろう? あの人達の前では決して僕に馴れ馴れしくするなよ」
「ええ。わかっております」
傍を離れようとする前に僕はグレンの手を掴んでしまう。
「グレン……お前は。お前だけは僕の傍にいてくれ」
こんな懇願するような真似は僕らしくない。ないけれどグレンだけは手放したくない。僕がグレンに必要以上に好意を抱いてるとわかったら義父たちが何をしでかすかわかったもんじゃない。
「ウィリアム様。わたしは決してどこにも参りません。いつでもあなたの傍におります」
元来執事という役目は使用人の管理監督などに徹底していて僕の傍に控えるなんて事はしないのだそうだ。だが、ここには今必要最低限の人財しかいないのだ。
僕の名前はウィリアム・デ・ランデール。王都から離れたこの東の領地の管理者だ。三年前からこの領地は僕に任されていた。領主の義父からしたら僕がすぐに根を上げて戻ってくると思っていたのだろう。
確かにろくに領地運営など勉強したことがない僕には全くの未開の地だった。領民に会ったこと自体が初めてだったし何をどうすればいいのかもわからなかった。年若い僕を見て戸惑う者もおおかった。
義父は滅多に領地には来ず王都暮らしだったせいかここでの領民達の暮らしは決して裕福ではなさそうだ。
――――――だけど僕には執事のグレンがいた。
彼は本家にいた時から義父から領地の経営や屋敷の管理を任されていたらしくこちらに来ても何ら問題なく働いてくれた。
しかしそれがまた義父の癇に障ったらしい。
最初は僕の身の回りを受け持ってくれていた従者バレットだった。彼は僕の警護も兼ねていて僕が行くところはどこにでもついてきてくれていた。そのバレットが突然僕の元から解雇されたのだ。
次にハウスキーパーのメイだ。栗毛の可愛い女の子だった。いつの間にかいなくなっていた。きっと義父が手を回したに違いない。
そして極めつけは領地の財産管理をしていたスチュワートの横領だった。どうやら長期にわたり着服していたらしい。
次々に屋敷の人材が減らされていった。
元々ここは辺境地で領地の半分は森林におおわれている。めぼしい特産物もなく義父はこの領地に魅力を感じてなかったらしい。だから少ない人員しか屋敷に置いてなかったのだ。その人員が減り一気に僕の肩に全ての重圧がかかった。
だがそれらをグレンは笑顔で兼任してくれた。
彼ほど有能な執事を僕は知らない。
肌寒さに目覚めると体のあちこちに痛みが走った。
(ここはどこだっけ? 僕は何をしてたんだろうか?)
ぼんやりとした頭で思い出そうとするが、こめかみが痛くて考えがまとまらない。周りを凝視しようとしても灯りがついてなくて何も見えない。
瞬きをしようとして初めて目の周りの布の存在に気づく。
(目隠しをされている……そうだ僕、誘拐されたんだ!)
後ろ手に縛られ椅子に拘束されているようで動けない。
声を出そうとして口の端が引きつった。そう言えば連れてこられる時に頬を殴られたんだっけ。
口の中に鉄の味がする。口を動かしたから傷口が開いたのか?
周りに人はいないようだが、声を上げるべきだろうか? いや誘拐犯が近くにいるかもしれない。逃げ出すことは出来るだろうか?
不安に思いながら身動きが取れないままでいると、こつこつと靴音が近づいてきた。目の前に人がいる気配がする。
ふいに頬がなでられビクッと身体が固まった。
(殺されるっ!)
「……ふっ」
(なんだ? 笑ったのか?)
僕の頬をなでていた暖かい手が顎の下で止まった。顔を上向きにされると唇の上に柔らかいものが押し付けられた。
「えっ??」
ちゅっという音と共に生暖かいものが僕の唇をこじ開けてきた。
それが舌だと気づいたのはしばらくたってからだ。
歯列をなぞられ舌を絡め取られ呼吸が苦しくなる。初めての感覚にとまどう。
視覚が遮られてるせいか感覚だけが研ぎ澄まされていく。
「はっ……んん……ぁっ……」
苦しい。息ができない。わずかに首を動かそうとしても舌が追いかけてくる。
「ん~んっんんっ。……っ」
息苦しさにそのまま僕は意識を手放した。
◇◆◇
「坊ちゃまっ坊ちゃま! 大丈夫ですか?」
肩を大きく揺さぶられ僕が目をさますと琥珀色の瞳が目の前にいた。黒の執事服に身を包んだ見慣れた姿を見てほっとする。今のは夢だ。僕は現実に戻ってきたんだ。あれは過去の出来事だ。
「……なんだ。お前か……」
心配げに僕の傍に執事のグレンが寄り添ってきた。
「なんだじゃありません。うなされてたんですよ。心配するでしょうが!」
癖のある赤毛を後ろでひっつめた顔が近づいてくる。
男らしい口元をみて胸が跳ねる。頬が赤くなるのを見られたくなくて顔を背けながら素っ気なく返事をしてやる。
「悪い。久しぶりにあの夢を見たんだ」
「あの夢? 誘拐された日の夢ですか?」
グレンが柔らかい布を僕の首筋にあてる。かなりの汗をかいていたようだ。肩まで伸びた僕の銀髪を気遣う様に撫でてくれる。
「あぁ。しばらく見てなかったんだがな」
「最近の坊ちゃまは忙しすぎたんですよ。疲れがたまってるのかもしれませんね」
「おい。もう坊ちゃまと呼ぶなと言っただろうが」
「そうでしたね。ウィリアム様」
「それでいい。義父様は今日到着するのであろう? あの人達の前では決して僕に馴れ馴れしくするなよ」
「ええ。わかっております」
傍を離れようとする前に僕はグレンの手を掴んでしまう。
「グレン……お前は。お前だけは僕の傍にいてくれ」
こんな懇願するような真似は僕らしくない。ないけれどグレンだけは手放したくない。僕がグレンに必要以上に好意を抱いてるとわかったら義父たちが何をしでかすかわかったもんじゃない。
「ウィリアム様。わたしは決してどこにも参りません。いつでもあなたの傍におります」
元来執事という役目は使用人の管理監督などに徹底していて僕の傍に控えるなんて事はしないのだそうだ。だが、ここには今必要最低限の人財しかいないのだ。
僕の名前はウィリアム・デ・ランデール。王都から離れたこの東の領地の管理者だ。三年前からこの領地は僕に任されていた。領主の義父からしたら僕がすぐに根を上げて戻ってくると思っていたのだろう。
確かにろくに領地運営など勉強したことがない僕には全くの未開の地だった。領民に会ったこと自体が初めてだったし何をどうすればいいのかもわからなかった。年若い僕を見て戸惑う者もおおかった。
義父は滅多に領地には来ず王都暮らしだったせいかここでの領民達の暮らしは決して裕福ではなさそうだ。
――――――だけど僕には執事のグレンがいた。
彼は本家にいた時から義父から領地の経営や屋敷の管理を任されていたらしくこちらに来ても何ら問題なく働いてくれた。
しかしそれがまた義父の癇に障ったらしい。
最初は僕の身の回りを受け持ってくれていた従者バレットだった。彼は僕の警護も兼ねていて僕が行くところはどこにでもついてきてくれていた。そのバレットが突然僕の元から解雇されたのだ。
次にハウスキーパーのメイだ。栗毛の可愛い女の子だった。いつの間にかいなくなっていた。きっと義父が手を回したに違いない。
そして極めつけは領地の財産管理をしていたスチュワートの横領だった。どうやら長期にわたり着服していたらしい。
次々に屋敷の人材が減らされていった。
元々ここは辺境地で領地の半分は森林におおわれている。めぼしい特産物もなく義父はこの領地に魅力を感じてなかったらしい。だから少ない人員しか屋敷に置いてなかったのだ。その人員が減り一気に僕の肩に全ての重圧がかかった。
だがそれらをグレンは笑顔で兼任してくれた。
彼ほど有能な執事を僕は知らない。
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