ノンケの俺が開発されるまで

ゆうきぼし/優輝星

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美味しい食卓編

3 明太マヨネーズ

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 展示会では各企業が環境に優しい商品をアピールする絶好の機会だ。
「この案件の製品見本は明日までに間に合うのか?」
「まかせて下さい。納期は伝え済みです!」
 客の問いにてきぱきと早瀬が元気よく答える。午前中の商談が一区切りついたところで昼休憩をとることにした。

「今日、倉沢さん機嫌いいって思ってたら、そういうことっすか」
「ん?なんだ?」
 まさに今俺は弁当の唐揚げを食おうとしていた。
「それ手作り弁当っすよね?」
「ああ。昼飯を楽しみにしてたんだ」 
 下味がしっかりついている唐揚げは冷めても旨かった。付け合わせはポテトサラダとブロッコリーとミニトマト。カップソーサーには明太子マヨネーズが入っていた。俺が好きなタレのひとつだ。まろやかな辛さでつぶつぶ感があり、サラダにつけても唐揚げにつけてもいい。
「老舗弁当みたいっすね。旨そう。その唐揚げひとくち食べさせて下さいよ~」
「いやだ。減る。安住の飯は俺の癒しなんだ」
「えー、ケチくさいこと言わないで一個くださいよ」
 弁当を守るように机に伏せると早瀬が覆い被さるようにじゃれついてきた。

「何やってんだ。お前、倉沢に引っ付きすぎるぞ」
 冷たい声に顔をあげると、安住が俺から早瀬を引きはがしていた。
「一緒に弁当食おうと思って早めに来たんだ」
「あ!名シェフの登場だ!安住さーん、唐揚げ一個くださあい」
「なんだ、そんなことか。僕ので良かったらやるよ」
「本当っすか!やぁ、倉沢さんって普段は冷静沈着なのに安住さんの事になると子供みたいになって、おかずの一個もくれないんっすよ」
「ばっばか!早瀬、お前言いつけるなよ」
「相変わらず君らは仲がいいね。だが、上下関係はきちんとしないといけないね。ここの室長にそんな態度をとれるのは早瀬くんくらいなもんだけど?」
「すいません。でも安住さんこそ、公私は別って一線ひいてる感じなのに今日はどうしたんす?」
「うっ……倉沢が困ってるようだったから気になって」

「え?やきもち?」
 声をあげたのは佐々木さんだ。人数あわせの為、事務からもヘルプ要員できてもらっている。黙っていたから傍に居るのに気づかなかった。すかさず同僚の女性に口を塞がれている。もう一人いたのか? この部署の女性社員は皆気配を消すのがうますぎる。
「くぅ~。……めっちゃ旨いっす!なんすかこの唐揚げ。味が全部違う!俺明日から代金払うんで安住さんに弁当作って欲しいっす!」
 早瀬が安住の弁当を奪い食いだした。
「ダメだ!安住は忙しいんだ。コラっ!それは安住の弁当だっ。早瀬お前食いすぎだぞ!」
「唐揚げもう一個。もう一個だけ」
「お前、コンビニ弁当持ってきてたただろ!」
「それ安住さんにあげますから。この唐揚げにカップのマヨつけたらめっちゃ旨いっす」
「ああ。それ手作りマヨネーズに明太子をほぐして混ぜて作ったんだ」
「すっげー。マヨネーズって手作りできるんだ? 旨いっ旨いなぁ」
「だから言っただろうが!安住の料理は旨いって。それに身体に良い素材も厳選してくれるんだ。原料の卵は取り寄せだったよな?」
「倉沢さん愛されてるっすね~」
「な、なに言いやがる。って、あ~ほとんど食っちまったじゃねえか。早瀬、取り戻されると思って早食いしたな!」
「もういいよ。倉沢。僕早瀬のコンビニ弁当食うからさ」
「ったく! 冷めた唐揚げの味も確認したかったんだろ? ほら。口あけろよ」
 俺の分の唐揚げをひとつ摘まんで安住の目の前にもっていく。
「えっ……いや、あの……それじゃあ」
 あ~んと開けた安住の口の中に唐揚げを放り込むと嬉しそうに目を細める。背後に尻尾がぶんぶん振られてる気がする。
「うん、まあまあかな」
「何言ってんだ。お前が作る飯は最高だよ」
 俺は感謝を込めて安住の耳元で囁いた。目じりが赤く染まってる。可愛いな。照れたのかな?

――――「「……尊い」」
 佐々木さん達が口をそろえてそう言った。拝むような仕草だ。
 なんだ? 変な宗教にでも入ってるのだろうか? 社内では布教活動は辞めるよう注意すべきかな?

「安住さんも倉沢さんの事になったら相変わらず大人げないっすね」
「何が相変わらずだ。早瀬は上司に対する態度や言葉遣いがまったくなおらないじゃないか。いつまで新人気分なんだ」
「ちゃんと仕事の時は使い分けてますよ」
「今は仕事の時間ではないのかい?」
「昼休憩っすよ」
 先ほどから小競り合いが続いているが周りから見るとじゃれあってる様にもみえる。一時期のような刺々しさがないのだ。良い喧嘩相手のような関係に収まったのだろう。

 そんな騒がしい俺たちを遠巻きに眺めてる男がいる。安住がちらっと気にするようなそぶりを見せたので見つけた。俺は気づかないふりで相手から見えない位置に移動する。黒髪で紺のスーツに切れ長の目つきの悪い奴だ。視線の先をたどるとそこには安住と早瀬がやりあっていた。男は射るような眼差しでニヤニヤと笑っている。気持ちが悪い奴め。

 休憩も終わりブースに戻ると名刺交換を再開した。一通り一巡したところで先ほどの男が近づいてくるのが見える。思わず身構えると男はそのまま安住の前までやってきた。
「お久しぶりですね」
 意味ありげな口調の男に安住の顔が引き攣ったのを俺は見逃さなかった。
「……どこかでお会いしましたでしょうか?」
 安住が営業スマイルで答える。
「ふ……そういう事でしたね。失礼。私は弁護士の北島と言います」
 男は胸ポケットから名刺を差し出す。
「弁護士?……そんな方がこの会場に何の御用でしょうか?」 
「安住さんってお名前でしたか? なかなか名前を教えてくださらなかったが、やっと名前を知ることが出来ました。偶然お見掛けしましてね。これは声をかけねばと」
 北島は安住の名札を見てにやりと笑った。この会場ではイベントの参加者には名札が必須となっていた。
「この後お時間いただけますでしょうか?」
「ここには仕事で来ております。プライベートではありません」
「そんな事言ってもよろしいんですか?いろいろと会社の方には聞かれたくないこともあるんではないのでしょうか?」
 北島は何故か離れた場所にいる早瀬に目線を映した。
「恋人がいらっしゃるんでしょう?」
「だからどうだって言うんですか?」

「失礼ですが、我が社の社員にどういう理由があって詰め寄ってられるのでしょうか?」
 たまらず俺は横から口をだした。この男の安住を見る目は尋常じゃない。それにここは企業ブースだ。どう見ても商談に来たって感じではない。仕事に要らぬ私情を持ち込まれては困る。
「貴方は安住さんの上司の方で?」
「はい。倉沢と言います。弁護士の北島さん」
 まっすぐに見つめて名前を呼んでやると一瞬怯んだ表情を見せる。安住が何か言いたそうだったが俺は視線でそれを止めた。
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