上 下
10 / 23
ノンケの俺が開発されるまで

10いつも二人で

しおりを挟む
 それから毎晩、夕食の後に愛撫が追加された。安住は限りなく俺に優しい。俺が嫌がる事はしない。その匙加減がわかってるようで、ちょっと悔しいぐらいだ。
 ときどき俺はもう男にしか興味がないのかと不安になって女性グラビアとかみてみたが普通に反応した。つまりは安住が上手すぎるのか?いや、安住が俺にとって特別になったのだろう。
「難しく考えすぎなんじゃない?健吾は真面目だから」
「そうか?そうなのかな?」
 そうだよと安住に言われるとなんだか悩んでた事自体が馬鹿らしくなる。
「でも僕以外で試そうとしないでね。そんなことしたら嫉妬に狂うかもしれないよ」
 安住の笑顔が微妙に怖い。
「やめてくれ。他の男なんて想像するだけでも無理だ」
「うん。そっか。僕男って言ってないんだけどな」
 安住が嬉しそうに返事をする。今日はすき焼きにしようか?なんて豪勢なことも言い出した。なんか俺はまた喜ばすことを言ったのだろうか?

 ある日、本社から古参の重役の一人、花崎がやってきた。昔気質の考えで俺らが携わっているプロジェクトをあまり良く思ってない様子だった。
「もっとわかりやすく日本語で話さないかと言ってるんだ!」
 企画に出されているカタカナ用語がわからないらしい。噛み砕いて説明をすると何故それを文面に表さないんだと怒鳴り散らした。
「いいか。顧客にもわかりやすい文面でないと受け入れられないんだぞ。ちょっと難しい言葉を知ってるからとエラそうに使いまくりよって」
「ふむ。……たしかにそうですね。では、ここに注釈を入れましょう。それといっそのこと、この長い文章をざっくり失くしましょう。そのかわりこのあいたスペースには文章に通じるようなイラストを入れたらどうでしょうか?」
 安住はテキパキと変更と手直しを入れていく。
「いやあ、さすがですね。花崎さん。問題点をすぐに指摘してくださるとは。お見それしました」
 俺が頭を下げれば安住が目くばせをする。
「うっ。わかればいいんだ。わかれば」
 花崎はふんぞり返るようにして部署中を見回す。

「この時期にやってくるとは。査察を兼ねた牽制だろうな」
「ああ。注目を浴びている部署が気に入らないんだろう」
「わざとマイナス点を見つけて指摘し、うちの部署の予算を自分のところの予算に回させたいのかもよ」
「うちは結構予算回してもらってるもんな」
「荒探しには気をつけないとな」
「しかしあと数日はこの調子か。疲れるなあ」
「ふふ、その分寝る前にしっかり可愛がってやるよ」
「ばっ!ばか。何言ってるんだ。こんなところでベットの話なんて」
 その時はたわいもない俺たちのやりとりをこっそり花崎が覗いてるとは気づいてなかった。

「今晩はわしの歓迎会を開いてくれるんだろうな?居酒屋でいいぞ。大勢が入れる店がいいだろう。酒の肴が美味い店ならどこでもいいぞ」
「えっ。今晩って?俺たちまだ仕事が残ってるんですよ」
 早瀬が露骨に嫌そうな言い方をした。
「何?お前上司のいう事が聞けないのか?」
「そういうのをパワ……」
「すみません。花崎さん、そいつはまだ若くて冗談が通じないのですよ。俺が美味い店知ってますんで良ければお誘いしますよ」
「そうか。まあ室長の倉沢がそういうなら大目に見てやろう」
「早瀬。仕事に戻れ」
「……わかりました」
 そのまま俺は花崎を居酒屋に連れて行った。結局部署の若い連中を巻き込むわけにも行かず俺は花崎の愚痴をひたすら聞かされる羽目になった。
「であるからして。わしのようにたたき上げでここまで来た者にしたら、目新しいことだけに注目するのは間違っとるんじゃ!何が持続可能だ。笑わせるんじゃない。ちょっと持てはやされてるからって、お前図に乗ってるんじゃないだろうな?ええ?わかっとるのか!」
「はいはい。そうですね。花崎さんのいう事ももっともですね~」
 大丈夫か?絡まれてないか?と安住から心配そうなメールが入る。もうすぐ帰るとだけ送って花崎の機嫌をとっていた。
「ならば、もっと飲め!わしがついだ酒は飲めないのか!」
「いや、明日も仕事なんでこれ以上は勘弁してください。そろそろ帰りましょうか?」
「よし!お前がわしをホテルまで連れていけ!」
「はあ?タクシー呼びますよ」
「だめだ!それともなにか。お前、安住以外の男には肩も貸せないというのか?はっ。この変態め」
 なんだこいつ?なんでここに安住の名前が出てくるんだ?とにかく早く店を出た方が良いと配車アプリでタクシーを呼ぶ。
「安住は関係ありませんよ」
「はん。何を言う。お前、男が好きなんだろう?ああん?」
 店を出た途端に尻を掴まれる。
「ほう。丸い良いケツをしておるな」
「やめてくださいって。悪酔いされてるんですね?」
 やんわりと俺が断ろうと振り返ると鬼のような形相の安住がいた。

「何してるんですか?」
 ドスの効いた声で花崎の手をつかんで睨みつけている。
「な、なんじゃお前は上司に向かって」
「その上司がセクハラしても良いと思ってるのか?」
「はん。男同士じゃないか。セクハラになるものか!」
「なるんですよ。貴方は今の社会の常識を知らなさすぎる」
「おい。安住……」
「はん。この変態やろう。どうせこの後、そいつのケツで楽しむんだ……」
 気づけば俺は花崎の胸元を掴み上げていた。
「これ以上安住を馬鹿にすることは俺が許さない。俺らは本気で付き合ってるんだ。あんたにどうこう言われる筋合いはないぜ」
「ふはははっ。とうとう言いおったな!この変態野郎が!本社に通告じゃわい。こんな部署すぐにつぶしてやる!」
 花崎が俺の腹に蹴りをいれる。ぐらついた隙を狙って俺の手から離れた。
「なにっこの……」
「倉沢っ。大丈夫か」
 そこへ運悪く配送のタクシーが到着してしまい、花崎はそれに飛び乗って行ってしまう。
「くそっ。あの野郎!」
「すまん。倉沢。僕が余計なことをしたばっかりに」
「お前は悪くないだろ!」
「……健吾。ありがとう」
 倉沢が俺を抱き寄せる。小さな声で僕は幸せ者だとつぶやいた。

 次の日から花崎は来なくなった。それとほぼ同時に本社からはメールで事の顛末についての事情照会が送られてきた。
 俺は事実を送った。花崎がどう報告したかは知らないが、部下への高圧的な態度のパワハラ。それと酔って絡んだ上でのセクハラ。俺への暴力。花崎はわが社の新規約を理解してなかったのだろう。
 新プロジェクトは今の世評を反映されたものだ。男女平等、ジェンダー。性的マイノリティ。これらを理解できずに改革を実現して行こうというのは難しいだろう。俺は本社はわざと花崎を送り込んできたのだと思っている。今後この会社に必要な人材なのかを見極めるために。

「倉沢。本社からの返事はどうだったんだ?」
「ああ。きっと大丈夫だよ。元よりこんなことがまかり通る社なら俺は転職するよ。お前を馬鹿にしたことのほうが腹が立つ」
「そんなっ。お前は辞める必要なんかない。辞めるのは僕だ」
「だめだ。お前ほど仕事ができるやつを俺は知らない。それにこの部署はお前にあってるだろ?」
「だからって。お前にやめて欲しくない」
「ただでは辞めないさ。それにまだ俺らがやめるとは決まっていない」
 自信満々な俺に安住が怪訝そうな顔をする。
「倉沢。お前本社になんてメールしたんだ?」
「お前は俺の婚約者だと送ったさ」
「!! こ、婚約って。いいのか?僕でいいのか?本気なのか?」
「ああ。パートナーシップ制度を使う」
「本当に本気で考えてくれてたのか」
「お前俺の言ったこと覚えてないのか?『もう腹はくくった』って言っただろ?和真が俺の事を本気で好きなら俺もそれに答えるのがあたりまえだろうが。次の休みに指輪を買いに行くぞ」
「ま、待って。急すぎて。夢みたいで……」
 ぼろぼろと安住が泣きだす。身体から堕とそうと思ってたのにって。なんだ、だから毎晩愛撫を繰り返してたのか?
「そう……だな。自分勝手なことして済まない。まずはお前にきちんと言うべきだったな」
「……健吾」
「俺と結婚してくれ。俺はもうお前の飯なしでは生きていけない」
「ぷっ。なんだそれ。僕の飯に惚れてくれたのか」
「ははは。胃袋を掴まれたのさ」
「うん。うん。良いよ。一生美味いもん作って食わせてやる」
「今回、花崎の件はいいきっかけになったと思ってる。いずれは言いだそうと思っていた事だから少し早まっただけなんだが。寮を出て一緒に暮らそう。俺についてきてくれるか?」
「健吾、お前めちゃくちゃカッコ良すぎ」
「ははは。後悔させないよう頑張るさ」

 その後、花崎は地方へ出向しゅっこうとなったらしい。要するに左遷させんだ。会社からはジェンダーに関して理解できる社員がいるという示しにもなるから、早く結婚しろと言われた。
「まさか。本社が認めるなんて。そんな寛大なことがあるなんて」
「ああ。まだまだ差別は残っているだろうが少しづつ扉は開かれていくだろう」
 本社からは熟年の紳士が一人派遣されてきた。年配の方だが理解があって物腰が優雅な人だった。
「老いも若いも関係なく得意分野を伸ばしていく仕事をしていきましょう。私は花崎と同期でした。彼については私からも謝罪させて欲しい。悪い奴ではないのだが、昔気質が抜けないやつでしてな。おそらくこれで己の考えも改めるでしょう」
「ええ。わかっています。別にあの方に恨みなどもってはおりません。俺たちについてはまだまだ理解されない部分もあるとは思いますがどうか見ていてください。道は開かれていくと信じています」
「はい。そうなるように皆で進んで行きましょう」

「健吾。やっぱりお前ってすごいな」
「なんだよ。今更だろ?」
「いや、僕が出来なかったことをあっという間に乗り越えるなんて」
「そんなのお前が居たからに決まってるだろ?俺だって一人じゃできなかったさ。和真が俺を突き動かしてくれたんだよ」
「っ!くぅ~。惚れる!ったく。天然タラシめ!」
「たらしってなんだよ?団子みたいに言うなよ」
「それはみたらし団子!もぉ。くくく。はははは」
「笑うなよ。何笑ってんだよ。はは。はははは」
 安住の笑いにつられて俺も笑う。この感じが最高に良いな。

 この先いろいろな事で笑ったり泣いたり、時には喧嘩もするだろう。だけど。生きていくならコイツと一緒が良い。
「健吾。愛してるよ」
「ああ俺もさ」

  おわり

 番外編に続きます。もう少しお付き合いください。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

クラスまるごと転移したら、みんな魔族のお嫁さんになりました

BL / 連載中 24h.ポイント:2,089pt お気に入り:2,412

皆と仲良くしたい美青年の話

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:425

魔女と悪魔と普通の少女と

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

冴えない「僕」がえっちオナホとして旦那様に嫁いだ日常♡

BL / 連載中 24h.ポイント:7,023pt お気に入り:575

結婚したら名字を変えたい

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

異世界に落っこちたら溺愛された

BL / 連載中 24h.ポイント:454pt お気に入り:3,516

不死の流儀

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

少年人形の調教録。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,257pt お気に入り:43

異世界で傭兵になった俺ですが

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:183

処理中です...