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1セフレ
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大学4年の多田野莉生は着なれないリクルートスーツを身にまといビジネス街を彷徨っていた。
「ヤバい。この辺りだったと思うんだけどな」
手元にある企業説明会の資料を見つめながらウロウロと同じ場所を行ったり来たりをくり返す。高層ビルが立ち並ぶ一角はどれも同じ様に見えて万華鏡の中に迷い込んだようだ。
「はぁ。もうだめだ。開始時間に間に合わないや」
就活を始めるなら大学3年から始めるべきだとわかっていたはずだ。だが莉生は最後まで進むべき道に迷っていた。今回の説明会もぎりぎりで申し込んだのだ。
莉生はベータ家系の次男である。父、母、兄。家族全員がベータである。人類における大半がベータでその頂点に立つ極一部がすべてにおいて有能なアルファ。更に少数で希少価値が高いのがオメガである。オメガは特別なチカラはないがアルファを孕む確率が高い人種だった。
「莉生がオメガだったらよかったのに。そしたら有能なアルファの元へ嫁げたのにな」
両親や兄は何でもない様にそう口にする。それは莉生の見た目が祖母譲りだからだ。隔世遺伝というやつだろう。祖母はオメガだった。色も白く、身体の線も細い。いくら外見が似てたって中身はベータなんだと毎回莉生は心の中で叫んでいた。外から見れば家族関係は良好に見えただろう。だが小さい頃から莉生は自分と家族の間に見えない壁のようなものを感じていた。
早く家を出て自立したかったが大学だけは出たほうがいいと両親から説得され、生物学科へと進んだ。ただ単に小さい頃から生き物が好きだったからで、何か目的があったわけでもない。
「RRRRRR」
突然の携帯音に慌ててスマホをカバンの底から探る。
「莉生? 今どこ? また迷ってるんじゃない?」
電話の声は先輩である姫宮魁人だった。
「なんでわかるの?」
そういえば魁人には今日の行き先を告げてあった。心配して掛けてきてくれたのだろう。
「わかるさ。莉生は方向音痴だからな。迎えに行くよ」
「え? いや。一人で帰れますって」
「僕が心配なんだ。迎えに行かせてくれないか」
「……わかりました」
嬉しい反面、申し訳なさが募る。莉生は魁人のセフレである。有能な人材だった魁人は卒業後もそのまま大学直営の研究所で忙しく働いている。その時間を割いて駆けつけてきてくれるというのだ。
魁人はアルファだ。それも上級アルファだという。専攻は遺伝子工学。資料集めで莉生の専攻する生物学科によく顔をだしていたのが知り合ったきっかけだ。魁人は気さくで面倒見がよく、莉生にもよく話しかけてくれた。莉生が分からないときは優しく噛み砕いて説明してくれるし、苦手な数式もなんとか理解できるようになったのは魁人のおかげだ。莉生は徐々に魁人に惹かれて行き、二人がつきあう様になるのはごく自然の流れだった。
しばらくしてビルの合間から魁人が現れた。白シャツに黒のジャケット。スリムパンツですらりとした足の長さを引きだたせていた。
「おまたせ。このまま昼飯食べに行かないか?」
「でも俺スーツなんですけど。いかにもリクルートって感じがしませんか?」
「はははっ。じゃあ、せっかくだからドレスコードが必要な店に行こう」
「え? ドレスコードが必要な店?」
「ああ。美味い店なんだがちょっと格式張っててさ。ジーンズ禁止。ジャケットかスーツでないと来店できない店だ。もうすぐ莉生も社会人だしそう言う店も知っておいた方が良いだろ?」
「……そうですね。わかりました」
これから先、こうして魁人と二人でランチをする機会も減っていくのだろう。胸の痛みを隠して笑顔で頷いた。莉生は卒業と同時に魁人の前からいなくなるつもりである。
――――魁人の姫宮家はアルファの中でも力のある有数な家柄だった。魁人が莉生と付き合ってると言う事はいつの間にか彼の両親には知られていたようだ。
ひと月ほど前、魁人の両親の使いという人がいきなり現れた。
「貴方も今年卒業ですし、そろそろご自身のお立場というものを理解されたほうがいい」
「それはどういう意味でしょうか?」
「姫宮家は代々優秀なアルファを産み出している家系です。許婚にするならアルファを産みやすいオメガを望んでおります。すでに魁人さまには浅羽優也さまとおっしゃられる婚約者がいらっしゃるのです。ベータの貴方とのことはただの遊びです。今はセフレというんでしょうか。それはご自身もよくわかってらしたでしょう?」
「……そうじゃないかとは思ってました」
わかってはいたが、改めて言葉にされると、鋭い棘を突き刺されたようで見えない傷が広がっていく。外見だけじゃなく中身もすべてオメガになれたらよかったのに! 魁人ほど魅力的なアルファがいつまでも平凡なベータの莉生と一緒に居るわけがない。だからいつ別れを言われるか怯えながらも傍にいたくて今まで関係を続けていた。
「貴方が理解ある方で良かった。所詮はアルファとベータ。釣り合わないということをお判りいただけますね」
「……理解してます」
「よろしければこちらで支度金をご用意、または良い就職先を手配させていただきたいのですが」
「結構ですっ! そちらの世話にはなりません。俺をバカにするのもいい加減にしてくれ!」
「これは申し訳ありません。怒らせる気はなかったのですが」
「離れるときは俺の意思で動きます。貴方たちに指図されるいわれはありません!」
「見かけによらず気が強い。貴方の外見はとても魅力的です。ただ、奥様や旦那様が欲しがってるのはベータではなくオメガだと言う事はお忘れにならない様にお願いいたします」
「そんなのっ、言われなくたってわかってますっ!」――――――
「ヤバい。この辺りだったと思うんだけどな」
手元にある企業説明会の資料を見つめながらウロウロと同じ場所を行ったり来たりをくり返す。高層ビルが立ち並ぶ一角はどれも同じ様に見えて万華鏡の中に迷い込んだようだ。
「はぁ。もうだめだ。開始時間に間に合わないや」
就活を始めるなら大学3年から始めるべきだとわかっていたはずだ。だが莉生は最後まで進むべき道に迷っていた。今回の説明会もぎりぎりで申し込んだのだ。
莉生はベータ家系の次男である。父、母、兄。家族全員がベータである。人類における大半がベータでその頂点に立つ極一部がすべてにおいて有能なアルファ。更に少数で希少価値が高いのがオメガである。オメガは特別なチカラはないがアルファを孕む確率が高い人種だった。
「莉生がオメガだったらよかったのに。そしたら有能なアルファの元へ嫁げたのにな」
両親や兄は何でもない様にそう口にする。それは莉生の見た目が祖母譲りだからだ。隔世遺伝というやつだろう。祖母はオメガだった。色も白く、身体の線も細い。いくら外見が似てたって中身はベータなんだと毎回莉生は心の中で叫んでいた。外から見れば家族関係は良好に見えただろう。だが小さい頃から莉生は自分と家族の間に見えない壁のようなものを感じていた。
早く家を出て自立したかったが大学だけは出たほうがいいと両親から説得され、生物学科へと進んだ。ただ単に小さい頃から生き物が好きだったからで、何か目的があったわけでもない。
「RRRRRR」
突然の携帯音に慌ててスマホをカバンの底から探る。
「莉生? 今どこ? また迷ってるんじゃない?」
電話の声は先輩である姫宮魁人だった。
「なんでわかるの?」
そういえば魁人には今日の行き先を告げてあった。心配して掛けてきてくれたのだろう。
「わかるさ。莉生は方向音痴だからな。迎えに行くよ」
「え? いや。一人で帰れますって」
「僕が心配なんだ。迎えに行かせてくれないか」
「……わかりました」
嬉しい反面、申し訳なさが募る。莉生は魁人のセフレである。有能な人材だった魁人は卒業後もそのまま大学直営の研究所で忙しく働いている。その時間を割いて駆けつけてきてくれるというのだ。
魁人はアルファだ。それも上級アルファだという。専攻は遺伝子工学。資料集めで莉生の専攻する生物学科によく顔をだしていたのが知り合ったきっかけだ。魁人は気さくで面倒見がよく、莉生にもよく話しかけてくれた。莉生が分からないときは優しく噛み砕いて説明してくれるし、苦手な数式もなんとか理解できるようになったのは魁人のおかげだ。莉生は徐々に魁人に惹かれて行き、二人がつきあう様になるのはごく自然の流れだった。
しばらくしてビルの合間から魁人が現れた。白シャツに黒のジャケット。スリムパンツですらりとした足の長さを引きだたせていた。
「おまたせ。このまま昼飯食べに行かないか?」
「でも俺スーツなんですけど。いかにもリクルートって感じがしませんか?」
「はははっ。じゃあ、せっかくだからドレスコードが必要な店に行こう」
「え? ドレスコードが必要な店?」
「ああ。美味い店なんだがちょっと格式張っててさ。ジーンズ禁止。ジャケットかスーツでないと来店できない店だ。もうすぐ莉生も社会人だしそう言う店も知っておいた方が良いだろ?」
「……そうですね。わかりました」
これから先、こうして魁人と二人でランチをする機会も減っていくのだろう。胸の痛みを隠して笑顔で頷いた。莉生は卒業と同時に魁人の前からいなくなるつもりである。
――――魁人の姫宮家はアルファの中でも力のある有数な家柄だった。魁人が莉生と付き合ってると言う事はいつの間にか彼の両親には知られていたようだ。
ひと月ほど前、魁人の両親の使いという人がいきなり現れた。
「貴方も今年卒業ですし、そろそろご自身のお立場というものを理解されたほうがいい」
「それはどういう意味でしょうか?」
「姫宮家は代々優秀なアルファを産み出している家系です。許婚にするならアルファを産みやすいオメガを望んでおります。すでに魁人さまには浅羽優也さまとおっしゃられる婚約者がいらっしゃるのです。ベータの貴方とのことはただの遊びです。今はセフレというんでしょうか。それはご自身もよくわかってらしたでしょう?」
「……そうじゃないかとは思ってました」
わかってはいたが、改めて言葉にされると、鋭い棘を突き刺されたようで見えない傷が広がっていく。外見だけじゃなく中身もすべてオメガになれたらよかったのに! 魁人ほど魅力的なアルファがいつまでも平凡なベータの莉生と一緒に居るわけがない。だからいつ別れを言われるか怯えながらも傍にいたくて今まで関係を続けていた。
「貴方が理解ある方で良かった。所詮はアルファとベータ。釣り合わないということをお判りいただけますね」
「……理解してます」
「よろしければこちらで支度金をご用意、または良い就職先を手配させていただきたいのですが」
「結構ですっ! そちらの世話にはなりません。俺をバカにするのもいい加減にしてくれ!」
「これは申し訳ありません。怒らせる気はなかったのですが」
「離れるときは俺の意思で動きます。貴方たちに指図されるいわれはありません!」
「見かけによらず気が強い。貴方の外見はとても魅力的です。ただ、奥様や旦那様が欲しがってるのはベータではなくオメガだと言う事はお忘れにならない様にお願いいたします」
「そんなのっ、言われなくたってわかってますっ!」――――――
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