ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星

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・腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する

56)皇子の覚醒

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「ぐぉおおお」

 魔人は王の部屋の半分以上を壊し、庭園に転げ出た。雲の隙間から光が差し晴れ間が広がり出す。助かった。雨なら瘴気が流れ溶けて大惨事になっていただろう。それでも魔人が歩いた場所は草木が枯れて悪臭が立ち始めている。
「瘴気のせいだな。これでは近づけないな」

 神官長達は王を傀儡にしようとしていたのだろう。自分たちの私利私欲のために。だがモーガンは最初からすべてを壊すために動いてた。長い時間をかけて。それほどこの世界を憎んでいたのだろう。


「ピィー!」

 魔人の周りを成鳥となったユキが飛ぶ。魔人はハエでも払うかの如く叩き潰そうとするが、ユキはするりと逃げて神殿のほうへと誘導し始めた。

「ユキ!気を付けて!」

「ピィ―!ピピー!」

 ユキが叫ぶように鳴くと大勢の鳥たちがやってきた。鳥たちが距離を取りながら魔人の気を引くように飛ぶ。

「ユキが心配だ!」
 イブキが並走しようとする。人間の足では追いつけないだろう。
「エルシド様!馬をお連れしました!」
 デニスが俺の馬を連れてやってきてくれた。
「アーベルの警護はどうした?」

「アーベルさまは無事です。クラーク殿に馬が必要になるかもしれないから行けと言われました」

 ならばクラークは今アーベルの元に居るのか。どこも執事は有能過ぎるな。

「イブ!馬で追うぞ!」
「はい!」
 
「まって……俺も連れってください」
「皇子様がどうしてもと言われまして」
 騎士たちが戸惑うように皇子を連れてきた。何度も一緒に浄化をしてきたので情が湧いているのだろう。足手まといになる者は連れて行きたくないのだが。

「体は大丈夫なの?」
 イブキが心配げに皇子に触れる。慌てて俺もイブキを抱きしめる。皇子は瘴気に触れていたはずだ。
「神殿にはハロルドが居るはずなんだ!彼を……助けたいんだ!」

「わかった。じゃあこれを飲んで。ポーションだよ。僕が作ったんだ」
「うん。飲むよ」
 皇子が万能薬を飲むと顔色が一気に良くなる。報告は受けていたが目の前で効能をみると、改めてイブキの才能に脱帽する。

「これすごいね。身体が楽になった。でもなんだか首が重い」
「首?何かぶら下げているんじゃない?」
「え?ああ。神官長にもらったネックレスが……」
「それ外した方がいいかも。なんだか嫌な感じがするよ」
「そうなの?」
 皇子がネックレスを外すと皇子の顔つきが変わる。なんだ?しっかりした顔つきになったじゃないか。

「頭がクリアになった気がする」
「やっぱり、君のチカラはまだちゃんと使われてないんだよ!一緒に来てくれる?」
「うん!俺もいくよ。俺……セイヤって言うんだ」
「僕はイブキだよ。行こうセイヤくん」 

「デニス、皇子を乗せてやれ。戦力になるなら一人でも多い方がいい」
「かしこまりました」
「イブ、お前は俺のそばにいろ」
「はい。僕を捕まえていてください」

 イブキを俺の前に乗せると神殿へと進路をすすめた。魔人はゆっくりと城から離れていく。だが歩く一歩が大きいため急がないと先に神殿についてしまうかもしれない。それに歩いた後に点々と黒い水たまりができている。瘴気の沼のようだ。これだけでも王都の損害は大きいだろう。

 これがかなりの数の平民たちが住む市井に広がったらと思うとゾッとする。なんとしても食い止めないといけない。沼からは魔物が這い出て来た。小さいが増えると厄介だ。
「お前達はここで退治してくれないか」
「わかりました。お気をつけて!」
 騎士団達の剣は魔を斬ることができる。ここは彼らにまかせるしかない。

 
◇◆◇


 神殿の中は静まり返っていた。おかしい。神官たちはどうしたのだ?
「セイヤくん。神殿ってもっと神官さん達がいたよね?」
「いるけど、ほとんど瘴気に侵されているみたいなんだ」
「なに?ここが一番聖なるチカラであふれている場所じゃないのか!」

 皇子に続いて祭壇の間へ行くと神官達が座り込んでいた。ほとんどうつろな表情をしている。どうなっているんだ。神官長ゲイルはこの事態を気付いてなかったのか?やつもすでに操られていたのか?


「ハロルドなら。彼なら皆を浄化できるはずなんだ!」
「時間がないっていうのに。だいたい神殿に牢屋なんてあるのか?」

 イブキが皇子の肩に手を置く。あんまりそいつに触れて欲しくない。またお前のチカラを使われたらどうするんだ?警戒しながらもデニスに地下室がないか探るよう指示をする。

「セイヤ君。君にも浄化ができるはずだよ」
「でも俺のチカラは安定してないって言われているんだ」
「他人に言われた事より君はどうなの?ハロルドさんを助けたいんでしょ?」
「助けたいっ。前みたいに補助してくれる?」
「うん。沼を浄化した時みたいに神官さん達に触れてみて。身体の中から嫌なモノが出て行くようにって願ってみて」

「わかった!」

 皇子が神官たちに触れていくとふわりと光る。徐々にぼんやりした表情から目が覚めたような状態になっていく。
「あれ……。私は何をしていたのでしょうか?」
「やった。出来た!イブキ……さん。出来たよ!」
「そうだよ!それが君のチカラなんだ!」

 神官達が次々と立ち直っていく。皆、今まで何をしていたのか記憶があいまいなのだという。俺にも聖なるチカラがあれば手助けで来たものを。

「ハロルドをどこにやった?」
「ハロルド様が?どういうことでしょうか?」
「この神殿に牢屋はあるか?」
「地下に懺悔室ならございます」

 懺悔室だと?何を懺悔するのやら。胸糞わるい。


「エルシド様!こちらです!」
 デニスの声が聞こえる。何かと応戦しているのか?

「行かさない……通してはいけない……ぶつぶつ」
 神殿騎士たちがデニスに剣を向けていた。こいつらは門番の役目をしていた門兵たちだ。
「デニス。そいつらも操られているか瘴気に侵されている」
「わかっています!私も彼らを傷つけたくない」

 門兵たちの奥には扉が見える。きっとその先が地下へと続いているのだろう。

「ピィーッ」

「ユキの声だ」

 魔人のやろうが近づいてきたのか!もう二度と剣は持つまいと思っていたが仕方がない。
「デニス、俺が応戦する!皇子を連れて地下へ進め!」

 今日だけは飾剣ではなく本物の剣を帯同してきた。もしもの時のためにとクラークが用意したものだ。俺はデニスと違って騎士道とかは持ち合わせていない。急所だけは外してためらわずに斬り捨てていく。

「……シド。カッコいい」
 イブキの間の抜けた声に肩の力がぬけた。腕はまだなまってなかったようだ。そうだ。この剣に聖なる祝福をもらえれば俺でも瘴気が斬れるんじゃないのか?

 
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