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・腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する
35)何もなかったように sideイブキ
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目を覚ますと身体はすっきりしているが、なんだか頭が痛かった。ユキがぱたぱたと羽を動かしてよろよろと飛んできた。
「ユキ?おはよう」
「ピピ」
「ん?なに?……あ!」
昨夜のことを思い出してガバっと跳ね起きた。エルシドの手が僕のモノを……わわわ!我ながらよくもあんな大胆な事ができたものだ。エルシドはどう思っただろうか。エールがお酒だなんて思わなかった。なんだかふわふわするなとおもっていたけれど。酒癖が悪いと思われただろうな。
「なんて馬鹿なんだ僕は……」
こんなことをしたって人の気持ちは手に入るはずがない。わかっている。エルシドは優しい人だ。きっと僕にお情けをくれたのだろう。だけど。一度だけでもその手に抱かれてみたかった。あの暖かな大きな手で……。
「ああ、これからどんな顔して会えばいいんだ!」
部屋には僕とユキだけだ。机の上も綺麗に片付けられている。
「シドは?」
「ピィピ」
「下にいるの?」
「ピ!」
階下に行こうとあわててベットから降りると扉が開いた。
「起きていたか?朝ごはんをもらってきたぞ」
エルシドがお盆を片手に部屋に入って来た。僕を横目でみると口の端だけをあげる。朝からカッコよすぎて鼻血がでそうだ。頭に血が上ってズキズキする。
「あの。昨日……僕」
「はは、かなり酔っていたぞ。酔い覚ましのスープを作ってもらってきた。少し苦いけど飲んでみろ」
「……はい。いただきます」
エルシドはいつも通りだ。何もなかったように普段どうりに接してくれる。その優しさがつらい。もっとなじってくれもいいのに。どうせなら叱って欲しかった。
エルシドはこのまま昨夜の事は忘れようとするの?その一言が聞きたいけど聞けない。
「うっ。苦い」
薬膳のような味。でもその苦さが身体に効きそうな気がする。
「はは。泣くほど苦かったか?」
「ええ。そうですね」
違う。味なんてどうでもいいんだ。エルシドのその優しさが僕には苦くて甘すぎる。思わず流れた涙を、貴方のせいだと悟られなくてよかった。
「二日酔いは初めてか?」
「はい。……そうですね」
いつものように僕の頭を撫でて、頬に手を添わせて来る。思わず擦り寄ってしまうのはもう、日常のルーティンだ。好きだ。この手が。貴方が。どうしようもなく。
「飲んだら身支度をしろよ。そろそろここを出ないといけないからな」
「はい。寝坊してすみません」
「いや、今日はわざと早起きしたのだ。食堂で聞き込みをしたかったからな」
「聞き込みですか?」
「ああ。俺はときどきこうして市井に降りて町の人々の声を聞いて回っているんだ」
やっぱりエルシドは凄い。貴族や平民に分け隔てなく接する姿も素敵だ。普段の粗野な話し方も男らしいし、また貴族として振舞うときは気品があって堂々としている。それに引き換え僕は酔って誘う事しかできないなんて。人としてあまりにも情けない。
「昨日はごめんなさい。夕飯の後は地図を確認するはずだったのに」
「いや、いいさ。屋敷に戻ったらまた一緒に確認しような」
「はい」
きっとまだ今の僕ではだめなのだ。もっとエルシドに必要とされるようにならなくてはいけないのだろう。
ドンドンっと扉を叩く音がする。扉が壊れるんじゃないかというくらいの勢いだ。
「シド!イブが起きているなら早くユキにあわせろ」
「わかったって。怒鳴るなよ」
この声は団長さんだ。身体が大きすぎて部屋の扉が通れないのか隙間から覗きこんでるのが見える。宿屋の2階の造りはそんなに大きくはない。扉はエルシドの屋敷と比べるとかなり小さめだ。
「おはようございます」
「イブ、無事だったか?エルシドに変な事はされてないな?」
扉から片手を伸ばして僕に触ろうとするのをエルシドが叩き落す。
「へ、変な事?……なっ何を」
今の僕にその言葉は辛すぎる。おもわずエルシドの顔色をみてしまう。
「ばかやろ!朝からお前は何を言ってやがる!」
なんでもない事のように答えてくれている。愚かな事をした僕を守ろうとしてくれたのかもしれない。
「当たり前だろ。こんな可愛い子が一緒に居てお前が手を出さないわけがない」
「俺を何だと思ってるんだ」
「エルシドは素行が悪い」
「お前な、そればっかり言うんじゃねえよ」
日常が戻ってきた。いつもの僕に戻らなければ。うじうじしていても仕方がない。
「ピィ……」
傍でずっと黙っていたユキが鳴いた。そうか僕の気持ちがお前にはわかるんだね。もう大丈夫だよ。
「おお。ユキちゃん。元気だったか?」
「ピィ?」
「なにがユキちゃんだ!朝っぱらからうるさいやつめ」
「ふ、ふふ」
今はその団長さんの明るさが救いだ。黙っていたら強面なのに。ユキの前だけはにこにこと相好が崩れる。そのギャップが微笑ましい。
どうやら団長さんは僕とエルシドに用があって迎えに来てくれたらしい。
宿屋の店主はいきなり騎士団長がやってきて、何事かと腰を抜かしてしまったそうだ。
「他の団員達はどうしたんだ?」
「先に帰らせた」
「お前も一緒に帰ればよかったのに」
「……東の森を経由して帰ってもらいたいのだ」
「東の森に何かあるのですか?」
「魔獣が出ていたという報告を受けていたからな。泉の浄化後の森の探索をしておきたいのだろう」
「どれだけ瘴気の影響を受けているかを知りたい」
「イブなら動物たちが寄ってくるからな」
「そうだったのですね」
「ユキ?おはよう」
「ピピ」
「ん?なに?……あ!」
昨夜のことを思い出してガバっと跳ね起きた。エルシドの手が僕のモノを……わわわ!我ながらよくもあんな大胆な事ができたものだ。エルシドはどう思っただろうか。エールがお酒だなんて思わなかった。なんだかふわふわするなとおもっていたけれど。酒癖が悪いと思われただろうな。
「なんて馬鹿なんだ僕は……」
こんなことをしたって人の気持ちは手に入るはずがない。わかっている。エルシドは優しい人だ。きっと僕にお情けをくれたのだろう。だけど。一度だけでもその手に抱かれてみたかった。あの暖かな大きな手で……。
「ああ、これからどんな顔して会えばいいんだ!」
部屋には僕とユキだけだ。机の上も綺麗に片付けられている。
「シドは?」
「ピィピ」
「下にいるの?」
「ピ!」
階下に行こうとあわててベットから降りると扉が開いた。
「起きていたか?朝ごはんをもらってきたぞ」
エルシドがお盆を片手に部屋に入って来た。僕を横目でみると口の端だけをあげる。朝からカッコよすぎて鼻血がでそうだ。頭に血が上ってズキズキする。
「あの。昨日……僕」
「はは、かなり酔っていたぞ。酔い覚ましのスープを作ってもらってきた。少し苦いけど飲んでみろ」
「……はい。いただきます」
エルシドはいつも通りだ。何もなかったように普段どうりに接してくれる。その優しさがつらい。もっとなじってくれもいいのに。どうせなら叱って欲しかった。
エルシドはこのまま昨夜の事は忘れようとするの?その一言が聞きたいけど聞けない。
「うっ。苦い」
薬膳のような味。でもその苦さが身体に効きそうな気がする。
「はは。泣くほど苦かったか?」
「ええ。そうですね」
違う。味なんてどうでもいいんだ。エルシドのその優しさが僕には苦くて甘すぎる。思わず流れた涙を、貴方のせいだと悟られなくてよかった。
「二日酔いは初めてか?」
「はい。……そうですね」
いつものように僕の頭を撫でて、頬に手を添わせて来る。思わず擦り寄ってしまうのはもう、日常のルーティンだ。好きだ。この手が。貴方が。どうしようもなく。
「飲んだら身支度をしろよ。そろそろここを出ないといけないからな」
「はい。寝坊してすみません」
「いや、今日はわざと早起きしたのだ。食堂で聞き込みをしたかったからな」
「聞き込みですか?」
「ああ。俺はときどきこうして市井に降りて町の人々の声を聞いて回っているんだ」
やっぱりエルシドは凄い。貴族や平民に分け隔てなく接する姿も素敵だ。普段の粗野な話し方も男らしいし、また貴族として振舞うときは気品があって堂々としている。それに引き換え僕は酔って誘う事しかできないなんて。人としてあまりにも情けない。
「昨日はごめんなさい。夕飯の後は地図を確認するはずだったのに」
「いや、いいさ。屋敷に戻ったらまた一緒に確認しような」
「はい」
きっとまだ今の僕ではだめなのだ。もっとエルシドに必要とされるようにならなくてはいけないのだろう。
ドンドンっと扉を叩く音がする。扉が壊れるんじゃないかというくらいの勢いだ。
「シド!イブが起きているなら早くユキにあわせろ」
「わかったって。怒鳴るなよ」
この声は団長さんだ。身体が大きすぎて部屋の扉が通れないのか隙間から覗きこんでるのが見える。宿屋の2階の造りはそんなに大きくはない。扉はエルシドの屋敷と比べるとかなり小さめだ。
「おはようございます」
「イブ、無事だったか?エルシドに変な事はされてないな?」
扉から片手を伸ばして僕に触ろうとするのをエルシドが叩き落す。
「へ、変な事?……なっ何を」
今の僕にその言葉は辛すぎる。おもわずエルシドの顔色をみてしまう。
「ばかやろ!朝からお前は何を言ってやがる!」
なんでもない事のように答えてくれている。愚かな事をした僕を守ろうとしてくれたのかもしれない。
「当たり前だろ。こんな可愛い子が一緒に居てお前が手を出さないわけがない」
「俺を何だと思ってるんだ」
「エルシドは素行が悪い」
「お前な、そればっかり言うんじゃねえよ」
日常が戻ってきた。いつもの僕に戻らなければ。うじうじしていても仕方がない。
「ピィ……」
傍でずっと黙っていたユキが鳴いた。そうか僕の気持ちがお前にはわかるんだね。もう大丈夫だよ。
「おお。ユキちゃん。元気だったか?」
「ピィ?」
「なにがユキちゃんだ!朝っぱらからうるさいやつめ」
「ふ、ふふ」
今はその団長さんの明るさが救いだ。黙っていたら強面なのに。ユキの前だけはにこにこと相好が崩れる。そのギャップが微笑ましい。
どうやら団長さんは僕とエルシドに用があって迎えに来てくれたらしい。
宿屋の店主はいきなり騎士団長がやってきて、何事かと腰を抜かしてしまったそうだ。
「他の団員達はどうしたんだ?」
「先に帰らせた」
「お前も一緒に帰ればよかったのに」
「……東の森を経由して帰ってもらいたいのだ」
「東の森に何かあるのですか?」
「魔獣が出ていたという報告を受けていたからな。泉の浄化後の森の探索をしておきたいのだろう」
「どれだけ瘴気の影響を受けているかを知りたい」
「イブなら動物たちが寄ってくるからな」
「そうだったのですね」
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