ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星

文字の大きさ
上 下
36 / 76
・腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する

35)何もなかったように sideイブキ

しおりを挟む
 目を覚ますと身体はすっきりしているが、なんだか頭が痛かった。ユキがぱたぱたと羽を動かしてよろよろと飛んできた。

「ユキ?おはよう」

「ピピ」

「ん?なに?……あ!」
 昨夜のことを思い出してガバっと跳ね起きた。エルシドの手が僕のモノを……わわわ!我ながらよくもあんな大胆な事ができたものだ。エルシドはどう思っただろうか。エールがお酒だなんて思わなかった。なんだかふわふわするなとおもっていたけれど。酒癖が悪いと思われただろうな。

「なんて馬鹿なんだ僕は……」
 こんなことをしたって人の気持ちは手に入るはずがない。わかっている。エルシドは優しい人だ。きっと僕にお情けをくれたのだろう。だけど。一度だけでもその手に抱かれてみたかった。あの暖かな大きな手で……。

「ああ、これからどんな顔して会えばいいんだ!」
 部屋には僕とユキだけだ。机の上も綺麗に片付けられている。

「シドは?」
「ピィピ」
「下にいるの?」
「ピ!」
 
 階下に行こうとあわててベットから降りると扉が開いた。

「起きていたか?朝ごはんをもらってきたぞ」
 エルシドがお盆を片手に部屋に入って来た。僕を横目でみると口の端だけをあげる。朝からカッコよすぎて鼻血がでそうだ。頭に血が上ってズキズキする。  

「あの。昨日……僕」
「はは、かなり酔っていたぞ。酔い覚ましのスープを作ってもらってきた。少し苦いけど飲んでみろ」
「……はい。いただきます」

 エルシドはいつも通りだ。何もなかったように普段どうりに接してくれる。その優しさがつらい。もっとなじってくれもいいのに。どうせなら叱って欲しかった。
 エルシドはこのまま昨夜の事は忘れようとするの?その一言が聞きたいけど聞けない。

「うっ。苦い」
 薬膳のような味。でもその苦さが身体に効きそうな気がする。
「はは。泣くほど苦かったか?」
「ええ。そうですね」
 違う。味なんてどうでもいいんだ。エルシドのその優しさが僕には苦くて甘すぎる。思わず流れた涙を、貴方のせいだと悟られなくてよかった。

「二日酔いは初めてか?」
「はい。……そうですね」
 いつものように僕の頭を撫でて、頬に手を添わせて来る。思わず擦り寄ってしまうのはもう、日常のルーティンだ。好きだ。この手が。貴方が。どうしようもなく。


「飲んだら身支度をしろよ。そろそろここを出ないといけないからな」
「はい。寝坊してすみません」
「いや、今日はわざと早起きしたのだ。食堂で聞き込みをしたかったからな」
「聞き込みですか?」

「ああ。俺はときどきこうして市井に降りて町の人々の声を聞いて回っているんだ」
 やっぱりエルシドは凄い。貴族や平民に分け隔てなく接する姿も素敵だ。普段の粗野な話し方も男らしいし、また貴族として振舞うときは気品があって堂々としている。それに引き換え僕は酔って誘う事しかできないなんて。人としてあまりにも情けない。

「昨日はごめんなさい。夕飯の後は地図を確認するはずだったのに」
「いや、いいさ。屋敷に戻ったらまた一緒に確認しような」
「はい」

 きっとまだ今の僕ではだめなのだ。もっとエルシドに必要とされるようにならなくてはいけないのだろう。



 ドンドンっと扉を叩く音がする。扉が壊れるんじゃないかというくらいの勢いだ。

「シド!イブが起きているなら早くユキにあわせろ」
「わかったって。怒鳴るなよ」

 この声は団長さんだ。身体が大きすぎて部屋の扉が通れないのか隙間から覗きこんでるのが見える。宿屋の2階の造りはそんなに大きくはない。扉はエルシドの屋敷と比べるとかなり小さめだ。


「おはようございます」
「イブ、無事だったか?エルシドに変な事はされてないな?」

 扉から片手を伸ばして僕に触ろうとするのをエルシドが叩き落す。

「へ、変な事?……なっ何を」
 今の僕にその言葉は辛すぎる。おもわずエルシドの顔色をみてしまう。

「ばかやろ!朝からお前は何を言ってやがる!」
 なんでもない事のように答えてくれている。愚かな事をした僕を守ろうとしてくれたのかもしれない。

「当たり前だろ。こんな可愛い子が一緒に居てお前が手を出さないわけがない」
「俺を何だと思ってるんだ」
「エルシドは素行が悪い」
「お前な、そればっかり言うんじゃねえよ」
 日常が戻ってきた。いつもの僕に戻らなければ。うじうじしていても仕方がない。

「ピィ……」
 傍でずっと黙っていたユキが鳴いた。そうか僕の気持ちがお前にはわかるんだね。もう大丈夫だよ。 


「おお。ユキちゃん。元気だったか?」
「ピィ?」
「なにがユキちゃんだ!朝っぱらからうるさいやつめ」

「ふ、ふふ」
 今はその団長さんの明るさが救いだ。黙っていたら強面なのに。ユキの前だけはにこにこと相好が崩れる。そのギャップが微笑ましい。

 どうやら団長さんは僕とエルシドに用があって迎えに来てくれたらしい。
 宿屋の店主はいきなり騎士団長がやってきて、何事かと腰を抜かしてしまったそうだ。

「他の団員達はどうしたんだ?」
「先に帰らせた」
「お前も一緒に帰ればよかったのに」

「……東の森を経由して帰ってもらいたいのだ」
「東の森に何かあるのですか?」
「魔獣が出ていたという報告を受けていたからな。泉の浄化後の森の探索をしておきたいのだろう」
「どれだけ瘴気の影響を受けているかを知りたい」

「イブなら動物たちが寄ってくるからな」
「そうだったのですね」



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!

鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。 この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。 界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。 そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

処理中です...