異形の君へ~バケモノが視えるようになった男のお話~

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――これは、オレが小学三年生とか…そのあたりの頃だ。

 その日は、珍しく学校から直で家に帰ってきたアヤトは家にいた。
誰と? 隣の家に住む幼馴染…シュウマを家に招き、二人は居間で遊んでいた。
そこへ当時、高校生だった兄カスミが帰ってきたのだ。そして、兄にはツレがいた。

「この時間は、まだアヤトは帰って来てないから」

 兄は、連れに言う。
すでにアヤトとシュウマがいるのに気付いていないようだ。
くつ箱の中を確認しなかったのだろう。
普段は、アヤトに帰ってきたら靴はくつ箱に入れてと注意する兄はこのまま靴を玄関に脱ぎ、居間へと向かってきた。

「隣の部屋、行くぞ」
「どうして?」
「いいから」
 
 小声でシュウマを促し、隣の畳の部屋に入り隠れる。
初めて見る兄の連れに人見知りしたのだ。
兄とは、どういう仲なのだろう。
人見知りをしつつ気になったアヤトは僅かに襖を開け、居間を覗く。
 
「ごめんね」
「今日は、謝ってばっかだな。アンタ」
「うん……緊張しているからか、も……? 嫌なら逃げてね」
「今更ですか? 俺は、アンタが18になるまで待ったんだ、センパイ」
「フフ…こういう時は名前で呼んでほしいな」

 兄達は居間でたわいない会話をし、だんだんと距離を縮めていうく。
アヤトとシュウマに気付かぬまま兄の連れは、その場で兄を押し倒すと制服の上着を脱ぎ始めた。

――何やってるんだ? アレ?

 兄の足と兄の連れの後ろしか見えない。
アヤトは、二人がじゃれてるようにしか見えず、今から兄達が何をするのか察せなかった。
ただ、兄の連れが兄に暴力を振るおうとしたら、助けにいくつもりでいた。

――なんだろ……見ちゃいけないものを見ているような……?

 制服を脱ぎ捨て、兄に覆いかぶさる兄の連れ。
やっとアヤトはイケナイものを見ているのでは、と気付き始める。
襖を閉じて見なかったことにする? それとも、いっそ二人の前に出ていくか?
アヤトは、迷っていると。
 
「なにあれ」

 シュウマが小さい声で言った。
何かおかしな物があるのかとアヤトは目を凝らす。
兄が仰向けにたおれてる床から……いや、実際は兄の身体から何かが生えてきていた。
半透明な管、あるいは細い蔦みたいな触手が兄の連れへと伸びていく。

「好きだ」

 どっちが紡いだ告白だったのか、今となっては分からない。
兄の連れは、触手の中にすっぽりと包まれてしまった。

「ウ…ウ…ウソだろ」

 半開きになった口をそのまま閉じられずに言う。

「食べられた……兄ちゃんが……兄ちゃんがッ!」

 目の前にある光景が恐ろしくなる。
だんだんと状況を理解したアヤトは、部屋の窓から飛び出した。

――兄ちゃんが……バケモノになった!

 泣きながら走る。
公園まで逃げると目についたドーム状の遊具に隠れた。

――どうしよう……シュウマを置いてきてしまった。

 しばらくして少しだけ落ち着いた頃。アヤトはやっとシュウマがいないことに気付く。
なんて自分は薄情なんだろう。友達を逃げるなんて。
助けにいかなきゃと思うが、家に帰る勇気が出ない。

「アヤト、ここにいるー?」

 遊具の中でしくしくと泣いていると声がした。
ビクッと肩を跳ね、顔を上げる。
まさか自分を探しに来てくれるとは思わなかったのだ。

「シュ……シュウマ?」

 小さい声で名前を呼んでからアヤトは、自分の両手で口を塞ぐ。
もしかしたら、シュウマのフリをした化け物かもしれない。

「よかった。ここにいて」

 警戒は、杞憂に終わる。
遊具の中を覗いてきたのは、まぎれもなくシュウマだったからだ。

「アヤト、家に帰ろ?」

 アヤトは、横に首を振ると遊具から出なかった。

「……オレ、今日からここに住む」
「じゃあ、俺もここに住む」
「ハァ?! お前はおウチに帰れよ」

 遊具の中に入ってこようとするシュウマを押し、帰らせようとした。

「シュウマは怒ってないのか?」
「怒るって、なにを?」
「オレ、お前を置いてバケモノから逃げたんぞ! もうおウチに帰れない」
「突然、出て行ってびっくりしたけど怒ってないよ」
「ウソだ! バケモノから一人逃げたんだぞ」

 こんなヒドイ奴を許せるわけないじゃん。友達を裏切ったんだぞ。

「オレのこと……嫌いになっただろ」

 アヤトは、自分で言って悲しくなる。再び目元が潤み、鼻先を袖口で拭った。

「嫌いにならないよ」

 シュウマは言うが、アヤトは納得できずにいた。
何も進展しないまま時間が過ぎるとかと思いきやシュウマから思いがけない言葉が出てきた。

「それに化け物って何のこと?」
「は? お前も見ただろ。兄ちゃんがバケモノになって食ったのを」

 シュウマは、狭い遊具の中でもっとアヤトに近付いて言う。

「アレは、夢だったんだよ」

 化け物は、いない。兄さんも兄さんの連れも生きている。
兄が化け物になって自分の友人を食べるはずがないと。

「アヤトのお兄さんが化け物だったら、俺生きてないよ。だから、きっと夢をみてたんだよ」
「そうかもだけど……」

 夢だといわれ、素直に信じられない。無理な言い訳であった。
だが、シュウマは無事であるのをみるとあの光景は夢だと思った方がラクだった。
アヤトの家族は、兄しかいなかったからだ。

「もし、化け物がいて……アヤトが食べられそうになったら」
「うん」
「絶対、俺がアヤト守るよ」

 シュウマは、誓った。
家に帰った後、兄もその連れもちゃんと家に居て粗とは安心した。何もなかったのだ。夢だったのだと――。
その数年後、兄達二人は結婚した。

――そうか……シュウマは…………。

 ずっと守ってくれていた。
子供の頃に忘れてしまっていた記憶。夢の中でアヤトは、思い出すのだった。
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