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しおりを挟む――アラ……奇遇ね。
外が騒がしいと思い、女は大学の校舎内から中庭を覗く。
揉め事の中心に視線を向け、女は目を細めた。
――前は、先客がいたけれど……。
以前、街で見かけた男を目にし、女は小さく笑む。
あの日の夜、ホテル内へと消えていくのを目撃したが、どうやらしくったようだ。
――誰も手を出さないなら、私が食べてもいいよね。
血がついた唇を拭うように舌なめずりをし、嗤うのだった。
――――――――――――――――――
うえッくしゅ!!
でっかいくしゃみをひとつし、鼻を啜る。風邪か、季節外れの花粉症か。
「誰かウワサでもしてんじゃね?」
友人が軽いノリで言う。
「なんか最近、視線を感じるんだよなぁ」
「それ、ストーカーじゃん」
「鹿ノ目はモテるからなー」
「喋るとザンネンなのにな!」
茶化してくる。
アヤトと並んで歩く二人は、田舎を出て初めて出来た友人だ。
同じ講義を受けているうちに二人とは仲良くなり、よく大学で一緒に過ごしている。
「てかさ、この前の合コン。あれからだった? うまくいったか?」
「あ~……ホテルに行ってすぐ別れた」
「おいおい、ヤり逃げかよ」
「サイテー」
「いや、仕方なかったんだって」
――だって、バケモノだぜ? お前ら知らねぇからそう言えんだ。
「仲のいい先輩に頼んでまたやってもらうか? 今度はお前も来なよ。俺らで鹿ノ目が彼女できるようサポートしてやろうぜ」
「いや、いいかな。俺…彼女出来たし」
「えっ!? いつの間に!」
アヤトの合コン話から友人に彼女が出来た話へと話題が移っていく。
――俺だって恋人がほしいわ! もちろん、バケモノじゃないやつな。
「え……? 村に帰る?」
シュウマがアヤトを訪ねて来てから三週間。
「もうそろそろ村に帰ろうかな」と洗濯物を取り込んできたシュウマの呟きにアヤトは、ショックを受ける。
「え、本当に……?」
「うん。さすがに迷惑かなと思って」
「そんなわけないッ!」
今の生活の快適さを知ってしまったアヤトは、非常に困った。
最初シュウマがやってきた時は、せっかくの一人暮らしに水を差されたと思った。
だが、しばらく暮らすうちにシュウマの存在がとてもありがたいものに気付く。
自分が何もしなくても部屋はキレイになるし、ごはんを用意してもらえるしでぶっちゃけ楽だったのだ。それに。
――シュウマが村に帰るとまたバケモノが視えてしまうかもしれない。
「お前…こっちに住めよぉ……」
「さすがに…それは……実家の仕事もあるし、帰らないと」
アヤトの提案をやんわりと断られ、落ち込む。
「どうしても、か?」
今すぐ帰らないとダメか? と上目遣いで見つめれば、珍しくシュウマは表情を崩した。
何を考えてるか分からない顔が少しだけ悩まし気にし、視線を逸らす。
「い、いや……」
「じゃあ、もうちょいここにいてくれよ」
引き留めるアヤトにシュウマは違和感を覚える。
アヤトの元に訪ねた時から何か隠しているなぁとシュウマは勘付いていたが。
「アヤト、ずっとひとり暮ししたいって言ってたよね。誰にも干渉されない場所に行きたいって……」
「うん……」
「俺がいたら邪魔じゃない?」
「それは……」
アヤトは視線を彷徨わせ、口ごもる。
「何かあったんじゃないのか?」
シュウマに問われ、隠せないと諦めたアヤトは打ち明ける。
といっても、合コンで出会った女…実際は化け物とセックスしたことについては、省いて話した。
「信じらんねぇと思うが……オレ…バケモノがみえるようになったんだ……!」
突然、化け物が視えるようになったと言われ、信じるだろうか。
自分がそう打ち明けられたら笑って病院に行けと言うだろう。
「シュウマが来てからそういうモンがみえなくなって……だから、帰ったら困る」
いなくならないで、助けてほしいと頼むと顔色を窺うように見上げた。
「分かった。もう少しここにいるよ」
少し考えた後、シュウマは頷いて言った。
自分の息子より可愛がってるアヤトの頼み事を断って帰れば、両親に怒られる。そう想像がついたからだ。
そもそも、あの村で『鹿ノ目』は、特別な存在だ。
「本当か! やったー!!」
これでもうしばらくは、化け物を視なくて済む。
何も知らずに喜ぶアヤトを見てシュウマは目を細め、愛でた。
「でも、なんで視えるように?」
「あー…大学のやつらとごはん食べに行ってからだなぁ~……ホントなんでだろうなー」
シュウマの疑問の声に慌てて見当が付かないというアヤトは、とても怪しかった。
――合コンしてきたなんて言えねー……。
なぜだか、後ろめたい気持ちにさせた。
全然悪いことをしていないのに、とアヤトは思うのだった。
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