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3 テン

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その後、また転移しました。
テン国の首都にきました。
テン国は雲の上にある浮き島に建っています。
別名、天国とも言われています。

首都にあるテン像は、このテン国を建国したテン様の姿をしています。

「テン様。ただいま戻りました」
「リースベル、久々の母国はどうだった?」
「……そうですね。なかなかの活気がありましたわ。こちらはお土産のドーナッツです」
「でかいな」

テン様のテン像は喋るし動きます。喋るし動く像はテン様のテン像だけです。

「ロビンソンには会えたか?」
「……はい。王族としてきちんと私に対応できていましたわ。けれど……泣きそうな顔を堪えておりました」
「それも仕方あるまい。冤罪でリースベルを追放し、死に至らしめたのだ。国民に真実を告げることも許されず、リースベルに許しを乞うことも叶わず、この先もしばらくは真っ当な王族として自身を偽ったまま生きることとなる」
「そうですわね。なんとか魅了の力を消すため、今後はもっと母国に通わなくてはいけませんわね」


約一年前。私は殿下に婚約破棄されました。
破棄の理由は、私が男爵令嬢だった殿下の恋人を害したからだそうです。
当時は数時間前まで私とイチャイチャしていた殿下が、急に「婚約破棄だ!」と私に言ったのです。
男爵令嬢は神がかった強力な魅了持ちでした。
彼女はファウスト帝国に来る前は、サード国とフォース国を魅了の力で混乱させ、内乱を起こさせ、更には両国に戦争を勃発させた首謀者でした。
現在は男爵令嬢はテン様に処され、既に死亡しています。

私は国外追放された後、三日後に野垂れ死にました。当然です。なんの訓練も受けていないただの侯爵令嬢です。飲み水も無く灼熱の太陽の下にいれば、人間なんて簡単に死にます。混乱して絶望して泣きながらも最後まで殿下が助けにきてくれると信じていました。干からびてご臨終しましたが、殿下に恨みはありません。いえ、やっぱりちょっと怨めしいです。

母国にはまだ男爵令嬢の魅了の力、その残り滓が色濃く漂っています。いま国民に真実を告げれば、殿下は男爵令嬢フィーバーな国民が起こした暴動に巻き込まれて殺されてしまうでしょう。サード国とフォース国の王族のように。この2国は像さえ復活すれば、すぐに戦争はおさまります。テン様いわく、あの三ヶ月ほどで復活するそうです。

ファウスト帝国の女神像は破壊されていません。なのに何故未だに魅了の力が蔓延っているかというと、あの男爵令嬢こそがファウスト様の生まれ変わりだからだそうです。

ファウスト様、問題アリアリな建国者だったのです。建国時も問題を起こしたのでテン様が処したそうです。何をしたかは知りませんが、想像は容易いですね。願わくは二度と生まれ変わらないで欲しいです。

「リースベル」
「え?」

突然肩を掴まれて振り向くと殿下がいました。頭上には私と同じ輪があります。いつ死んだのでしょうか。それとも今は生死をさ迷っているのでしょうか。それならまだ間に合います。

「あらロビンソン・バナナ王太子殿下。ここは天国ですわよ。即刻お帰り下さい」
「すまない。サウナでうっかり事故死した。天国にこれたということは、私にも何かスキルが与えられるのだろうか?」
「知りませんよ」
「冷たいな」
「男爵令嬢と浮気したくせに」
「していない!」
「殿下は幼少期からファウスト様の子孫なのをしつこく誇っていましたよね?  その生まれ変わりの男爵令嬢と結ばれてどんな気持ち?」
「結ばれてない!」
「嫌だわ、親子丼」
「よせやめろ!  気色の悪い!」
「血筋マウントの親子丼」
「違う!  あの時は私の高貴な血筋は同じく高貴なリースベルと釣り合っていると、遠回しにそう伝えたかったんだ!  だってリースベルはテン様の子孫だろう!  幼少期からサード国とフォース国の王子がリースベルに目をつけていて、血筋を理由に奴等より私の方がリースベルに相応しいと伝えたかったんだ!  取られたくなかったんだよ!」
「巻き込まれ血筋マウント、私はそんな言葉は望んでない」
「違う!  違う!  私は!  リースベルを……心から愛している」
「……うわぁあああんっ、ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁんっ」

なら許します。
男爵令嬢とのことじゃなく、勝手に死んでまで私に会いにきたことを許します。

「うええぇぇんっ、会いだがっだのにぃ……貴様とか極刑とかひどいごと言っだあああっ」
「……すまない……すまない……リースベル……すまない。私もリースベルに会いたかった。一年ぶりに会えて……我慢できなかった。だから会いにきてしまった」
「うああっああんっ」
「リースベル・パパイヤ侯爵令嬢。どうかまた私と婚約して欲しい。パパイヤ侯爵家は全員正気に戻った。謝罪させて欲しいと、一同が願っている」
「うわぁああっんっ、ママとお兄様は悪くないもんっ、でもお父様は許さん、パパは嫌だわ、パパイヤー」
「よしよし。好きなだけ泣け」

私も謝りました。
追放前まではいつも殿下が用意してくれたバナナをオヤツにしていました。なのに今では数ヵ国のドーナッツに手を出しています。殿下は今も昔も変わらずパパイヤサラダを食べているというのに。パパイヤサラダは独特の辛みと香りがあるので、喋っただけでパパイヤサラダを食べたのだと解ります。互いの家の特産物を食べることは、愛情表現でもあるのに。

「ごめんなざああいっ」
「……いや、これからは私もドーナッツを食べる。互いに食べよう。もうそれでいいじゃないか」
「うええぇぇんっ」


その後、呆れて私達を傍観していたテン様が殿下のスキル能力を目覚めさせました。テン国へ来た死者は、生まれ変わるまでテン様の遣いとして働きます。そのためスキルが与えられるのです。

殿下のスキルは私と同じ【ストーカー】でした。目をつけた相手の元へ転移できるスキルです。

「便利なスキルですよ」
「よかった。これでいつでも目をつけたリースベルの元へ飛べるな。どんなスキルが目覚めるかは、自身の希望が反映されるらしいが、リースベルは……一年ぶりに急に私の視界に現れたな。まさか私と、同じ想いだったのか?」
「……ええまあハイ」
「照れているのか?」

私はプイっと殿下から顔を反らして、気付かれないようポケットの中にあるサード様の乳首の欠片をテン様に押し付けました。証拠隠滅です。各国の建国者像に目をつけていることを悟られてはいけませんもの。

「リースベルよ、お前は色々と私に押し付け過ぎだ。ドーナッツも自分では食べないなら二度と買ってくるな」
「はいテン様。今まで申し訳ありませんでした」
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