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悪役令嬢から人魚姫にジョブチェンジしたからにはスローライフを貪りたい

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「レイティー・サマス公爵令嬢。貴女との婚約を解消したい。国母になる女性は、時に聖女のような寛大さと慈悲の心を持たねばならない。なのに貴女は傲慢だ。身の程すら弁えない」

自分が乙女ゲームに登場する悪役で、その正体は祖先が人魚で、婚約破棄されたショックで先祖還りして悪役令嬢から人魚にジョブチェンジすることは転生に気付いた時から解っていた。

だがゲームのように婚約破棄じゃなく婚約解消とは、どういうことなのだろうか?  ゲームでは婚約破棄されたショックで人魚になるのに、破棄じゃなく解消のせいか体になんの異変も起こらない。どうしたものかと殿下の傍らにいるヒロインを見るも、さっと殿下の背に隠れてしまった。

まあ、とりあえずここは……。

「婚約解消承りました」
「っ、何故だ!  君は生粋の貴族で幼少期から私の婚約者だっただろう!  ならば世間体を考えて側妃を迎えることくらい多目にみたらどうだ!」
「……ですから前も言った通り、シャーベット男爵令嬢は殿下の運命の恋人なのですから、二人で国王と王妃になったらいいじゃないですか」
「酷い!  なんでいつも間違えるんです!  あたしはシャーベットじゃありません!  シャーロットです!」

あ、ヒロインが殿下の背に隠れたまま反論してきた。でも顔は見せてくれない。

「シャーベット?」
「シャーロットです!」
「え、チューペット?」
「酷い!  わざとやってる!  なんでいつもそうやってあたしをいじめるんですか!」

あ、やっと顔を出してくれた。
涙目の美少女。
生まれたての小鹿みたいにぷるぷるしてる。

「ええい二人とも五月蝿い!  シャーロットは学園の成績はよいのに仕事が出来ないのだ!  それなのに何故か可愛い!  可愛いと思わずにいられないのだ!  ずっと膝に置いて愛でていたいのだ!  その為には正妃が必要なのだ!  解ってくれ!」
「置いといたらいいじゃないですか。仕事は全部殿下がやって彼女はずっと膝に置いてチューペットみたいに吸っといたらいいじゃないですか。きっと楽しいですよ」
「酷い!  あたしはチューペットじゃありません!  シャーロットです!」
「シャープペンシル?」
「シャーロットです!」
「ジャーマンポテト?」
「酷い!  絶対わざとやってる!」
「シャーロット?」
「っ、はい、シャーロット、はい!」
「シャーロットがジャーナリストになってチューペット吸いながらシャーベットの記事を書く?」
「っっ~!?」

ヒロインが地団駄を踏んだ。
くねくねして可愛い。
どう突っ込んだらいいか解らないのだろう。
なんだか楽しくなってきたぞ。
高揚して尻の穴付近がそわそわしてきた。これってまさか……。

「ふ、んぬあああああああ!!!」

大絶叫と共に私は人魚になった。
そして逃げた。
ドレスが破けて下半身が魚になった私を見た殿下が「なんて美しい!」と欲を孕んだ目を向けてきたので、もっかい人間の足に戻って全力で走って逃げた。





「ふぁ~あ」

絶賛、釣り満喫中の元悪役令嬢。
婚約解消されて逃げ出したあの日、海岸線まで逃げてきたら海の王国の遣いがきていた。私の姿を見るなり「あれ?  人間?  確かに海の民の気配がするのに」と言われたので事情を説明した。
海の王国の遣いはそれならまた人魚になるまでは地上で暮らせばよいと、別荘と使用人付きの手頃な無人島を用意してくれた。感謝しかない。

「姫様。魚醤をお持ちしました。食前酒にシャンパンは如何でしょう?」
「ありがとうコイちゃん。まだ魚は釣れてないけど、シャンパンは頂くわ」

使用人のコイちゃん。
体は人間で顔はまんま鯉だ。彼は海の民じゃなく陸海両生の水の民なんだってさ。

コイちゃんは自慢のおちょぼ口でシャンパンの栓をスポン!と抜いてくれた。

「お~、ああ、いえいえ、おっとと。すみませんね。こんなに注いでもらって」
「おかわりもございますので。ごゆっくりお寛ぎ下さい」

コイちゃんはダンサーのように背筋を真っ直ぐに90度のお辞儀をした。執事のように様になっている。

「あ~……おいしい。強い日差しでカラカラになった喉に冷たいシャンパンが通って生き返るぅ」

喉を鳴らして一気飲み。

「……姫様」
「うん?」
「実は今朝、人魚であるレイティー様に、ロナルド殿下から婚約の打診がきたと海の王国から報告が」
「ブッ!?」

ロナルド殿下……って先日婚約を解消してきたあのロナルド殿下?  ヒロインはどうしたのよ?

「……そ、そう。なら適当に誤魔化しといて。レイティーは海の民だけど、ただの平民だって。だから王族とは結婚できないって」

ロナルド殿下には下半身が魚になったのを見られたからなぁ。てか最後に見たあの欲を孕んだ目を思い出したら気持ち悪くなってきた。

「無理です。海の王族は全て人魚です。というか人魚であることが、海の王族、その血の証なのです」
「チッ」
「そう。血です。誤魔化しようがありません」
「……うん」

コイちゃんは申し訳なさそうにおかわりのシャンパンを注いでくれた。その日は釣り糸に魚がかからなかったので、コイちゃん特製の鯉のあらいと鮎の塩焼きを食べた。無人島にいる淡水魚もなかなか美味しかった。


それから数日。
海の王国から国王が尋ねてきた。

「そなたがレイティーか。事情は聞いた。地上では酷い目に合ったそうだな」

国王は上半身は普通の人間で、腰から下が長かった。計ってないけど全長3メートルくらいはある人魚だった。そして特殊部隊とかにいそうな筋肉モリモリ系のイケオジで低い声もかっこいい。

「いえそんな……私に魅力が無かったせいです。婚約者の気持ちが他の女性に向くのを止められなかったから」
「可哀想に……あまり自分を責めるでない」
「はい……でも殿下は私の正体が人魚と知るや、再び婚約を打診してきましたわ。今度は私を利用するのかと、もう恐ろしくて……」
「人間とは人魚と相いれぬ考えを持つ種族だ。地上ではさぞ生きずらかったであろう」

そっと肩を引き寄せられて髪を撫でられた。
逞しい腕にうっとりしちゃう。
でも転生してから色々調べてたから事前情報で知ってるんだな。

……海の王国は、空の王国に人質として王女を差し出さなければいけないと。

そしてこの国王は、実子の娘達を護るため私を利用したがっていることも、ゲームの情報で知っている。

悪役令嬢レイティーは婚約破棄のショックで人魚に先祖還りする。

そして海の王国に迎え入れられ、その一ヶ月後に空の王国に人質として嫁に出される。そこまでが悪役令嬢の断罪ルート。

「……私は1度は人魚になったのですが、殿下から追い掛けられ走って逃げる為に再び人間になりました」
「うむ。そう聞いている。さぞ怖いおもいをしたと」
「でも……追い掛けられた時の精神的な傷のせいか、もう一度人魚になりたくても、なれないのです。人魚になればロナルド殿下にまた狙われますから」
「……その事については、こちらで対処しよう。心配せずとも、向こうには渡さない」

向こうには……。
あっち空の王国には渡す気満々ですよね。

「そなたが再び人魚になり、正式に海の王族となることを待っているぞ。足りない物があれば遣いに言うといい。なんでも用意してやる」
「はい……何から何まで、本当にありがとう存じます」

ちなみに人魚にはいつでもなれる。人間にもいつでもなれる。ちょっと尻穴付近に力を込めればよいだけのこと。この事は一生黙っておこう。

国王が帰ったあと、コイちゃんが川海老の天ぷらを作ってくれた。

「あ~、おいし~、あ~、幸せぇ」
「……僕も」

ん?

「しがない一等兵だったこの僕が、まさか海の王国の姫様に仕えられるだなんて……光栄です。一族も喜んでいました」
「そう?」
「はい。僕の趣味は料理と掃除なので、今は毎日が楽しいです。……剣を握るのは、あまり好きではないので」
「……ならずっとこのまま、ここでのんびりしようか。コイちゃんの料理と共に」
「はい!  あ、なら今から夕飯の下拵えをしてきますねっ」

エプロンを腰につけて生き生きとしているコイちゃん。

しばらくはここで暮らそう。時間が許す限り。
いよいよヤバくなってきたら今度は水の王国にでも逃げればいい。コイちゃんと共に。そうやってのんびり過ごしてだらだらと生きていこう。なんせ人魚は寿命が千年もあるのだから。

「あ、コイちゃんって寿命どれくらいー?」
「鯉は千年生きますよ!  僕は14歳なので、まだまだ先ですっ」

ふふ。一気にコイちゃんが頼もしい存在になった。
鯉に恋するなんてベタな展開がないとも言いきれない。なんせここは恋が題材の乙女ゲームの世界なのだから!

ようし!
やる気が出てきた。
釣竿を握る。
今日こそは魚を釣るぞ!
料理を作って食べさせてもらうだけじゃ駄目だ!  これからはコイちゃんに淡水魚だけじゃなく海水魚を料理する楽しみも与えてあげるんだ!  

うおおおおっっ!
今日こそかかれ魚!  ついでにタコとかイカも!


「あ、ちなみに釣り糸に人魚の魔力が伝わっているので魚は怖がって寄ってきませんよ~」
「それを早く言いなさいよ!」




【終】
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