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わたくしが悪ぅございました
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「お前を愛するつもりはない。私には最愛のジェレミーがいるのだからな」
そう言って初夜に夫のステファンは妻のわたくしではなくまだ少年のジェレミーの肩を抱き寄せました。格下の伯爵家の分際で、随分と舐められたものですね。
「そうですか」
わたくしは寝室から出て実家の侯爵家にとある事をお願いしました。
数日後。
「……っ、う……な、なんと美しい」
実家からやってきた少年騎士カインの美しさにステファンは崩れ落ちました。ジェレミーが悔しげに歯軋りしています。ジェレミーは男娼館では一目置かれていたそうですが、しょせんは平民上がりの雑種です。探せば上がいるものですからね。
「ねぇ、エリザベス様。用ってなーに?」
「カインにはわたくしの騎士になって欲しいの」
「え、ならここで暮らしていいの?」
「勿論よ」
その日から、ステファンはわたくしに舐めた態度を取らなくなりました。いつもわたくしの傍らにいるカインを気にしては、下心のある視線を向けています。
そしてある日のこと。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ──」
邸宅内に悲鳴が上がりました。
急いで悲鳴が聞こえた部屋に駆けつけると、そこはカインの部屋でした。ステファンがはだけた服のまま開いたドアの前で倒れています。
「なんか拍子抜け……男の味を教えてやるって夜這いしてきたくせに、おっぱい見たらこの世の終わりのような顔をしてたよ」
「お疲れ様、ルイン。カインは?」
「弟はいつもベットの下で寝るから。まだ爆睡してるよ」
カインの双子の姉、ルインがけらけらと笑いました。
「女だと見破れないなら真の男色じゃないね。それか両刀か。もしくはなんか女にトラウマでも抱えてるんじゃない?」
「……そうね。伯爵夫妻も彼が幼少期の時は女の子のお尻を追い掛けてたって言ってたから」
「ま、のんびりとやれば? 離縁は難しい政略婚だけど、ダメだったとしてもお嬢はまた侯爵家に帰ってきてあたしらと楽しく暮らそうよっ」
「そうね。のんびりやるわ」
それから数ヵ月。
ステファンとは廊下ですれ違った際に挨拶をかわすだけの関係でしたが、今日は呼び止められました。どうしたのでしょうか?
「あー、その……エリザベス。この前の出張でちょうど君に似合いそうなネックレスを見つけてね。これなんだけど……」
「まあ、お花と蝶がルビーで……とても素敵なネックレスですね」
これをわたくしに?と首を傾げると、ステファンはこくんと頷きました。
「ありがとうございます。花や蝶は好きなんですの」
わたくしは花や蝶が刺繍されたお気に入りのハンカチと香り袋をポケットから出してステファンに見せました。
「大切に使いますね」
「……あ、ああ」
ネックレスは王都にある高級ブランド店のものでした。この前ステファンが出張したルクダ区は王都からかなり離れています。わざわざ買いにいったのでしょうか?
「その……エリザベス。今まですまなかった」
何度目かの食事の席で、ステファンはわたくしに頭を下げました。
「実は私は……子供の時、赤い髪の女の子にトンボや蜘蛛を無理矢理口に入れられたことがあってね……それ以降、異性が苦手になった」
「…………まあ」
「ああ、食事の席でこんな話をしてすまない」
「いいんですのよ。旦那様が嫌でなければ、続きを教えて?」
「っ、……私は、本当に女性が苦手で、でも可愛い男の子となら、恋愛することができた。それも少年の内だけで、声変わりした子を恋愛対象にするのは無理だった……私は、中途半端な男色なんだよ」
「…………」
そういえば……ジェレミーは男娼館に戻されたそうですが、あれは声変わりしたからだったのですか。ステファンが手切れ金としてジェレミーの借金を肩代わりしてあげたので、ジェレミーはなんの遺恨ものこさず笑顔で出ていきましたが。
「私は……自分が解らない。エリザベスのその赤い髪は、あの時茶会で無理矢理口に虫を入れてきた女の子にそっくりで……怖いのに……でも君はあの子とは顔も雰囲気も全くの別人で……」
「……ちなみにそのご令嬢の名前は?」
「令嬢ではない。恐らく服装からして下女か、見習いの侍女だ。両親も罰を与えると探したが、ついぞ見つからなかった」
「そうだったんですのね……」
わたくしは席を立ち、ステファンの前にいきました。
「もし……旦那様がお辛いのでしたら……離縁も仕方ないと受け入れます」
「ま、待ってくれ……辛くない、君は似ているがあの子じゃない、あの子は虫が嫌いで、私が捕まえた蝶を髪につけてやると、いきなり豹変して激怒したんだ!」
「…………その、話が見えてこないのですが」
「あ、ああ……実は、可愛い使用人だったから、つい口説こうと思って、捕まえた蝶を……髪飾り代わりに髪につけたんだ」
「はい」
「そしたらあの子は虫なんか大嫌いだと怒って、走り去っていった。その数分後、手にトンボと蜘蛛を持ってきて……その、復讐されたんだと思う。いま思えば私も悪かった」
「……それでも、その少女は酷いと思います。わたくしなら、絶対にそんなことしませんわ。理解もできません」
ステファンはガタンと席を立ち、わたくしの手を握りしめてきました。
「すまない……君とやり直したい……どうか今までのことを償わせてくれ」
「……え、あの……いえそんな、わたくしは」
「り、離縁はしたくない……いつも穏やかで柔らかい空気を纏った君のことが、私はいつの間にか気になって仕方なかったんだ」
「……はい、その……では旦那様がわたくしをお嫌いでなければ……」
「っ、エリザベス……ありがとう……ありがとう」
それから数週間後。
わたくしはステファンと初夜をやり直しました。
ステファンはとても優しくて、触れる指が終始震えていました。わたくしは終わるまでずっと目を閉じていました。
「エリザベス……昨夜は、とても素敵だった。恥じらう君は、天使のように可愛くて、美しくて……その、体は大丈夫かい?」
「大丈夫ではないです。処女を相手に手加減して下さいまし」
「す、すまない! 一度成功したら、喜びについ二度三度と……止まれなかった!」
「…………そうですか。でもわたくしも嫌ではなかったので」
「ああエリザベス……愛している! 君のお陰で私は過去から立ち直れた!」
それはよかったです。
わたくしの両親には「変装してステファン令息に虫を喰わせたのはお前だろ?」とバレていたので。初夜を迎えず離縁されていたら除籍されて路頭に迷うところでした。
わたくしは真性のいじめっ子ですから。
常に誰かをいじめるネタを探してる社会不適合者です。わたくしが子供の時にルインとカインのような似た者同士がいたら、ここまでの屑にはならなかったでしょう。とにかく退屈していたのです。
そして妙齢になると、ステファン令息の性癖の原因を知った両親から「お前のせいなんだから責任をとれ。このばかたれが!」と強制的に嫁がされてしまいました。
はぁ。なんとか責任はとったので、今後はまた自由に暮らしたいですね。
勿論、この事は隠したままですよ。
今のステファンは子供の時のように無垢ないい笑顔を見せていますから。また泣き顔が見たくなりました。今度はどんな手でトラウマを植え付けてやりましょうか。そしてそのトラウマをまたわたくしが消したら、ステファンは二度とわたくしを手離せなくなるでしょう。
その時が楽しみですね。
「ステファン様。心からお慕いしております」
「エリザベス……! 私も心から君を愛している!」
【終】
そう言って初夜に夫のステファンは妻のわたくしではなくまだ少年のジェレミーの肩を抱き寄せました。格下の伯爵家の分際で、随分と舐められたものですね。
「そうですか」
わたくしは寝室から出て実家の侯爵家にとある事をお願いしました。
数日後。
「……っ、う……な、なんと美しい」
実家からやってきた少年騎士カインの美しさにステファンは崩れ落ちました。ジェレミーが悔しげに歯軋りしています。ジェレミーは男娼館では一目置かれていたそうですが、しょせんは平民上がりの雑種です。探せば上がいるものですからね。
「ねぇ、エリザベス様。用ってなーに?」
「カインにはわたくしの騎士になって欲しいの」
「え、ならここで暮らしていいの?」
「勿論よ」
その日から、ステファンはわたくしに舐めた態度を取らなくなりました。いつもわたくしの傍らにいるカインを気にしては、下心のある視線を向けています。
そしてある日のこと。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ──」
邸宅内に悲鳴が上がりました。
急いで悲鳴が聞こえた部屋に駆けつけると、そこはカインの部屋でした。ステファンがはだけた服のまま開いたドアの前で倒れています。
「なんか拍子抜け……男の味を教えてやるって夜這いしてきたくせに、おっぱい見たらこの世の終わりのような顔をしてたよ」
「お疲れ様、ルイン。カインは?」
「弟はいつもベットの下で寝るから。まだ爆睡してるよ」
カインの双子の姉、ルインがけらけらと笑いました。
「女だと見破れないなら真の男色じゃないね。それか両刀か。もしくはなんか女にトラウマでも抱えてるんじゃない?」
「……そうね。伯爵夫妻も彼が幼少期の時は女の子のお尻を追い掛けてたって言ってたから」
「ま、のんびりとやれば? 離縁は難しい政略婚だけど、ダメだったとしてもお嬢はまた侯爵家に帰ってきてあたしらと楽しく暮らそうよっ」
「そうね。のんびりやるわ」
それから数ヵ月。
ステファンとは廊下ですれ違った際に挨拶をかわすだけの関係でしたが、今日は呼び止められました。どうしたのでしょうか?
「あー、その……エリザベス。この前の出張でちょうど君に似合いそうなネックレスを見つけてね。これなんだけど……」
「まあ、お花と蝶がルビーで……とても素敵なネックレスですね」
これをわたくしに?と首を傾げると、ステファンはこくんと頷きました。
「ありがとうございます。花や蝶は好きなんですの」
わたくしは花や蝶が刺繍されたお気に入りのハンカチと香り袋をポケットから出してステファンに見せました。
「大切に使いますね」
「……あ、ああ」
ネックレスは王都にある高級ブランド店のものでした。この前ステファンが出張したルクダ区は王都からかなり離れています。わざわざ買いにいったのでしょうか?
「その……エリザベス。今まですまなかった」
何度目かの食事の席で、ステファンはわたくしに頭を下げました。
「実は私は……子供の時、赤い髪の女の子にトンボや蜘蛛を無理矢理口に入れられたことがあってね……それ以降、異性が苦手になった」
「…………まあ」
「ああ、食事の席でこんな話をしてすまない」
「いいんですのよ。旦那様が嫌でなければ、続きを教えて?」
「っ、……私は、本当に女性が苦手で、でも可愛い男の子となら、恋愛することができた。それも少年の内だけで、声変わりした子を恋愛対象にするのは無理だった……私は、中途半端な男色なんだよ」
「…………」
そういえば……ジェレミーは男娼館に戻されたそうですが、あれは声変わりしたからだったのですか。ステファンが手切れ金としてジェレミーの借金を肩代わりしてあげたので、ジェレミーはなんの遺恨ものこさず笑顔で出ていきましたが。
「私は……自分が解らない。エリザベスのその赤い髪は、あの時茶会で無理矢理口に虫を入れてきた女の子にそっくりで……怖いのに……でも君はあの子とは顔も雰囲気も全くの別人で……」
「……ちなみにそのご令嬢の名前は?」
「令嬢ではない。恐らく服装からして下女か、見習いの侍女だ。両親も罰を与えると探したが、ついぞ見つからなかった」
「そうだったんですのね……」
わたくしは席を立ち、ステファンの前にいきました。
「もし……旦那様がお辛いのでしたら……離縁も仕方ないと受け入れます」
「ま、待ってくれ……辛くない、君は似ているがあの子じゃない、あの子は虫が嫌いで、私が捕まえた蝶を髪につけてやると、いきなり豹変して激怒したんだ!」
「…………その、話が見えてこないのですが」
「あ、ああ……実は、可愛い使用人だったから、つい口説こうと思って、捕まえた蝶を……髪飾り代わりに髪につけたんだ」
「はい」
「そしたらあの子は虫なんか大嫌いだと怒って、走り去っていった。その数分後、手にトンボと蜘蛛を持ってきて……その、復讐されたんだと思う。いま思えば私も悪かった」
「……それでも、その少女は酷いと思います。わたくしなら、絶対にそんなことしませんわ。理解もできません」
ステファンはガタンと席を立ち、わたくしの手を握りしめてきました。
「すまない……君とやり直したい……どうか今までのことを償わせてくれ」
「……え、あの……いえそんな、わたくしは」
「り、離縁はしたくない……いつも穏やかで柔らかい空気を纏った君のことが、私はいつの間にか気になって仕方なかったんだ」
「……はい、その……では旦那様がわたくしをお嫌いでなければ……」
「っ、エリザベス……ありがとう……ありがとう」
それから数週間後。
わたくしはステファンと初夜をやり直しました。
ステファンはとても優しくて、触れる指が終始震えていました。わたくしは終わるまでずっと目を閉じていました。
「エリザベス……昨夜は、とても素敵だった。恥じらう君は、天使のように可愛くて、美しくて……その、体は大丈夫かい?」
「大丈夫ではないです。処女を相手に手加減して下さいまし」
「す、すまない! 一度成功したら、喜びについ二度三度と……止まれなかった!」
「…………そうですか。でもわたくしも嫌ではなかったので」
「ああエリザベス……愛している! 君のお陰で私は過去から立ち直れた!」
それはよかったです。
わたくしの両親には「変装してステファン令息に虫を喰わせたのはお前だろ?」とバレていたので。初夜を迎えず離縁されていたら除籍されて路頭に迷うところでした。
わたくしは真性のいじめっ子ですから。
常に誰かをいじめるネタを探してる社会不適合者です。わたくしが子供の時にルインとカインのような似た者同士がいたら、ここまでの屑にはならなかったでしょう。とにかく退屈していたのです。
そして妙齢になると、ステファン令息の性癖の原因を知った両親から「お前のせいなんだから責任をとれ。このばかたれが!」と強制的に嫁がされてしまいました。
はぁ。なんとか責任はとったので、今後はまた自由に暮らしたいですね。
勿論、この事は隠したままですよ。
今のステファンは子供の時のように無垢ないい笑顔を見せていますから。また泣き顔が見たくなりました。今度はどんな手でトラウマを植え付けてやりましょうか。そしてそのトラウマをまたわたくしが消したら、ステファンは二度とわたくしを手離せなくなるでしょう。
その時が楽しみですね。
「ステファン様。心からお慕いしております」
「エリザベス……! 私も心から君を愛している!」
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