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9 もはや横暴としか思えなくなった結果②

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ネイサンは折れた刃先を見て、しばらく唖然としていたものの、次第に我に返ってわなわなと額に青筋を立てた。

「……な、なっ……なんてことしやがるッ!  模擬剣とはいえ三年前から愛用してたやつなのに!  どうしてくれんだよう!」

半泣きで残った柄をドロテアに投げつける。まるで物にあたる子供のように。それも難なく弾き返されてしまい、いよいよ激昂したネイサンはドロテアに掴みかかろうとしたのだが──。

「──ッ!」

素早く現れたコリンが鋭い目付きでネイサンを後ろ手に捩じ伏せた。

実はコリンは先ほどまで屋敷で冷たいレモン水を手搾りしていた。朝から庭で指揮するドロテアの為に。

しかし突如聞こえてきた音に体が反応し、瞬時に屋敷を飛び出してきたのだ。

ネイサンが振り落とした剣には魔力が纏っていなかった。そしてそれを弾き返したドロテアは指先に魔力を集中させていた。

コリンが聞いたのは鉄と魔力のぶつかり合い。

その場面を目の当たりにせずとも、元騎士のコリンからするとそれは非常に聞き慣れた音だった。まるで騎士と騎士の卵が剣を交えた時に鳴る音、そのものだったからだ。

「ま、待ってくれ!  今のはネイサンが悪かった!  でも柱に傷はついてないよな!?」

アトス伯爵は柱に傷がないかを必死で見た。あれば補償問題になる。領地を切り崩して弁償しなければならないほどの。その様にドロテアが呆れていると、コリンが低い声を出した。

「ドロテアお嬢様。お怪我はありませんか?」
「ええ」
「ふざけんな!  誰だお前!  離せ!  こいつは俺の剣を台無しにしやがったんだ!  ちくしょう!  ふざけんなよ!  幼馴染みだからって許されると思うなよ!」
「……なんなんですか、こいつは」

ドロテアは更に暴れだしたネイサンを片手で後ろに強く捩じ上げたコリンを見て、口角をあげた。やっぱり帯剣してなくても本物の騎士は凄いわね、なんて関心しながらも、ビリビリと痺れるような痛みを感じて指を擦った。

模擬剣でなければ危なかった。
鉄にも勝る鋭い魔力でも、剣先があと少しずれていれば指が潰れていたかもしれない。
ドロテアの胸中は怒りで埋めつくされていた。だがそれを顔には出さなかった。端から見たら涼しい顔で、内心はネイサンを絞め殺してやりたい気持ちを抑えていた。

指が痛む。
激痛に顔をしかめそうになる。
だがブラッドリーと婚約した今、どんな小さな醜聞も避けるべきだと、息を止めて痛みを受け流した。

東屋も自分も無傷だ。そして幼馴染であるネイサンは何も問題を起こしていない。世間的にそうでなくては困るのだから。

そんなドロテアに異変を感じたのか、コリンがちらっと目を向けてきた。
そして口を開こうとした時、またネイサンが暴れた。

「離せ!  離せえええ!」
「口を慎め」
「っ、」

コリンは腕の可動域を理解しているのだろう。ネイサンは痛みに耐えきれなくなって自ら腰を下げていく。そこでコリンが片手で裸締めをすると、ネイサンはガクッと崩れ落ちた。

手慣れたもので、あっという間の出来事だった。



ネイサンが起こした騒動はカミラを激昂させるものだった。カミラは普段からアトス夫人に異国から取り寄せた珍しい品々を自慢されていたのだが、今度はこっちが落成式でそれをやり返してやろうと企んでいたのだ。だからアトス家は必ず招待せねばと思っていたのだが、客室でアトス伯爵と対峙したカミラの対応は冷え冷えとしたものだった。

「ネイサンが申し訳なかった。今度アヴィエント皇国から取り寄せた珍しい酒を持って正式に謝罪にくるよ。ちょうど妻も夫人に見せたいものがあると言っていたんだ。今夜ヴァルキンに会ったら、」
「結構です。酒なら良質なワインを既にいくつか発注しているので。それよりしばらく距離をおきませんこと?  旦那様も今日のことを聞いたらきっと顔を真っ赤にして剣先を伯爵に向けるわ」

カミラは普段おっとりしているが、怒りを感じるほど冷静になる性格だった。貴族としてそのように育てられたからだ。

「……そ、そうか。ならしばらく接触するのはやめておこう。後で封書を送るよ」

そこでカミラは傍らで涼しげにレモン水を飲んでいるドロテアを見た。またアトス子息が問題を起こしたの、と憤りを感じつつも、被害を被ったドロテアに衝撃を受けた様子は見受けられなかった。今ドロテアが怯えて肩を震わせでもしていたら、カミラも冷静ではいられなかった。
カミラは少しホッとし、またアトス伯爵に目を向けた。

「ええ。それが両家のためですわ。しばらく接触を断ちましょう。今後は先触れのない訪問もお断り致しますので」


今ネイサンはコリンに連行され、帰りの馬車に放り込まれていた。先ほどの言動で何をしでかすか解らないと警戒され、コリンに拘束された状態で馬車にいる。ネイサンは息をつき、隙をみて何度暴れるもコリンには敵わなかった。そのうちぐったりと疲弊してアトス伯爵がくるまで顔を上げられなかった。



後日。
ヴァルキンは屋敷の執務室にいた。
ドロテアが落成式を開くことになり、あのドロテアがと上機嫌で招待する客の目録に目を通していると、そこにいつもは招待するアトス家が含まれていないことを執事から報告された。親しい間柄であることから、ミスではないかと。

「間違いではない。家のことは女主人であるカミラに全て任せている。皆もそれに従うように」
「はい」

先日のネイサンの問題行為を貴族としてソツなく処理したカミラをヴァルキンは信頼していた。報告を聞いたところ、自分なら剣を引き抜いていたかもしれない内容だったからだ。翌朝になって考えたところ、距離をおくのは冷静な判断だと思った。

「それとこちらを」

執事から渡されたのはリチャードから届いた封書だった。中身はそれなりにまとまった金額の小切手が一枚。
これは謝罪という名の口止め料だ。
ネイサンか騎士に昇格した、その直後に問題を起こしたとなると採用が取り消される可能性もあるからだ。
ヴァルキンはため息をついた。
そして誠意の欠片もない小切手を見つめた。

「本当に……親子揃って無神経だ。そういうことではないのだがね」


小切手の使い道を考えた末、ヴァルキンはドロテアに譲渡した。ドロテアは「これだけあればアレが出来ますわ!」と嬉しげに小切手を受け取った。
その様子から、ヴァルキンはやはり子供は自由に育てるべきだったなと、幼少期に意図的にネイサンと交流させたことを悔やんだ。親が口を出すのは、子が道を誤った時だけでいい。そう決めたヴァルキンは今後もドロテアを見守ることにした。
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