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5 婚約者と交流した結果
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カーテンがあけられ、柔らかな日差しが部屋を明るくする。自然とドロテアの意識が覚醒してくる。
「おはようございます。ドロテアお嬢様」
そっと目を開けると、コリンの優しい声と、穏やかな微笑みにドロテアの口元が綻んだ。
ジューン家に新たに雇われたコリンはクワイス家が送り込んできた元騎士だ。赤毛で短髪の、目がくりっとした女性。現在はドロテアの専属侍女を任されている。コリンはブラッドリーの母である侯爵夫人の手駒でもあるのだが、息子が伯爵家で粗相をしない為の歯止め役として送り込まれてきた。
「ん……おはよう。いい天気……」
ああ。気持ちのいい朝だわ。
今日はブラッドリー様と約束している日。定期的に交流する週末だ。この日が待ち遠しかった。
「既にブラッドリー様がお待ちです」
「あら、もう?」
「待ちきれなかったようで。実は早朝から二度ほどドロテア様の寝顔を覗き見されておりました」
必死で止めたんですがね……とコリンが疲れた顔を見せた。
「そう……朝食はチーズ入りのオムレツと、薄く切ったパンをカリカリに焼いて出してあげて。あとブラッドリー様は朝は紅茶ではなく珈琲がいいわ」
「畏まりました」
コリンが目配せすると、部屋にいた数人の侍女が退室した。
ベットから起き上がり、コリンに朝の身支度を手伝ってもらう。
「結い上げますか?」
「ブラッドリー様もいるし、今日は巻いてちょうだい」
「ではレースのリボンで可愛くしましょう!」
ご機嫌なコリンにドロテアは苦笑いを返す。
出来れば外出や婚約者との予定がない日でもお洒落したり磨かせてくれと普段からコリンにブーブー言われているが、その用意の為に何時間も早く起きるより睡眠時間を増やした方が美容にはいいとドロテアは思っている。支度を時短すれば、ゆっくりと朝食もとれるし。
「出来上がりです。朝なので簡素に努めました」
「これでもやり過ぎだと思うけど……」
「まさか、うふふふ」
ドロテアの腰まである茶色い髪は全てボリュームのある巻き巻きヘアーに。サイドを白いレースのリボンを巻き込んで三つ編みに。そして髪全体に小粒の真珠がちりばめられている。婚約早々にブラッドリーが贈ってきたクリップ式の髪飾りだ。結婚式などで花嫁に使われる高級な髪飾りでもある。
小説では錆びた銅貨のように地味な令嬢、そう表現されていたドロテアは印象を変えていた。
コリンの手にかかると、ドロテアの茶髪は毛先まで艶々のくりんくりんだ。真珠の効果もありどこもかしこも輝いている。
薄ピンク色の可愛い瞳を引き立たせようと、前髪は上げて眉も形を変えられた。太めの真っ直ぐだった眉は細い下がり眉に、睫毛は真っ直ぐだったが長いのでカールするようになった。それが柔らかなピンク色の瞳にマッチしていた。肌も磨かれた結果ピカピカになり、今のドロテアはお姫様のように非常に男の庇護欲をそそる可憐な仕上がりになっていた。
ドロテアがコリンに付き添われて応接室に入ると、ブラッドリーが足を組んで優雅に珈琲を飲んでいた。
癖の強い髪は後ろに撫でつけられ、奥二重の線を見せながら伏せ眼がちにカップに口をつけている。常に笑っているように見える赤い唇は更ににんまりと口角を上げていた。
かなり上機嫌だ。
「おはよう、私のドロテア。君は本当に……はぁ……」
ブラッドリーは立ち上がりドロテアに近付いていく。そして目前で紫色の目を細めて見下ろしてきた。
至近距離でじっくりと眺められながら、はらりと落ちたブラッドリーの前髪がドロテアの額に触れた。ドロテアは見下されながら、今にも唇を重ねてしまいそうになるゾクゾクとした悦を味わっていた。
「……ブラッドリー様、おはようございます。朝食がお気にめしたのですね?」
「ああ、とても美味かった! もうこの朝食じゃないと駄目だ! あと飲料水はジューン家の領地から運ばせていると聞いた。そのお陰かここのは家の珈琲より美味い」
「うふふ。領地には美味しい軟水がありますの。それもお気にめして頂けて嬉しいですわ」
朝はあまり食欲がないので、クラッカーとフルーツで手早く食事を済ませる。
そのかわり珈琲を飲む時間だけは、たっぷりととる。
「ブラッドリー様、もう一杯どうですか?」
「実は三杯目なんだ。もらおう」
朝食が済んだ後は勉強会が始まる。
学園では教えていない外国語などをメインに、異国の文化を教え込まれる。
「南のアヴィエント皇国で行われている性別の生み分け、ですか?」
「ああ、我が国では女性は絶頂に達すれば達するほど子を授かりやすいと言われているが、アヴィエントでは女性は達すれば達するほど男の子を授かると言われている」
ブラッドリーは机に肘を置き、頬杖をついてドロテアを憂いの顔で見つめている。少し傾けた顔から後ろに撫で付けた前髪がひと房、はらりと額に落ちた。ごくりとドロテアの喉が鳴り、目を反らした。
「……迷信では?」
「そこでだ」
「?」
「女性が子を授かりやすい条件はあるが、その逆で女性が子を授かりにくい条件とはなんだろうか?」
「授かりにくい……条件」
前世ではどうだったか、ドロテアは考えた。
「……体重の劇的な減少による女性機能の停止、或いは脂肪量の低下、などでしょうか?」
例えば女性のアスリート。体脂肪が関係しているらしいが、マラソン選手などは生理が止まることがあるらしい。他には何があったかとドロテアは思考を続ける。
「飢餓状態ということかな? しかし人間は生命を脅かされた時、子孫を遺そうと本能が動く。……例えは悪いが、暴行を受けた女性の受精率は高い。生命の危機を察した本能が排卵を促すのだと考えられている」
「生命の危機を感じ……その状態は既に過ぎた、皮と骨だけになった女性は子を授からないかと。あと年齢を重ねるほど授かりにくいかと」
「……ふむ」
ブラッドリーは頬杖をやめ、両手を重ねて拳を作った。そこに自身の顎を乗せ、真っ直ぐにドロテアを見つめた。
「君は勤勉なのだな。初めてドロテアを見た時を思い出したよ。周りの令嬢達が眠そうに欠伸を噛み殺す中、君は鞄にある筆記用具がちゃんと揃っているか何度も確かめて、学園が開門されるまで不安げに懐中時計を見ていた。その時の栗鼠の尻尾のようにふんわりと一つに纏めた茶色い髪、世の中の汚いものは一切目にしていないような澄んだピンク色の瞳。素朴な顔は幼さが全面に出ていて、このような無垢な娘に男の欲望をぶつけたらどう変化するのだろうかと、翌日から私は朝から晩まで君の事を考えていて母上に気持ち悪いと叱責された。一日25時間ドロテアのことしか考えていなかった」
「一日は24時間です。時間は有限ですからね。そして感情は資源です。その貴重な二つを私に捧げてくださりありがとう存じます」
「……君は本当に勤勉なのだな」
「で、本当は何が聞きたいんですか?」
がくりとブラッドリーの頭が下がり、顔を隠したままぼそっと言った。
「……君は、私に触れたいと思うか?」
「思います」
「!」
下がった頭が上がり、また顎を拳に乗せるブラッドリー。その様がやけに可愛くて、ドロテアはにこにこと微笑む。
「つまり女性が子を授かりにくい条件とは……女性が男性を求めないのが一番の条件だということでしょう」
「…………」
「ご心配なく。今もブラッドリー様に触れてみたいと、本能が感じていますから」
「!」
ブラッドリーがガタン!と椅子を倒して立ち上がると、コリンが紅茶のおかわりを運んできた。沢山話されて二人とも喉が渇いたでしょう? とカップに注ぐ。今日の交流はここで終わりだといういつもの合図でもある。
「おはようございます。ドロテアお嬢様」
そっと目を開けると、コリンの優しい声と、穏やかな微笑みにドロテアの口元が綻んだ。
ジューン家に新たに雇われたコリンはクワイス家が送り込んできた元騎士だ。赤毛で短髪の、目がくりっとした女性。現在はドロテアの専属侍女を任されている。コリンはブラッドリーの母である侯爵夫人の手駒でもあるのだが、息子が伯爵家で粗相をしない為の歯止め役として送り込まれてきた。
「ん……おはよう。いい天気……」
ああ。気持ちのいい朝だわ。
今日はブラッドリー様と約束している日。定期的に交流する週末だ。この日が待ち遠しかった。
「既にブラッドリー様がお待ちです」
「あら、もう?」
「待ちきれなかったようで。実は早朝から二度ほどドロテア様の寝顔を覗き見されておりました」
必死で止めたんですがね……とコリンが疲れた顔を見せた。
「そう……朝食はチーズ入りのオムレツと、薄く切ったパンをカリカリに焼いて出してあげて。あとブラッドリー様は朝は紅茶ではなく珈琲がいいわ」
「畏まりました」
コリンが目配せすると、部屋にいた数人の侍女が退室した。
ベットから起き上がり、コリンに朝の身支度を手伝ってもらう。
「結い上げますか?」
「ブラッドリー様もいるし、今日は巻いてちょうだい」
「ではレースのリボンで可愛くしましょう!」
ご機嫌なコリンにドロテアは苦笑いを返す。
出来れば外出や婚約者との予定がない日でもお洒落したり磨かせてくれと普段からコリンにブーブー言われているが、その用意の為に何時間も早く起きるより睡眠時間を増やした方が美容にはいいとドロテアは思っている。支度を時短すれば、ゆっくりと朝食もとれるし。
「出来上がりです。朝なので簡素に努めました」
「これでもやり過ぎだと思うけど……」
「まさか、うふふふ」
ドロテアの腰まである茶色い髪は全てボリュームのある巻き巻きヘアーに。サイドを白いレースのリボンを巻き込んで三つ編みに。そして髪全体に小粒の真珠がちりばめられている。婚約早々にブラッドリーが贈ってきたクリップ式の髪飾りだ。結婚式などで花嫁に使われる高級な髪飾りでもある。
小説では錆びた銅貨のように地味な令嬢、そう表現されていたドロテアは印象を変えていた。
コリンの手にかかると、ドロテアの茶髪は毛先まで艶々のくりんくりんだ。真珠の効果もありどこもかしこも輝いている。
薄ピンク色の可愛い瞳を引き立たせようと、前髪は上げて眉も形を変えられた。太めの真っ直ぐだった眉は細い下がり眉に、睫毛は真っ直ぐだったが長いのでカールするようになった。それが柔らかなピンク色の瞳にマッチしていた。肌も磨かれた結果ピカピカになり、今のドロテアはお姫様のように非常に男の庇護欲をそそる可憐な仕上がりになっていた。
ドロテアがコリンに付き添われて応接室に入ると、ブラッドリーが足を組んで優雅に珈琲を飲んでいた。
癖の強い髪は後ろに撫でつけられ、奥二重の線を見せながら伏せ眼がちにカップに口をつけている。常に笑っているように見える赤い唇は更ににんまりと口角を上げていた。
かなり上機嫌だ。
「おはよう、私のドロテア。君は本当に……はぁ……」
ブラッドリーは立ち上がりドロテアに近付いていく。そして目前で紫色の目を細めて見下ろしてきた。
至近距離でじっくりと眺められながら、はらりと落ちたブラッドリーの前髪がドロテアの額に触れた。ドロテアは見下されながら、今にも唇を重ねてしまいそうになるゾクゾクとした悦を味わっていた。
「……ブラッドリー様、おはようございます。朝食がお気にめしたのですね?」
「ああ、とても美味かった! もうこの朝食じゃないと駄目だ! あと飲料水はジューン家の領地から運ばせていると聞いた。そのお陰かここのは家の珈琲より美味い」
「うふふ。領地には美味しい軟水がありますの。それもお気にめして頂けて嬉しいですわ」
朝はあまり食欲がないので、クラッカーとフルーツで手早く食事を済ませる。
そのかわり珈琲を飲む時間だけは、たっぷりととる。
「ブラッドリー様、もう一杯どうですか?」
「実は三杯目なんだ。もらおう」
朝食が済んだ後は勉強会が始まる。
学園では教えていない外国語などをメインに、異国の文化を教え込まれる。
「南のアヴィエント皇国で行われている性別の生み分け、ですか?」
「ああ、我が国では女性は絶頂に達すれば達するほど子を授かりやすいと言われているが、アヴィエントでは女性は達すれば達するほど男の子を授かると言われている」
ブラッドリーは机に肘を置き、頬杖をついてドロテアを憂いの顔で見つめている。少し傾けた顔から後ろに撫で付けた前髪がひと房、はらりと額に落ちた。ごくりとドロテアの喉が鳴り、目を反らした。
「……迷信では?」
「そこでだ」
「?」
「女性が子を授かりやすい条件はあるが、その逆で女性が子を授かりにくい条件とはなんだろうか?」
「授かりにくい……条件」
前世ではどうだったか、ドロテアは考えた。
「……体重の劇的な減少による女性機能の停止、或いは脂肪量の低下、などでしょうか?」
例えば女性のアスリート。体脂肪が関係しているらしいが、マラソン選手などは生理が止まることがあるらしい。他には何があったかとドロテアは思考を続ける。
「飢餓状態ということかな? しかし人間は生命を脅かされた時、子孫を遺そうと本能が動く。……例えは悪いが、暴行を受けた女性の受精率は高い。生命の危機を察した本能が排卵を促すのだと考えられている」
「生命の危機を感じ……その状態は既に過ぎた、皮と骨だけになった女性は子を授からないかと。あと年齢を重ねるほど授かりにくいかと」
「……ふむ」
ブラッドリーは頬杖をやめ、両手を重ねて拳を作った。そこに自身の顎を乗せ、真っ直ぐにドロテアを見つめた。
「君は勤勉なのだな。初めてドロテアを見た時を思い出したよ。周りの令嬢達が眠そうに欠伸を噛み殺す中、君は鞄にある筆記用具がちゃんと揃っているか何度も確かめて、学園が開門されるまで不安げに懐中時計を見ていた。その時の栗鼠の尻尾のようにふんわりと一つに纏めた茶色い髪、世の中の汚いものは一切目にしていないような澄んだピンク色の瞳。素朴な顔は幼さが全面に出ていて、このような無垢な娘に男の欲望をぶつけたらどう変化するのだろうかと、翌日から私は朝から晩まで君の事を考えていて母上に気持ち悪いと叱責された。一日25時間ドロテアのことしか考えていなかった」
「一日は24時間です。時間は有限ですからね。そして感情は資源です。その貴重な二つを私に捧げてくださりありがとう存じます」
「……君は本当に勤勉なのだな」
「で、本当は何が聞きたいんですか?」
がくりとブラッドリーの頭が下がり、顔を隠したままぼそっと言った。
「……君は、私に触れたいと思うか?」
「思います」
「!」
下がった頭が上がり、また顎を拳に乗せるブラッドリー。その様がやけに可愛くて、ドロテアはにこにこと微笑む。
「つまり女性が子を授かりにくい条件とは……女性が男性を求めないのが一番の条件だということでしょう」
「…………」
「ご心配なく。今もブラッドリー様に触れてみたいと、本能が感じていますから」
「!」
ブラッドリーがガタン!と椅子を倒して立ち上がると、コリンが紅茶のおかわりを運んできた。沢山話されて二人とも喉が渇いたでしょう? とカップに注ぐ。今日の交流はここで終わりだといういつもの合図でもある。
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