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1 会計の補佐をやらなかった結果
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ドロテア・ジューンは不意に前世を思い出した。
ドロテアが前世で学生時代に読んだ青春ファンタジー小説『青い果実』、そこに登場する男主人公の幼馴染み以上&彼女以下のキャラに転生したと気付いたのは、学園の入学式でだった。
あれ……私、まさかドロテア・ジューンに転生しちゃった? いま壇上で新入生代表の挨拶をしている男主人公ネイサン・アトスのモブ彼女的な?
──ドロテアが何がきっかけで自身の前世と、ここはあの小説の中に酷使した世界であると気付いたかというと、同じく新入生代表の挨拶をしている女主人公のティアラ・ドーンズを目にしたのが始まりだった。
ティアラの美しい銀髪。
エメラルドのような大きな瞳。
全体的に堀が深く横顔は芸術品のように整っている。それでいてきつい印象もなく笑えば誰もが振り返る大人びた美少女。小説では聞けなかった、ティアラの代表の挨拶の声は可憐で妖艶で、とにかく耳に印象に残る澄んだ声だった。
前世では挿絵で見た、あの可愛いくも美形なキャラに近付きたくて髪を脱色し、カラコンを買った。前世の薄い顔に似合うはずもなく兄弟に「砂掛けババアみたい!」と笑われた記憶、それが今のドロテアに当時の羞恥心と黒歴史を鮮明に思い出させていく。そしてイメチェンをするきっかけになった小説、その話の内容も、ドロテアである自分がどんな末路を辿るのかも、連鎖的に思い出したのだ。
ドロテアは男主人公ネイサンの御都合彼女だった。ネイサンにうざいと思われた時は「お前はただの幼馴染みだろ!」と言われ、ネイサンがドロテアを必要とする時はセックスまでさせられる。その後恋人面すると「お前はただの幼馴染みだろ!」と最初に戻る。疲弊したドロテアがネイサンから離れようとするとまた体で繋ぎ止められる。しかしその末路は悲惨だ。最終的にネイサンは女主人公のティアラと結婚するのだから。小説のドロテアは設定上、ネイサンにとって都合のいい女、これ一卓だ。
ふいにドロテアの足元がふらつく。
地面がぐにゃりと歪んで見えたものの、なんとか持ち直した。
今この場にいてはいけない。
そう感じたからだ。
主人公二人の挨拶が終われば優秀な彼等の生徒会入りが発表される。二人とも会計として入会する。そして補佐を一人選んでくれと言われてネイサンは即興でドロテアを指名するのだ。有無を言わさぬキラキラとした主人公スマイルで。ティアラもネイサンが指名するならとドロテアを支持して、とても断れる雰囲気ではない展開になる。
よし、逃げよう。
ドロテアは口を押さえながら生徒の列から離れていく。今にも吐きそうですという姿勢で。
そんなドロテアに周りは道をあけ、それに気付いた教師が駆け寄ってくる。
「君、」
「すみません。気分が……」
「あ、ああ。こちらに来なさいっ」
実際動揺しすぎたドロテアの顔色は真っ青で、大量の冷や汗をかいていた。持病があるのかと教師に心配されるほど。
教師に付きそってもらい学園にある医務室に入室すると女医がいた。
脈を診たり熱がないか計ったり。とくに問題はないが貧血という診断が下され、しばらく医務室のベットで安静にしているようにと寝かされた。
よかった。
ドロテアは安堵した。
学園の医務室は男女別で分けられており、この建物に男子生徒は入ってこれない。よってネイサンがドロテアに会計補佐の話をすることも出来ない。
「貴女は……ドロテア・ジューン伯爵令嬢ね?」
「はい」
「……もしかして月のもの?」
「いえ、たまにこうなるんです。今日は外の日差しが強かったのに、風は涼しかったから油断しました」
「……そう。まだ顔色が白いわね。入学したばかりで悪いけど、しばらく運動は控えて。診断書を書いておきましょう。あ、騎士科じゃないわよね?」
「はい。魔法科です」
「実技?」
「いえ、研究科です」
「なら大丈夫ね」
寝たままのドロテアが横目に探ると、女医は栗色の巻き毛の壮年の女性で、胸元の刺繍でアンナ・バリュと名が読み取れた。
この国でアンナと名付けられる者の殆どが平民だ。バリュという姓は、医師免許を取得して、平民とは一線を引くために国から一代限りの姓が与えられたからだった。
「症状は軽い貧血による目眩と吐き気ね。精神的なものにも左右されるんだけど、女には成長期特有の不調が度々体に訪れるの。その症状は年齢によって変化するんだけど、十代がとくにきついと調査で解ったのよ」
「……はい」
精神的なもの……その言葉を言った時のアンナの目でドロテアは悟った。仮病が通じるのは今回のみだな、と。それにとくに体調に問題は無しとこの医者は的確に判断した。
「だからあまり無理をしてはダメよ。女の体は尊いのだから」
「アンナ先生……ありがとう。今までは倒れてもただの虚弱だの我が儘だの言われてきて医師に診てもらえなかったのに」
「…………辛かったのね。解るわ」
「うっ……ぅぅ」
ドロテア渾身の嘘泣きだった。
医務室は逃げる時に使えるな。ドロテアはそう思った。
なのでドロテアは学園にいる間は体のことでたまに相談にのって欲しいと頼むと、アンナは弾けるような笑顔でそれを快く受け入れた。貴族であるドロテアと関わる、それはアンナの医師としての評価を上げるからだ。
「でも本当にいいの? 家には主治医がいるでしょう? 私は魔力持ちではないし……」
「私は先生がいいです。同じ女性として、安心するから……」
「そう……ならこれからは何でも相談して頂戴」
「ありがとうございます」
基本貴族が平民の医師を頼ることはない。その理由は平民の大多数が魔力を持っていないこと、よって平民の医師の殆どが魔力持ちである貴族の体調を正しく診断できないという偏見からきていた。実際は魔力に関する症状では経験不足による誤診は僅かにあるものの、年間合格者が小数で超難関と言われる医師免許を取得できる頭脳と、数多の症状が記載された医学書を熟知することで殆どの平民の医師が正確な診断と対応ができていた。医師としての優秀さは身分で変わるものではないと、前世でこの世界の成り立ちを小説で読んだドロテアは知っていた。
ドロテアが前世で学生時代に読んだ青春ファンタジー小説『青い果実』、そこに登場する男主人公の幼馴染み以上&彼女以下のキャラに転生したと気付いたのは、学園の入学式でだった。
あれ……私、まさかドロテア・ジューンに転生しちゃった? いま壇上で新入生代表の挨拶をしている男主人公ネイサン・アトスのモブ彼女的な?
──ドロテアが何がきっかけで自身の前世と、ここはあの小説の中に酷使した世界であると気付いたかというと、同じく新入生代表の挨拶をしている女主人公のティアラ・ドーンズを目にしたのが始まりだった。
ティアラの美しい銀髪。
エメラルドのような大きな瞳。
全体的に堀が深く横顔は芸術品のように整っている。それでいてきつい印象もなく笑えば誰もが振り返る大人びた美少女。小説では聞けなかった、ティアラの代表の挨拶の声は可憐で妖艶で、とにかく耳に印象に残る澄んだ声だった。
前世では挿絵で見た、あの可愛いくも美形なキャラに近付きたくて髪を脱色し、カラコンを買った。前世の薄い顔に似合うはずもなく兄弟に「砂掛けババアみたい!」と笑われた記憶、それが今のドロテアに当時の羞恥心と黒歴史を鮮明に思い出させていく。そしてイメチェンをするきっかけになった小説、その話の内容も、ドロテアである自分がどんな末路を辿るのかも、連鎖的に思い出したのだ。
ドロテアは男主人公ネイサンの御都合彼女だった。ネイサンにうざいと思われた時は「お前はただの幼馴染みだろ!」と言われ、ネイサンがドロテアを必要とする時はセックスまでさせられる。その後恋人面すると「お前はただの幼馴染みだろ!」と最初に戻る。疲弊したドロテアがネイサンから離れようとするとまた体で繋ぎ止められる。しかしその末路は悲惨だ。最終的にネイサンは女主人公のティアラと結婚するのだから。小説のドロテアは設定上、ネイサンにとって都合のいい女、これ一卓だ。
ふいにドロテアの足元がふらつく。
地面がぐにゃりと歪んで見えたものの、なんとか持ち直した。
今この場にいてはいけない。
そう感じたからだ。
主人公二人の挨拶が終われば優秀な彼等の生徒会入りが発表される。二人とも会計として入会する。そして補佐を一人選んでくれと言われてネイサンは即興でドロテアを指名するのだ。有無を言わさぬキラキラとした主人公スマイルで。ティアラもネイサンが指名するならとドロテアを支持して、とても断れる雰囲気ではない展開になる。
よし、逃げよう。
ドロテアは口を押さえながら生徒の列から離れていく。今にも吐きそうですという姿勢で。
そんなドロテアに周りは道をあけ、それに気付いた教師が駆け寄ってくる。
「君、」
「すみません。気分が……」
「あ、ああ。こちらに来なさいっ」
実際動揺しすぎたドロテアの顔色は真っ青で、大量の冷や汗をかいていた。持病があるのかと教師に心配されるほど。
教師に付きそってもらい学園にある医務室に入室すると女医がいた。
脈を診たり熱がないか計ったり。とくに問題はないが貧血という診断が下され、しばらく医務室のベットで安静にしているようにと寝かされた。
よかった。
ドロテアは安堵した。
学園の医務室は男女別で分けられており、この建物に男子生徒は入ってこれない。よってネイサンがドロテアに会計補佐の話をすることも出来ない。
「貴女は……ドロテア・ジューン伯爵令嬢ね?」
「はい」
「……もしかして月のもの?」
「いえ、たまにこうなるんです。今日は外の日差しが強かったのに、風は涼しかったから油断しました」
「……そう。まだ顔色が白いわね。入学したばかりで悪いけど、しばらく運動は控えて。診断書を書いておきましょう。あ、騎士科じゃないわよね?」
「はい。魔法科です」
「実技?」
「いえ、研究科です」
「なら大丈夫ね」
寝たままのドロテアが横目に探ると、女医は栗色の巻き毛の壮年の女性で、胸元の刺繍でアンナ・バリュと名が読み取れた。
この国でアンナと名付けられる者の殆どが平民だ。バリュという姓は、医師免許を取得して、平民とは一線を引くために国から一代限りの姓が与えられたからだった。
「症状は軽い貧血による目眩と吐き気ね。精神的なものにも左右されるんだけど、女には成長期特有の不調が度々体に訪れるの。その症状は年齢によって変化するんだけど、十代がとくにきついと調査で解ったのよ」
「……はい」
精神的なもの……その言葉を言った時のアンナの目でドロテアは悟った。仮病が通じるのは今回のみだな、と。それにとくに体調に問題は無しとこの医者は的確に判断した。
「だからあまり無理をしてはダメよ。女の体は尊いのだから」
「アンナ先生……ありがとう。今までは倒れてもただの虚弱だの我が儘だの言われてきて医師に診てもらえなかったのに」
「…………辛かったのね。解るわ」
「うっ……ぅぅ」
ドロテア渾身の嘘泣きだった。
医務室は逃げる時に使えるな。ドロテアはそう思った。
なのでドロテアは学園にいる間は体のことでたまに相談にのって欲しいと頼むと、アンナは弾けるような笑顔でそれを快く受け入れた。貴族であるドロテアと関わる、それはアンナの医師としての評価を上げるからだ。
「でも本当にいいの? 家には主治医がいるでしょう? 私は魔力持ちではないし……」
「私は先生がいいです。同じ女性として、安心するから……」
「そう……ならこれからは何でも相談して頂戴」
「ありがとうございます」
基本貴族が平民の医師を頼ることはない。その理由は平民の大多数が魔力を持っていないこと、よって平民の医師の殆どが魔力持ちである貴族の体調を正しく診断できないという偏見からきていた。実際は魔力に関する症状では経験不足による誤診は僅かにあるものの、年間合格者が小数で超難関と言われる医師免許を取得できる頭脳と、数多の症状が記載された医学書を熟知することで殆どの平民の医師が正確な診断と対応ができていた。医師としての優秀さは身分で変わるものではないと、前世でこの世界の成り立ちを小説で読んだドロテアは知っていた。
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