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前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

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ずっと辛かった。
幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。

「好きで好きで、もうずっと苦しいのです。アーカイム様は決してわたくしを愛さない。でも家の為にわたくしと結婚するしかなくて、本当はマーガレットを想っているのに、わたくしが、このメイビアさえいなければ、アーカイム様はマーガレットと結ばれることができたのに……そう思うと、消えて無くなりたくなるのです。だからお願いです。わたくしを消して下さい」
「ふむ。愛しい者に愛されたいが、それは叶わないから消えたい、と。しかしそのアーカイムが自分を愛するように仕向けようとは思わないのか?」
「それはアーカイム様の本心ではないですもの。わたくしは、消えたいのです。愛されないなら、いなくなりたいのです。わたくしごと、この想いも、消して……全て消して下さい。それがわたくしの願いです」

十年に一度開かれる剣術と魔術の大会。
わたくしは魔術大会で優勝した。優勝者には、精霊王様から何でも望む物が与えられる。
だから願った。
わたくしを消して下さいと。

「メイビア!  何を、……一体何を言っているのだ!」

観客として参加したアーカイム様がわたくしに声を荒げた。久々にアーカイム様に名前を呼ばれた、それだけでわたくしの心に甘い痛みが走るのです。傍らには不安げにアーカイム様の裾を掴む可憐なマーガレットもいる。もう耐えられない。

「いつもはわたくしが誘ってもよいお返事をくれないアーカイム様が、この大会の招待に応じてくれたのも、優勝候補であるわたくしがよからぬ望みを言わないよう、監視する為だったのでしょう?」
「……それは、」
「わたくしは弁えております。手に入らないからと、無理矢理願いを叶えるような横暴な女ではありません。そして自分を愛してくれない男と、真実から目を背けてなに食わぬ顔で日常を送るほど、……心は強くありません」
「……しかし、私達は政略婚だ!  消えてどうするつもりだ!  今さら義務を放棄する気か!  私は、君を裏切ったことなど無い!  婚約者としても、誠実に対応してきたじゃないか!」

いいえ。アーカイム様は誠実ではありませんでした。わたくしの寝室を使ってマーガレットと契ったのも、知っているのですよ。汚らわしい。もうこの世界にいたくない。

願わくば……もし別人になれるのなら、来世ではわたくしを愛してくれる人に出会いたい。

そう思いながら美しい鳥の姿をした精霊王様に顔を向ける。

「わたくしを、全て消して……お願い!」




──という経緯でメイビア・ヒスマルク伯爵令嬢は消えた。いや、消えたのは中身だけだ。そして空っぽになったメイビアの体の中には、いまあたしがいる。

あたしとは──前世社長の日本人女性だった、あたしだ。つまりメイビア本人の精神が消えたことにより、メイビアの前世であるあたしが現れた。ということでいいのかな?

「気分はどうだ?  メイビア・ヒスマルクだった者よ」

目の前に現れた精霊王──不細工な大きな鳥だ。
猛禽類のような眼をしている。
その鳥があたしに問い掛けた。
ざわっと周りがどよめいた。
そう、今の現状は……先ほどメイビアが精霊王に望みを叶えてもらった、その直後なのだ。大会が開催されていたので、まだ大勢の人々がいる。

「……えーっと。はじめましてヤマダハナコです。ハナちゃんて呼んでねー?」

とりあえず偽名で観客達に挨拶する。

「……メイビア……では、無いの、か?」

メイビアの想い人、アーカイムが話し掛けてきた。金髪碧眼の不細工な外国人だ。その隣には銀髪碧眼の少女もいる。確かこの子がメイビアの従姉妹で、マーガレット……だったかな?

二人ともお似合いのカップルだ。
う~ん、と伸びをして背骨を鳴らすと、アーカイムとマーガレットが眉間に皺を寄せた。

「ちょ、そんなに凝視されたら気まずいです」
「…………まるで別人だ」
「お姉様……」
「えーっと、ね。メイビアさんの記憶もありますよー。でもメイビアじゃあっりませーんっっ」

両手を振ってメイビアじゃないことを強調する。基本、貴族令嬢はこのように大きな動作をしない。メイビアの記憶を辿れば、このような言動は下品になる。

「そんな……お姉様は……本当に消えてしまわれたの!  わたくしの……せい?」

マーガレットにガシッと両手を掴まれた。
髪のお手入れが行き届いた、肌もピカピカの艶々で、顔は不細工な子だなぁ。そして君、メイビアの前ではそこそこの悪女だったよね?  泣くしか能の無い、無能ちゃんだけど、無垢な悪意を向けてくるサイコパスみたいな子だ。騙されませんよ。

「そうみたいですね。精霊王様がきちんとメイビアさんの望みを叶えてくれたようですね」
「うむ。跡形もなく、メイビア・ヒスマルクを消した。それにより前世の記憶が現れたようだな」
「え?」
「君はメイビアの前世、その人格だ」
「……はは、精霊王様には何でもお見通しというわけですか?」
「いや、今までも優勝者が自分の醜くさに耐えられないから死にたいと……そう望みを言うことは多々あった。しかしそれをすると……世界の秩序が保たれなくなるのだ。だからそんな時はその者の精神を消して、かわりに前世の人格を目覚めさせるのだ」
「……良いと思いますよ」

あのままのメイビアだったら間違いなく心が壊れていたでしょうからね。それにメイビアは顔はあたしから見たらそこそこの美人さんだと思う。婚約者に愛されないくらいで消えることなかったと思う。

「もうひとつ、」
「え?」
「メイビアの願いを叶えたが、君の願いも叶えた」
「……それは、どういう?」
「このままでは不公平だからな。そのうち気付くだろう」
「?  えーっと。ならアーカイムとの婚約を無かったことにしてくれたとか?」

いきなり呼び捨てにされたアーカイムがぎょっと目を見開いた。そういやアーカイム、公爵令息だったね。ただの四男だけど。

「今のあたしはハナ。メイビアの記憶があっても、アーカイムの事を微塵も愛していないただの他人です。ついでにマーガレットへの怨みも何もありません。あたしにとって、この二人はいま知った初対面の男女だもの、あはは!」

言葉を失ったようにアーカイムとマーガレットが真っ青になった。

「して、これからどうする?」
「どうするもなにも、あたしは自由ですよね?  政略婚する予定だったのはハナじゃなくメイビアだもの」

そう言うとアーカイムが詰め寄ってきた。

「……ち、違う!  その体は私の婚約者であるメイビアの物だ!  メイビアの精神が消えたからといって、政略婚から逃れられる筈がない!」
「メイビアの体?  なんで?  必要?  愛してもいないのに?」
「っ、」
「まさかアーカイムはメイビアとの実子でも欲しかったの?」
「っ、その言葉遣いをやめろ!  メイビアはそんな事は言わない!」
「だってメイビアじゃないもの。何度も言わせないで。金髪碧眼の顔が残念なお兄さん、耳くそが詰まってるの?」
「…………!」
「あはは、反論され慣れてないんだね!  固まっちゃってカワイイ!  いいよ、解決策を出したげる。政略婚だけど、家同士の繋がりが必要なんでしょ?  ヒスマルク家は大富豪だからね。なら従姉妹のマーガレットをヒスマルク家の養女にしたらいいわ。そしたらヒスマルク家の令嬢と婚約するのは変わらないでしょ?」
「そ、そんなこと簡単に出来るわけない!」
「まずはマーガレットをヒスマルク家の養女として相応しくなるように育てるのが必須だけど……簡単じゃないけど努力でどうにでもなる事は不可能ではないよね。そして時間はかかるけど無理難題でもないよね。社会経験は殆ど無さそうだけど貴族ならあたしの言ってること解るでしょ?」
「……っ、く」
「それともあたし……ハナと結婚する?  アーカイムは婿入りするんだよね。金髪碧眼は好みじゃないからあたしアーカイムを冷遇して愛人と子作りしちゃうかも?」
「なっ、な、なにを……!」

それにあたし……前世では夫がいた。
超絶ウルトラミラクルの奇跡としかいいようのない美形な男性だった。日本にきた異世界転移者で、何故か自分の事を不細工だと誤解してた可愛い人。お金はあったから山奥に監禁して美味しいご飯を食べさせて毎日襲った。そしたら夫はあたしを女神だと誤解して、ずっと仲睦まじく暮らした。天国だった。毎日が頭お花畑だった。でも夫は魔力持ちで、日本の空気や水が合わなくて十年程で死んでしまった。つぎ生まれ変わったら絶対魔力のある世界でやり直そうねって、約束して……そう、夫がいない世界なんて耐えられなくて一緒に死んだんだった。

ここは……この世界には魔力がある。
もしかして……死ぬ前に願ったことが叶った?


"メイビアの願いを叶えたが、君の願いも叶えた"


「…………」

……。
…………。

……こうしちゃいられない!

「とにかく、アーカイムはマーガレットと結婚すればいいわ!  話は以上!  解散!」
「っ、お姉様!  そんな意地悪なことを仰らないで!  アーカイム様がヒスマルク家に婿入りしなければ、困るのはお姉様やご家族の方なんですよ!」
「それはメイビアに言ったら?  あたしは困らないもの。言ったよね?  メイビアの記憶があっても、あなた達は他人だって。それに……『婚約者の気持ちを引き留められないお前が悪い』っていつもメイビアを叱責してた家族?  あんなの毒親じゃない。祖父母も老害だし、同級生もマーガレットみたいな脛かじりばっか、メイビアの周りってろくなのいないわねぇ」
「お、お前!」

掴みかかってきたアーカイムをひょいと避ける。この体、なんて軽いの。まるで風になったみたいに動きが素早い。魔術大会で優勝するだけあるわ。めっちゃハイスペックな体じゃん。

「ま、待て!」
「あはは!」

くるくる舞っていたら体に見えない層が纏ったのが解った。まるで前世で夫が言ってた、魔力みたい。

「精霊王様、貴方のお陰でここで生きる目的ができました。本当にありがとうございました」
「ああ。確かにメイビアは消えたが、その魂を引き継いだ君が残ってくれたことにより彼女の本当の望みも叶えられる。ついでに前世の姿に戻してやろう」
「え?」
「その方が、君の本当の願いを叶えやすい」

精霊王が風を起こした。
つむじ風のような、体がその中心に巻き込まれて、つるんと一皮剥けるような衝撃があった。

風が止むと、周りから盛大な歓声が沸き上がった。

「な、なんて美しい!」
「女神様……」
「これが、メイビア・ヒスマルクの前世の姿なのか!」

前世の姿って……つるぺた糸目の凹凸のないガリヒョロなあたしに戻っちゃったの?

「精霊王様……なんてことを」
「そう睨むな。この世界では、君はとんでもなく美しい女性なのだ。剣術大会で優勝したレオナルドは自分を愛してくれる妻が欲しい、そう願った。だから彼を愛してくれる君の元に送った……結果は、レオナルドの体質もあるが異世界に送った際、彼の魔力血管を傷付けてしまった私の失態だった。今度こそ、レオナルドの願いを叶えてやらねば」

レオナルド……そう、彼はレオナルドと名乗った。いま思い出した。私の夫は、超絶ウルトラミラクルな美形男子のレオ君!

「レオ君に会いたい!」

精霊王はあたしの小指に赤い糸をつけてくれた。その赤い糸の先は、遠くまで──レオ君に続いていると確信した。

「レオくぅーん!」
「メ、メイビっ……いやハナ!  待ってくれ!  行かないでくれ!  誤解なんだ!  マーガレットとは別れるから!」
「誰ですか貴方?  もうメイビアでもなければ姿も違うので今後は道で擦れ違っても二度と話し掛けないでもらえます?」

覆い被さろうとしてきたアーカイムを避けて赤い糸に一直線!  全力で走ってもさっきより体が軽い軽い!


「レオくぅーん!  いま会いに行きます!」



【終】
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