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第十二話
第十二話
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リリーウェザーが、サヴォイ公爵領ノーランドの邸に引きこもって三ヶ月以上の月日が流れた。
兄・アルファートから乗馬を習う許可を得たリリーは、練習をし、馬に乗れるようになると領地内を馬に乗って見て回った。
領地内を流れる川、広大な森、小麦畑に果樹畑、点在する村には店や診療所、学校があった。
葡萄酒を造る醸造所があったのにはリリーも驚いた。
サヴォイ公爵領は実り豊かな大地と生産物に恵まれているようだった。
そのおかげか、リリーウェザーが領地内を馬で見て回っても、領民たちは作業している手を止めて恭しく頭を下げるのであった。
リリーは単に自分が自活するための情報収集に領地内を見て回っただけであったが、領民たちは現当主の妹が自分たちの生活をより知るために足を運んでくれたと考えたようだった。
恭しく頭を下げた領民の姿を思い出すと、リリーの胸がチクリと痛む。
リリーの恵まれた生活は、領民たちがいるから成り立っていると言っても過言ではない。
彼らが納める税によって公爵家は運営されているのだから。
リリーは一人自室にいるとき、あまりにもいろいろ考え過ぎて頭が痛くなることもあった。
貴族の家に生まれてきたのであれば、家の益となる相手と結婚するのが務めなのだろうけど…。
豊かさだけ享受して、時期がきたら家を出るって無責任…?
でも、そもそも処刑されたらサヴォイ家にも迷惑をかけるだろうし…。
部屋の中にドアをノックする音が響き、マーサが入ってきた。
「リリー様、王都からご本が届きましたわ」
新しい本が読みたいとアルファートにお願いしていたのだ。
「図書室に置いてあるの?」
「はい」
リリーは長椅子から立ち上がると、図書室へ向かった。
図書室のテーブルの上に薄いものから分厚いものまで、20冊ぐらいの本が置いてあり、そばには執事のバージェスが控えていた。
アルファートには、『人々の生活がわかる本』が読みたいと伝えていた。
『平民の暮らしがわかる本』とはお願いできなかったので。
「リリーウェザー様、ご本は書架に整理しますか? それとも、しばらくはこのままにしておきますか?」
バージェスの問いにリリーは暫し考えて、
「このままにしておいて。読み終わった本から整理してもらえるかしら」
「かしこまりました」
一息おいてからバージェスが、
「家庭教師の件でございますが、アルファート様から適任の者が見つかったとご連絡がございました」
「本当? 全然、連絡が来ないから、お兄様が忘れてしまったのだと思っていたわ」
「二週間後にこちらのお邸に到着の予定とのことです」
「どのような方かしら。楽しみだわ」
リリーは本を一冊ずつ確認しながら言った。
自室の窓から庭を見ていたリリーは、ドアの近くに控えていたマーサに庭に出ることを告げた。
「風が冷たくなってきておりますので、コートをお召しください」
マーサは衣裳部屋から淡い黄色のフード付きのコートを持ってきた。
リリーはコートを着せてもらうと庭に出て、目的もなくただ歩いた。
マーサが言っていたとおり、風が冷たい。
落葉樹は葉を落としていた。
冬に咲く花も植えられているのだろうけど、リリーの目には映らなかった。
クリストフが種を取りに来ていた花壇も、植えてある植物は枯れていた。
邸の中にいると感じないが、季節は冬に変わろうとしていた。
庭を歩いていたリリーの耳に、正門から玄関まで続く石畳の上を走る馬車の音が届いた。
リリーは足早に玄関の方に近付いた。
四頭立ての馬車がゆっくりと正門から近付いてくる。
低木の陰から馬車を見たリリーは、『新しい家庭教師かしら?』
踵を返したリリーは、自室に戻るために駆け出した。
リリーがマーサを伴って応接室を訪れると、暖炉には火が灯されていた。
暖炉のそばにバージェスと三十歳前後の男性とリリーと同じぐらいの年の頃の女の子がいた。
黒髪の男性と女の子はリリーの姿を見ると目礼した。
「リリーウェザー様、こちらが家庭教師としてお邸に上がったコリン・マーカス氏でございます」
リリーは頭を垂れた男性に声をかける。
「リリーウェザー・ラル・サヴォイです。マーカス先生とお呼びしてもいいですか?」
「コリン・マーカスと申します。わたしのことはお好きなようにお呼びください」
リリーに声をかけられ、コリンは顔を上げた。
リリーはコリンの隣にいる女の子に視線を向けた。
「そちらの方はどなた?」
「わたしの娘のアビエルです。リリーウェザー様と同じ6歳になります」
「ここでの暮らしに早く慣れるといいわね、アビエル」
リリーに声をかけられアビエルは顔を上げたが、その表情は硬かった。
緊張しているとかではない…。
リリーには、アビエルの茶色の瞳に怒りの感情が浮かんでいるように見えた。
どうして…?
リリーは、ただただ困惑した。
次回更新予定 10月2日(金)
兄・アルファートから乗馬を習う許可を得たリリーは、練習をし、馬に乗れるようになると領地内を馬に乗って見て回った。
領地内を流れる川、広大な森、小麦畑に果樹畑、点在する村には店や診療所、学校があった。
葡萄酒を造る醸造所があったのにはリリーも驚いた。
サヴォイ公爵領は実り豊かな大地と生産物に恵まれているようだった。
そのおかげか、リリーウェザーが領地内を馬で見て回っても、領民たちは作業している手を止めて恭しく頭を下げるのであった。
リリーは単に自分が自活するための情報収集に領地内を見て回っただけであったが、領民たちは現当主の妹が自分たちの生活をより知るために足を運んでくれたと考えたようだった。
恭しく頭を下げた領民の姿を思い出すと、リリーの胸がチクリと痛む。
リリーの恵まれた生活は、領民たちがいるから成り立っていると言っても過言ではない。
彼らが納める税によって公爵家は運営されているのだから。
リリーは一人自室にいるとき、あまりにもいろいろ考え過ぎて頭が痛くなることもあった。
貴族の家に生まれてきたのであれば、家の益となる相手と結婚するのが務めなのだろうけど…。
豊かさだけ享受して、時期がきたら家を出るって無責任…?
でも、そもそも処刑されたらサヴォイ家にも迷惑をかけるだろうし…。
部屋の中にドアをノックする音が響き、マーサが入ってきた。
「リリー様、王都からご本が届きましたわ」
新しい本が読みたいとアルファートにお願いしていたのだ。
「図書室に置いてあるの?」
「はい」
リリーは長椅子から立ち上がると、図書室へ向かった。
図書室のテーブルの上に薄いものから分厚いものまで、20冊ぐらいの本が置いてあり、そばには執事のバージェスが控えていた。
アルファートには、『人々の生活がわかる本』が読みたいと伝えていた。
『平民の暮らしがわかる本』とはお願いできなかったので。
「リリーウェザー様、ご本は書架に整理しますか? それとも、しばらくはこのままにしておきますか?」
バージェスの問いにリリーは暫し考えて、
「このままにしておいて。読み終わった本から整理してもらえるかしら」
「かしこまりました」
一息おいてからバージェスが、
「家庭教師の件でございますが、アルファート様から適任の者が見つかったとご連絡がございました」
「本当? 全然、連絡が来ないから、お兄様が忘れてしまったのだと思っていたわ」
「二週間後にこちらのお邸に到着の予定とのことです」
「どのような方かしら。楽しみだわ」
リリーは本を一冊ずつ確認しながら言った。
自室の窓から庭を見ていたリリーは、ドアの近くに控えていたマーサに庭に出ることを告げた。
「風が冷たくなってきておりますので、コートをお召しください」
マーサは衣裳部屋から淡い黄色のフード付きのコートを持ってきた。
リリーはコートを着せてもらうと庭に出て、目的もなくただ歩いた。
マーサが言っていたとおり、風が冷たい。
落葉樹は葉を落としていた。
冬に咲く花も植えられているのだろうけど、リリーの目には映らなかった。
クリストフが種を取りに来ていた花壇も、植えてある植物は枯れていた。
邸の中にいると感じないが、季節は冬に変わろうとしていた。
庭を歩いていたリリーの耳に、正門から玄関まで続く石畳の上を走る馬車の音が届いた。
リリーは足早に玄関の方に近付いた。
四頭立ての馬車がゆっくりと正門から近付いてくる。
低木の陰から馬車を見たリリーは、『新しい家庭教師かしら?』
踵を返したリリーは、自室に戻るために駆け出した。
リリーがマーサを伴って応接室を訪れると、暖炉には火が灯されていた。
暖炉のそばにバージェスと三十歳前後の男性とリリーと同じぐらいの年の頃の女の子がいた。
黒髪の男性と女の子はリリーの姿を見ると目礼した。
「リリーウェザー様、こちらが家庭教師としてお邸に上がったコリン・マーカス氏でございます」
リリーは頭を垂れた男性に声をかける。
「リリーウェザー・ラル・サヴォイです。マーカス先生とお呼びしてもいいですか?」
「コリン・マーカスと申します。わたしのことはお好きなようにお呼びください」
リリーに声をかけられ、コリンは顔を上げた。
リリーはコリンの隣にいる女の子に視線を向けた。
「そちらの方はどなた?」
「わたしの娘のアビエルです。リリーウェザー様と同じ6歳になります」
「ここでの暮らしに早く慣れるといいわね、アビエル」
リリーに声をかけられアビエルは顔を上げたが、その表情は硬かった。
緊張しているとかではない…。
リリーには、アビエルの茶色の瞳に怒りの感情が浮かんでいるように見えた。
どうして…?
リリーは、ただただ困惑した。
次回更新予定 10月2日(金)
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