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9月
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いつものモスバーガーで容ちゃんとお茶をする。
わたしがマスタードチキンバーガーで容ちゃんがナンタコス。
モスバーガーは良い。体に良いことをしていると云う気がする。マスタードチキンバーガーに入っている根菜なんて特に良い。
「それで俊一は、その、琴子って云う女の夢をずっと見てるの?」
容ちゃんがナンタコスにかぶりつきながら云う。わたしは頷く。
「うん。」
「その琴子って、どんな奴なの?」
「すごい可愛くて、声がとても綺麗なんだって。」
わたしの言葉に容ちゃんは目を見開く。
「嫉妬しないの?」
「だって愉しいんだもの。」
眠っている俊ちゃんと話すのは、わたしの愉しみなのだ。
「でも、結婚してるんでしょう?」
容ちゃんは云う。
「子供も居るらしいよ。俊ちゃん、今、33歳なんだって。」
容ちゃんは笑い声を立てる。
「何それ。どんどん夢が長くなって行ってるんでしょ?」
「そう。寝言に答えると、その人がその世界に固定されるんぢゃないかな。」
容ちゃんは顔を顰めた。
「怖ーい、この人。まあでも、君が活動的になったのは、良いことだけど。」
最近にしては珍しく―俊ちゃんは最近は長すぎる夢に疲れ果てていて、元気がない―機嫌良く起きてきた。
「今日ね、健一郎が、『パパ』って、喋ったんだ。」
俊ちゃんが穏やかに微笑んで云った。
「へぇ。健一郎ちゃんが。」
わたしは、俊ちゃんが久し振りに元気なのが嬉しくて、話を合わせた。
健一郎ちゃんと云うのは、俊ちゃんと琴子ちゃんの間の子供だ。「凄く大人びた顔立ちと長い睫毛を持った酷く美しい子供」なんだそうだ。
「いつもは難語って云うのかな、何かむにゃむにゃ云ってるんだけど、今日は、はっきり、『パパ』と云ったんだ。」
「夢が長いのは、怖いけれど、健一郎に逢えるのは愉しみだな。」
俊ちゃんは幸福そうに微笑んだ。わたしは軽い嫉妬を覚える。
容ちゃんと、上村・山下夫妻のところにお呼ばれした。夫妻と云っても、この二人は男同士だ。でも、もう三年以上も同棲しているから、大分所帯染みている。
この二人は、わたし達三人―わたしと俊ちゃんと容ちゃんのサークルの先輩だ。わたし達は大学時代、サークルQと云うセクシャルマイノリティーサークルに所属していた。サークルQの間口は開く、上村先輩や山下先輩のような本格的なゲイやビアン、オネエからわたし達のように少しばかりセックスやセクシャリティー、ジェンダーに違和感を持っていると云う人まで幅広い人種が居た。
その中でも、上村先輩などは、ゲイの急先鋒で、わたしなどは、よく、態度をハッキリさせていないと責められたものだ。
わたしはマイノリティーの中でもマイノリティーだった。
宴もたけなわ、上村先輩が云い出した。
「一ノ瀬は眠り続けているんでしょ? 秋津はどう思ってる?」
嗚呼、この人達も、わたしを旧姓で呼ぶんだなと、この時初めてそう呼ばれた訳ぢゃないけど、そう思った。
「わたしは、」
わたしは泡盛をちびりちびり傾けながら続けた。
「善いことだと思っています。春の頃、結婚したばかりの頃、わたしは殆どひきこもりでした。俊ちゃんが帰ってくるのかが心配で家を空けることも出来なかった。でも、いまは、俊ちゃんが家で眠っていて呉れるので安心して外に出ていくことが出来る。今の方が、健康だと思います。」
上村先輩と山下先輩は、顔を見合せた。山下先輩がおずおずと云い出した。
「秋津、判っているとは、思うけど、それって健全なこととは云えないわよ。」
「まあ、いいぢゃないですか。今夜は飲みましょうよ。」
容ちゃんが妙に明るい声で云い、泡盛をぐいっと飲んだ。そして、勢いをつけるように、山下先輩お手製のキムチにパクついた。
わたしがマスタードチキンバーガーで容ちゃんがナンタコス。
モスバーガーは良い。体に良いことをしていると云う気がする。マスタードチキンバーガーに入っている根菜なんて特に良い。
「それで俊一は、その、琴子って云う女の夢をずっと見てるの?」
容ちゃんがナンタコスにかぶりつきながら云う。わたしは頷く。
「うん。」
「その琴子って、どんな奴なの?」
「すごい可愛くて、声がとても綺麗なんだって。」
わたしの言葉に容ちゃんは目を見開く。
「嫉妬しないの?」
「だって愉しいんだもの。」
眠っている俊ちゃんと話すのは、わたしの愉しみなのだ。
「でも、結婚してるんでしょう?」
容ちゃんは云う。
「子供も居るらしいよ。俊ちゃん、今、33歳なんだって。」
容ちゃんは笑い声を立てる。
「何それ。どんどん夢が長くなって行ってるんでしょ?」
「そう。寝言に答えると、その人がその世界に固定されるんぢゃないかな。」
容ちゃんは顔を顰めた。
「怖ーい、この人。まあでも、君が活動的になったのは、良いことだけど。」
最近にしては珍しく―俊ちゃんは最近は長すぎる夢に疲れ果てていて、元気がない―機嫌良く起きてきた。
「今日ね、健一郎が、『パパ』って、喋ったんだ。」
俊ちゃんが穏やかに微笑んで云った。
「へぇ。健一郎ちゃんが。」
わたしは、俊ちゃんが久し振りに元気なのが嬉しくて、話を合わせた。
健一郎ちゃんと云うのは、俊ちゃんと琴子ちゃんの間の子供だ。「凄く大人びた顔立ちと長い睫毛を持った酷く美しい子供」なんだそうだ。
「いつもは難語って云うのかな、何かむにゃむにゃ云ってるんだけど、今日は、はっきり、『パパ』と云ったんだ。」
「夢が長いのは、怖いけれど、健一郎に逢えるのは愉しみだな。」
俊ちゃんは幸福そうに微笑んだ。わたしは軽い嫉妬を覚える。
容ちゃんと、上村・山下夫妻のところにお呼ばれした。夫妻と云っても、この二人は男同士だ。でも、もう三年以上も同棲しているから、大分所帯染みている。
この二人は、わたし達三人―わたしと俊ちゃんと容ちゃんのサークルの先輩だ。わたし達は大学時代、サークルQと云うセクシャルマイノリティーサークルに所属していた。サークルQの間口は開く、上村先輩や山下先輩のような本格的なゲイやビアン、オネエからわたし達のように少しばかりセックスやセクシャリティー、ジェンダーに違和感を持っていると云う人まで幅広い人種が居た。
その中でも、上村先輩などは、ゲイの急先鋒で、わたしなどは、よく、態度をハッキリさせていないと責められたものだ。
わたしはマイノリティーの中でもマイノリティーだった。
宴もたけなわ、上村先輩が云い出した。
「一ノ瀬は眠り続けているんでしょ? 秋津はどう思ってる?」
嗚呼、この人達も、わたしを旧姓で呼ぶんだなと、この時初めてそう呼ばれた訳ぢゃないけど、そう思った。
「わたしは、」
わたしは泡盛をちびりちびり傾けながら続けた。
「善いことだと思っています。春の頃、結婚したばかりの頃、わたしは殆どひきこもりでした。俊ちゃんが帰ってくるのかが心配で家を空けることも出来なかった。でも、いまは、俊ちゃんが家で眠っていて呉れるので安心して外に出ていくことが出来る。今の方が、健康だと思います。」
上村先輩と山下先輩は、顔を見合せた。山下先輩がおずおずと云い出した。
「秋津、判っているとは、思うけど、それって健全なこととは云えないわよ。」
「まあ、いいぢゃないですか。今夜は飲みましょうよ。」
容ちゃんが妙に明るい声で云い、泡盛をぐいっと飲んだ。そして、勢いをつけるように、山下先輩お手製のキムチにパクついた。
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