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4月
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「それでね、アキちゃん」
にこやかに話す夫の背広を受け取りながら、空々しい心持ちになる。それはわたしの名前ぢゃない。
「あのね、わたし一ノ瀬順子っていうのよ。知ってた?」
俊ちゃんは怪訝そうな顔になる。
「どうかしたの、アキちゃん?」
わたしと俊ちゃんは卒業と同時に結婚した。そうでもしないと一緒にいられなかったのだ。俊ちゃんはそのために親には内緒で地元企業への内定を蹴ったほどだ。
「何の身分もない、ただの秋津順子になりたかったのよ。」
「秋津? 一ノ瀬順子の間違いぢゃないの?」
容ちゃんは云う。この親友はいつも手厳しい。
秋津と云うのは、わたしの旧姓で、一ノ瀬と云うのは夫―つまり俊ちゃん―の姓である。つまり、夫は未だにわたしを旧姓で呼ぶ。
わたしの”変節”以降、ずっと容ちゃんは、こうだ。わたしは結婚後、専業主婦になった。容ちゃんにはそれが気に入らないのだ。
容ちゃんは女優をしている。大学在学中から劇団に所属し、今では立派な女優だ。
わたし達は学部が一緒だった。わたしが社会学で容ちゃんが政治学。
「独り芝居を書いて欲しいんだけど。」
容ちゃんは、下北のいつものモスのいつもの禁煙席でそう切り出した。
「ひとりしばい?」
「そう。文章書くの好きでしょう。」
容ちゃんは云い放つ。
「好きだけど。」
「どうせ時間もあるんでしょう?」
「あるけど。」
「だったらいいぢゃない。書いてよ。」
「うーん、いいけど。」
「歯切れが悪いなあ。うんって云えないの?」
「うん、わかった。」
「ありがとう。」
容ちゃんは莞爾とした。
にこやかに話す夫の背広を受け取りながら、空々しい心持ちになる。それはわたしの名前ぢゃない。
「あのね、わたし一ノ瀬順子っていうのよ。知ってた?」
俊ちゃんは怪訝そうな顔になる。
「どうかしたの、アキちゃん?」
わたしと俊ちゃんは卒業と同時に結婚した。そうでもしないと一緒にいられなかったのだ。俊ちゃんはそのために親には内緒で地元企業への内定を蹴ったほどだ。
「何の身分もない、ただの秋津順子になりたかったのよ。」
「秋津? 一ノ瀬順子の間違いぢゃないの?」
容ちゃんは云う。この親友はいつも手厳しい。
秋津と云うのは、わたしの旧姓で、一ノ瀬と云うのは夫―つまり俊ちゃん―の姓である。つまり、夫は未だにわたしを旧姓で呼ぶ。
わたしの”変節”以降、ずっと容ちゃんは、こうだ。わたしは結婚後、専業主婦になった。容ちゃんにはそれが気に入らないのだ。
容ちゃんは女優をしている。大学在学中から劇団に所属し、今では立派な女優だ。
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「独り芝居を書いて欲しいんだけど。」
容ちゃんは、下北のいつものモスのいつもの禁煙席でそう切り出した。
「ひとりしばい?」
「そう。文章書くの好きでしょう。」
容ちゃんは云い放つ。
「好きだけど。」
「どうせ時間もあるんでしょう?」
「あるけど。」
「だったらいいぢゃない。書いてよ。」
「うーん、いいけど。」
「歯切れが悪いなあ。うんって云えないの?」
「うん、わかった。」
「ありがとう。」
容ちゃんは莞爾とした。
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