幻妖写鑑定局

かめりここ

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悪霊屋敷の謎

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 その日の夕方、遅い昼食を終えた私達は再び真琴さんの捜索に戻っていた。しかし屋敷内はもう探しつくしたし、かと言って外もあまり遠くまでは見通しが悪くて行けない。土地に詳しい使用人の人達が行ける範囲まで探したけど、やはり見つからずに日が暮れて来た。
「本当に何処に行っちゃったのかな……」
 暗くなってきた事もあり、外の捜索はまた明日という事になった。家がないから日が暮れるとすっかり辺りは暗くなってしまう。木々が多く生い茂っているから、月の光もそう明るく照らす程にならない。
「そろそろ、戻ろうかな……」
 西に沈みそうな太陽を見て、完全に暗くなる前に屋敷に戻ろうとした時
 ガサッ……
「真琴さん!?」
 奥の繁みから葉を掻き分ける音が聞こえる。もしかしてと思って声を掛けるも、返事がない。
「……だ、だれ?」
 もしかして熊かな……どうしよ、こういう時は死んだふり? いやでも、効果ないとも聞いたけど……あぁ、熊避けの鈴も持ってないし。逃げ帰ったら、逆に追ってくるよね?
 繁みの奥から更にガサガサと葉っぱが何かに擦れる音がする。
 何……一体何が来てるの……? いつの間にか膝はがくがくと震えて、正体の分からない目の前の物に怯えていた。大丈夫、ここから玄関まで遠くない、今から走れば間に合うはず。そう思うのに上手く足が動かせない。まるで地面から伸びた手に掴まれているかのようだ。
 地面から伸びた手……ちょっと、嫌な想像しないでよ自分! でも確かに由香さんが影を見た時間帯も、真琴さんが写真を撮った時間も夕方だった。
夕方から夜にかけての時間を逢魔ヶ時と言うと聞いた事がある。夜は魔の物達の時間で、この逢魔ヶ時が人間の時間との切り替わりになるのだと。じゃあ、まさかこれが……?
西日が更に傾いて強く私を照らす。その陽に目を細めつつも、何者かから目を逸らせずにいた。そして、突如それは目の前に立ち上がった。人間と同じような骨格をしているけど、背がかなり大きくて体も細い。それに顔も見えない程に真っ黒、影と言う言葉が相応しい程に。
……そうだ、影だこれは。由香さんが見たのも、写真に写ったのも、この影だったんじゃないのかな。こんな物を見たら、悲鳴を上げてしまった由香さんの気持ちも分かる。私は悲鳴を上げる事も出来ず、へなへなとその場に座り込んでしまった。歯ががちがちと音を立てて、目の前の者から目を逸らせずにいる。
「あれ……燈ちゃん?」
 なんと、目の前の者は私の名前を知っていた。なんで? そうか、魔物だからか。
 冷静さを失った思考回路では変な事も納得してしまう。普通に考えて魔物だからって名前を知ってるとは限らないのに。
 真っ黒な影は更に私に近付いて、それから私に高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。私どうなっちゃうのかな、同じように陰にされちゃうのかな……それとも食べられちゃうのかな……。
 後々考えると自分でも恥ずかしい事を本気で考えていた。
「どうしたの……? 大丈夫?」
 しかし目の前の影は私を一向に何かする気配は無かった。それどころか薄らと確認できる近さになった表情は、私の事を心配しているくらいだった。
 この顔……なんか見覚えがあるような。それにこの声も……落ち着いた低い男性の声。細い体、優しい目。
「雅紀……さん?」
「うん。立てる?」
 彼は私の手を掴んで、立ち上がらせようとするけど、すっかり腰の抜けた私の体は上手い事立てない。ふらふらとバランスを取れずに再び座り込みそうになった私を支え、それから家に向かってゆっくりと歩き始めた。
「ごめんなさい、雅紀さんだって気付かなくて……」
「はは、良いんだよ。ちょうど逆光だったから、分かりにくかったんだろう?」
「そっか、逆光だったんですね。だから真っ黒な影で……ちょっと怖かったです」
 雅紀さんに手を貸してもらいながら、なんとか家を目指して歩いていた。彼は片掛けの小さなリュックのみの軽装だ。服装もコンビニに行くようなものだし……なんでこんな森の中にいるんだろ?
「雅紀さんはどうしてこんな所にいるんですか?」
「あぁ、民俗学の研究でこの辺りを調査してたんだけど……ちょっと森に入ってみたら、道が分からなくなっちゃって。陽も暮れるし、どうしようとウロウロしてた所なんだ」
 そうか、それでその服装だったのか。森の調査とかに入る装備じゃないものね。
「燈ちゃんは、どうして此処に?」
「お仕事で来てるんです。姉の友人から、家で色々と不可解な事が起こってて、それから変な写真も撮れたから調査してほしいって言われて」
「なるほどね。それにしても偶然だね、こんな遠く離れた地で会うとは思ってなかったよ」
「それは私もですよ」
「はは、そうだよね。だけど、会えて嬉しいよ」
「えっ……」
 頭上から突如降り注いだ言葉に、顔が真っ赤になって行く事が分かった。し、しっかりしろ自分‼ 別にこれは特別な意味とか、そういうのじゃないでしょ。
 頭ではそう思うのに、心臓は勝手に鼓動を早くしていく。それまで何も気にすることなかった肩に添えられた手も意識してしまう。大きくて温かくて、今や体全体が心臓のような状態になっている私の鼓動が伝わってしまいそうで、恥ずかしかった。
「いやー出られなかったらどうしようと思ってね。だから本当、会えてよかったよ」
 雅紀さんは自傷気味に笑っていた。……ですよね、いや、むしろ期待した自分がちょっとオバカなんですけども。
「あれ? 燈ちゃん、顔赤い……? 大丈夫?」
「ゆ、夕日のせいです!」
 慌てて顔を隠すために俯いて、そのまま歩いて行った。家はもう目の前、早くこの赤くなった顔どうにかしなくちゃ。家に入ったら完全にバレる、そして捺のかっこうのエサになる。
 そのまま何となく会話もなく歩いて行くと、視界に建物が見えて来た。
「大きな家だね。凄いや……」
 雅紀さんは感心した様子で言った。確かにこの家を見たら、大概の人はこういう反応するだろうな。
「玄関はあっち、南にあります」
 家の西側から敷地に入り、そのまま玄関へ向かって行く。途中家から強い光が漏れている事に気付いた。あれ……穴かな? 場所は多分影が出たという倉庫だろう。窓が一切ないし、この強い光は捺の持ってきた照明のはず。そう言えば夕方にもう一度調査するって言ってたしね、私は真琴さんの事で頭がいっぱいで、すっかり忘れていたけど。
「あっ久保様! 大丈夫ですか? お帰りが遅いので、皆心配しておりました」
 玄関を入って直ぐ、音に気付いた使用人さんが、私の元に駆けつけてきた。こういう応対に慣れてないから戸惑ってしまう。なんだか私が主人みたいだし。
「いいえ、大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
「あの、失礼ですがお隣の方は……」
「実は私の知人でして、森の中で動けなくなった私を、此処まで送ってきてくれたんです」
 ま、動けなくなったのは雅紀さんのせいではあるけど。それは私が勝手に驚いた事だし、黙っておく。
「柳原雅紀と申します。急にすみません」
「まぁ……ありがとうございます。こちらに掛けてお待ちください。お嬢様と柴田様を呼んで参ります」
 使用人さんが反対側から私を支えつつ、目の前の食堂に案内してくれた。椅子に座ると、少しは落ち着いた感じ。腰が抜けるなんて人生で初めての経験だから、ここまで大変だとは思わなかったな。
 隣で立っていた雅紀さんにも椅子を勧める。彼は少し緊張した面持ちで椅子に腰かけた。この前家に行った時と違って、背筋に針金を入れたようにピンと真っ直ぐになっている。……疲れないのかな。
「雅紀さん、そんなに緊張しなくても……」
「いや、でも、僕メイドさんの居る家なんて初めてだから……」
 メイドさんて……。使用人の人達は役割によって服装は異なっていたけれど、家事などに従事している人はメイド服ではなくエプロン姿だ。服は確かにお掃除には向かないようなブラウスとタイトスカートだけど、メイド服とは程遠い。まぁ、お仕事的にはメイドさんと同じなんだろうけど……。
 少し待っていると、詩織さんが焦った様子で入って来た。それに続いて捺も、気だるそうに入って来る。絶対に怒る……そう思ってたのに、意外や意外、私を一切見ずに雅紀さんに視線を向けている。
「久保さん、帰りが遅いから心配してたんですよ」
「すみません……。もしかしたらもう少しで見つかるかもしれないと思って、森の方を探していたのですが、見付かりませんでした」
「……お姉さまの身を案じてくれるのは、本当に嬉しい事です。ですが貴女まで居無くなってしまっては本末転倒ですよ」
「はい……ごめんなさい」
 詩織さんの言葉は強かったけど、だけど優しいものだった。その気持ちが嬉しくて、素直に謝った。真琴さんの次にしっかりしてる人なんだな。
「……それで、そちらが助けて下さったという方ですか?」
「はい。柳原と申します。……大変な時にお邪魔してしまい、すみません」
「そんな事ありませんわ。あの、森の中で誰かを見かけたとかはありませんでしたか?」
「すみません、誰も……」
「そう……」
 詩織さんの沈んだ声に、四人とも黙り込んでしまった。なんとなく事情を察した雅紀さんは、自分も探す手伝いをすると言ってくれた。
「けれど……お仕事があるのでしょう?」
「ご迷惑でなければ、手伝わせてください。どうせ暫く滞在するつもりだったんです」
「そう言ってくださるのなら……。そうだ、柳原さんのお部屋を準備しますね」
「あ、大丈夫ですよ。自分はソファで十分です」
「そうもいきませんわ。確かもう一つゲストルームが空いていたわよね? そこへ案内して」
「かしこまりました」
 後ろに控えていた使用人さんが丁寧にお辞儀して、どうぞと言って雅紀さんを案内していった。その後ろをカチコチになった雅紀さんが着いて行く。私よりこういう場に不慣れなようだ。
「……本日は暗くなりましたし、また捜索は明日に致しましょう。お二人ともありがとうございました」
 詩織さんが部屋を出て行き、残ったのは私と捺だけとなった。雅紀さんが出て行ってから、捺に機嫌の悪そうな目が私に向けられている。っていうか考えてみたら、この場に来てから珍しく何も喋らなかった。
「……えっと、心配かけてごめん」
 視線を逸らしつつ言った。突き刺さるような視線が怖くて、とても目を見てなんて話せない。
 捺から返事はない。けれど私から視線は外さないし、出て行く気配もない。
「……明日も見つからなかったら、捜索願とか出した方が良いよね?」
「どうだろうな。警察がどういう判断を下すかだ」
 やっと喋った! だけど……
「どういう意味?」
「捜索願いには二種類がある。一般家出人と特別家出人だ。一般家出人は自分の意思で出て行った人に当たるから、警察は積極的捜索をしない。所謂蒸発という事だ。特別家出人は、事件事故の可能性がある、または自分の意思で出歩けない子供や老人、またはそれに準ずる人物と警察が認定した時。こちらは時間的猶予もないから、積極的捜査を行う。マスコミに公開して捜査を行う場合もな。真琴さんの場合、私物は置いたままで自分から姿を消す理由も見当たらないが、自分の意思で出歩く事は可能だ。まだ事件事故と断定するには早い段階かもしれない」
「そっか……そんな難しいのなんだ」
 確かに事件とかに関係なく姿を晦ます人だっているし、事件性の低い方はどうしても後回しになるよね。日本全部を探すなんて、そう簡単に出来る事じゃないし。
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