幻妖写鑑定局

かめりここ

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不思議な写真

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 やがて雲が茜色に染まって、太陽が西の空に沈み始めた頃、お店のベルがカランと音を立てた。昼間にもやって来た彼女は、恐らく泊まり用の荷物が入ったバッグと共に現れた。ただ目は赤く泣きはらした跡が残っていた。
「松田さん、お待ちしておりました。そちらへお掛けください」
「はい……。あの、もしかして?」
 松田さんは捺の態度に、期待をした様子で言った。
「やはりこれは心霊写真ではありませんでした。こちらをご覧ください」
 捺は昼間に撮ったバラの写真を渡した。右下には逆さまになったホースが写っている。
「これは此処の庭を写したものですが、こちらに奇妙な物が映っている事が分かりますね? お渡し頂いた写真と同一の位置、大きさです。逆さに写ると言う事も共通しています」
 松田さんは驚いて息を吞んだ。
「ちなみにその事に気付いたのは私なんですよ」
 いかにも自分が気づきました、なんて捺の態度に、私の手柄まで取られちゃう所だった。ちゃんと私の活躍は伝えておかないとね。ま、捺は納得いかなそうに私を睨んだけど、そんなの知らぬ存ぜぬですわ。
 一度咳ばらいをしてから、捺は話を続けた。
「つまりはレンズ以外の第二の露光部分が存在するとの事なんです。しかもそれは、ファインダーを覗いている時には映らない、シャッターを押した瞬間にだけ現れるものです。このペンタプリズム式一眼レフカメラは、機械の中でいくつものミラーによる反射を繰り返して、映像をファインダーまで届けています。レンズから入って来た映像が真っ先に当たるミラーが、シャッターを押した瞬間持ち上がり、その奥にあるフィルムに焼き付きます」
 松田さんは頷いて答える。一回聞いただけだけど、ちゃんと理解している様子だ。
 捺はカメラをひっくり返して、例の場所にルーペを当てて松田さんに差し出す。
「この部分を見てください。小さいですが穴が空いています」
「あら本当……」
「シャッターを押し、ミラーが持ち上がった瞬間ここから映像が入り、持ち上がっていたミラーに反射してフィルムに焼きついた。この部分だけ二重に撮影されたとの事です。ミラーに反射しているから当然逆さに写っている」
 捺は得意気に推理を披露した。松田さんも凄いわと納得している。
「でもさー……写ってる時と無いときがあるのはどうして?」
 ソファに有意義そうに持たれている捺に問いかける。
「カメラの構え方の問題だ。通常右手は人差し指をシャッターボタンに乗せ、その流れでカメラ本体に手を添えて持つ。左手はレンズとカメラの下を支えるように持ち、絞りを調整する。普段はこの状態で撮るから、下からの光は左手によって遮られているんだ。それが偶然光が入り込む位置に手が移動していたり、写った物がインパクトの強い物で人に認識された」
「じゃあ、こんな小さな穴に人の顔が映るなんて事あるの?」
「恐らくこの撮影時、少し奥の位置でしゃがんでいたんだと思う。この写真に写る松田さんのお母さんは、肩から上の写真だ。カメラをそこまで持ち上げて居れば、底に空いた穴がしゃがんでいる男性の顔の位置になる。手の位置、カメラの位置、しゃがんだ男性、全てがタイミングよく合った時に撮れた、偶然の産物なんですよ」
 なるほど。カメラのレンズだってそんなに大きいわけじゃないし、塩一粒位の穴でもちゃんとレンズになるのかもしれない。
「ある意味奇跡の写真だね」
「そうだな」
 松田さんも納得してくれたかな。そう思って彼女を見たけど、未だ彼女は眉根に皺を寄せて考えている。神妙そうな顔つきだ。
「松田さん、まだ疑問点が?」
「えぇ……それなら、何故父が此処に写ったのかと……。この頃はまだ父と母は出会っていないんです。母が二十四の時にお見合いだったので……」
 そうだった、これは松田さんのお父さんが写ってるから心配だって写真だったのに。今の理論で行くとしゃがんでる男性の位置にお父さんが居ないとだけど……じゃあ、偶々居たって事?
 捺も焦って居るよね。と思って彼を見たが、その考えは予想済みとでも言うように澄ました顔で答えた。
「よく見てください。これは本当に貴方のお父さんですか? お若い頃のお父さんを、貴方は写真等でしかご存じないはずですよ」
「それは勿論ですが、でも目の感じとか似てるかなって。でも、言われてみれば別人なのかも……。母がそう言ったから、私もそう思い込んでいたのかな……」
 松田さんは自信が無さそうに言う。
「人は見知らぬ物を見て不安に襲われた時、それを知っている物へと変換してしまう事があります。他の多くの心霊写真でもよく言われます、亡くなった人に似ているとか。でもはっきりと輪郭まで写っていない写真で、もう何十年も前の若い人の姿を見れば、男性というだけで似ているように感じてしまうものなんです」
 捺の話を聞いた森さんが、何かを思い出した様子で言った。
「あぁ、そう言えば聞いた事あるな……デジャヴも似たようなものじゃなかったかな?」
「そうです。多くはまだ解明されてないそうですが……お父さんに見えるという現象も、それで話が付くかと。現に今見た所、お父さんと断定できなそうですし」
 松田さんは今一度写真を凝視している。少しの沈黙の後、自傷するようにため息をついて答えた。
「本当、驚いちゃうわね……。さっきまでは父に見えていたのに、今は全く知らない人に見えるわ。鼻の形も違うし、口の形も微妙に違う。目は確かに似ているけど、他はまったくの別人。きっと母は……寂しくて、父に見えてしまったのだと思います」
 闘病生活の中で、いくら娘さんが支えて居てくれても、やっぱり旦那さんの事を思い出すと寂しいんだろう。もう一度会いたいって想いや、傍に居て欲しいって気持ちが旦那さんに見えてしまう原因で、その写真を大切に傍に置いて心の支えにしてるんだと思う。
「……以上が俺の出した鑑定結果です。ご納得いただけたでしょうか」
「えぇ、勿論。母にも伝えますわ。分かってくれると良いんだけど……」
「それは伝えなくて宜しいかと。ある意味でそれは完璧な心霊写真です」
 カメラを箱に戻していたら捺が突然意見を翻した。驚いて振り向くも、捺は変わらず涼しい顔をしている。私も松田さんも、森さんでさえ驚いているのに。
「ちょっと捺、どういうこと……? 安心させたり不安にさせたり……」
「俺は真実だけ述べた。でも真実を伝える事が必ずしも正しいとは限らない。松田さんのお母さんがその写真を心の支えにしていた、夫だと思って大切にしていた。誰かが心霊写真だと認めれば、どんな原理で撮られたものであれ心霊写真になる。事実を伝える事はお母さんを落胆させ、安心を奪う事になる。そもそも松田さんが写真を持ってきたのは、本当に霊が映った写真なのかって事だった。そしてこれは偶然の産物で撮れた危険性の無い物だと分かり、松田さんは安心する。だがお母さんも安心するとは限らないだろう。危険性が無いと分かったんだ、お母さんにはこれまで通りにしておいて、安心させた方が良いと思う」
 松田さんにそう言っていた捺の目はとても優しい物だった。これまで会って来た中で、多分一度も見た事がない目。暖かくて思いやりのある瞳の色をしている。
 松田さんは少し考えて、
「そうね……不安だったのは私だけだもの。母には、父が側で見守っていてくれるって伝えるわ」
 そう言うと、ふわっと微笑んだ。その表情は少し明るさが戻ってきていた。
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