3 / 26
唄
しおりを挟む
翌朝、私は朝餉の膳につきながら、昨夜の出来事を思い返していた。
赤き髪、碧き瞳――まさしく島に伝わる「鬼」の特徴そのままの人物。
だが、それは本当に鬼と呼ぶべき存在なのか。それとも、かつての異邦の民の末裔なのか。
「お嬢様、今朝はお早うございますね」
微笑みながら朝餉を運んできた女主人に、私は慎重に言葉を選びつつ尋ねた。
「女将さん、この島に、異国の方々が住まわれていたという記録はございますの?」
女主人は一瞬、箸を持つ手を止めた。
「……そのような話を、どこで?」
「ただの好奇心ですわ。昨夜、少しばかり昔話を調べてみましたの」
私は穏やかに微笑む。
「ふむ……確かに、この島には古くから異国の血を引く者がいたと言われております。けれど、それは遠い昔の話。今となっては、何が真実やら……」
「彼らはどこへ?」
「さあ、それは誰にも……」
言葉を濁しつつ、女主人はそっと目を伏せた。
何かを隠している。私はそう確信した。
食事を終えた後、私は宿を抜け出し、昨日の森へと向かうことにした。
鬼は、もう一度現れるだろうか――。
森の中はひんやりとした空気に包まれていた。陽の光が葉の隙間から洩れ、静寂が支配する世界。
私は昨夜の場所へと歩みを進める。
すると――
どこからか、唄声が聞こえてきた。
低く、静かな、異国の旋律。言葉は分からぬが、胸の奥に響くような、不思議な哀愁を帯びた調べ。
私は思わず、その声の方へと足を向けた。
やがて、木々の間に人影が見えた。
あの男――鬼。
昨夜と同じく、紅き髪が陽の光に揺れ、碧き瞳が物憂げに空を見つめている。
私は躊躇わず、声をかけた。
「その唄……異国のものですの?」
男は驚いたように私を見た。そして、微かに笑う。
「汝、また来たのか」
「ええ、だって面白いではありませんの。貴方は、まことに鬼でいらっしゃるの?」
彼は少しの間私を見つめ、それからゆっくりと口を開いた。
「……我らは、かつて海を渡り、この地に辿り着いた者の末裔。故国を失い、流れ着いた民」
「やはり、異国の……」
男は静かに頷く。
「だが、この島の者たちは我らを異端とした。異なる髪、異なる目を持つ我らを」
私は言葉を失った。
鬼とは、人ではなかったのか。
いや、異なる姿をしていたからといって、それだけで鬼と呼ばれるのか?
「では……貴方がたは、この島でどのように生きてきたの?」
男はゆっくりと空を見上げた。
「語るほどのものではない。ただ、隠れ、恐れられ、そして……忘れられた」
風が、木々を揺らした。
私は彼の言葉の重みを感じながら、そっと口を開いた。
「……では、私は貴方を忘れませんわ」
彼は驚いたように私を見た。
私は微笑みながら、続ける。
「私は藤村綾子。探究心に駆られ、真実を知りたくなったただの女学生ですわ」
彼は、しばし沈黙したのち、小さく微笑んだ。
「……面白い女だ」
私は満足げに微笑み返した。
これは、まだ始まりに過ぎない――。
赤き髪、碧き瞳――まさしく島に伝わる「鬼」の特徴そのままの人物。
だが、それは本当に鬼と呼ぶべき存在なのか。それとも、かつての異邦の民の末裔なのか。
「お嬢様、今朝はお早うございますね」
微笑みながら朝餉を運んできた女主人に、私は慎重に言葉を選びつつ尋ねた。
「女将さん、この島に、異国の方々が住まわれていたという記録はございますの?」
女主人は一瞬、箸を持つ手を止めた。
「……そのような話を、どこで?」
「ただの好奇心ですわ。昨夜、少しばかり昔話を調べてみましたの」
私は穏やかに微笑む。
「ふむ……確かに、この島には古くから異国の血を引く者がいたと言われております。けれど、それは遠い昔の話。今となっては、何が真実やら……」
「彼らはどこへ?」
「さあ、それは誰にも……」
言葉を濁しつつ、女主人はそっと目を伏せた。
何かを隠している。私はそう確信した。
食事を終えた後、私は宿を抜け出し、昨日の森へと向かうことにした。
鬼は、もう一度現れるだろうか――。
森の中はひんやりとした空気に包まれていた。陽の光が葉の隙間から洩れ、静寂が支配する世界。
私は昨夜の場所へと歩みを進める。
すると――
どこからか、唄声が聞こえてきた。
低く、静かな、異国の旋律。言葉は分からぬが、胸の奥に響くような、不思議な哀愁を帯びた調べ。
私は思わず、その声の方へと足を向けた。
やがて、木々の間に人影が見えた。
あの男――鬼。
昨夜と同じく、紅き髪が陽の光に揺れ、碧き瞳が物憂げに空を見つめている。
私は躊躇わず、声をかけた。
「その唄……異国のものですの?」
男は驚いたように私を見た。そして、微かに笑う。
「汝、また来たのか」
「ええ、だって面白いではありませんの。貴方は、まことに鬼でいらっしゃるの?」
彼は少しの間私を見つめ、それからゆっくりと口を開いた。
「……我らは、かつて海を渡り、この地に辿り着いた者の末裔。故国を失い、流れ着いた民」
「やはり、異国の……」
男は静かに頷く。
「だが、この島の者たちは我らを異端とした。異なる髪、異なる目を持つ我らを」
私は言葉を失った。
鬼とは、人ではなかったのか。
いや、異なる姿をしていたからといって、それだけで鬼と呼ばれるのか?
「では……貴方がたは、この島でどのように生きてきたの?」
男はゆっくりと空を見上げた。
「語るほどのものではない。ただ、隠れ、恐れられ、そして……忘れられた」
風が、木々を揺らした。
私は彼の言葉の重みを感じながら、そっと口を開いた。
「……では、私は貴方を忘れませんわ」
彼は驚いたように私を見た。
私は微笑みながら、続ける。
「私は藤村綾子。探究心に駆られ、真実を知りたくなったただの女学生ですわ」
彼は、しばし沈黙したのち、小さく微笑んだ。
「……面白い女だ」
私は満足げに微笑み返した。
これは、まだ始まりに過ぎない――。
0
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる