退廃成人

阿弖流為

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最後の会話

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和義は、留置場の固いベンチに座っていた。
 顔には殴られた痕が残り、全身がだるかった。
 疲労感と虚無感が入り混じり、思考すらまともに働かない。

 弁護士は来なかった。
 頼れる友人など、最初からいなかった。
 警察は形式的に取り調べをしただけで、彼に対する興味すら薄かった。

 ——本当に、俺は終わりだな。

 そんなとき、警察官が鉄格子の向こうから声をかけた。

 「保釈だ」

 和義はゆっくり顔を上げた。

 「……誰が?」

 「奥さんだよ」

 和義は思わず息をのんだ。

***

 警察署のロビーに出ると、陽子が待っていた。
 彼女は黒いコートを着て、腕を組んで立っていた。
 以前よりも痩せたように見える。
 だが、その目には迷いがなかった。

 「……来てくれたのか」

 和義が呟くと、陽子は静かに頷いた。

 「あなたと、話をするのはこれが最後よ」

 その言葉に、和義は息をのんだ。

 「……最後?」

 「離婚届、出したから」

 陽子は淡々とした声で言った。

 和義は言葉を失った。
 いや、本当はずっと分かっていた。
 もう、そうなるしかないと。

 「……そうか」

 それだけしか言えなかった。

 陽子は和義の顔をじっと見つめた。
 その瞳には、もう愛情も憎しみもなかった。
 あるのは、ただ冷めた決意だけ。

 「あなたは、もうどうしようもないところまで落ちたのよ」

 「……」

 「私は、これ以上あなたに付き合うつもりはない」

 冷たい風が吹いた。

 「あなたが自分を救うつもりがないなら、私にはもう関係ない」

 「……本当に、終わりなんだな」

 和義の声は、どこか他人事のようだった。

 陽子は小さく頷いた。

 「さようなら」

 それだけを言い残し、彼女は背を向けた。
 そして、二度と振り返らなかった。

 和義は、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 これが、本当に最後の会話だった。
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