婚約者が親友と浮気したので婚約破棄したら、なぜか幼馴染の騎士からプロポーズされました

鳥柄ささみ

文字の大きさ
上 下
79 / 83

番外編 ジュリアス編7

しおりを挟む
(やはりデタラメが過ぎたか……?)

 険しい表情のままこちらを見つめるキューリスに、心臓が口から飛び出そうなほど緊張する。
 ここで失敗はできない。
 今ここで下手を打っては全てが水の泡になってしまう。
 表情を変えずに祈るようにキューリスの顔色を窺っていると、突然先程までの険しい表情から一転、彼女はパーっと表情を明るくした。

「まぁ! そうでしたの!! まさかジュリアスさまがそんなサプライズをしてくださるなんて……! あらやだ、でしたらわたくしったら無粋なことをしてしまいましたわね」
「いえ、私が悪いのです。こういうことに不慣れなものでして、キューリスさまに不快な思いを……」
「いいえ! そういうことでしたら、気に致しませんわ! ふふふ、ジュリアスさまは不器用ですし、本当にジュリアスさまはわたくしを愛してくださっているのね。嬉しい……!」

 頬を紅潮させて、ギュッと抱きついてくるキューリス。
 気分がよくなったのか、キューリスは司祭からペンを引ったくるように奪うと「サインはどこにすればいいの?」と催促するように促した。

「こちらです」
「わかったわ。……キューリス・オルガス……っと。はい、ジュリアスさま」

 満面の笑みで俺にペンを渡してくるキューリス。
 視線の先には間違いなく自筆でキューリス本人が書いた署名を確認する。

「直筆、実名、共に間違いありません」

 偽司祭である近衛兵長がそう言うと、すぐさまその署名が書かれたものを奪われないように掲げる。
 そして俺はキューリスの腕を掴むと、そのまま速やかに隠し持っていた縄で彼女の手首を拘束した。

「そうか、よし。キューリス・オルガス。国家反逆罪で逮捕する!」
「はい……? え? あの、これもサプライズ、ですわよね?」

 事態が飲み込めず、ペンを落としながらたじろぎ、偽司祭と俺の顔を交互に見るキューリス。
 そこへ、「まだわからぬかお前達」とギルベルトが姿を現した。

「陛下、これは一体どういうことですか!?」

 先程の俺の掛け声に合わせて拘束されていたオルガス公爵が抵抗しながらギルベルトに訴える。
 キューリスもオルガス公爵まで拘束されていることに焦り、「冗談もいい加減にしてくださる!? 陛下、この不敬者達をどうにかしてください!」とギルベルトに訴えた。
 だがそれを冷たい眼差しでギルベルトが一睨みして、「黙れ!!」と今まで聞いたことのない威圧感のある大声を放つと二人は一気に萎縮する。
 普段朗らかで有名なギルベルトであるが、そのぶん怒ったときの彼は誰よりも怖かった。

「オルガス公爵。闇市場の運営並びに違法である人身売買の斡旋、性的搾取並びに性的虐待の罪で逮捕する!」
「なっ! なぜです、陛下! そんな、ワシがそんなことするはずが……あぁ、そうだ、誰かがワシを嵌めたんだ。陛下、ワシは無実です! ずっと先代の頃より貴方様にも精神誠意尽くしていたではありませんか! 何かの陰謀です! そもそも証拠は……っ! 証拠がどこにあるというのですか!?」

 必死に訴えるオルガス公爵。
 だがそれを一蹴するように「今更そんな弁で我を騙せると思ったのか?」とギルベルトが吐き捨てた。

「それに、もちろん証拠もあるに決まっている。……まさか、実娘であるエラの部屋に隠しているとはな。とことん見下げた男だ」
「なぜ、それを……!? キューリス、貴様か……っ!」

 オルガス公爵がキッとキューリスを睨む。
 だが、キューリスは怯むことなく応酬するように声を荒げた。

「わ、わたくしではありません! それに、義父ちちは確かに数多の少女を厭らしくも手籠にしておりましたが、わたくしは黙るよう脅されていたのです……っ、ですから、わたくしには何の罪もありません!」
「おおおおお前、ワシを裏切るのか!?」
「裏切るも何も渋々従わされていた身、わたくしは何もしておりませんもの! そうでしょうお義父とうさま? 貴方だけが悪いのよね?」
「……あぁ、そうだ。ワシだけが悪いのだ。キューリスは悪くない」
「ほうら」

 キューリスが視線を送ると途端に黙り込むオルガス公爵。
 恐らくこの様子だと、彼には魔女の秘薬が盛られているのだろう。
 今しがた自分を売った相手に対するオルガス公爵の反応にしては不自然であった。
 だがキューリスはオルガス公爵の言葉に勝ち誇ったように微笑むと、「それに、そもそもどうしてわたくしが国家反逆罪なんです? わたくしには何の身に覚えもありませんわ。さっさと縄を外してくださいません? わたくしは無実です!」とギルベルトに臆することなく言い放つ。
 こんな状況なのに、ここまで威勢がよいことにある意味感心しつつも俺は彼女の腕の縄を引くと、「口を慎め」と低く唸るような声でキューリスに圧力をかけた。

「……まだそんな言い逃れようとしているのか。それにたった今、自ら罪を認めたではないか」
「はい? ジュリアスさま、何のことをおっしゃってるの……? わたくしがいつ、どんな罪を認めたと言うのです?」

 しらばっくれようとしているキューリスに、先程サインさせた羊皮紙を掲げて見せる。
 そして、キューリスが結婚証明書だと思って記入したそれには、「我、キューリス・オルガスは魔女の秘薬を利用し、数多の人々を惑わし、害を与え意のままに操った国家反逆罪をしたことを認める。そして、いついかなる罰をも受け入れる所存である」と書かれており、その下には先程書いたキューリスの直筆サインがあった。

「な、何よ、これ、どういうこと? ジュリアスさま、わたくしを騙したの!?」

 さすがのキューリスも状況が理解できたのだろう。
 自らの罪を認め、どんなことをも受け入れるという自らの首を際限なく締め付ける書類に自ら署名してしまったことを知って青ざめたあと、怒りを含んだ醜悪な顔で睨みつけてくる。

「騙した、だと? 人聞きの悪い。きちんと確認せずに自らサインしたのは貴様だ。それに貴様がいくら喚いたところで既に証拠は揃っている。魔女の秘薬……この麻薬取引を行った業者も既に摘発、お前と取引したことも証言しているし、言い逃れることはできんぞ。部屋から応酬した魔女の秘薬も確保済み、被害者からも次々と証言を得ている」
「何ですって……!? そんな、嘘よ……! わたくしがそんなミスをするわけが!」
「もう詰みだ、キューリス。お前に逃げ場はない」

 キョロキョロと周りを見回して、先程まで全員惑わしていたはずの人々の様子がおかしいことに気づいて、ジリジリと後退るキューリス。
 そして俺に向かって、最後のやけっぱちとばかりに「ジュリアス、わたくしを今すぐここから逃しなさい! 早く!!」と必死に訴えてくる。

「残念だが、俺には魔女の秘薬は効かん。マリーリと一緒でな。それに俺が本当に愛してるのはマリーリだ。誰がお前の言うことなど聞くか」
「……っ!」

 マリーリの名を出すと、顔を真っ赤にさせて憤怒するキューリス。
 よほどマリーリに劣等感でもあるのか、今までよりもさらに顔を真っ赤にして、口から唾を飛ばしながら喚き散らした。

「信じられない! どいつもこいつもマリーリマリーリと……っ!! あんなクソブス! いつもヘラヘラしてるばかりの能無しなくせに!!! わたくしのほうがあんなやつより美人で気立てがよくて、賢くて優れているというのに!!」
「連行しろ」
「死ね、クソ野郎! こんなわたくしの思い通りにならないしょうもない国、とっとと滅びればいいんだわ!! マリーリも今頃どうせ隣国のクソどものところに連れられて嬲られるか殺されるかしている頃でしょう? いい気味だわ! 残念だったわね、ジュリアス!! あははは、あーはっはっは」

 キューリスは近衛騎士達に両脇を抱えられて連行されると、暴れながら悪態をつく。

(マリーリが隣国に……?)

 その悪態の中に口から出まかせにしては聞き捨てならない台詞があることに気づいて、俺は彼女の肩を強く掴んだ。

「どういうことだ! マリーリに何かしたのか!?」
「はっ、誰が言うかバーーーーーーカ!! ふふふ、いい気味だわ! せいぜい泣き喚いてあのクソ女の亡骸を抱えながら後悔するといいわ!!」
「……威勢がいいのは結構なことだが、貴様にはそれ相応の罰があるから覚悟しておけ。それに、マリーリ嬢と比べるのもおぞましいブスが、汚いツラでギャアギャアと醜く騒ぐでない。反吐が出る」

 高笑いしながらさっさと踵を返して歩き出すキューリスにギルベルトがトドメを刺す。
 キューリスは再び髪を振り乱し「誰がブスですって!?」と目を剥き、ギルベルトに暴言を吐きながらも、大人しくなったオルガス公爵と共に強制的に連行されて行った。
 国家反逆罪だけでなく不敬罪まで重ねて犯した姿を見て、つくづく愚かな女だと呆れながらも、先程のキューリスの発言が引っかかる。

(何か胸騒ぎがする)

「ギル、俺は家に帰らせてもらうぞ」
「あぁ、そうしろ。あの女狐の言うことだ。ただの足掻きであればいいのだが」

 そんな会話をギルベルトとしていたときだった。
 慌てて城を出ようとすると、入れ替わるように慌ただしく入ってくる近衛兵。

「陛下!」
「なんだ、そんなに慌てて」
「たった今入電が。以前陛下直々に直通を許可されたエラという女から陛下宛てに伝言とのこと!」
「エラから? 珍しいな。要件は」
「それが……っ、マリーリさまがグロウさまに連れ去られたと」
「何!??」
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

上辺だけの王太子妃はもうたくさん!

ネコ
恋愛
侯爵令嬢ヴァネッサは、王太子から「外聞のためだけに隣にいろ」と言われ続け、婚約者でありながらただの体面担当にされる。周囲は別の令嬢との密会を知りつつ口を噤むばかり。そんな扱いに愛想を尽かしたヴァネッサは「それなら私も好きにさせていただきます」と王宮を去る。意外にも国王は彼女の価値を知っていて……?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

婚約破棄おめでとー!

鳥柄ささみ
恋愛
「ベルーナ・ディボラ嬢! 貴女との婚約を破棄する!!」 結婚前パーティーで突然婚約者であるディデリクス王子から婚約破棄を言い渡されるベルーナ。婚約破棄をされるようなことをしでかした覚えはまるでないが、ベルーナは抵抗することなく「承知致しました」とその宣言を受け入れ、王子の静止も聞かずにその場をあとにする。 「ぷはー!! 今日は宴よ! じゃんじゃん持ってきて!!」 そしてベルーナは帰宅するなり、嬉々として祝杯をあげるのだった。 ※他のサイトにも掲載中

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...