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番外編 ジュリアス編2

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 たまたまの帰省だった。
 いつものようにマリーリには知らせずに彼女の婚約の進捗についてグウェンから聞くための帰省。
 だから本当は声をかけるつもりはなかった。
 だが、不意に視線の中に飛び込んで来たマリーリの様子が明らかにおかしいことに気づいて、俺はいてもたってもいられなかった。
 何があったのかと聞かずにはいられなかったのだ。

「婚約破棄した」

 どうして泣いているのかマリーリから事情を聞き出したとき、これはチャンスだと思った。
 目の前で傷心しているマリーリには申し訳なく、非常に不誠実ではあると思うが、言うなら今だと思った。
 あのとき言えずに後悔したことを言うなら、今しかないとそう思ったのだ。

「だったら俺ではダメか?」

 そこからはどうにか気を惹こうと夢中だった。
 断られないように必死に彼女の興味ありそうなもの……バルムンクで釣る。
 まさか本当にそれで釣れるとは思わず、バルムンクに負けたと思うとなんとも言えない気持ちになるが、それでもマリーリが受け入れてくれたことは嬉しかった。
 あぁ、やっと、やっとこの積年の想いが叶うのかと思うと嬉しくて叫びたくてその場でガッツポーズをしたくて仕方なかったが、それをおくびにも出さずにグッと堪える。
 彼女にみっともない姿は見せられないし、イメージが崩れたり悪い印象を与えたりしては絶対にいけない。
 だから俺は、マリーリからキスを強請られたときもがっついてしまいそうな気持ちを抑えながら慎重にした。
 唇が触れた瞬間、今まで味わったことのない快感が湧き上がって頭がおかしくなりそうだったが、我ながらよくあそこで止められたと自分で自分を褒めたい。
 きっとあのまま自制しなかったらきっと押し倒して最後までしてしまいそうだったが、騎士道精神を培ったおかげでどうにか切り抜けることができた。
 ある意味寄宿舎に行ってよかったと言える。

(あぁ、マリーリ。可愛すぎるだろう……っ)

 口付けの余韻なのか、惚けた顔をしているマリーリが可愛いすぎてぐらぐらと欲が顔を出す。

(またキスしたい。抱き締めたい。食べてしまいたい。いや、でも我慢だ。そんながっついている様子を見せたらダメだ)

 そんなことを考えながら表情では努めて平静装う。
 こんなことを考えているなんて知ったらきっとマリーリに幻滅されるから隠さねば、と思いながらなるべく真摯に、彼女にこの欲を察せられないように予め距離を取る。
 それほどまでに積年の想いは大きく、マリーリを愛しく思う気持ちは抑えきれないほどであった。
 マリーリの顔や匂い、また声を聞くだけで反応してしまうほど俺は彼女を愛している。
 だからこそ嫌われたり彼女を手放したりすることがないようにしなければならない。

(今度こそ、絶対に誰にも取られないようにしなければ)

 そのため、根回しもめいいっぱいした。
 まず元々いくつか来ていた見合いの話を断り、マリーリと婚約したことを関係者に通達。
 次にブランの家の現状について今まで調べまくった実績を持って自分の父やマリーリの父に訴えつつ、自分がいかにマリーリと婚約するに値する男か、今後の領地を任されたこともマリーリがいなければどれほど困るかなどを大袈裟にアピールする。
 もちろん国王であるギルベルトにも。
 いくら婚約という正式な契約とはいえ、問題があれば破棄できる。
 そのため今まで集めてきたその情報や裏付けの資料などで徹底的にブランがマリーリの婚約者に値しないことを言及し、その後ブランの暴挙でマリーリが乱暴されたことが決定的となり、婚約破棄が確定。
 それで何もかも上手くいき、念願のマリーリとの結婚が叶うはずだった。


 ◇


「今、なんと言った?」
「そう殺気立つでない。しばしその結婚を待てと言ったのだ」
「なぜ」
「本当、貴様はマリーリ嬢のこととなると見境がなくなるな。とりあえずその剣を握る手を下ろして、話を聞け」
「……わかった」

 今までブランの一件さえ落ち着いたらマリーリとすぐにでも結婚しようと奮闘していたのに、突然結婚を待つように言われて憤るなという方が無理だった。
 寄宿舎時代から現在までこのギルベルトという男から無茶な要望は数多くされ、どうにか期待に応えられるよう努力してきたつもりだが、今回だけは頷けないと抗議しようとすると、「落ち着け、マリーリ嬢にも関係があることだ」と言われて聞かざるを得なかった。
 それからキューリスの話、オルガス公爵の話を聞いて頭が痛くなる。

「どうしてそんなことになるんだ。なぜキューリスがオルガス家の養子になるのを止められなかった」
「それは面目ないと思っている」
「しかし厄介な女だな、キューリスという女」

 自分の都合がいいように、手当たり次第魔女の秘薬を用いて意のままに操っていると聞き、思わず溜め息が出る。
 そういえば、副作用はマリーリの最近の言動と合致していることに気づいてさらに頭痛が増した。

「あの女はマリーリ嬢に執着しているからな。このまま魔女の秘薬を持ったままのキューリスを野放しにしていたら確実にマリーリ嬢に危害を加えられるぞ」
「……っ。それでつまり、俺にキューリスの調査員兼囮になれと?」
「そういうことだ。領地の仕事も多少あるだろうが、今は騎士の仕事は休んでこの件を専任でやってほしい。今回はオルガスも関わっているようだからな、今度こそ息の根を止めてやる。あの色狂いのクソ狸親父め……っ」

 ギルベルトが珍しく忌々しげに吐き捨てるように言うのを聞きながら、こいつにも感情があったのかと内心感心する。
 昔は程々に感情を出す男だったが、あるときを境にヘラヘラと笑うだけの男と化していて、それ以来感情という感情を見せずにいつも飄々とした態度をとるようになっていた。
 勝手に王としての処世術とでも思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「珍しいな、ギルベルトがその態度を取るだなんて。随分と腹に据えかねていると言った感じだが、オルガス公爵と何かあったのか?」
「……いや、我と何かあやつの間であったわけではないが、……個人的怨みだ。そうだな、そういう意味ではジュリアスとマリーリ嬢の一件に近しいかもな」

 ギルベルトの言うことが理解できなくて首を傾げる。
 すると、「昔の話さ。気にするな」とはぐらかされ、今後のキューリスの対策について話を切り替えられるのだった。
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