74 / 83
番外編 ジュリアス編2
しおりを挟む
たまたまの帰省だった。
いつものようにマリーリには知らせずに彼女の婚約の進捗についてグウェンから聞くための帰省。
だから本当は声をかけるつもりはなかった。
だが、不意に視線の中に飛び込んで来たマリーリの様子が明らかにおかしいことに気づいて、俺はいてもたってもいられなかった。
何があったのかと聞かずにはいられなかったのだ。
「婚約破棄した」
どうして泣いているのかマリーリから事情を聞き出したとき、これはチャンスだと思った。
目の前で傷心しているマリーリには申し訳なく、非常に不誠実ではあると思うが、言うなら今だと思った。
あのとき言えずに後悔したことを言うなら、今しかないとそう思ったのだ。
「だったら俺ではダメか?」
そこからはどうにか気を惹こうと夢中だった。
断られないように必死に彼女の興味ありそうなもの……バルムンクで釣る。
まさか本当にそれで釣れるとは思わず、バルムンクに負けたと思うとなんとも言えない気持ちになるが、それでもマリーリが受け入れてくれたことは嬉しかった。
あぁ、やっと、やっとこの積年の想いが叶うのかと思うと嬉しくて叫びたくてその場でガッツポーズをしたくて仕方なかったが、それをおくびにも出さずにグッと堪える。
彼女にみっともない姿は見せられないし、イメージが崩れたり悪い印象を与えたりしては絶対にいけない。
だから俺は、マリーリからキスを強請られたときもがっついてしまいそうな気持ちを抑えながら慎重にした。
唇が触れた瞬間、今まで味わったことのない快感が湧き上がって頭がおかしくなりそうだったが、我ながらよくあそこで止められたと自分で自分を褒めたい。
きっとあのまま自制しなかったらきっと押し倒して最後までしてしまいそうだったが、騎士道精神を培ったおかげでどうにか切り抜けることができた。
ある意味寄宿舎に行ってよかったと言える。
(あぁ、マリーリ。可愛すぎるだろう……っ)
口付けの余韻なのか、惚けた顔をしているマリーリが可愛いすぎてぐらぐらと欲が顔を出す。
(またキスしたい。抱き締めたい。食べてしまいたい。いや、でも我慢だ。そんながっついている様子を見せたらダメだ)
そんなことを考えながら表情では努めて平静装う。
こんなことを考えているなんて知ったらきっとマリーリに幻滅されるから隠さねば、と思いながらなるべく真摯に、彼女にこの欲を察せられないように予め距離を取る。
それほどまでに積年の想いは大きく、マリーリを愛しく思う気持ちは抑えきれないほどであった。
マリーリの顔や匂い、また声を聞くだけで反応してしまうほど俺は彼女を愛している。
だからこそ嫌われたり彼女を手放したりすることがないようにしなければならない。
(今度こそ、絶対に誰にも取られないようにしなければ)
そのため、根回しもめいいっぱいした。
まず元々いくつか来ていた見合いの話を断り、マリーリと婚約したことを関係者に通達。
次にブランの家の現状について今まで調べまくった実績を持って自分の父やマリーリの父に訴えつつ、自分がいかにマリーリと婚約するに値する男か、今後の領地を任されたこともマリーリがいなければどれほど困るかなどを大袈裟にアピールする。
もちろん国王であるギルベルトにも。
いくら婚約という正式な契約とはいえ、問題があれば破棄できる。
そのため今まで集めてきたその情報や裏付けの資料などで徹底的にブランがマリーリの婚約者に値しないことを言及し、その後ブランの暴挙でマリーリが乱暴されたことが決定的となり、婚約破棄が確定。
それで何もかも上手くいき、念願のマリーリとの結婚が叶うはずだった。
◇
「今、なんと言った?」
「そう殺気立つでない。しばしその結婚を待てと言ったのだ」
「なぜ」
「本当、貴様はマリーリ嬢のこととなると見境がなくなるな。とりあえずその剣を握る手を下ろして、話を聞け」
「……わかった」
今までブランの一件さえ落ち着いたらマリーリとすぐにでも結婚しようと奮闘していたのに、突然結婚を待つように言われて憤るなという方が無理だった。
寄宿舎時代から現在までこのギルベルトという男から無茶な要望は数多くされ、どうにか期待に応えられるよう努力してきたつもりだが、今回だけは頷けないと抗議しようとすると、「落ち着け、マリーリ嬢にも関係があることだ」と言われて聞かざるを得なかった。
それからキューリスの話、オルガス公爵の話を聞いて頭が痛くなる。
「どうしてそんなことになるんだ。なぜキューリスがオルガス家の養子になるのを止められなかった」
「それは面目ないと思っている」
「しかし厄介な女だな、キューリスという女」
自分の都合がいいように、手当たり次第魔女の秘薬を用いて意のままに操っていると聞き、思わず溜め息が出る。
そういえば、副作用はマリーリの最近の言動と合致していることに気づいてさらに頭痛が増した。
「あの女はマリーリ嬢に執着しているからな。このまま魔女の秘薬を持ったままのキューリスを野放しにしていたら確実にマリーリ嬢に危害を加えられるぞ」
「……っ。それでつまり、俺にキューリスの調査員兼囮になれと?」
「そういうことだ。領地の仕事も多少あるだろうが、今は騎士の仕事は休んでこの件を専任でやってほしい。今回はオルガスも関わっているようだからな、今度こそ息の根を止めてやる。あの色狂いのクソ狸親父め……っ」
ギルベルトが珍しく忌々しげに吐き捨てるように言うのを聞きながら、こいつにも感情があったのかと内心感心する。
昔は程々に感情を出す男だったが、あるときを境にヘラヘラと笑うだけの男と化していて、それ以来感情という感情を見せずにいつも飄々とした態度をとるようになっていた。
勝手に王としての処世術とでも思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「珍しいな、ギルベルトがその態度を取るだなんて。随分と腹に据えかねていると言った感じだが、オルガス公爵と何かあったのか?」
「……いや、我と何かあやつの間であったわけではないが、……個人的怨みだ。そうだな、そういう意味ではジュリアスとマリーリ嬢の一件に近しいかもな」
ギルベルトの言うことが理解できなくて首を傾げる。
すると、「昔の話さ。気にするな」とはぐらかされ、今後のキューリスの対策について話を切り替えられるのだった。
いつものようにマリーリには知らせずに彼女の婚約の進捗についてグウェンから聞くための帰省。
だから本当は声をかけるつもりはなかった。
だが、不意に視線の中に飛び込んで来たマリーリの様子が明らかにおかしいことに気づいて、俺はいてもたってもいられなかった。
何があったのかと聞かずにはいられなかったのだ。
「婚約破棄した」
どうして泣いているのかマリーリから事情を聞き出したとき、これはチャンスだと思った。
目の前で傷心しているマリーリには申し訳なく、非常に不誠実ではあると思うが、言うなら今だと思った。
あのとき言えずに後悔したことを言うなら、今しかないとそう思ったのだ。
「だったら俺ではダメか?」
そこからはどうにか気を惹こうと夢中だった。
断られないように必死に彼女の興味ありそうなもの……バルムンクで釣る。
まさか本当にそれで釣れるとは思わず、バルムンクに負けたと思うとなんとも言えない気持ちになるが、それでもマリーリが受け入れてくれたことは嬉しかった。
あぁ、やっと、やっとこの積年の想いが叶うのかと思うと嬉しくて叫びたくてその場でガッツポーズをしたくて仕方なかったが、それをおくびにも出さずにグッと堪える。
彼女にみっともない姿は見せられないし、イメージが崩れたり悪い印象を与えたりしては絶対にいけない。
だから俺は、マリーリからキスを強請られたときもがっついてしまいそうな気持ちを抑えながら慎重にした。
唇が触れた瞬間、今まで味わったことのない快感が湧き上がって頭がおかしくなりそうだったが、我ながらよくあそこで止められたと自分で自分を褒めたい。
きっとあのまま自制しなかったらきっと押し倒して最後までしてしまいそうだったが、騎士道精神を培ったおかげでどうにか切り抜けることができた。
ある意味寄宿舎に行ってよかったと言える。
(あぁ、マリーリ。可愛すぎるだろう……っ)
口付けの余韻なのか、惚けた顔をしているマリーリが可愛いすぎてぐらぐらと欲が顔を出す。
(またキスしたい。抱き締めたい。食べてしまいたい。いや、でも我慢だ。そんながっついている様子を見せたらダメだ)
そんなことを考えながら表情では努めて平静装う。
こんなことを考えているなんて知ったらきっとマリーリに幻滅されるから隠さねば、と思いながらなるべく真摯に、彼女にこの欲を察せられないように予め距離を取る。
それほどまでに積年の想いは大きく、マリーリを愛しく思う気持ちは抑えきれないほどであった。
マリーリの顔や匂い、また声を聞くだけで反応してしまうほど俺は彼女を愛している。
だからこそ嫌われたり彼女を手放したりすることがないようにしなければならない。
(今度こそ、絶対に誰にも取られないようにしなければ)
そのため、根回しもめいいっぱいした。
まず元々いくつか来ていた見合いの話を断り、マリーリと婚約したことを関係者に通達。
次にブランの家の現状について今まで調べまくった実績を持って自分の父やマリーリの父に訴えつつ、自分がいかにマリーリと婚約するに値する男か、今後の領地を任されたこともマリーリがいなければどれほど困るかなどを大袈裟にアピールする。
もちろん国王であるギルベルトにも。
いくら婚約という正式な契約とはいえ、問題があれば破棄できる。
そのため今まで集めてきたその情報や裏付けの資料などで徹底的にブランがマリーリの婚約者に値しないことを言及し、その後ブランの暴挙でマリーリが乱暴されたことが決定的となり、婚約破棄が確定。
それで何もかも上手くいき、念願のマリーリとの結婚が叶うはずだった。
◇
「今、なんと言った?」
「そう殺気立つでない。しばしその結婚を待てと言ったのだ」
「なぜ」
「本当、貴様はマリーリ嬢のこととなると見境がなくなるな。とりあえずその剣を握る手を下ろして、話を聞け」
「……わかった」
今までブランの一件さえ落ち着いたらマリーリとすぐにでも結婚しようと奮闘していたのに、突然結婚を待つように言われて憤るなという方が無理だった。
寄宿舎時代から現在までこのギルベルトという男から無茶な要望は数多くされ、どうにか期待に応えられるよう努力してきたつもりだが、今回だけは頷けないと抗議しようとすると、「落ち着け、マリーリ嬢にも関係があることだ」と言われて聞かざるを得なかった。
それからキューリスの話、オルガス公爵の話を聞いて頭が痛くなる。
「どうしてそんなことになるんだ。なぜキューリスがオルガス家の養子になるのを止められなかった」
「それは面目ないと思っている」
「しかし厄介な女だな、キューリスという女」
自分の都合がいいように、手当たり次第魔女の秘薬を用いて意のままに操っていると聞き、思わず溜め息が出る。
そういえば、副作用はマリーリの最近の言動と合致していることに気づいてさらに頭痛が増した。
「あの女はマリーリ嬢に執着しているからな。このまま魔女の秘薬を持ったままのキューリスを野放しにしていたら確実にマリーリ嬢に危害を加えられるぞ」
「……っ。それでつまり、俺にキューリスの調査員兼囮になれと?」
「そういうことだ。領地の仕事も多少あるだろうが、今は騎士の仕事は休んでこの件を専任でやってほしい。今回はオルガスも関わっているようだからな、今度こそ息の根を止めてやる。あの色狂いのクソ狸親父め……っ」
ギルベルトが珍しく忌々しげに吐き捨てるように言うのを聞きながら、こいつにも感情があったのかと内心感心する。
昔は程々に感情を出す男だったが、あるときを境にヘラヘラと笑うだけの男と化していて、それ以来感情という感情を見せずにいつも飄々とした態度をとるようになっていた。
勝手に王としての処世術とでも思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「珍しいな、ギルベルトがその態度を取るだなんて。随分と腹に据えかねていると言った感じだが、オルガス公爵と何かあったのか?」
「……いや、我と何かあやつの間であったわけではないが、……個人的怨みだ。そうだな、そういう意味ではジュリアスとマリーリ嬢の一件に近しいかもな」
ギルベルトの言うことが理解できなくて首を傾げる。
すると、「昔の話さ。気にするな」とはぐらかされ、今後のキューリスの対策について話を切り替えられるのだった。
0
お気に入りに追加
2,231
あなたにおすすめの小説

上辺だけの王太子妃はもうたくさん!
ネコ
恋愛
侯爵令嬢ヴァネッサは、王太子から「外聞のためだけに隣にいろ」と言われ続け、婚約者でありながらただの体面担当にされる。周囲は別の令嬢との密会を知りつつ口を噤むばかり。そんな扱いに愛想を尽かしたヴァネッサは「それなら私も好きにさせていただきます」と王宮を去る。意外にも国王は彼女の価値を知っていて……?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です

婚約破棄おめでとー!
鳥柄ささみ
恋愛
「ベルーナ・ディボラ嬢! 貴女との婚約を破棄する!!」
結婚前パーティーで突然婚約者であるディデリクス王子から婚約破棄を言い渡されるベルーナ。婚約破棄をされるようなことをしでかした覚えはまるでないが、ベルーナは抵抗することなく「承知致しました」とその宣言を受け入れ、王子の静止も聞かずにその場をあとにする。
「ぷはー!! 今日は宴よ! じゃんじゃん持ってきて!!」
そしてベルーナは帰宅するなり、嬉々として祝杯をあげるのだった。
※他のサイトにも掲載中
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる