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24 寝るときは髪を下ろしてるんだな
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「寝るときは髪を下ろしているんだな」
不意に声をかけられ、ドキリとする。
自分の部屋だというのになんだか居場所がなくてウロウロしていると、ぽんぽんとジュリアスが自分の隣を叩いた。
「え?」
「何をウロウロしているんだ。ここに座れ」
「う。あー……、そ、そうよね」
とす、とジュリアスに言われた通り彼の隣に腰を下ろす。
思いのほか座った位置が近くなってしまってマリーリは一瞬動揺したが、ジュリアスは気にしていないようでそっと内心で安心した。
「髪を結んでないと少々幼く見えるな」
「そう、かしら? 自分ではあまりそう思ったことはないけれど」
「結んでいるマリーリもいいが、普段見られない姿のマリーリもいいな」
「それは……どうも」
(褒められているのかしら)
まじまじと見られて照れるマリーリ。
こうして男性から褒められることなど経験がないため、なんだかムズムズとする。
「ジュリアスもお風呂に入ってきたのね」
「あぁ、あまり最近ゆっくり浸かることはなかったがいい湯だった」
「最近ずっと忙しそうにしてたものね。ところで、ねぇ……もしかしてだけど、お風呂も特注?」
「あぁ、そうだ。マリーリがいつ泥だらけになってもいいようにな」
「そ、そんな今は泥だらけになることはないわよ。たまにドレスを汚すことはあるかもしれないけど」
泥だらけにならない自信がなくてそう言えば、ふっと微笑まれる。
なんだかその表情はバカにしたものとは違って、慈しみに溢れているという感じでマリーリはちょっと気恥ずかしかった。
「気に入ったか?」
「えぇ、とても。ミヤも綺麗で掃除がしやすそうだと喜んでいたわ」
「そういえば、マリーリはミヤというメイドがやけに気に入りなのだな」
「え? まぁ、そうね」
まさかミヤのことを言われるとは思わず、ドギマギするマリーリ。
何かおかしなことをしただろうかと内心焦る。
「今日は彼女と一緒に風呂に入ったと聞いたが、いつも一緒に入っているのか?」
「いつもじゃないわ。今日はここのお風呂は初めてだし、せっかく大きいお風呂だからいいかなーって。ダメだったかしら?」
「いや。ダメではないんだが、少々妬けるな、と」
「へ?」
「いや、何でもない」
(妬ける、というのはどういうことだろうか)
ジュリアスがそんなことを言うなんて思ってもみなくて面食らう。
と、同時に妬けるというのは誰に対してなのだろうか、という問題にぶち当たった。
(さっきの話的に、もしかしてミヤのことかしら……?)
ミヤはスタイルもよく、聡明で誰が見ても見惚れてしまうほど美貌を持ち合わせている。
性格は多少難があるが、表向きはそんなものおくびにも出さないし、愛想はよく社交的だ。
ジュリアスがミヤを気に入らないわけがない、と思って心が冷えていくのがわかる。
マリーリはなんだか黒くモヤモヤとした仄暗い感情が湧き上がってくるのに気づいてそっと項垂れた。
(また私、大事な人を失うのかしら)
先日のブランとキューリスのことが脳裏をよぎる。
あの一件があるまで、マリーリは彼らがそんな裏切りをしているなどとはつゆほども思っていなかったと言うのに、あの場面に遭遇して以来何もかもが一変してしまった。
常に疑心暗鬼で、たまに卒倒しそうなほどの不安感に襲われ、それと同時にあのときの会話に対しての怒りが湧き上がることがある。
全てがごちゃ混ぜになって複雑な感情がマリーリを苛んだ。
そのため、あのようなことがまた自分の身に起きると思うと、マリーリは今度こそ立ち直れないかもしれないと思い、恐怖で身体が震える。
「どうした? 身体が冷えたか?」
そっとジュリアスに身体を触れられ、びくりと跳ねる。
すると、ジュリアスは訝しむように眉を顰めた。
「大丈夫か?」
「い、いえ、大丈夫よ」
「そうは見えない。顔色が悪いぞ。ほら、布団をかけろ」
「だから大丈夫だって」
「明日はパーティーなのだから、風邪でもひいたら大変だろう?」
(あぁ、パーティーだから、ということね。主催だもの、体調を崩したらダメだものね)
我ながら偏屈だと思いながらも冷えていく考えが止められない。
ジュリアスは私の身体よりも明日のパーティーの心配をしているのかと、勝手に被害妄想のような思考が頭の中を占領し、ギュッと胸が痛んだ。
「マリーリ」
眉間を指で押される。
いつの間にか自分も眉間に皺を寄せていたようで、むにっと押されたかと思うと慣らすようにグニグニと押された。
「ちょ、何?」
「そんな難しい顔をするな。頭痛でもするのか? あぁ、今白湯でも用意させ……いや、俺が持ってこよう。ちゃんと寝てろよ?」
「え、ジュリアスが!?」
「何だ、ダメなのか?」
「いえ、ダメというか……わざわざジュリアスが用意することないでしょう?」
「いや、夜も遅いし使用人達をわざわざ起こして手を煩わすこともないだろう」
「それは、そうだけど。ジュリアス、できるの?」
「バカにするんじゃない。白湯くらい用意できる」
心外だとでも言うかのように口を曲げるジュリアス。
普段見ないようなちょっと面白い顔に、口元が緩む。
「何よ、その顔。面白い」
「ふっ、やっと笑ったな。マリーリはそうして笑っていたほうがいい」
「そ、そうかしら?」
「あぁ、その顔を見るだけでこちらも元気になる」
(そういえば、母にもミヤにもよく言われていたわね)
マリーリは笑顔が素敵、とよく言われていたことを思い出す。
身内贔屓ゆえの言動だろうが、それでもそう言ってもらえるのは嬉しかった。
「とにかく行ってくる。あまり夜更かししても明日に障るだろうからな」
「えぇ、そうね。ありがとう、ジュリアス」
素直に礼を言えば、ジュリアスの大きな手で頭を撫でられる。
それがとても心地よくて、思わずマリーリが目を閉じると、なぜか「……っ」とジュリアスが何やら動揺したのを感じるも、彼はそのまま部屋を出て行ってしまった。
不意に声をかけられ、ドキリとする。
自分の部屋だというのになんだか居場所がなくてウロウロしていると、ぽんぽんとジュリアスが自分の隣を叩いた。
「え?」
「何をウロウロしているんだ。ここに座れ」
「う。あー……、そ、そうよね」
とす、とジュリアスに言われた通り彼の隣に腰を下ろす。
思いのほか座った位置が近くなってしまってマリーリは一瞬動揺したが、ジュリアスは気にしていないようでそっと内心で安心した。
「髪を結んでないと少々幼く見えるな」
「そう、かしら? 自分ではあまりそう思ったことはないけれど」
「結んでいるマリーリもいいが、普段見られない姿のマリーリもいいな」
「それは……どうも」
(褒められているのかしら)
まじまじと見られて照れるマリーリ。
こうして男性から褒められることなど経験がないため、なんだかムズムズとする。
「ジュリアスもお風呂に入ってきたのね」
「あぁ、あまり最近ゆっくり浸かることはなかったがいい湯だった」
「最近ずっと忙しそうにしてたものね。ところで、ねぇ……もしかしてだけど、お風呂も特注?」
「あぁ、そうだ。マリーリがいつ泥だらけになってもいいようにな」
「そ、そんな今は泥だらけになることはないわよ。たまにドレスを汚すことはあるかもしれないけど」
泥だらけにならない自信がなくてそう言えば、ふっと微笑まれる。
なんだかその表情はバカにしたものとは違って、慈しみに溢れているという感じでマリーリはちょっと気恥ずかしかった。
「気に入ったか?」
「えぇ、とても。ミヤも綺麗で掃除がしやすそうだと喜んでいたわ」
「そういえば、マリーリはミヤというメイドがやけに気に入りなのだな」
「え? まぁ、そうね」
まさかミヤのことを言われるとは思わず、ドギマギするマリーリ。
何かおかしなことをしただろうかと内心焦る。
「今日は彼女と一緒に風呂に入ったと聞いたが、いつも一緒に入っているのか?」
「いつもじゃないわ。今日はここのお風呂は初めてだし、せっかく大きいお風呂だからいいかなーって。ダメだったかしら?」
「いや。ダメではないんだが、少々妬けるな、と」
「へ?」
「いや、何でもない」
(妬ける、というのはどういうことだろうか)
ジュリアスがそんなことを言うなんて思ってもみなくて面食らう。
と、同時に妬けるというのは誰に対してなのだろうか、という問題にぶち当たった。
(さっきの話的に、もしかしてミヤのことかしら……?)
ミヤはスタイルもよく、聡明で誰が見ても見惚れてしまうほど美貌を持ち合わせている。
性格は多少難があるが、表向きはそんなものおくびにも出さないし、愛想はよく社交的だ。
ジュリアスがミヤを気に入らないわけがない、と思って心が冷えていくのがわかる。
マリーリはなんだか黒くモヤモヤとした仄暗い感情が湧き上がってくるのに気づいてそっと項垂れた。
(また私、大事な人を失うのかしら)
先日のブランとキューリスのことが脳裏をよぎる。
あの一件があるまで、マリーリは彼らがそんな裏切りをしているなどとはつゆほども思っていなかったと言うのに、あの場面に遭遇して以来何もかもが一変してしまった。
常に疑心暗鬼で、たまに卒倒しそうなほどの不安感に襲われ、それと同時にあのときの会話に対しての怒りが湧き上がることがある。
全てがごちゃ混ぜになって複雑な感情がマリーリを苛んだ。
そのため、あのようなことがまた自分の身に起きると思うと、マリーリは今度こそ立ち直れないかもしれないと思い、恐怖で身体が震える。
「どうした? 身体が冷えたか?」
そっとジュリアスに身体を触れられ、びくりと跳ねる。
すると、ジュリアスは訝しむように眉を顰めた。
「大丈夫か?」
「い、いえ、大丈夫よ」
「そうは見えない。顔色が悪いぞ。ほら、布団をかけろ」
「だから大丈夫だって」
「明日はパーティーなのだから、風邪でもひいたら大変だろう?」
(あぁ、パーティーだから、ということね。主催だもの、体調を崩したらダメだものね)
我ながら偏屈だと思いながらも冷えていく考えが止められない。
ジュリアスは私の身体よりも明日のパーティーの心配をしているのかと、勝手に被害妄想のような思考が頭の中を占領し、ギュッと胸が痛んだ。
「マリーリ」
眉間を指で押される。
いつの間にか自分も眉間に皺を寄せていたようで、むにっと押されたかと思うと慣らすようにグニグニと押された。
「ちょ、何?」
「そんな難しい顔をするな。頭痛でもするのか? あぁ、今白湯でも用意させ……いや、俺が持ってこよう。ちゃんと寝てろよ?」
「え、ジュリアスが!?」
「何だ、ダメなのか?」
「いえ、ダメというか……わざわざジュリアスが用意することないでしょう?」
「いや、夜も遅いし使用人達をわざわざ起こして手を煩わすこともないだろう」
「それは、そうだけど。ジュリアス、できるの?」
「バカにするんじゃない。白湯くらい用意できる」
心外だとでも言うかのように口を曲げるジュリアス。
普段見ないようなちょっと面白い顔に、口元が緩む。
「何よ、その顔。面白い」
「ふっ、やっと笑ったな。マリーリはそうして笑っていたほうがいい」
「そ、そうかしら?」
「あぁ、その顔を見るだけでこちらも元気になる」
(そういえば、母にもミヤにもよく言われていたわね)
マリーリは笑顔が素敵、とよく言われていたことを思い出す。
身内贔屓ゆえの言動だろうが、それでもそう言ってもらえるのは嬉しかった。
「とにかく行ってくる。あまり夜更かししても明日に障るだろうからな」
「えぇ、そうね。ありがとう、ジュリアス」
素直に礼を言えば、ジュリアスの大きな手で頭を撫でられる。
それがとても心地よくて、思わずマリーリが目を閉じると、なぜか「……っ」とジュリアスが何やら動揺したのを感じるも、彼はそのまま部屋を出て行ってしまった。
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