婚約者が親友と浮気したので婚約破棄したら、なぜか幼馴染の騎士からプロポーズされました

鳥柄ささみ

文字の大きさ
上 下
24 / 83

24 寝るときは髪を下ろしてるんだな

しおりを挟む
「寝るときは髪を下ろしているんだな」

 不意に声をかけられ、ドキリとする。
 自分の部屋だというのになんだか居場所がなくてウロウロしていると、ぽんぽんとジュリアスが自分の隣を叩いた。

「え?」
「何をウロウロしているんだ。ここに座れ」
「う。あー……、そ、そうよね」

 とす、とジュリアスに言われた通り彼の隣に腰を下ろす。
 思いのほか座った位置が近くなってしまってマリーリは一瞬動揺したが、ジュリアスは気にしていないようでそっと内心で安心した。

「髪を結んでないと少々幼く見えるな」
「そう、かしら? 自分ではあまりそう思ったことはないけれど」
「結んでいるマリーリもいいが、普段見られない姿のマリーリもいいな」
「それは……どうも」

(褒められているのかしら)

 まじまじと見られて照れるマリーリ。
 こうして男性から褒められることなど経験がないため、なんだかムズムズとする。

「ジュリアスもお風呂に入ってきたのね」
「あぁ、あまり最近ゆっくり浸かることはなかったがいい湯だった」
「最近ずっと忙しそうにしてたものね。ところで、ねぇ……もしかしてだけど、お風呂も特注?」
「あぁ、そうだ。マリーリがいつ泥だらけになってもいいようにな」
「そ、そんな今は泥だらけになることはないわよ。たまにドレスを汚すことはあるかもしれないけど」

 泥だらけにならない自信がなくてそう言えば、ふっと微笑まれる。
 なんだかその表情はバカにしたものとは違って、慈しみに溢れているという感じでマリーリはちょっと気恥ずかしかった。

「気に入ったか?」
「えぇ、とても。ミヤも綺麗で掃除がしやすそうだと喜んでいたわ」
「そういえば、マリーリはミヤというメイドがやけに気に入りなのだな」
「え? まぁ、そうね」

 まさかミヤのことを言われるとは思わず、ドギマギするマリーリ。
 何かおかしなことをしただろうかと内心焦る。

「今日は彼女と一緒に風呂に入ったと聞いたが、いつも一緒に入っているのか?」
「いつもじゃないわ。今日はここのお風呂は初めてだし、せっかく大きいお風呂だからいいかなーって。ダメだったかしら?」
「いや。ダメではないんだが、少々妬けるな、と」
「へ?」
「いや、何でもない」

(妬ける、というのはどういうことだろうか)

 ジュリアスがそんなことを言うなんて思ってもみなくて面食らう。
 と、同時に妬けるというのは誰に対してなのだろうか、という問題にぶち当たった。

(さっきの話的に、もしかしてミヤのことかしら……?)

 ミヤはスタイルもよく、聡明で誰が見ても見惚れてしまうほど美貌を持ち合わせている。
 性格は多少難があるが、表向きはそんなものおくびにも出さないし、愛想はよく社交的だ。
 ジュリアスがミヤを気に入らないわけがない、と思って心が冷えていくのがわかる。
 マリーリはなんだか黒くモヤモヤとした仄暗い感情が湧き上がってくるのに気づいてそっと項垂れた。

(また私、大事な人を失うのかしら)

 先日のブランとキューリスのことが脳裏をよぎる。
 あの一件があるまで、マリーリは彼らがそんな裏切りをしているなどとはつゆほども思っていなかったと言うのに、あの場面に遭遇して以来何もかもが一変してしまった。
 常に疑心暗鬼で、たまに卒倒しそうなほどの不安感に襲われ、それと同時にあのときの会話に対しての怒りが湧き上がることがある。
 全てがごちゃ混ぜになって複雑な感情がマリーリを苛んだ。
 そのため、あのようなことがまた自分の身に起きると思うと、マリーリは今度こそ立ち直れないかもしれないと思い、恐怖で身体が震える。

「どうした? 身体が冷えたか?」

 そっとジュリアスに身体を触れられ、びくりと跳ねる。
 すると、ジュリアスは訝しむように眉を顰めた。

「大丈夫か?」
「い、いえ、大丈夫よ」
「そうは見えない。顔色が悪いぞ。ほら、布団をかけろ」
「だから大丈夫だって」
「明日はパーティーなのだから、風邪でもひいたら大変だろう?」

(あぁ、パーティーだから、ということね。主催だもの、体調を崩したらダメだものね)

 我ながら偏屈だと思いながらも冷えていく考えが止められない。
 ジュリアスは私の身体よりも明日のパーティーの心配をしているのかと、勝手に被害妄想のような思考が頭の中を占領し、ギュッと胸が痛んだ。

「マリーリ」

 眉間を指で押される。
 いつの間にか自分も眉間に皺を寄せていたようで、むにっと押されたかと思うと慣らすようにグニグニと押された。

「ちょ、何?」
「そんな難しい顔をするな。頭痛でもするのか? あぁ、今白湯でも用意させ……いや、俺が持ってこよう。ちゃんと寝てろよ?」
「え、ジュリアスが!?」
「何だ、ダメなのか?」
「いえ、ダメというか……わざわざジュリアスが用意することないでしょう?」
「いや、夜も遅いし使用人達をわざわざ起こして手を煩わすこともないだろう」
「それは、そうだけど。ジュリアス、できるの?」
「バカにするんじゃない。白湯くらい用意できる」

 心外だとでも言うかのように口を曲げるジュリアス。
 普段見ないようなちょっと面白い顔に、口元が緩む。

「何よ、その顔。面白い」
「ふっ、やっと笑ったな。マリーリはそうして笑っていたほうがいい」
「そ、そうかしら?」
「あぁ、その顔を見るだけでこちらも元気になる」

(そういえば、母にもミヤにもよく言われていたわね)

 マリーリは笑顔が素敵、とよく言われていたことを思い出す。
 身内贔屓ゆえの言動だろうが、それでもそう言ってもらえるのは嬉しかった。

「とにかく行ってくる。あまり夜更かししても明日に障るだろうからな」
「えぇ、そうね。ありがとう、ジュリアス」

 素直に礼を言えば、ジュリアスの大きな手で頭を撫でられる。
 それがとても心地よくて、思わずマリーリが目を閉じると、なぜか「……っ」とジュリアスが何やら動揺したのを感じるも、彼はそのまま部屋を出て行ってしまった。
しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

上辺だけの王太子妃はもうたくさん!

ネコ
恋愛
侯爵令嬢ヴァネッサは、王太子から「外聞のためだけに隣にいろ」と言われ続け、婚約者でありながらただの体面担当にされる。周囲は別の令嬢との密会を知りつつ口を噤むばかり。そんな扱いに愛想を尽かしたヴァネッサは「それなら私も好きにさせていただきます」と王宮を去る。意外にも国王は彼女の価値を知っていて……?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

婚約破棄おめでとー!

鳥柄ささみ
恋愛
「ベルーナ・ディボラ嬢! 貴女との婚約を破棄する!!」 結婚前パーティーで突然婚約者であるディデリクス王子から婚約破棄を言い渡されるベルーナ。婚約破棄をされるようなことをしでかした覚えはまるでないが、ベルーナは抵抗することなく「承知致しました」とその宣言を受け入れ、王子の静止も聞かずにその場をあとにする。 「ぷはー!! 今日は宴よ! じゃんじゃん持ってきて!!」 そしてベルーナは帰宅するなり、嬉々として祝杯をあげるのだった。 ※他のサイトにも掲載中

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

処理中です...