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13 私の好意が嫌ということ?

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「引っ越しの準備は進んだか?」

 最近は週に二度ほど、時間を見つけてはマリーリに会いに来るジュリアス。
 今日も散歩でもしないかと外に連れ出してくれていて、特に何をするでもなく家の外をぶらぶらと歩いている。
 ジュリアスも忙しいだろうにマメだなぁ、とマリーリはつい彼のことが心配になってしまう。
 婚約者であったはずのブランでさえもそこまで頻繁に会いに来てくれなかったのに、と考えて、またブランのことを考えてしまっていることに頭を振って思考を散らした。

「マリーリ?」
「ん? あ、えぇ、おかげさまで。とは言っても周りが協力してくれてるおかげだけど」
「みんなマリーリに甘いからな」
「そうね。それに関しては認めるわ」

 そう、フィーロ家の人々はみんなマリーリに甘かった。
 それは幼少期からであり、マリーリにも自覚がある。
 今回婚約破棄をしたことだって、責められても仕方ないことだったのに、みんなマリーリの気持ちを尊重して動いてくれて、とてもありがたいことだった。

「愛されているな」
「そうね」
「ところで、マリーリから何か俺に贈り物があると聞いたのだが」
「どこで聞いたの」
「風の噂でな」

(もう、お母様かミヤがバラしたのね)

 ようやく本腰を入れて刺繍に取り掛かったのだが、やはり鷲は想像以上に難しくて、かなりてこずった。
 マーサやミヤからあぁでもないこうでもないと言われながら一針一針やってきて、どうにか完成したときにはドッと一気に疲労がやってきて少々寝込んでしまったほどだった。
 とはいえ、そのぶんまぁまぁの出来ではあると自負するくらいの仕上がりにはなった。
 前回のブランへの贈り物以上の出来ではないかと我ながら自負しているマリーリだが、果たしてジュリアスはどのような反応をするだろうか、と期待半分不安半分である。

「はい、これ。婚約の証といってはなんだけど……」

 そう言って、おずおずと差し出すマリーリ。
 ジュリアスはそれを受け取ると、畳まれていたハンカチを広げ始める。

「あ、あんまりまじまじ見ないでよね」
「これ、マリーリが刺繍を?」
「えぇ、まぁ。……お母様やミヤからアドバイスはもらったけど、ちゃんと最初から最後まで全部私が縫ったわ」
「そうか、凄いな。マリーリも器用になったもんだな」

 凄い、という言葉にまさか褒められるとは思っておらず、嬉しくてはにかむ。
 不器用なりにも一生懸命頑張ったので、そう言ってもらえただけでマリーリはとても嬉しかった。

「これは、鷲か?」
「えぇ、ジュリアスのイメージで考えたのだけど……」
「そうか、マリーリには俺がこのように見えているということか」
「そう思っていただいて結構よ」
「なんだそのつれない態度は。だが、ありがとう。大事にさせていただく」

 ジュリアスは丁寧にまた畳み直すとポケットにしまう。
 そして、グッとマリーリの肩を抱きしめた。
 まさかの不意打ちのハグに、カッと耳まで赤くなる。

「今回、婚約者の状態で連れて行くことにはなるが、あちらでは夫婦として振る舞うつもりだ。いいか?」
「私はいいけど、ジュリアスはそれでいいの?」
「あぁ。下手にただの婚約者として振る舞うと変な誤解を生むかもしれないからな。ブレアではマリーリはバード伯爵夫人だ、いいな?」
「バード伯爵夫人……」

 なんだかその響きがくすぐったい。
 今まで実感があまり湧かなかったが、これから便宜上でもジュリアスの奥様になるのかと思うと胸が熱くなった。

(私がジュリアスの奥さま)

 顔を見上げて視線を合わせる。
 すると、ふっと表情を和らげるジュリアスに頬が赤くなる。

(無駄に顔がいいんだから)

 元々ジュリアスは騎士になるには勿体ないと言われた美貌だ。
 鼻筋はシュッと通り、唇は薄く、多少つり上がった瞳はまるでサファイアのように強い青味がかかっている。
 長い金色の髪と相まって、まるで神のような美しさであった。
 昔から女の子に間違えられるほど美しい中性的な顔をしていて、それが嫌で反発して騎士になったらしいとは聞いているが真偽は不明だ。
 とはいえ二男ということもあり、いずれ家を出なければならない立場ゆえにその選択は正しかったのだが、それにしてもこの中性的な顔立ちで身体がムキムキというのはいかんせん想像がつかなかった。

「そんなに見つめられると穴が開く」
「え? あ! ぼんやりとしてただけよ。見てたわけじゃない」
「どうだか」
「煩いわね。本当、ジュリアスは意地悪ね!」
「今更だろう?」
「そうだけど……っ」

 指を絡められて、マリーリはドキドキする。
 最近はジュリアスからのスキンシップが多いような気もするが、気のせいだろうか。
 こんなにべたべたするような人ではなかったとマリーリは記憶していたが、先日婚約を受けて以来ボディタッチが多い。
 というか、会うたびにジュリアスはマリーリに触れていた。

「ジュリアス、近い」
「何だ、嫌なのか?」
「嫌じゃないけど、なんだかドキドキする」

 素直に白状すれば、急に眉を寄せて複雑な表情をしたあと口を押さえるジュリアス。
 何か失言でもしただろうか、と不安になるマリーリ。
 すると、グッと身体を離されて思わず「え?」と声が漏れてしまった。

「いや、すまない」

 それ以上何も言わずに足早に家に向かってしまうジュリアス。
 突然そんな突き放されるような仕打ちに訳がわからず、ただただ困惑しながらマリーリはジュリアスの背を見つめる。

(何よ、急に)

「私の好意が嫌ということ……?」

 胸が詰まる。
 モヤモヤとしたものが湧き出し、それを必死に蓋をするように、考えないようにマリーリは頭を振った。

(ダメよ、ダメ。悪いほうに考えてはダメ。ミヤにも言われたでしょう、私)

 マリーリは自分に言い聞かせながら、なにごともなかったかのような顔で小走りにジュリアスに追いつき、一緒に自宅へと戻るのだった。
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