8 / 83
8 ふわふわ子守唄
しおりを挟む
「ありがとう、ミヤ」
「どういたしまして。貸し一つですよ」
「ふふ、今度美味しいお菓子を取り寄せておくわ」
「よろしくお願いします」
ミヤからホットミルクをもらい、マリーリがふぅふぅと息を吹きかけると「相変わらず猫舌ですねぇ」と目を細められた。
「しょうがないじゃない、熱いの苦手なのだもの」
「いえ。可愛らしいな、と思いまして」
「だったらそう言ってよ」
「私は捻くれておりますから」
ふふふ、と微笑むミヤ。
確かに、彼女はちょっと……いやだいぶ素直じゃない。
元々彼女は人買いに売られていた身の上だ。
そのため過去に色々とあったらしく、あまり話してはくれないから詳細はわからないが、どうにも人間関係でつまづいたらしい。
マリーリからしたら社交的で人当たりがよくていつも明るいイメージではあるが、以前そうミヤに伝えたら「マリーリさまにそう思っていただけたならそれで十分です」とニッコリと笑われ、それ以上何も言えなかった。
「ほら、早く寝ないとお肌に悪いですよ?」
「そうなんだけど、なんだか眠れなくて……」
「もう、困ったお嬢さまですねぇ。今日は特別サービスで子守唄を歌いましょうか?」
「そ、そんなに子供じゃないもの。必要ないわ」
「そうですか~? じゃあ、私はもうお暇致しますね?」
「う。……やっぱり歌ってちょうだい」
「ふふ、マリーリさまったら素直じゃないんですから」
そう言いながら、ミヤはマリーリを寝かせると頭を撫でながら優しい声音で子守唄を歌い始める。
マリーリはミヤのこの歌声が大好きだった。
どんなにつらくて苦しくて悲しいことがあっても、このミヤの子守唄はそんな感情を包み込んでどろどろに溶かしたあとに綺麗に流してくれる。
最近はマリーリも成長してあまり聴く機会がなかったが、聴いているうちに「あぁ、そうだ、この歌声だ」と久々の子守唄にだんだんと強張っていた心が解れていく。
そして、身体がふわふわと甘い眠りに包まれていった。
「おやすみなさい、マリーリさま。明日も貴女にとって素敵な一日になりますように」
ミヤがマリーリの額に口づける。
マリーリがすぅっと夢の世界に旅立ったのを見届けると、ミヤは微笑ましげに口元を緩めたあと、優しく愛おしそうに彼女の髪を撫であげるのだった。
◇
「おはよう、マリーリ」
「え、ジュリアス!?」
朝食後、さて刺繍の続きをしようと思っていたらまさかのジュリアスの訪問に、はしたないほど大きな声を上げてしまった。
マーサがそれを窘めるように、ごほん、と咳払いをすると、マリーリの背筋がピシッと真っ直ぐになる。
「え、えっと、ジュリアス。ご機嫌よう」
「あぁ、ご機嫌よう。夫人、マリーリをお預かりしても?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
「では、お借りしていきますね」
「え? どういうこと? ねぇ、ちょっと、ジュリアス……っ」
ジュリアスに肩を抱かれてそのままマリーリは外に連れ出される。
それを微笑ましく見送るマーサとミヤ。
そして二人が見えなくなると、マーサはチラッと隣で微笑んでいるミヤを見た。
「ミヤ、貴女が手を回したのでしょう?」
「なんのことでしょうか~? ふふ、さすがジュリアスさま、お察しがよいようで」
「全くもう。本当、貴女はマリーリに甘いのだから」
「奥さまにだけは言われたくありませんわ」
◇
「ジュリアス、どこに行くの?」
バルムンクに乗せられたと思えば、そのままどこかへ走り出すジュリアスに、不安げに尋ねるマリーリ。
行き先も告げられずにどんどんと家から遠ざかっていくので、そわそわしてくる。
「うん? 気晴らしにブレアの地にでも行こうと思ったんだが」
「ブレアの地って、あの……ジュリアスの赴任先の?」
「あぁ、ちょっと遠いが……下見がてら行こうと思ってな」
「でも、何で私も?」
「一緒に来てくれるんだろう? それとも心変わりでもしたか?」
「し、してないわよ! ……ただ、私が行ってもいいのかしらと思っただけで」
マリーリは昨夜の両親の話し合いを思い出す。
婚約破棄の件は難航しているようだったし、まだ破棄が確定してない段階でジュリアスと共に出かけてあらぬ噂を立てられたらと思うと不安だった。
噂が自分だけならまだしも、ジュリアスも悪く思われてしまうのはマリーリも本意ではない。
そのため、もし目撃されて悪い噂を立てられたらと思うと気が気でなかった。
「ふがっ、ちょっと、何をするのよ!」
突然ジュリアスに鼻を摘まれて変な声が出てしまう。
抗議すれば、ジュリアスは愉快そうに笑った。
「ふははは! まるで獣のような声だったな」
「一体誰のせいだと!!」
「さっきから慣れないことをしているようだったからな。マリーリはマリーリのままでいい」
「……どういうことよ?」
「何も難しく考えなくていいということだ。マリーリはいつものマリーリらしくいてくれということさ」
「何よそれ……」
ジュリアスはそれ以上何も言わない。
(私らしくって、どういうことかしら)
わからないが、わからないなりにも貶されているわけではないことはわかる。
(慰めてくれているということかしら?)
ジュリアスはあまり多弁ではないほうだから、そう都合よく解釈するマリーリ。
ギュッと手綱を握るジュリアスの手にマリーリは自らの手を重ねると、ジュリアスはちらっと彼女を見たあとにふっと微笑む。
その表情があまりに美しく、まるで本に出てくる王子様のようだとドキドキした。
(やだ、ジュリアス相手にときめくだなんて。早く私の心臓おさまって……!!)
祈るように願いながらマリーリは俯き、赤くなった顔を見られぬよう必死に努めるのだった。
「どういたしまして。貸し一つですよ」
「ふふ、今度美味しいお菓子を取り寄せておくわ」
「よろしくお願いします」
ミヤからホットミルクをもらい、マリーリがふぅふぅと息を吹きかけると「相変わらず猫舌ですねぇ」と目を細められた。
「しょうがないじゃない、熱いの苦手なのだもの」
「いえ。可愛らしいな、と思いまして」
「だったらそう言ってよ」
「私は捻くれておりますから」
ふふふ、と微笑むミヤ。
確かに、彼女はちょっと……いやだいぶ素直じゃない。
元々彼女は人買いに売られていた身の上だ。
そのため過去に色々とあったらしく、あまり話してはくれないから詳細はわからないが、どうにも人間関係でつまづいたらしい。
マリーリからしたら社交的で人当たりがよくていつも明るいイメージではあるが、以前そうミヤに伝えたら「マリーリさまにそう思っていただけたならそれで十分です」とニッコリと笑われ、それ以上何も言えなかった。
「ほら、早く寝ないとお肌に悪いですよ?」
「そうなんだけど、なんだか眠れなくて……」
「もう、困ったお嬢さまですねぇ。今日は特別サービスで子守唄を歌いましょうか?」
「そ、そんなに子供じゃないもの。必要ないわ」
「そうですか~? じゃあ、私はもうお暇致しますね?」
「う。……やっぱり歌ってちょうだい」
「ふふ、マリーリさまったら素直じゃないんですから」
そう言いながら、ミヤはマリーリを寝かせると頭を撫でながら優しい声音で子守唄を歌い始める。
マリーリはミヤのこの歌声が大好きだった。
どんなにつらくて苦しくて悲しいことがあっても、このミヤの子守唄はそんな感情を包み込んでどろどろに溶かしたあとに綺麗に流してくれる。
最近はマリーリも成長してあまり聴く機会がなかったが、聴いているうちに「あぁ、そうだ、この歌声だ」と久々の子守唄にだんだんと強張っていた心が解れていく。
そして、身体がふわふわと甘い眠りに包まれていった。
「おやすみなさい、マリーリさま。明日も貴女にとって素敵な一日になりますように」
ミヤがマリーリの額に口づける。
マリーリがすぅっと夢の世界に旅立ったのを見届けると、ミヤは微笑ましげに口元を緩めたあと、優しく愛おしそうに彼女の髪を撫であげるのだった。
◇
「おはよう、マリーリ」
「え、ジュリアス!?」
朝食後、さて刺繍の続きをしようと思っていたらまさかのジュリアスの訪問に、はしたないほど大きな声を上げてしまった。
マーサがそれを窘めるように、ごほん、と咳払いをすると、マリーリの背筋がピシッと真っ直ぐになる。
「え、えっと、ジュリアス。ご機嫌よう」
「あぁ、ご機嫌よう。夫人、マリーリをお預かりしても?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
「では、お借りしていきますね」
「え? どういうこと? ねぇ、ちょっと、ジュリアス……っ」
ジュリアスに肩を抱かれてそのままマリーリは外に連れ出される。
それを微笑ましく見送るマーサとミヤ。
そして二人が見えなくなると、マーサはチラッと隣で微笑んでいるミヤを見た。
「ミヤ、貴女が手を回したのでしょう?」
「なんのことでしょうか~? ふふ、さすがジュリアスさま、お察しがよいようで」
「全くもう。本当、貴女はマリーリに甘いのだから」
「奥さまにだけは言われたくありませんわ」
◇
「ジュリアス、どこに行くの?」
バルムンクに乗せられたと思えば、そのままどこかへ走り出すジュリアスに、不安げに尋ねるマリーリ。
行き先も告げられずにどんどんと家から遠ざかっていくので、そわそわしてくる。
「うん? 気晴らしにブレアの地にでも行こうと思ったんだが」
「ブレアの地って、あの……ジュリアスの赴任先の?」
「あぁ、ちょっと遠いが……下見がてら行こうと思ってな」
「でも、何で私も?」
「一緒に来てくれるんだろう? それとも心変わりでもしたか?」
「し、してないわよ! ……ただ、私が行ってもいいのかしらと思っただけで」
マリーリは昨夜の両親の話し合いを思い出す。
婚約破棄の件は難航しているようだったし、まだ破棄が確定してない段階でジュリアスと共に出かけてあらぬ噂を立てられたらと思うと不安だった。
噂が自分だけならまだしも、ジュリアスも悪く思われてしまうのはマリーリも本意ではない。
そのため、もし目撃されて悪い噂を立てられたらと思うと気が気でなかった。
「ふがっ、ちょっと、何をするのよ!」
突然ジュリアスに鼻を摘まれて変な声が出てしまう。
抗議すれば、ジュリアスは愉快そうに笑った。
「ふははは! まるで獣のような声だったな」
「一体誰のせいだと!!」
「さっきから慣れないことをしているようだったからな。マリーリはマリーリのままでいい」
「……どういうことよ?」
「何も難しく考えなくていいということだ。マリーリはいつものマリーリらしくいてくれということさ」
「何よそれ……」
ジュリアスはそれ以上何も言わない。
(私らしくって、どういうことかしら)
わからないが、わからないなりにも貶されているわけではないことはわかる。
(慰めてくれているということかしら?)
ジュリアスはあまり多弁ではないほうだから、そう都合よく解釈するマリーリ。
ギュッと手綱を握るジュリアスの手にマリーリは自らの手を重ねると、ジュリアスはちらっと彼女を見たあとにふっと微笑む。
その表情があまりに美しく、まるで本に出てくる王子様のようだとドキドキした。
(やだ、ジュリアス相手にときめくだなんて。早く私の心臓おさまって……!!)
祈るように願いながらマリーリは俯き、赤くなった顔を見られぬよう必死に努めるのだった。
1
お気に入りに追加
2,231
あなたにおすすめの小説

上辺だけの王太子妃はもうたくさん!
ネコ
恋愛
侯爵令嬢ヴァネッサは、王太子から「外聞のためだけに隣にいろ」と言われ続け、婚約者でありながらただの体面担当にされる。周囲は別の令嬢との密会を知りつつ口を噤むばかり。そんな扱いに愛想を尽かしたヴァネッサは「それなら私も好きにさせていただきます」と王宮を去る。意外にも国王は彼女の価値を知っていて……?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です

婚約破棄おめでとー!
鳥柄ささみ
恋愛
「ベルーナ・ディボラ嬢! 貴女との婚約を破棄する!!」
結婚前パーティーで突然婚約者であるディデリクス王子から婚約破棄を言い渡されるベルーナ。婚約破棄をされるようなことをしでかした覚えはまるでないが、ベルーナは抵抗することなく「承知致しました」とその宣言を受け入れ、王子の静止も聞かずにその場をあとにする。
「ぷはー!! 今日は宴よ! じゃんじゃん持ってきて!!」
そしてベルーナは帰宅するなり、嬉々として祝杯をあげるのだった。
※他のサイトにも掲載中

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる