婚約者が親友と浮気したので婚約破棄したら、なぜか幼馴染の騎士からプロポーズされました

鳥柄ささみ

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7 眠れない……

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「マリーリ、刺繍は順調そう?」
「えぇ、と……絵は描けたけど……。まだ、その、縫うのが……」
「あら。全く、貴女は絵の才能はあるのに、針で刺すとなると途端にポンコツになるのだから。あとでわたくしも一緒にみてあげるから、しっかり頑張るのよ?」
「……はい、頑張ります」

 夕食時。
 マーサから刺繍の進捗状況を聞かれて素直に答えれば、案の定の反応なことにマリーリは気落ちする。
 マリーリは絵を描くことは好きなのだが、いかんせん針がとても苦手だった。
 イメージはできているというのに、針先が思ったような場所にいかなかったり、糸が解れてしまったりと、自分自身ですら才能のなさにうんざりするほどである。

「そういえば、お父様。ジュリアスとのこと……どうなったの?」

 マリーリが黙々と食べているグラコスに尋ねると、チラッと顔を上げてこちらを見るも、何とも気まずそうな表情のあとに逸らされてしまう。
 一体何かあったのだろうか、とマリーリは不安げに今度はマーサのほうを見れば「ちゃんと話し合い中だから答えを急がないの。まだ刺繍だって終わってないのでしょう?」と話をはぐらかされてしまった。

(あまり話し合いが順調ではないのかしら……?)

 不安になりながらもここでこれ以上追及してもグラコスもマーサも口を割らないことはわかっていたので大人しく食事をする。
 今日の夕食は婚約祝いだと出してもらった大好きな鶏の丸焼きだというのに、なんだかとても味気なかった。


 ◇


 夜更け。
 マリーリはどうしても考えすぎて眠れなくてホットミルクでも飲もうと階下に降りると、グラコスの執務室から煌々とした光が漏れているのに気づき、そっと足を忍ばせて近づく。

(お父様、まだ起きているのかしら)

 普段は朝が早く、すぐさま眠いと寝てしまう人なのに珍しいと中を覗くと、そこにはグラコスとマーサの二人がいて何やら話し込んでいるようだった。

「全く、しつこいったらない……」
「そんなに?」
「あぁ、あっちはこの婚約で新たな事業の資本金とコネを手に入れるつもりだったからな。しぶといと言ったらありゃしない」
「でも先方には、ブランが浮気していたことも我がフィーロ家を侮辱したことも伝えたのでしょう?」
「もちろん言ったさ。だが、侮辱については謝罪されたものの、火遊びくらい誰にだってあるだろう? と躱されてしまってな」
「何をそんな……グラコス、まさか身に覚えがあって引いたんじゃないでしょうね?」
「ま、まさか! そんなわけないだろう、私はキミ一筋だよ! だが、先方は火遊びの精算は済んだし、もう神に誓って今後は不貞をしないと泣き落としでな……」

 グラコスの盛大な溜め息が漏れる。
 かなり悩んでいる様子のグラコスに、マリーリは以前悩みすぎてグラコスが禿げたことを思い出し、また禿げてしまわないかと心配になった。

「何をおっしゃってるの。だったらマリーリの気持ちを伝えればいいじゃない」
「どういうことだ、マーサ」

 けろっと言ってのけるマーサに、理解が追いつかずに不思議な顔をしているグラコス。
 マリーリも母が言うことが理解できずに首を傾げた。

「今回の件で精神的に傷ついたから、田舎で療養させるとでも伝えればいいのよ。先方だってそう言われたら引き止めることはできないでしょう? それで時間稼ぎをすれば自ずとあっちがボロを出すのではなくて?」
「マーサ……! キミはなんて聡明な!」
「ふふ、何を言ってるの。元からでしょう?」
「あぁ、そうだな! さすがは我が妻だ。そうか、そういうことにしてジュリアスのところへ行かせよう」
「何にせよ、ブランにしろジュリアスにしろマリーリにしろ、それぞれ時間が必要だろうし、急いだって何もいいことはないわ。一時的な感情に流されるのはよくないもの」
「それもそうだな」

(どういうこと? ジュリアスとすぐに結婚はできないということ?)

 中で盛り上がる二人とは対照的に、理解が追いつかないマリーリ。
 ジュリアスのところへすぐさま行けると思っていたのに、このままだと行けないということなのかしら、と考え込んでいたそのときだった。

「マリーリさま?」
「…………っ!!!」

 不意に声をかけられてマリーリは飛び上がる。
 顔を上げるとそこにいたのはミヤだった。

「ミヤ! 驚かさないでよ!」

 小さな声で抗議をするも、ミヤはマリーリがびっくりした様子が面白かったのか、愉快そうにコロコロと笑った。

「マリーリさまが覗き見なさっていたもので、つい。なんです~? お二方の情事がご覧になりたかったので?」
「ちちちち違うわよ!」
「何だ? 誰かそこにいるのか?」

 グラコスの尋ねる声に、びくりと大きく身体を震わせるマリーリ。
 先程驚いたときに物音を立てたので、それで気づかれてしまったようだった。
 マリーリはこっそりミヤに視線を送ると、彼女は訳知り顔でにっこりと微笑んだ。
 そして、マリーリが見えないくらいに薄らとドアを開く。

「えぇ、ミヤです。マリーリさまがホットミルクを御所望でして、通りがかりました」
「まだあの子は起きているのか。わかった、すぐに用意してあげて寝かしつけてやってくれ。ミヤもマリーリが寝たら休んでいいぞ」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」

 ミヤは恭しく頭を下げるとそっとドアを閉める。
 そして、マリーリのほうに振り返ると「ほらほら、マリーリさまは部屋にお戻りください? ここにいることがご主人さまや奥さまにバレたら面倒でしょう?」とミヤに自室へ戻るように促され、マリーリは大人しく彼女の言葉に従うのだった。
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