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第一章 新人いびり
新人いびり⑫
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「はい、これ」
ことり、と机に置かれる物体。
アガツマはご機嫌なのかにっこり笑うと、そのままアズマの向かいの席に腰掛けた。
「うん? 何これ、ボイスレコーダー?」
「えぇ。この前美味しい魂いただいたから、ちょっとしたサービス」
アズマが再生ボタンを押すと、再生するなり男女の言い争う声。
普段と違う声とは言えど、聞き慣れた声にアズマはすぐに発声者が誰かわかった。
「これって、田町と真野?」
「大正解~! 結構面白いとこ撮れてるから、よく内容聞いてちょうだい」
アガツマに言われて音声に耳を傾ける。
__どういうことよっ!
__誤解だっ! お願いだからそんなキンキン喚かないでくれ。彼女とは別にそういうわけじゃ……っ
__そういうわけじゃなかったら、どういうわけなのよォーーーーー!!
「なんかすごいことになってるね。これって、あの……シャウトって言うんだっけ?」
「遠からず、近からず? もうケモノよケモノ。終始真野が咆哮してる状態」
「ここまで人間って叫べるものなんだねぇ」
呑気に感心しているとヒートアップする言い合いの中に「この人奥さんじゃないでしょーー!? 誰よ、この女!!」というワードを拾って「もしかして……」とアガツマを見れば、「さすがアズマ、バレちゃった?」と悪びれもせずに白状するアガツマ。
ニヤニヤする彼女になんというか、まさかここまで大サービスしてくれるとは思わず、アズマは素直に感心した。
「え、アガツマいつの間に田町と接触したの?」
「ふふ、田町ったら出会い系アプリ登録してたから、ネタ稼げると思ってね」
「あー、それでこれ。随分と荒れてるなぁ」
__ここどう見てもラブホでしょ!? そういうことしたんじゃないって言うなら何しに来たって言うのよォーーーー!!!
未だ続く真野のシャウトに呆れつつ、奥さんと子供がいてさらに奥さんは妊娠中、そして不倫相手がいるにも関わらず、まだ浮気相手を探しているという事実に、よくそんな体力があるなぁ、と呆れを通り越して脱帽するアズマ。
「ってアガツマ、田町とどこまでしたの? もしかして……」
「やだぁ~、こんなヤツ相手にしないわよ。適当に記憶いじって、データだけ盗んだだけ」
「記憶いじって大丈夫だったのかい?」
「えぇ、相手は私と甘い夜を過ごしたつもりになって勝手に盛り上がって勝手に果ててたから大丈夫」
「うわぁー……えげつない」
「え、何よ、ちょっと引かないでよ」
さすがにそれはどうなのか、と想像するとちょっと同情してしまうアズマ。
アガツマは焦ったように、「冗談よ、冗談」と言い繕っているがどう見ても本気だっただろう。
(それにしてもかれこれ十分以上怒鳴りっぱなしだけど、真野大丈夫か?)
未だにギャーギャーと煩い音声データを聞きながら、随分とここまで怒れるなとある意味呆れてしまう。
そもそも自分だって浮気相手だろうに、自分だけは特別とでも思っているのだろうか、とアズマは不思議で仕方なかった。
「てかさっきから真野怒りっぱなしだけど、こういうのって割り切った関係ってやつじゃないの?」
「うーん、田町はそのつもりだったみたいだけど、彼女は違ってたってことじゃない?」
「なるほど、意見の相違ってやつということか」
「んー、どうでしょうね。元々田町は真野が勘違いするように都合のいいことだいぶ言ってたみたいだし。夫婦関係は終わってるとか、愛してるのはキミだけ、みたいな?」
「あー……」
(それは修羅場になるやつって僕でも知ってるぞ)
アズマも少なからずこういう不倫関係の依頼も受けたことがあるのでこういう思考には心当たりはあるが、いかんせん何度経験しても理解できないものではあった。
(そもそもずっと恋愛したけりゃ結婚しなきゃいいのに、不思議な生き物だなぁ)
こういった人間が存在するおかげで自分が生き永らえている自覚はあるものの、つくづく人間とは面白い。
「ちなみに私も言われたわよ。愛してるだの、キミの全てに夢中だの、キミ以外は他に何もいらないだの、よく日本人が吐けるなっていうような愛の言葉のオンパレード。そしてその辺もぜーんぶ録音して保管済み。時が来たらちゃんと送りつける予定よ」
「うわぁ……さらに修羅場が」
「ふふふ、これでもう魂はぐっちゃぐちゃになること間違いなしでしょうね」
「なるほど、その感じだと相当引っ掻き回したようだね」
これは真野のリミッターが外れるのも時間の問題だろう。
いつ鬼化してもおかしくないくらいには真野は相当狂ってきてるはずだ。
現に音声データにさえ恨みつらみがオーラとして現れていて、爆発寸前といった状態である。
「でも、もうすぐフィナーレでしょう?」
「まぁね。そのつもり」
「あー、この最高の魂が食べられると思うと昂るわぁ~」
ふふふ、と恍惚の笑みを浮かべるアガツマ。
今日は機嫌がよさそうで何よりだと思いながら、アズマはあることを思い出す。
「そういえば、田町が査定にケチつけてるらしいけど、理由知ってる?」
「あー、確かその辺りもデータ引っ張ってきてたと思うわよ」
「ありがとう。確認しておくよ。……では、そろそろ仕上げといこうか」
「はいはい。いよいよ明後日が決行日でしょう? うーん、楽しみ!」
いよいよコンペの日程は明後日。
明日はその前に色々仕込んでおく必要がある。
そして、アズマが最後通告をする日でもあった。
「さて、最後に改心するか否か」
(ま、無理だろうけど)
ここまで役満なのも珍しい、と思いつつアズマは下準備を念入りにする。
明日はいよいよ無双執行までの猶予最終日だ。
ここは腕の見せどころだとアズマも気合いが入った。
「私は改心しないほうに賭けるわ」
「うーん、それじゃあ賭けにならないなぁ」
お互いにクスクスと笑い合う二人。
その空気は人あらざる者らしく、狂気に満ちていた。
ことり、と机に置かれる物体。
アガツマはご機嫌なのかにっこり笑うと、そのままアズマの向かいの席に腰掛けた。
「うん? 何これ、ボイスレコーダー?」
「えぇ。この前美味しい魂いただいたから、ちょっとしたサービス」
アズマが再生ボタンを押すと、再生するなり男女の言い争う声。
普段と違う声とは言えど、聞き慣れた声にアズマはすぐに発声者が誰かわかった。
「これって、田町と真野?」
「大正解~! 結構面白いとこ撮れてるから、よく内容聞いてちょうだい」
アガツマに言われて音声に耳を傾ける。
__どういうことよっ!
__誤解だっ! お願いだからそんなキンキン喚かないでくれ。彼女とは別にそういうわけじゃ……っ
__そういうわけじゃなかったら、どういうわけなのよォーーーーー!!
「なんかすごいことになってるね。これって、あの……シャウトって言うんだっけ?」
「遠からず、近からず? もうケモノよケモノ。終始真野が咆哮してる状態」
「ここまで人間って叫べるものなんだねぇ」
呑気に感心しているとヒートアップする言い合いの中に「この人奥さんじゃないでしょーー!? 誰よ、この女!!」というワードを拾って「もしかして……」とアガツマを見れば、「さすがアズマ、バレちゃった?」と悪びれもせずに白状するアガツマ。
ニヤニヤする彼女になんというか、まさかここまで大サービスしてくれるとは思わず、アズマは素直に感心した。
「え、アガツマいつの間に田町と接触したの?」
「ふふ、田町ったら出会い系アプリ登録してたから、ネタ稼げると思ってね」
「あー、それでこれ。随分と荒れてるなぁ」
__ここどう見てもラブホでしょ!? そういうことしたんじゃないって言うなら何しに来たって言うのよォーーーー!!!
未だ続く真野のシャウトに呆れつつ、奥さんと子供がいてさらに奥さんは妊娠中、そして不倫相手がいるにも関わらず、まだ浮気相手を探しているという事実に、よくそんな体力があるなぁ、と呆れを通り越して脱帽するアズマ。
「ってアガツマ、田町とどこまでしたの? もしかして……」
「やだぁ~、こんなヤツ相手にしないわよ。適当に記憶いじって、データだけ盗んだだけ」
「記憶いじって大丈夫だったのかい?」
「えぇ、相手は私と甘い夜を過ごしたつもりになって勝手に盛り上がって勝手に果ててたから大丈夫」
「うわぁー……えげつない」
「え、何よ、ちょっと引かないでよ」
さすがにそれはどうなのか、と想像するとちょっと同情してしまうアズマ。
アガツマは焦ったように、「冗談よ、冗談」と言い繕っているがどう見ても本気だっただろう。
(それにしてもかれこれ十分以上怒鳴りっぱなしだけど、真野大丈夫か?)
未だにギャーギャーと煩い音声データを聞きながら、随分とここまで怒れるなとある意味呆れてしまう。
そもそも自分だって浮気相手だろうに、自分だけは特別とでも思っているのだろうか、とアズマは不思議で仕方なかった。
「てかさっきから真野怒りっぱなしだけど、こういうのって割り切った関係ってやつじゃないの?」
「うーん、田町はそのつもりだったみたいだけど、彼女は違ってたってことじゃない?」
「なるほど、意見の相違ってやつということか」
「んー、どうでしょうね。元々田町は真野が勘違いするように都合のいいことだいぶ言ってたみたいだし。夫婦関係は終わってるとか、愛してるのはキミだけ、みたいな?」
「あー……」
(それは修羅場になるやつって僕でも知ってるぞ)
アズマも少なからずこういう不倫関係の依頼も受けたことがあるのでこういう思考には心当たりはあるが、いかんせん何度経験しても理解できないものではあった。
(そもそもずっと恋愛したけりゃ結婚しなきゃいいのに、不思議な生き物だなぁ)
こういった人間が存在するおかげで自分が生き永らえている自覚はあるものの、つくづく人間とは面白い。
「ちなみに私も言われたわよ。愛してるだの、キミの全てに夢中だの、キミ以外は他に何もいらないだの、よく日本人が吐けるなっていうような愛の言葉のオンパレード。そしてその辺もぜーんぶ録音して保管済み。時が来たらちゃんと送りつける予定よ」
「うわぁ……さらに修羅場が」
「ふふふ、これでもう魂はぐっちゃぐちゃになること間違いなしでしょうね」
「なるほど、その感じだと相当引っ掻き回したようだね」
これは真野のリミッターが外れるのも時間の問題だろう。
いつ鬼化してもおかしくないくらいには真野は相当狂ってきてるはずだ。
現に音声データにさえ恨みつらみがオーラとして現れていて、爆発寸前といった状態である。
「でも、もうすぐフィナーレでしょう?」
「まぁね。そのつもり」
「あー、この最高の魂が食べられると思うと昂るわぁ~」
ふふふ、と恍惚の笑みを浮かべるアガツマ。
今日は機嫌がよさそうで何よりだと思いながら、アズマはあることを思い出す。
「そういえば、田町が査定にケチつけてるらしいけど、理由知ってる?」
「あー、確かその辺りもデータ引っ張ってきてたと思うわよ」
「ありがとう。確認しておくよ。……では、そろそろ仕上げといこうか」
「はいはい。いよいよ明後日が決行日でしょう? うーん、楽しみ!」
いよいよコンペの日程は明後日。
明日はその前に色々仕込んでおく必要がある。
そして、アズマが最後通告をする日でもあった。
「さて、最後に改心するか否か」
(ま、無理だろうけど)
ここまで役満なのも珍しい、と思いつつアズマは下準備を念入りにする。
明日はいよいよ無双執行までの猶予最終日だ。
ここは腕の見せどころだとアズマも気合いが入った。
「私は改心しないほうに賭けるわ」
「うーん、それじゃあ賭けにならないなぁ」
お互いにクスクスと笑い合う二人。
その空気は人あらざる者らしく、狂気に満ちていた。
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