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第十三話 レベル上げ

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 まずは何が何でもレベル上げからだと戦闘をヴィルに任せて観戦中。

 ちなみに初めて遭遇した魔物はスライムだった。
 まさに初心者にはうってつけの魔物である。
 スライムとの戦いを通して、戦闘の仕方や経験値の稼ぎ方を学ぶと言っても過言ではない。
 誰もが単身で戦えるほど小柄で体力も少なく、下手すれば幼児でも倒せるほど弱いため、あまり戦闘経験がないヴィルでも簡単に倒せると思ったのだが。

「ひぅ……ん……はっ、う……やめ……っ!」
「あのー。私そういう趣味ないから、さっさとそのスライム倒しちゃって~」
「っ! わ、かって……る! あうっ、ちょ……っそこ! やめ……あっ」

 絶賛ヴィルはスライムにまとわりつかれ中である。

 スライムは一定の距離を保ちつつ戦わないと身体にまとわりつく。そして一度くっつかれると身体中にへばりついて剥がすのに苦労するのだ。

 ヴィルは見事に距離感を間違えてまとわりつかれ、ひんひん涙目になりながら身じろいでいた。
 きっとそういう性癖の人が見たら美味しい状況なのだろうが、私にはあいにくそういう趣味がないので、「あーあ、やっちゃったなー」くらいの感想しかなく、服の中にまで入り込んだスライムをどうやって剥ぐのだろうかという関心しかなかった。

「うひゃあ! 下着の中に入ってきた……っ!」
「ヴィル~、いつまでそうしてる気?」
「好きでやってるわけじゃない! どうすればいいんだよっ! あ、やめ……っ! ぅく……んぁ……」

 身体を折り曲げながら身をよじるヴィル。
 艶めかしい声を上げながら、こっちを睨みつけて今すぐ助けろと言わんばかりに噛み付いてくる。
 まさかこれほどまでに戦闘能力が低いとは思わなかったが、仕方ないので手を貸すことにした。

「ヴィル、炎の魔法は使える?」
「使えるわけがないだろう!」
「それ自慢できることじゃないから。よし、わかった。ちょっと熱いかもだけど、我慢してよね」
「はうっ……ちょ、何を……ん、する気だ……!?」
「ちょーっと炙るだけだから大丈夫」
「あ、炙る……っ!?」

 ギャアギャアと騒ぎ出すヴィルを尻目にパチンと指を鳴らす。すると、ぼぅっと炎がヴィルの身体を包み込んだ。

「うあっちぃ!! 焼ける! オレ、焼ける!!」
「大丈夫大丈夫~。ちゃんと調節してるから~」

 ぼたぼたぼた……とヴィルの身体からスライムの死骸が剥がれ落ちるのを確認すると、ヴィルを包んでいた炎を消す。
 すると、ヴィルが目を吊り上げながら「何するんだ! オレを丸焦げにするつもりか!?」と詰め寄ってきた。

「丸焦げ? よく見てみなさいよ。服すら燃えてないでしょうが」
「はぁ!? そんなことあるわけ……っ」

 半信半疑でヴィルが自分の身体を見下ろす。すると、確かに服は燃えておらず、金属製の装備にちょっと熱を持っただけだった。

「ヴィルの身体に炎を纏わせてスライムを炙っただけよ」
「そんな……そんなことが……できるわけが……」
「レベルを上げればそれくらいできるようになるわよ」

 信じられないものでも見るように私を見るヴィル。
 まぁ、レベル上げたら誰でもできるとは言えないが、元カレに尽くして尽くして尽くしまくっていた私にはこれくらい朝飯前だ。
 だからきっと努力さえすればできるようになるはずだ。多分。

「そうなのか……すまない、疑ったりして。ありがとう、助かった」

 申し訳なさそうに謝ってくるヴィル。
 素直に謝ることもできるのか、と内心ちょっと驚く。もっとワガママで俺様な王子かと思ったがどうやらそうではないらしい。

「ちゃんとお礼言えるのね、偉いじゃない」
「バカにするな! それくらいちゃんと言える!」
「そう? 結構お礼言えない元カレが多かったから、男の人ってそういうもんだと」
「それはシオンが付き合ってる相手が悪かっただけだろ」
「っうぐ。……それは、確かに否定しないけど」

 歴代の彼氏は何かあるとすぐに私のせいにして来たし、謝ったら負けなのかというくらい絶対に謝ることはない人がほとんどだった。

 そういえば、あのときも結局謝ってもらってなかったなぁ。
 こうも謝らない男性ばかりを恋人にしていると、確かに自分が悪い気さえしてくる。

「それにしても、本当に強いんだな。シオンは」
「何よ、嘘だと思ってたの?」
「いや、何というか……ただ問答無用の力技でどうにかしてたのかと思ってたから。こうして匙加減できるっていうのは凄いなぁ、と」
「いきなりそんなに褒めないでよ。褒められ慣れてないからなんか調子狂うわ」

 ヴィルから羨望の眼差しで見つめられて、ちょっと照れる。今まで凄いとかカッコいいとかは自分が言うことのほうが多くて、言われることはほぼなかった。

「うん? 今までたくさん彼氏がいたなら褒めるやつもいただろう?」
「家事能力で褒められることはあったけど、こういう能力で褒められたことはないわね。そもそも彼氏よりも強いことがバレると大概キレられたり拗ねられたりするから、最近では能力があること隠してたし」
「どこまで男を見る目がないんだ」
「煩いわね。わかってるわよ! てか、そもそもヴィルはどうしてこんなにも戦闘経験なさすぎなの? スライムなんてその辺にたくさんいるんだから、倒す機会なんていっぱいあったでしょ」

 指摘をするとヴィルが俯き、黙り込む。どうやら藪蛇だったらしい。

 さすがに今の聞き方は無神経すぎたかもな。仮にも王子なわけだし、いくらタイプじゃないからって配慮しないと。

 つい気安くて無遠慮に話しかけすぎたが、ヴィルは一応これでも王子だ。いくら弟子だなんだと言っても言っていいことと悪いことはある。
 今まで被っていた猫を被らなくていいと、ついあけすけに話しすぎたと自省した。

「ごめん、私ったら余計なことを言っちゃって」
「……オレだって……」
「うん?」
「オレだって好きで弱いわけじゃない。オレが弱いのは、全部父さんのせいなんだ……!」

 ぐわっと目を見開いてまるで食ってかかるように私に詰め寄ってくるヴィル。
 その鬼気迫った様子に慄きながら、「えぇ……? 王様のせいってどういうこと?」と聞けば、ヴィルはそこに座り込み、私もその隣に座った。

「幼少期。父さんは早くに母さんを亡くしたせいかとても過保護で、外は危ないからとずっとオレを城に閉じ込めていたんだ。それで十代まで剣を持つことすら許されずに育ったが、成人した途端に急にヴィルも成長したんだから魔物を倒せるようになれと言われて……」
「無茶苦茶だな、あの王様」
「でも王子だから雑魚魔物を倒してる姿は人に見せてはならないと、いきなり大型魔物を当てがわれて。もちろんオレが倒せるはずもなく、周りの護衛が全て倒した」
「まぁ……普通に考えてそうなるでしょうね」
「それで経験値が入るはずもなく、結局このザマというわけさ」
「なるほど、そういう経緯が」

 確かに突拍子もないことを思いつきで言う人だとは薄々思ってたけどまさかこれほどまでとは。

 私は親と過ごした経験がほぼなく、親がどういうものか理解できない部分はあるけど、思いつきで振り回されてしまっては子は苦労するだろうな、と素直に同情した。
 とはいえ、楽してレベル上げできると思っていた部分に関しては甘っちょろいと思うが。

「それで、オレの国巡りとレベル上げのためにこの国最強だと名高いシオンを聖女にして同行させることになったんだ」
「何よ、やっぱりお守りってことじゃない」
「お、オレだって、強くなったらちゃんと戦力になるだろ! それに聖女とはいえ、女を一人で旅させるわけにも行かないだろうし」
「はいはい。そういうことにしといてあげる」
「とにかく! 今はまだ経験不足かもしれないが、オレはちゃんと強くなりたいとは思ってる!」

 まっすぐに見つめられる。
 これはきっと本心だろう。王子ゆえの甘い考えがある部分もあるが、それは今後どうにかすればいいだろうし、やる気があるなら大丈夫だ。

「それでこそ我が弟子ね。やる気があることはわかった。とにかくまずは戦闘の仕方を学びましょうか。それと魔法も。実戦しながら教えるからちゃんと覚えなさいよ」
「わかった。善処する」
「善処じゃなくてちゃんとやるの。まずはスライムだけど、さっきみたいに近づきすぎるとくっつかれるからある程度距離を取りつつ叩くか燃やす。これが鉄則。一応魔物によっても弱点があって、打撃が効くのもいれば、魔法のみ効果あるのもいて……あ、早速またスライムが出たわよ! ほら、実戦あるのみ!」
「が、頑張る……!」
「よし、その意気よ! 大丈夫、魔法使えなくても何回か叩けば勝てるから頑張れ!」

 私が応援すると、やる気になったヴィルが剣を構える。念のため物理防御のバフをかけたのは内緒だ。

「うぉおおおお!!!」

 スライム相手に大袈裟な雄叫びを上げるヴィル。
 そんな彼をまるで親になったような気持ちで眺めながら、私は戦いの行く末を見守るのであった。
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