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61 縁

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「俺は……深青に何も、できなかった……っ。そばにいるというたった小さな望みも叶えてやることができなかった!!」

 悔やんでも悔やみきれない。

 ーーあのとき手を離しさえしなければ。

 ーーどうにか説得して、登山に連れて来なければ。

 ーーそもそも俺と出会ってさえいなければ。

 様々な後悔が押し寄せてくる。
 深青は俺を信じて、そばを離れないでと言ってくれていたのに。
 俺は、俺は……っ!!!

「深青は、俺のせいで……っ」
「思い上がるのも大概にしなさい!」

 パーン! と大きな音と共に頬に強い衝撃が走り、布団ごと身体が思いきり吹っ飛ぶ。
 ぼんやりと顔を上げれば、式神さんが顔を真っ赤にしながら、仁王立ちで目を吊り上げて立っていた。

「さっきから、何よ!! グジグジグジグジ情けない!!! 天音ちゃんはあんたを信じてるって言ってるでしょう!?」
「そうよ、あの子は自分で選択したのよ。キミのそばにいるって。それを否定しないであげてちょうだい!」

 声がそれぞれ式神さんから発せられる。
 ということは、ねーちゃんも鈴鹿さん両方から責められて、呆気にとられた。

「こらこら、病み上がりにそんな無体を……」
「司は黙ってて!!」
「あ、はい」

 さすがの神原さんも、この状態のねーちゃんは制御できないらしい。
 ジリジリと再び迫ってくる式神さん。
 そして、胸元を掴まれたと思えばグイッと持ち上げられる。

「天音ちゃんを助けられるのはあんたしかいないの。そのあんたがそんな腑抜けでどうする気? そんなんで大嶽丸を倒せると思ってるの?」
「言っておくけど、対峙したことある私だから言えるけど、大嶽丸はめちゃくちゃ強いからね。たーくんだって苦戦してる相手なんだから」

 ねーちゃんと鈴鹿さんが次々に迫ってくる。
 その瞳の中には強い怒りの焔がともっていた。

「天音ちゃんはあんたを信じてくれているのに、その期待には答えないわけ!?」
「あの子を信じて助けようっていう気概はないの!??」

 ーー勇気を出せ。恐怖を食え。お主にはその力が既に宿っている。

「俺は……俺は……深青を助けたい! だから、やつを倒したい……っ!!」

 式神さんに力強くそう宣言する。
 すると、ホッとしたような微笑むような、とにかく安堵したような表情に変わった。

「そうよ、その意気よ」
「はぁ、これで無理とか言ったら危うく殺しかねないところだったわ」

 なんだかちょっと今危ないことを言われた気がするが、あえて気にしないことにする。
 くよくよ悩んでいたって、何かが変わるわけではない。
 強くなれるわけでもない。
 なら、前に進むしかないじゃないか。

「ねぇ、希生くん。体調は悪くないかい?」
「はい、大丈夫です」
「そう。であれば、天音さんはきっとまだ生ているよ」
「え? 何でそれがわかるんですか?」
「キミと彼女の縁の問題さ」

 一体どういうことだろうか。
 わからずに戸惑っていると、式神さんに腕を引っ張られる。
 そこには先日、深青に結んでもらったミサンガがあった。

「縁で結ばれたものの絆はとても強い。だから、片方に何かあった場合はもう片方にも何かが起こるはずなんだ。痛みが生じたり、実際にどこかが怪我をしたり。でも、今のところそういうのがないのだとすると、彼女は未だに何もされていない可能性が高い」
「深青……」
「それと彼女、多分だけどただの一般人ではないというか、あの子も関係者な気がする」
「関係者? それってどういう……」
「あの子、三明の剣なんじゃないかしら。恐らく、3本が1本セットになって顕現している気がする」
「確かに、その可能性はなくもないかもね。ソハヤノツルギである希生くんが顕現していることを考えると。それなら、彼女にヤツが手出しできないこともわかる」

 あまりに不勉強すぎて話についていけない。
 俺が困惑気味にしていると、今度は思いきり額にデコピンされた。

「痛っ」
「あんたは休んでいる間にちょっと勉強しときなさい」
「……うん。わかった」

 ここまで何がなんだかわからない状況は、さすがに危機感を覚えるというか、事態についていけなさすぎて恥ずかしいくらいだ。

「とにかく、天音さんは今のところ無事だというのは変わらないよ。ただし、時間の問題、ということもあるから悠長にはしていられないが」
「ということで、早速明日から特訓よ」
「特訓?」
「えぇ、もっと霊力を上げていかないと。今回は短期集中、スパルタでいくからそのつもりでいてね」

 にっこりと微笑む式神さんが恐い。
 きっと、ねーちゃんと鈴鹿さん、どちらからもたっぷりとしごかれるのだろう。

「ということで、今日はゆっくり休んで明日に備えて英気を養ってくれ」
「はい、わかりました」
「調べ物するなら、いくつか本とスマホも置いておくから、予習しておくようにね」
「わかった」
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