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54 誘惑
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ここは、どこだろうか。
何も見えない。
真っ白な空間にただ1人で佇んでいる俺。
「きーくん!」
「深青!」
呼ばれて振り返れば、そこには深青がいた。
駆け出し、深青のそばへと行く。
「無事だったんだな! よかった、早く帰ろう!」
「無事……? 無事なわけがないでしょ?」
「え……、深青……?」
手を握ろうとすると、どろりと生暖かい何かが手に纏わりつく。
見れば、それは真っ赤な血だった。
「深青……っ、この血……!」
「全部、きーくんのせいだよ」
「全部、俺のせい……?」
「そう、きーくんのお父さんもお母さんも、つむちゃんも、私も……。みんなきーくんのせいでこうなっちゃったんだよ」
「!!」
ゆっくりと後ずされば、なぜか深青は口元を歪めながら迫ってくる。
いつのまにかその姿は血塗れで、痛々しくなっていた。
「深青……何で、どうして……」
「私が襲われたのもきーくんのせい。私、知らないおじさんに引っ張られてのし掛かられて、怖くて苦しくて、逃げても逃げても手が伸びてきて、引き摺られて、服を脱がされて……」
当時のことをつらつらと話し始める深青。
まるで感情がないかのように淡々と話しながら迫ってくる。
「誰かさんのせいで、恐い想いをしたから、離れないで、そばにいてって言ったのに、嘘つき」
「! 深青、俺は……っ」
「俺は、……何?」
ガシッと腕を掴まれる。
とても強く、骨が軋むほどにギリギリと力を入れられて思わず表情が歪む。
深青はそんな俺の様子を気に留めることなく、グッと顔を近づけてくる。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき。きーくんのせいで、私はあの鬼のところに捕まっちゃった。私がこのあと、どうなるかわかる?」
うぐ、と言葉が詰まる。
次に会うときは死に目かもしれない、と言っていた大嶽丸。
それはつまり、次に会うときはもう深青は……。
「ぐちゃぐちゃに中身掻き回されて、痛みで意識が飛ぶ前に止められて、また掻き回されての繰り返し。死ぬことすらできずに、痛みで気が狂いそうになりながら生きるの。ねぇ、それ、きーくん耐えられる?」
自分も経験した痛み。
今まで味わったことのない、死の恐怖。
あぁ、初めて死ぬかも、このままでは俺はもうこいつにやられるかも、と思った瞬間だった。
「ほぅら、きーくんも恐いでしょう? 脚、震えているよ?」
「あ、……うぁ……っあぁ……っは、……っあぁあああ」
脚が震える。
まるで生まれたての子鹿のように足が笑っていた。
恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い
頭の中が恐怖で埋まっていく。
「ね? だったら、楽になったほうがいいよ? きーくんさえいばくなれば、全てまるくおさまるんだから」
「俺さえ、いなければ……?」
「そう、きーくんさえいなければ、大嶽丸だってこれ以上悪さしないよ、きっと。大嶽丸の目的はずっときーくんなんだから。だって考えてもみなよ、みんなみんな、殺されているのはきーくんの周りだけ。被害を受けているのはきーくんの身近な人。ね? わかるでしょう?」
両親の死。
ねーちゃんの死。
そして、深青が連れ去られたこと。
……全て、俺の責任。
「ほぅら、楽になっちゃいなよ。大丈夫、死ぬのは怖くないよ。一瞬だから。死ぬのを受け入れたら、痛みも苦しみも罪悪感も何もかも、綺麗さっぱり忘れられるよ」
深青が耳元で囁く。
あぁ、俺は…………。
何も見えない。
真っ白な空間にただ1人で佇んでいる俺。
「きーくん!」
「深青!」
呼ばれて振り返れば、そこには深青がいた。
駆け出し、深青のそばへと行く。
「無事だったんだな! よかった、早く帰ろう!」
「無事……? 無事なわけがないでしょ?」
「え……、深青……?」
手を握ろうとすると、どろりと生暖かい何かが手に纏わりつく。
見れば、それは真っ赤な血だった。
「深青……っ、この血……!」
「全部、きーくんのせいだよ」
「全部、俺のせい……?」
「そう、きーくんのお父さんもお母さんも、つむちゃんも、私も……。みんなきーくんのせいでこうなっちゃったんだよ」
「!!」
ゆっくりと後ずされば、なぜか深青は口元を歪めながら迫ってくる。
いつのまにかその姿は血塗れで、痛々しくなっていた。
「深青……何で、どうして……」
「私が襲われたのもきーくんのせい。私、知らないおじさんに引っ張られてのし掛かられて、怖くて苦しくて、逃げても逃げても手が伸びてきて、引き摺られて、服を脱がされて……」
当時のことをつらつらと話し始める深青。
まるで感情がないかのように淡々と話しながら迫ってくる。
「誰かさんのせいで、恐い想いをしたから、離れないで、そばにいてって言ったのに、嘘つき」
「! 深青、俺は……っ」
「俺は、……何?」
ガシッと腕を掴まれる。
とても強く、骨が軋むほどにギリギリと力を入れられて思わず表情が歪む。
深青はそんな俺の様子を気に留めることなく、グッと顔を近づけてくる。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき。きーくんのせいで、私はあの鬼のところに捕まっちゃった。私がこのあと、どうなるかわかる?」
うぐ、と言葉が詰まる。
次に会うときは死に目かもしれない、と言っていた大嶽丸。
それはつまり、次に会うときはもう深青は……。
「ぐちゃぐちゃに中身掻き回されて、痛みで意識が飛ぶ前に止められて、また掻き回されての繰り返し。死ぬことすらできずに、痛みで気が狂いそうになりながら生きるの。ねぇ、それ、きーくん耐えられる?」
自分も経験した痛み。
今まで味わったことのない、死の恐怖。
あぁ、初めて死ぬかも、このままでは俺はもうこいつにやられるかも、と思った瞬間だった。
「ほぅら、きーくんも恐いでしょう? 脚、震えているよ?」
「あ、……うぁ……っあぁ……っは、……っあぁあああ」
脚が震える。
まるで生まれたての子鹿のように足が笑っていた。
恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い
頭の中が恐怖で埋まっていく。
「ね? だったら、楽になったほうがいいよ? きーくんさえいばくなれば、全てまるくおさまるんだから」
「俺さえ、いなければ……?」
「そう、きーくんさえいなければ、大嶽丸だってこれ以上悪さしないよ、きっと。大嶽丸の目的はずっときーくんなんだから。だって考えてもみなよ、みんなみんな、殺されているのはきーくんの周りだけ。被害を受けているのはきーくんの身近な人。ね? わかるでしょう?」
両親の死。
ねーちゃんの死。
そして、深青が連れ去られたこと。
……全て、俺の責任。
「ほぅら、楽になっちゃいなよ。大丈夫、死ぬのは怖くないよ。一瞬だから。死ぬのを受け入れたら、痛みも苦しみも罪悪感も何もかも、綺麗さっぱり忘れられるよ」
深青が耳元で囁く。
あぁ、俺は…………。
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