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30 花束

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「あの……っ、キミって京極希生くん、だよね?」
「え、と……そうですが……」

 部活の帰り道。
 真島と別れ、1人自宅を目指して歩いていたのだが、不意に声をかけられそちらを向くと1人の男性が立っていた。
 中肉中背、髪は短く薄顔で特に特徴もない顔な気がする。
 俺よりも背は高くて、ひょろっとして、なんとなく気の弱そうな雰囲気に、勝手に親近感を覚えるが、俺の名前を知っているところが不思議である。
 知り合い、だろうか? でも、見たことない顔な気がする。いや、でもこの顔なら忘れた可能性もあるが……。
 うーん、と彼の顔を見ながら悩んでいると「これを」と渡されたのは花束だった。
 花、束……俺に……? 何で……? え、実は俺のファンだったとか……!? でもそっちのケは残念ながらないんだが……っ! と頭をぐるぐるさせていると「紡さんに、あげてください」と男性に言われて我に返る。

「え、と……ねーちゃんの知り合い?」
「あ、あぁ、ごめんね。申し遅れました、僕は神原司かんばらつかさと申します。紡さんとは一応、お付き合いさせていただいておりまして……」
「え!? ねーちゃんの彼氏!??」

 俺がびっくりしていると、申し訳なさそうに眉を下げながら苦笑される。
 まさか、ねーちゃんに彼氏がいたとは! そういう話を全然聞いてなかったから、びっくりしすぎて思わず大声をあげてしまったが、マジか……ねーちゃんに彼氏いたのか……。
 勝手にちょっとショックを受けている自分がいて、ちょっと情けない。
 別にねーちゃんを取られた! とかそういう感情はないけれど、ねーちゃんが自分の知らない間にそういう相手を見つけているということに少なからずショックを受けている。
 いや、我ながら姉バカだとは思うが、ねーちゃんに彼氏がいたっておかしくはないと思う。
 口煩いところはあるけど、美人ではないけどそれなりの顔してるし、料理も上手いし、明るいし、しっかり者だし、いつも無駄にポジティブだし。

「あ、でも……ねーちゃん今留学してて……」
「あー、うん。そう、らしいね。だから、その彼女に渡して欲しい、かな?」
「彼女……?」

 言ってる神原さんの意味がわからずに首を傾げていると、神原さんは「紡ちゃんに、僕はいつまでも待ってるから、って伝えておいて」と言うと、そのまま去っていってしまった。

「え、ちょっと! ……どうするんだよ、これ」

 見た目によらず、ちょっと強引な人だなぁと思いながら、花束を持ったままとりあえず仕方がないので帰宅することにした。

「ただいまー」
「おかえりなさいませ、希生様。どうしたんです? お花なんて珍しいですね」

 いつも通りの式神さんのお出迎え。
 俺は靴を脱ぐために、床に置くのもなんだか申し訳ない気がして、花束を式神さんに預けた。

「いや、俺が買ってきたわけじゃなくて」
「?」
「ねーちゃんの彼氏って人から、ねーちゃんに、ってさ」
「……え? それは、どういう……?」

 式神さんも困惑しているのか、普段とは違って狼狽しているように見える。
 まぁ、確かに自分でも言ってる意味がわからないとは思うが。

「なんか、神原司さんっていうねーちゃんの彼氏が、ずっと待ってるからって伝えておいて、って急に渡してきたんだよね。俺も、びっくりしちゃって。しかもそのまま帰っちゃうし……って、式神さん?」

 普段とは違った様子の式神さん。
 酷く動揺しているようで、身体が震えていた。

「え? 式神さん、大丈夫……?」
「すみません、ちょっとお暇させていただきます……っ!」
「え!? 何……っ!??」

 びゅぉぉおおお、っと大きな風が吹いたと思ったら、式神さんが目の前から消えてしまった。
 一体、なんなんだろうか。
 微かに、式神さんが震えているときに「行っちゃいなさいよー」という声が聴こえた気がしたのだが、あの声は誰のものだったのか。

「キオは今帰りかのう?」
「おう、毬じい! うん、今帰ったとこ」
「そうかそうか。あれ、べっぴんさんがおらぬようじゃが……」
「あぁ、うん。なんか急に用事があるって」
「ほう、そうかそうか。……どれ、ワシもちょっくらどっかに散歩にでも行こうかのう」
「え、またもうどっか行くの?」

 毬じいはふわふわ飛ぶと、そのまま玄関を出てどこかへ行ってしまう。

「なんなんだよ、どいつもこいつも……」

 珍しく1人きりを味わいながら、まずは宿題を終わらせてしまおうと自室へ向かうのだった。
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